血濡れの狩人と白兎   作:ユータボウ

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最近日が落ちると寒くなってきましたね……。体調を崩しやすそうな季節ですし、皆様もお気をつけください。


第11話

 ベル・クラネルの扱う武器はショートソードとナイフの二本である。

 

 オーソドックスで使い勝手の良いこれらの武器は、冒険者となってまだ一ヶ月と経たないベルにはピッタリであり、また一撃の威力ではなく手数を求めた彼の戦闘スタイルとも上手く噛み合っていた。元々ナイフだけでは心許ないというヴィンセントのアドバイスに従い、実践し始めた二本の得物を使うやり方ではあるが、今ではすっかり本人が気に入り、この道を極めたいとまで言っていたのは記憶に新しいことである。

 

 これらのことから、ヘスティアからの頼みとしてベルの武器を依頼されたヴィンセントが、この二つの武器を選んだのも当然のことと言えよう。

 

 武器の作製を任されたヴィンセントは、これら二本を作るためにとある金属の使用を決めた。星に由来する希少な隕鉄──に非常に近い性質を持つ特殊な金属を含んだ合金である。ヘスティアからの要望は『どんな窮地でも絶対に砕けない、ベルを助けてくれる最高の相棒』。それを裏切らぬよう、ヴィンセントもまた用意出来る最高の素材を、厳重にロックされた金庫から取り出してきたのだ。

 しかしこの合金のインゴットの加工は並みの鍛治師(スミス)ではまず不可能、一流の鍛治師(スミス)ですら相応の集中力と技術、そして設備の求められる程である。普通の炉の炎では鍛造が出来るようになるまでインゴットの温度が上がらず、更に生半可なハンマーでは伸ばそうと叩いた方が砕ける始末なのだ。この二つの問題で、特に前者によって躓く者は多い。

 

 しかしそれを可能にするものがヴィンセントにはあった。

 

 そう、ヘスティアの存在である。

 

 ヘスティアは竈と炉を司る神だ。ヘファイストスにとっての鍛治のように、ことその分野において彼女の右に出る者は人々の住む下界どころか、神の住む神界にも存在しない。彼女の灯した炎は例外なく聖火となり、その熱はインゴットの鍛錬を容易にする。元々ヘスティアから頼み込んだことだっただけに、彼女はヴィンセントへの協力を惜しまなかった。

 

 隕鉄の合金。

 

 聖火。

 

 この数日でヴィンセントが集めた大小様々な血石。

 

 そして──ヘスティアの髪と『神血(イコル)』、彼女自身の【神聖文字(ヒエログリフ)】。

 

 それらの要素を全て内包し、作り上げられた()()()()()は、主神(ヘスティア)から眷族(ベル)に与えられた祝福──《寵愛の刃》と名付けられた。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

「それじゃ、行ってきます!」

 

「あぁ」

 

「お気を付けて、ヘスティア様」

 

 布に包まれた寵愛の刃を背負い、疲れなど知らぬとほくほく顔で出掛けていくヘスティアを、ヴィンセントは人形と共に見送った。彼女曰く、これから一足先に『怪物祭(モンスターフィリア)』──毎年【ガネーシャ・ファミリア】が主催して行われる催し。闘技場を一日貸し切ってダンジョンから運んできたモンスターを調教する──に向かったベルと合流して祭りを楽しみ、その最後に武器をプレゼントするつもりとのことだ。

 それを聞いた時には回りくどいと感じたヴィンセントだったが、「この方が絶対いいよ!」と依頼主に熱弁されては大人しく頷く他になかった。完成した際には何度も何度も頭を下げ、感謝の言葉を残していった主神の背中を、ヴィンセントと人形は見えなくなるまで見つめ続ける。

 

「狩人様は、今日はどうされるおつもりですか?」

 

 不意に投げ掛けられた人形の問いにヴィンセントは「ふむ……」と唸った。先程ヘスティアが、そして今朝からベルが向かった『怪物祭(モンスターフィリア)』だが、彼にとっては特に魅力を感じるイベントではなかったのである。調教する様子を見るより、実際にモンスターと殺し合う方が愉しいからだ。

 

「……出掛ける出掛けないに関わらず、まずはシャワーと腹ごしらえだな。簡単なものでいい、何か食える物を用意してくれ」

 

「分かりました」

 

 鍛治という神経を著しく研ぎ澄ます作業を長時間続けたせいか、流石のヴィンセントも今は体が休息を求めていた。汚れた服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びた彼は、ズボンに白シャツというラフな格好のまま、人形が用意したトーストとスープ、そしてジャガ丸くんを貪るように胃に収める。

 腹が満たされれば次に来るのは眠気である。椅子の背凭れに寄り掛かり、ヴィンセントはふぅとゆっくり息をついた。このまま微睡みに身を委ねようか、そう考えた彼だったが、しかし前触れなく鳴り響いた呼び鈴の音にすっと目を開ける。

 

 【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)、『竈火の夢』には基本的に客が訪れることは滅多にない。誰も彼もがヴィンセントという人間と関わりたくないからだ。従って、本拠地(ホーム)の呼び鈴を鳴らす者というだけで、誰が来たのかはある程度分かるのである。更に今日は『怪物祭(モンスターフィリア)』が行われているということを考慮すれば、該当する人物はヴィンセントの知る限り二人しかいない。

 

「「おはようございます、ヴィンス」」

 

「……やはり貴公らか」

 

 ガチャリと玄関の扉を開けた先で佇んでいたのは案の定、ヴィンセントの想像していた通りの人物だった。空のような蒼色の瞳と薄緑色の髪を持つエルフの麗人──リュー・リオン。そして細工のような銀髪を風に靡かせるヒューマンの女性──アミッド・テアサナーレである。いつもの若葉色の給仕服とも、清潔さを象徴する白の制服とも違う、可憐な私服を今の二人は纏っていた。

 

「……何の用だ、と聞くのは無粋というものだろうな」

 

「察しが良くて助かります。さぁ、一緒に行きましょう?」

 

「残念ながらヴィンスは私が既に予約済みです。今日の彼は私と共に過ごしますので」

 

 するりと自然な動きでヴィンセントの腕を取ったアミッドは、ふっと勝ち誇ったような笑みをリューへと向けた。すると先程までの雰囲気はどこへやら、一転して不穏な空気が二人の間に流れ始める。その中でヴィンセントは一人で、アミッドの言った予約とはなんだと首を傾げていた。

 

「……【戦場の聖女(デア・セイント)】、いい加減なことを言わないでもらいたい。そもそも、貴方の仕事はどうしたのです? ここで現を抜かしている暇などない筈だ。今すぐ自分の【ファミリア】に戻りなさい」

 

「それは貴方にも当てはまると思うのですが? そちらこそ、ここで油を売っている余裕があるのでしょうか?」

 

「質問を質問で返すのはやめた方がいい。それと『豊饒の女主人』のことは問題ありません。私はミアお母さんから有給を貰いましたので。お店の方は今頃、アーニャやルノア達が私とシルが抜けた分、馬車馬のごとく働いている筈です」

 

 至って真面目な表情で語るリューに、ヴィンセントは内心で今『豊饒の女主人』で働いて者達の身を案じた。リューとシルの二人が抜けた穴を補うために、相当な苦労を強いられるであろうことは想像するに難くない。恐らく、今日はろくに休む暇さえも与えられないだろう。

 

「なるほど。ですが休みを頂いたのは私も同じですよ。仕事の方はディアンケヒト様や他の者達に押し付けて(まかせて)来ましたので心配は無用です」

 

 そう言ってニコリと微笑むアミッドだが、しかしリューにとって安心出来る要素など一つもない。二人して互いに睨み合う様子はまさに一発触発、加えて彼女達は冒険者としても確かな実力の持ち主だ。そんな両者の間に割って入れる者がいるとすれば──やはり、この男くらいなものである。

 

「リュー、アミッド」

 

「「?」」

 

「今日は貴公らの気が済むするまで付き合う。不毛な言い争いはやめろ」

 

「……分かりました」

 

「……ヴィンスがそう言うのなら」

 

 渋々ながら二人を静まらせたヴィンセントは、「少し待っていろ」と言い残して本邸に戻っていく。数分後、再び現れた彼は黒衣に帽子といういつも通りの格好となっていた。

 

「では行くか」

 

 そう声を掛けたヴィンセントだが、何故か二人からの返事はない。どうしたと彼が問おうとした瞬間、その両腕を左右からリューとアミッドがガッチリと固定した。

 

「ヴィンス、貴方はもう少し自分の格好を気にした方がいいと思います。少なくともそれはない」

 

「同感ですね。せめてこういう時は普段とは違う服を着てほしいものです」

 

 じっと訴えるような視線をヴィンセントに向けるリューとアミッド。三人がまず初めに行く場所が決まった瞬間だった。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 迷宮都市オラリオには様々な人々が暮らしている。ヒューマンを筆頭に亜人(デミ・ヒューマン)のエルフやドワーフ、小人族(パルゥム)や獣人にアマゾネスなど。普段は種族に関わらず助け合って暮らしている彼らだが、しかし衣装に関することで衝突することは少なくない。エルフにはエルフの、アマゾネスにはアマゾネスのといったように、それぞれの種族が好む毛色というものがあるからだ。

 三人がやって来たオラリオの北のメインストリート周辺には、数多の服飾店が所狭しと軒を連ねている。ここら一帯には種族に応じた衣装の専門店が構えられており、先の問題の解決に大きく貢献しているのである。いくつかの商業系【ファミリア】が関わっていることで規模も大きく、服を探すなら北のメインストリート周辺という共通認識すら生まれている程なのだ。

 

「どうでしょうか? ヴィンスの髪の色とも合うと思いますが……」

 

「それでは目立ちすぎるのでは? もっと落ち着いた色の……こっちの方が彼の雰囲気に合っているかと」

 

 ヒューマン用の衣装を扱う店の一つにて、ああでもないこうでもないと言いながら服を選ぶリューとアミッド。そんな二人の後ろ姿を、ヴィンセントはぼんやりと見つめている。ファッション、コーディネートといったことには門外漢な彼は、どこか居心地が悪そうに帽子を深く被り直した。

 

「ヴィンスは何か良さそうな物がありましたか?」

 

「いや。正直、着飾った自分というものがどうにも想像出来んよ。服装などいつもの狩装束があれば事足りるからな」

 

 それより、とヴィンセントはリューに目をやる。

 

「少し意外だな。貴公もこういったこととは無縁だと思っていたが……」

 

「時々シルの買い物に付き合うことがありますから、きっとそのせいでしょうね。それ以前でも、この手の店にはよくアリーゼ達に連れていかれました」

 

 リューの口から溢れた今は亡き彼女の知己の名前に、ヴィンセントはただ「……そうか」と答える。二人の間に漂う沈黙、それを破ったのは両手の塞がったアミッドだった。

 

「? どうかしましたか?」

 

「なんでもない。それよりどうした?」

 

「どう考えてもコート以外の服を着たヴィンスが思い浮かばなかったので、少し妥協して選んでみました。どうでしょう?」

 

 そう言ってアミッドが差し出したのはロングコートとつばの広い黒のハットである。そのどちらもが戦闘を考慮していない、日常生活で使うための代物だ。試着してみれば似合うのは勿論、普段の尖った雰囲気と血の匂いが幾分か息を潜めたように思われた。少なくとも今の彼をヴィンセントだと初見で見破ることは難しいだろう。

 

「動きを阻害しないか、悪くない」

 

「ええ。似合っていますよ、ヴィンス」

 

「なるほど。なら……これも合うかもしれませんね」

 

 そんな言葉と共にリューが持ってきたのはシンプルなスカーフだ。それを首元に巻き、姿見の前に立ったヴィンセントは、これが自分かと鏡の中の己を見て思う。

 しかし、彼が次に抱いたのはどこか懐かしい既視感だった。つばの広い帽子とスカーフ、そして"狩り"のため調整されたものでないごく普通のコート。彼の脳裏を車椅子の老人と、大鎌による無慈悲な一撃が過る。

 

「……道理で、思い出す訳だ」

 

 リューとアミッドが不思議そうに見つめるのも気にせず、くつくつとヴィンセントは笑い声を漏らす。

 

 最初の狩人、ゲールマン。

 

 かつて自身が手に掛けた助言者の姿を、今の自分は彷彿させるのだ。

 

「……どうしたのですか、ヴィンス?」

 

「いや、ただこれを気に入っただけだ。感謝する」

 

 ヴィンセントは二人に向かってふっと笑った。最初に感じていた居心地の悪さは、もうどこかに消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、オラリオの地下にて、

 

「ふふふっ……さぁ、行きなさい」

 

 ガチャリと錠の解かれた檻から、モンスター達が這い出始める。

 

「本当はまだ見守るつもりだったけれど……うふっ、バレたらヴィンセントに殺されてしまいそうね」

 

 使ったばかりの鍵束を弄りながら彼女は──『美』の女神は妖艶に笑った。

 白と黒。決して混ざり合うことのない二つを孕みながら、それでいて眩しい程の輝きを放つ魂の少年を想って。

 

「貴方の勇姿で、この私を魅せてちょうだい?」

 

 咆哮が、轟いた。

 




とりあえずベル君の武器は《寵愛の刃》ということでいかせてもらいます。葬送の刃や慈悲の刃と同じ、隕鉄を使った武器ということで名前もそれっぽく。まぁ、ダンまち世界なので隕鉄そのものではなく、限りなく近い性質をした別の金属なんですが。

とりあえず次回から戦闘回です。狩人様側とベル君側で、二話くらいに納められたらと思います。

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