*前話の誤字報告、ありがとうございました!
秋雲に話しかけられたのは、昼食を食べている最中だった。
この日のメニューはカレーライス。香辛料の香ばしいかおりが鼻孔をくすぐり、空腹感を煽ってくる。誘われるようにスプーンでカレールウと白米をすくい、口へと運ぶ。ピリッとした辛さとご飯の甘みをじっくり味わい、さてもう一口と再びルウにスプーンを入れたところだ。
空いていたテーブルの席に、ひとりの艦娘が私と対面するように座った。
「あなたが満潮ね。隣にいるのは響、暁型駆逐艦だね」
白のカッターシャツの上にえんじ色のジャンパースカートを着ている。右目の下に泣きぼくろを携えた彼女は、屈託のない笑顔を浮かべていた。私の隣に座っている響がキョトンとした顔をこちらに向ける。
「満潮の知り合いかい?」
「いいえ、違うわ。あなたは?」
私が尋ねると、「あぁ、ごめん。ちょっと焦りすぎた」と謝って、
「私は秋雲。夕雲型の制服を着ているけど、中身は陽炎型の駆逐艦だよ。ふたりのことは、朝潮と暁から聞いていたんだ」
秋雲は制服の胸あたりを少し引っ張ってみせた。
私たち艦娘の制服はそれぞれの艦型によって分けられている。特型なら特型の、金剛型なら金剛型の制服、といった具合だ。艦娘の間では『制服』と言われているが、別に大本営や司令官から指定された服を着ている訳ではない。艦娘が建造されたときに、すでにそれぞれの艦型にあった制服を身につけているのだ。なんとなく見た目が学生の制服みたいだから、そう言われているだけである。
「それで、何か用? 一緒にご飯を食べようってわけじゃないんでしょ?」
察しが良くて助かるとばかりに、秋雲は提げていたショルダーバッグからノートを取り出した。ノート、というより、あれはスケッチブックだ。厚紙が表紙になっていて、その中に画用紙が何枚もリングで繋がれている。秋雲が表紙をめくると、可愛らしい女の子の似顔絵が現れた。パラパラとめくられるページにも、色んな女の子の似顔絵が描かれているようだった。
「あなたたちのこと、描かせて欲しいんだけど」
「描く?」響が首をかしげる。
「そう。うちの鎮守府に艦娘が来るたびに、その子の絵を描くようにしているんだ」
こんな感じ、と秋雲が最初のページを開いて見せた。先ほど見えた女の子だ。改めて見ると、この子はメガネを掛けていた。小さな顔に付いているパーツはどれも顔に合わせたように小さく、頭に一本突き出たアホ毛が目を惹いた。リスのように小動物然とした可愛さを持つ女の子だった。
「そのスケッチブックに描かれているのって、全部艦娘?」
「そうだよ」
他のページも見せてもらうと思ってスケッチブックに手を伸ばした。すると秋雲はスケッチブックを胸に抱えて、守るようなしぐさをする。
「ダメだよ。ある意味個人情報なんだから」
「えー。でもさっきのメガネの子は見せてくれたじゃない」
「この子は例として見せただけ。これ以上勝手に見せるわけにはいかないよ」
そう言われては仕方ない。スケッチブックの中身は気になるが、興味本位で勝手に見るのは不躾だと諦めた。自分の似顔絵をあずかり知らぬところで他人に見られては、良い気もしないだろう。
「それで、どうかな。描かせてもらってもいい? 個人情報はきちんと管理するし、仮に必要になったとしても鎮守府運営以外の目的では使わないから」
秋雲が前のめりにもう一度尋ねる。
私と響は顔を見合わせた。描かれたくない理由はない。それに、似顔絵を描かれて何かに悪用されるということもないだろう。響も拒否する理由はないようだ。
その日の午後に約束の時間を決め、私と響は秋雲の部屋を訪れた。