司令官と話して、秘書艦の仕事は次の日からということになった。
秘書艦になって最初の仕事は、工廠への装備開発依頼だった。司令官が指定する材料を書類に書きこんで、それを工廠にいる『妖精』に手渡すだけ。それくらい自分で行けばいいのにとは、思っても口にしない。
妖精とは工廠に住まう小人のことだ。私の顔より小さな体を一杯に動かして、必要とあらば眠ることなく働き続けている。疲れを知らない彼ら(彼女ら?)は、実は鎮守府の工廠より普通の会社に勤めていた方が社会のためになるのではと思う。その代わり何も仕事を言い渡さないと一日中眠っている。オンオフの激しい存在だった。
工廠の重い扉を開くと、妖精はあくせくと動き回っている。何やら作業中らしい。私は近くを通りかかった妖精を呼び止めて、依頼書を手渡した。書類を地面に置いて、首を大きく左右に振って文字を読む。内容を理解したのか、うんうんと2回頷くと書類をキレイに巻いていく。私の方を大きく見上げてピシッと敬礼をして、書類を脇に抱えて工廠の奥へと走り去ってしまった。
とりあえず、これでいいのかな。司令官の話だと装備はすぐに出来上がるらしい。造り終るのを待つ間、妖精たちを眺めていることにした。
工場内にいは様々な機械があちこちに見受けられた。おそらく艤装や装備を作るための機械なのだろうが、ぱっと見で名前が分かるのがリフトとベルトコンベアしかなかった。そこかしこに段ボールや木の箱が散らばっていて、それらの間を彼ら(彼女ら?)はパタパタと走り回っている。ずるずるとホースのようにバーナーを引っ張る妖精もいれば、身体の何倍もある大きさの段ボールを持ち上げる妖精もいた。
彼らは明らかに人間ではない。動物かと聞かれれば、動いている生き物だから、たぶん動物なのだろう。その良くわからない存在であるところの妖精がいなければ、艦娘は建造されず、艦娘に必要な装備も開発できないのだそうだ。謎だらけである。
ふぅ、と鼻で息を吐く。その謎の存在に造られるのが私たちだ。金属が人間の身体になることに、深い意味を見出すのは無意味かもしれない。以前、どうやって艦娘が生まれるのか朝潮に聞こうと思ったことがあるが、やめて正解だったかもしれない。朝潮に聞いても、おそらくまともな回答は得られないだろう。
妖精たちを観察し始めて、10分ほど経っただろうか。私から依頼書を渡された妖精が奥から走り寄ってきた。脇に抱えていた用紙を広げて見せる。何かの形を模した絵が、鉛筆の線で描かれていた。
これは何だろうと思いを巡らせていると、妖精が「早く取って」とばかりに用紙を揺らし始めた。慌てて用紙を受け取ると、妖精は一つ深呼吸して、敬礼ののち再び工廠の奥へと戻って行った。
私は渡された用紙に目をおとす。これを提督に渡せばいいのか。他になにか渡されるかもしれないと思って5分ほど待ってみたが、妖精たちが私に声をかけてくることはなかった。
「おかえり。どうだった」
提督室に戻って、とりあえず良く分からなかったことを伝えると、司令官は大仰に笑った。むっとして、突き出すように用紙を手渡す。司令官が用紙に書かれているものに目を向けると「ほぉ、良いものを作ったね」と満足そうにうなずいた。
「それはなに? あ、いや。何ですか?」
「無理に敬語を使う必要はないよ。曙なんて、ずっとため口だ。これは『爆雷』だよ」
聞き覚えがあった。というより、艦船だったときに私の背中に積まれていたものの一つだ。
爆雷とは、主に潜水艦に対して使われる爆弾のことだ。艦尾から海に落とし、海中に潜む潜水艦を撃墜する。今日妖精が作ったものは、艦娘用の爆雷だったようだ。司令官曰く、この爆雷と艦娘用のソナーを持っていれば、敵潜水艦にほぼ一方を取れるという。
「よし、じゃあ次の仕事を言うぞ」
私は次々に仕事を言い渡された。途中提督室に来た大和さんの手も借りながら、秘書艦としての仕事をこなしていく。酒保(鎮守府内にあるコンビニエンスストア。艦娘の日用品や軽食が販売されている)の在庫や売上表を受け取るころには、潮風が少し冷たく感じられ、茜色の光が空を染め上げていた。
次の日の朝はいつもより早起きをして寮を出た。早朝の澄んだ空気を感じながら、一直線に提督室へと向かう。扉を開けると、コーヒーの香ばしいにおいが鼻をくすぐった。司令官は椅子に腰かけ、執務机の書類に目を通していた。
昨日大和さんから教えてもらったのだが、ここは提督室ではなく、執務室というのが正式らしい。「いつも提督がいるし、もう私室みたいになっているから、『提督室』でいいんじゃない」と誰かがいって、それから『提督室』になったらしい。
朝一番の仕事はその日の予定の確認から始まる。誰が何処に出撃・遠征に行き、いつごろ帰ってくるか。遠征は日をまたいぐこともあるから、その場合の帰還時期の確認は翌日に繰り越し。今は鹿島が新人の指導をしているから、誰が指導を受けているのかもチェックしなければいけない。ふと、そこに自分の名前が無いことに気が付いて提督に尋ねた。すると、
「満潮は今、秘書艦をしているでしょ。秘書艦をしながら鹿島の練習は受けられないよ。僕が言って、1週間は練習を免除してもらっておいた」
なんと。思わず肩を落としてしまった。1週間練習が出来ないとなると、それだけ出撃する時期も遅れるはずだ。ひとは勉強を1日休むと、取り戻すのに3日以上かかると来たことがある。一週間も練習できなくて、腕が落ちたらどうしよう。
その機微を知ってか知らず、
「代わりに、1週間抜けた分は戻った後で練習量を増やして補うみたいだよ。よかったな」
とからかうような口調で言ってきた。何もよくない。
気を取り直して、一日の予定をもう一度確認する。確認が終わった後、提督に連れられて朝食のために食堂へ向かった。そこで、今度は扶桑(扶桑型戦艦の艦娘。デカい)に飛び込む司令官に思わず頭を抱えた。本当に見境がない。あと、時と場所も選ばない。まるで電球の光に吸い込まれる虫だ。やはり彼への警戒は解かないほうがいいと改めて思う。
しばらく扶桑の悲鳴が響いていたが、彼女の妹である山城が司令官を蹴り飛ばし、食堂はいつもの調子を取り戻した。