さて、ダンメモですがアップデートでなかなか面白くなってきましたね。これから期待することがあるとすれば、やはり椿さんの実装でしょうか。個人的にはなかなか好きなキャラです。
『竈火の夢』本邸にある自室にて、ヘスティアは珍しく眉間に皺を寄せ、手元にある羊皮紙に目をやっていた。そこに書かれているのは彼女の【ファミリア】にほんの半月前に加わった少年、そして現在は【ロキ・ファミリア】から受け取った賠償金を片手に、バベルへ装備の新調をしに行っているベル・クラネルの【ステイタス】である。
ベル・クラネル
Lv.1
力 :H 127→135
耐久:H 141→170
器用:H 125→134
敏捷:H 132→151
魔力:I 0
《魔法》
【】
《スキル》
【
・早熟する。
・
・
「【
ヘスティアはポツリと呟き、頭の中にベルの姿を思い浮かべた。
しかし、普通に成長しているだけでは『スキル』というものは発現しない。『スキル』とは人という器に刻まれた証のようなものであり、
閑話休題。
そんな『スキル』をどうしてベルが発現したのかと考えれば、その原因は恐らくたった一つしかない。数日前に起きた例のミノタウロス騒動だ。ミノタウロスに敗北して満身創痍となっていたベルは、駆けつけたアイズ・ヴァレンシュタインに助けられた。その時に見た彼女の姿に強烈な憧れを抱き、『スキル』を発現させたに至ったのだろう。その憧憬は彼の師であるヴィンセントにも向けられているに違いない。
──神様、ヴィンセントさん
──僕、強くなりたいです
不意に、【ロキ・ファミリア】の
「……うん。僕も決めたよ、ベル君」
ヘスティアは決心した。大切な眷族が強くなろうとしている。彼はとてつもなく険しい道を進むと決めたのだ。ならば主神たる自分はそれを全力で支え、そして力になってあげようと。
腰掛けていたベッドから勢いよく立ち上がったヘスティアは、羊皮紙を握り締めたままとある場所を目指し始める。彼女が辿り着いたのは『竈火の夢』の地下、そこに設けられた
「ヴィンセント君、入っていいかな?」
「あぁ」
その言葉に分厚い扉を開け、中に入るヘスティア。彼女は広々とした工房をぐるりと見回し、その中の一角にある作業台を前に座るヴィンセントを見つけた。その隣には人形の姿もある。
ヴィンセントの手元をヘスティアが覗き込むと、そこでは炎のような紅蓮の宝石が丁寧に削られ、磨かれていた。これまでの経験からかその作業に淀みはなく、程なくして彼の手の中で一つの指輪が完成する。紅蓮の宝石が真ん中に嵌まり、その周りを金色の縁で囲ったシンプルな作りである。
しかしこの指輪はただの指輪ではない。迷宮都市オラリオでも数える程しか存在しない『発展アビリティ』、『神秘』を持つヴィンセントが作った正真正銘の
「お疲れ様です、狩人様」
「お疲れ様。それ、どんな指輪なんだい?」
「装備した者に炎への耐性を与える予定で作ったが……それだけでは少々つまらんのでな。
ふぅと息をつきながらヴィンセントは脱力し、椅子の背凭れに体を預ける。
「ほ、炎を吸収しちゃうんだ……。相変わらず凄い物を作るね、君は。で、これは誰にあげるの? まさか君が使うんじゃないよね?」
「誰にも渡さんよ。ダンジョンで偶然素材を見つけたから加工したに過ぎん。精々、新作としてアスフィに見せてやるくらいだ」
それで、と。作業台の上で輝く指輪を眺めていたヴィンセントだったが、ふと思い出したようにヘスティアを見上げた。
「わざわざここまで来たのは何か用があったのだろう?」
「うん。これを見てほしいんだ」
そう言ってヘスティアはヴィンセントにベルの【ステイタス】の書かれた羊皮紙を渡した。それを受け取ったヴィンセントは後ろから覗き見る人形と共に目を通していく。そして『スキル』欄に記された【
「狩人様……これは……」
「早熟する、か。まさかこのような『スキル』を発現させるとは予想外だが……面白い。全く、
愉快で仕方がないとばかりにヴィンセントはくつくつと笑う。そんな彼にヘスティアはいつにもまして真剣な表情を作り、深く頭を下げた。
「ヴィンセント君。ボクは、ベル君の力になってあげたい。あの子は強くなろうとしてる。だから、ボクはそんなベル君を応援してあげたいんだ。でも、『
頭を下げたまま、ヘスティアは言葉を紡ぐ。それを聞くヴィンセントは無言のまま、ただその言葉に耳を傾けている。
「どうか、ボクの我が儘に力を貸してくれないか……?」
今にも消えてしまいそうなか細い声で、ヘスティアはそう懇願した。
本来ならば万能な神という存在だが、しかしこの下界では『
故に神は【ファミリア】を創設し、眷族に頼るのだ。
「──クッ、ハハハハ……! 畏まって何を言い出すかと思えばそんなこととはな。力を貸せ、か。
「っ……そ、それじゃあ……!」
「あぁ。私は貴公の眷族、ならば主神たる貴公に従うなど当然のことだ」
ニヤリと不敵な笑みを見せるヴィンセントに、ヘスティアの目頭には涙が浮かんだ。自分の我が儘に彼を付き合わせてしまうことに罪悪感はある。だが、何よりも彼が自分に協力してくれることが彼女は嬉しかったのだ。
「くずっ……ありがとう、ヴィンセント君! 君のような子がいてくれて、ボクは幸せ者だよ!」
「大袈裟だな。それで、私は何をすればいい?」
歓喜の気持ちを全面に出して跳び跳ねていたヘスティアは、ヴィンセントのその一言に動きを止め、こほんと一度咳払いをする。そして再び真剣な面持ちに切り替えると、ヴィンセントの翡翠色の瞳を正面から見据えた。
「武器を作ってほしいんだ。どんな窮地でも絶対に砕けない、ベル君を助けてくれる最高の相棒を」
「武器、か……。いいだろう、神匠と謳われる貴公の友には及ばんが、我が血の業、その一端をお見せするとしよう」
だが、とヴィンセントは言葉を区切った。その口から小さな溜め息が溢れる。
「すまんな。ベルの武器を打つとなると、それに相応しいだけの素材が今この工房には足りん。取りに行くのは容易いが一日……いや、二日は必要になるか」
「謝らなくてもいいよ。今日は君が協力してくれると分かっただけで十分さ」
そう言ってヘスティアは微笑んだ。そんな彼女にヴィンセントもまたつられるように口元を緩め、作り上げた赤い宝石の指輪を錠付きの小箱に納めた。それと同時に新しく七色の宝石の指輪を手に取ると、首を傾げるヘスティアの掌の上にポトリと落とした。
「? ……これは、なんだい?」
「厄除けの指輪だ。私の記憶が正しければ、貴公は今晩の『神の宴』に参加するのだろう? 不要とは思うが念のためにな」
「ん……あぁ!? そうだっ、忘れてた! マリー君、今何時だい!?」
「十六時過ぎです、ヘスティア様」
こうしちゃいられない! そう叫んだヘスティアはバタバタと工房を後にした。相変わらずどこか抜けている、敬愛する主神の様子にヴィンセントは思わず苦笑し、すぐさま人形に彼女を追うよう指示を出した。それに人形も従い、一度頭を下げてから工房を出ていく。
そうして一人残ったヴィンセントだが、不意に放置されたままの羊皮紙に気付き、それを回収した。【ステイタス】とは秘匿すべきものであり、ましてやベルには【
「……まだ教えるべきではないか」
【
ベルの武器を打つと決めた、ならば早急にその素材を取りに行くべきだと判断して。
「ベル、見せてみろ。お前の可能性を──」
▽△▽△
その夜、ヘスティアが『神の宴』に出席し、ヴィンセントがダンジョンの深層を目指して進んでいる頃、ベル・クラネルはある店の前で立ち往生していた。そこは迷宮都市オラリオを八等分するように走るメインストリート、その中の西通り沿いに立つ大きな酒場だ。酒場は周りにある建物と比べても大きく、また中からは客である冒険者達の笑い声が響いてくる。
そんな酒場の名前は──『豊饒の女主人』という。
「結局、断れず来ちゃったなぁ……」
そう呟くベルが思い出すのは今から四時間程前のこと。ミノタウロスに壊された装備を新調すべく、彼は【ヘファイストス・ファミリア】のテナントに向かったのだが、ちょうどこの『豊饒の女主人』に通り掛かった際に、とある少女に呼び止められしまった。薄鈍色の髪を後ろでまとめた、見た目麗しい可憐な少女である。
そこで足を止め、彼女の言葉に耳を傾けてしまったのが運の尽きだ。巧みな話術と乞うような態度にあれよあれよという間にベルは誘導され、気付けば今晩の食事をここで戴くという約束をさせられていたのだ。断るタイミングを完全に逃した彼は、少女の満面の笑顔にただ曖昧に笑うことしか出来なかった。
「一応幾らか稼いできたから大丈夫だとは思うけど……」
ベルが手をやった腰の巾着には現在、約一四〇〇〇ヴァリスが入っている。これは防具代に使った【ロキ・ファミリア】からの謝礼金の余りに加え、金を使うなら稼げばいいと考えたベルが、ダンジョンの4階層までの敵を倒して得たものだ。
ちなみにこの攻略には、新しく購入した純白のライトアーマーの使い心地を確かめる意味も含まれており、そちらの結果の方も上々であった。体の要所を守るライトアーマーは動きを阻害せず、4階層までのモンスターの攻撃では傷一つ付かないと耐久性も優れている。ベル自身もこの防具のことはかなり気に入っており、いつか製作者である『ヴェルフ・クロッゾ』なる人物に会えたらと思う程だった。
「……あっ、ベルさん! 来てくれたんですね!」
「こ、こんばんは」
店の前で佇むベルに気付いたのか、嬉々として飛び出してきたのは件の少女──シル・フローヴァだ。彼女に連れられて『豊饒の女主人』に入った彼は、そのままカウンター席へと案内される。
「やぁ坊や、アンタがシルの言ってたお客さんかい? なんでもアタシ達を仰天させる程の大食いなんだってねぇ!」
「はぁ!? なんですかそれ!?」
そんなミアの言葉にベルはぎょっと目を見開き、慌ててシルの方へと視線を向けた。それを受けた彼女はベルから目を逸らしながら「えへへ……」と苦笑する。
「すみません、どうも色々と尾鰭が付いちゃったみたいで……」
「勘弁してくださいよ……。確かにお腹は空いてますけど、そんなたくさんは食べられませんからね?」
「はい! でもミアお母さんの料理は本当に美味しいので、お腹いっぱいになるまで食べてくださいね?」
ニコニコと笑みを浮かべながらこてんと首を傾げたシルに、ベルは小さく溜め息をつきながら差し出されたメニューを開いた。そこに並ぶ料理の値段はどれもこれも数百ヴァリスと──一度の食事は五〇ヴァリスもあれば十分足りることを考えれば──かなり高額だ。幸いにも今のベルの懐は暖かいが、それでもあまりに高い料理を頼むのは無駄遣いというものだろう。
そうして悩むこと数十秒、彼が選んだのは無難にパスタとスープ、それとサラダだった。値段の合計は一〇〇〇ヴァリス、まだ金銭に余裕のないベルは思わず、他所で頼めばこの一割程度で済むのにと内心で溢した。ちなみに
「ほら、アンタは細いんだからしっかり食べて大きくなるんだよ!」
「あ、ありがとうございます……」
ミアのそんな言葉と共にドンと勢いよくカウンターに料理が並べられる。その中には注文していない筈の
「(あ、美味しい)」
パスタを一口噛み締めたベルはその味に素直に感心した。なるほど、伊達に高い値段をしていない。これならば三〇〇ヴァリスを払ってでも食べる価値はあるだろう。彼は口に出さず一人納得した。
そうしているうちにだんだんと余裕が出来てきたのか、ベルはチラリチラリと他の客達に目をやり始める。豪快に酒を飲むドワーフ、丁寧に料理を口に運ぶエルフ、仲間と笑い合うヒューマン、年も生まれも違う彼等に共通しているものがあるとすれば、皆が幸せそうな笑顔であるということだろうか。
──凄いな
ポツリと、ベルの口から感嘆の声が溢れた。
「ベルさん、どうですか? 楽しんで頂けてます?」
「はい。いい店ですね、ここは」
でしょう、とシルは笑った。それは先程までとは違う、本心からの笑顔だった。
「私、人とお話をしたり、触れ合ったりするのが好きなんです。十人十色、なんて言葉がありますけど本当にその通りで……色んな人と関われば、それだけ色んな発見があるんですよ」
だから、と。シルは運んできた椅子をベルの隣に置くと、そこに座って彼の目をじっと見つめた。
「ベルさんのお話も、色々聞かせてください」
身長の差もあってか、自然と上目遣いになったシルのお願いに、ベルは照れる感情を誤魔化すように頬を掻く。異性への耐性はないが興味は十分にあり、加えて祖父からの熱心な教育を受けて育ったベルに、シル程の美少女からのお願い──しかも上目遣いでの──を断ることなどとても出来なかった。ベルの脳裏に一瞬、魔性という言葉が浮かんだ。
そして、楽しげに話し合うそんなベルとシルの様子を、給仕に勤めていたエルフの麗人が優しく見守っていた。
リアリス・フレーゼは漢字だけ変えさせてもらいました。アイズと狩人様の二人だと一途ではないので……。
一応、怪物祭は次回からになります。デートやって戦闘やって、大体3~4話くらいかな? テンポ良く、でも内容は薄くしないようにしていきたいです。