血濡れの狩人と白兎   作:ユータボウ

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ダンまち、読んでる人なら分かると思うけどやっぱり色々と上手い。表現の仕方とか語彙とか、どっから出てくるんだろうか。あとリューさん可愛い。




第16話

『ァアアアアアアアアアアア────!!』

 

「さて……どうしたものか」

 

 絶叫と共に動き出した異形を眺めながら、ヴィンセントはポツリと呟く。

 突如として現れた目の前の異形は、高さがおよそ六M(メドル)、横幅に至っては食人花の足を折り畳んでも一〇M (メドル)は優にある。仕掛け武器による攻撃程度では急所にでも当てない限り、満足にダメージを与えることすら出来ないだろう。あれを完全に屠るとなれば相応の一撃──大規模な『魔法』などが必要だ。

 

「ふむ……まぁ、あれこれ考えるよりも実際に試してみるか」

 

「試す……?」

 

 そう言ってヴィンセントが取り出した二つの銃器は、彼の持つ物の中でも特に扱いの難しい代物である。右手に《大砲》、左手に《教会砲》という、馬鹿げたサイズの得物を携えたヴィンセントは、固まってしまったリューを尻目に、短く息を吐いてから跳躍した。異形の側面へ回り込むように跳んだ彼は、移動しながらすっと構えを取り──、

 

 雷鳴にも似た凄まじい発砲音が立て続けに二つ。その直後、女型の上半身と蛸の下半身でそれぞれ轟音を伴った爆発が起こり、右腕の一部と足の数本をまとめて吹き飛ばした。

 

「はぁ!?」

 

「えぇ!? ちょ、何が起きたの!?」

 

 その光景にティオネとティオナが困惑するのも無理はない。今すぐ飛び掛かって一撃を与えてやろうとしていたところに、あろうことか大砲による砲撃が飛来し、大爆発を引き起こしたのだ。あんぐりと口を開け、思わず動きを止めてしまった冒険者もいる。

 

「……相変わらず規格外だな、あの男は」

 

「全くだよ。でも、これであのモンスターの動きは止まった」

 

 冷や汗を流すリヴェリアの言葉にフィンは苦笑し、しかしすぐに真剣な表情で答える。フィンの言う通り、大砲と教会砲により大きなダメージを受けた異形は、その注意をヴィンセントの方へと向けた。そして、執拗に襲い掛かる触手をヴィンセントは二つの得物を握ったまま、器用にステップを踏んで避け続けている。

 

「リヴェリア様! 団長!」

 

「レフィーヤ、今までどこに……いや、それよりアイズは?」

 

「アイズさんは、ハシャーナさんを殺した犯人に襲われて……今、向こうに……!」

 

 その腕に気絶した黒髪の犬人(シアンスロープ)の少女を抱え、息も絶え絶えな状態で戻ってきたレフィーヤは、顔だけを動かしてアイズの消えた方向を示した。

 

「……アイズなら大丈夫だ。そう簡単にやられない。それよりリヴェリア──」

 

「分かっている。レフィーヤ、以前行った連携は覚えているな? あれをやるぞ」

 

「はっ、はい!」

 

 その言葉に大きく頷いたレフィーヤは抱えた少女を一旦降ろし、リヴェリアとは別方向に走り出した。二人の魔導士はそれぞれ、広場の東端と西端を目指す。

 

 一方、前衛冒険者達は暴走する異形の前に成す術がなく、被害が及ばぬように逃げることしか出来なかった。その逃げた冒険者ですら伸ばされた足に捕まる者もいる。その様子はまさに嵐、天災の類いであり、故に対抗出来る冒険者もこの場には数人しか存在しない。

 

「あーもー! これじゃあキリがない!」

 

「足一本取ったくらいじゃ駄目ね。大して効いてないわ……」

 

 大双刃(ウルガ)を振り回し、豪快に異形の足であるヴィオラスを切断するティオナと、湾短刀(ククリナイフ)を自在に操り、敵をズタズタに斬り裂いていくティオネ。しかし二人の健闘も虚しく、異形に確固たるダメージを与えるには至らない。長槍を手に異形の懐に潜り込んだフィンもまた、上半身から来る無数の触手の前にその動きを阻まれてしまう。仕方なくバックステップをして距離を取ったフィンだが、そんな彼の耳に再びあの砲声が轟いた。

 

『グギャアアアアアア────!?』

 

「……これだけでは殺し切れんか」

 

 被弾したことで苦しげに喚く異形を眺めながら、煙の上がる大砲と教会砲を手に嘆息するヴィンセント。二発ずつ撃ったことで手持ちの水銀弾は底を尽き、ただの重りと化した銃器を消した彼は、新たに《パイルハンマー》と《ガトリング銃》をその手に掴んだ。

 

「……あの、ヴィンス、それは?」

 

「パイルハンマーとガトリング銃。頭のイカれた阿呆共が調子に乗って生み出した産物よ。連中曰く、『つまらないものは、それだけでよい武器ではあり得ない』そうだ。作っておいた手前、まさか役に立つ日が来るとは思わなかったが……」

 

 それより、とヴィンセントは言葉を区切り、その視線を広場の両端に辿り着いたリヴェリアとレフィーヤに向けた。直後、二人を『魔法』を唱え始め、魔力の流れを感じ取った異形がピクリと反応を示した。

 

「あえてリヴェリアに大量の魔力を使わせ囮とすることで、そのリヴェリアより魔力消費の少ない【千の妖精(サウザント・エルフ)】を隠すとは。……リュー、貴公も()()()()()()()?」

 

「……えぇ、任せてください!」

 

 力強く頷いたリューにヴィンセントはニィと笑みを返し、自身はいずれ訪れる好機に備え息を潜めた。ガキン、と重厚な音を立て、右手のパイルハンマーがその変形を終える。

 

「【──今は遠き森の空。無窮の夜空に(ちりば)む無限の星々。愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を】」

 

 小さく息を吸い込んで目を閉じ、歌うように言葉を紡ぎ始めたリュー。彼女を中心に小さな魔方円(マジックサークル)が形成され、キラキラと光が瞬いた。

 

「【汝を見捨てし者に光の慈悲を。来たれ、さすらう風、流浪の旅人(ともがら)】」

 

 詠唱が進むにつれ、リューの魔力は徐々にその量を増していく。逆巻く奔流が彼女を包み、来るべき解放の時を待つ。

 しかし、その魔力に敵が気付くことはない。異形には広場の東端で馬鹿げた量の魔力を垂れ流すリヴェリアしか眼中にないからだ。まさに計画通り、リヴェリア目掛けて進撃する異形に何人かの冒険者がふっと笑った。

 

「【空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ──】」

 

 カッとリューの目が開かれると同時に、異形を十分に引き付けたリヴェリアが詠唱を止め、さっと横に跳んだ。それまで練り上げられていた魔力が呆気なく霧散したことに、異形は腑に落ちないとばかりに顔を上げる。しかし、次の瞬間に感じた莫大な量の魔力に、ビクリとその巨躯を震わせた。

 

 すぐさま振り返った異形が捉えたのは、広場の西端とそれよりやや手前で、間もなく詠唱を終えようとするレフィーヤとリューの姿だった。

 

「──【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

 

「──【星屑の光を宿し敵を討て】」

 

 抑える必要がなくなり、二人のエルフから溢れる魔力が爆発的に膨れ上がる。リヴェリアによって街の東端に誘き寄せられた異形に、彼女達を止める術はない。

 

「逃げろぉ! でけぇのが来るぞぉ!」

 

 ボールスの怒声が木霊し、それに合わせて冒険者達が一斉に退避する。この一瞬だけ、レフィーヤとリュー、二人と異形を結ぶ直線上からあらゆる人影が消えた。

 

 そして──二つの『魔法』が完成する。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

「【ルミノス・ウィンド】!」

 

 炎矢の豪雨と閃光を放つ風の砲弾、それぞれが凄まじい速度で異形へと迫る。夥しい紅蓮の魔力弾は異形の触手を、極彩色の体皮を容赦なく削り、暴風の塊とも言える一撃が異形の腹を突き破った。絶え間なく続く『魔法』に異形が絶叫するが、尚もレフィーヤの猛攻は止まらない。

 時間にしておよそ十秒以上、その数およそ万にも届くかとばかりの火の雨を浴び、腹にも大穴を開けた異形は全身を焼け焦がし、黒煙を上げながらゆっくりと崩れ落ちる。しかしその息はかろうじて残っている。異形は最早原型すら留めぬ程ボロボロになった体を引き摺り、すぐ傍らにある断崖から逃亡を試みようとした。

 

 それを彼、彼女達は見逃さない。

 

「一気に片を付けるよ」

 

「了解です団長!」

 

「おりゃー!」

 

「……」

 

 フィン、ティオネとティオナ、そしてヴィンセント。異形が崩れ落ちてから間髪を入れずに駆け出したのが、この四人である。各々の武器を構えた第一級冒険者達は、瀕死の獲物へ一斉に飛び掛かり──、

 

 ティオネの湾短刀(ククリナイフ)が、最後の抵抗として伸ばされた触手を斬り飛ばし、

 

 フィンの投擲した長槍がその頭部を穿ち、

 

 ガトリング銃の連射で蜂の巣にされた胴体が、ヴィンセントのパイルハンマーによる渾身の一撃で弾け、

 

 最後に、ティオナの大双刃(ウルガ)が僅かに残った胴体を真っ二つに切断した。

 

『──……! ──……』

 

 ピクピクと痙攣し、灰となって跡形もなく消え失せる異形。惨状となった広場にしんと静寂が訪れ、やがて割れんばかりの喝采が巻き起こった。誰もが強大なモンスターが打ち倒されたことに歓喜し、大騒ぎする中、しかし撃破の立役者たる面々の一部は浮かぬ表情となっていた。

 

「魔石は砕いてしまったか……。新種のモンスターに関する貴重なサンプルになると思ったのだがな」

 

「……ヴィンス、流石にあれはやりすぎたのでは?」

 

「私はただあのデカブツを狩っただけだ。魔石云々など知ったことではない」

 

「ンー……まぁ、済んだことにとやかく言っても仕方ないよ。ここには僕達以外の冒険者もいて、あんまり悠長にしている暇もなかったことだしね」

 

 ガトリング銃でズタズタになっていたとはいえ、たった一発で異形の上半身の七割程を吹き飛ばしたパイルハンマーに、リヴェリアとリューの視線が注がれる。それに対しヴィンセントは小さく肩をすくめ、フィンがふっと苦笑を溢した。

 

「そ、それよりアイズさんを助けに行きませんか? 大丈夫だとは思うんですけど……私、心配で……」   

 

「あっ! アイズのこと忘れてた! 皆、早く行こうよ!」

 

「ちょっ、ティオナ! 待ちなさい!」

 

 レフィーヤの言葉に走り出したティオナをティオネが諌めるが、しかしその動きを止めるには至らない。あっという間に遠くまで行き、すっかり小さくなった背中を眺めながら、不意にフィンがポツリと呟いた。

 

「……あの方角、多分アイズがいる方とは正反対だね」

 

「すぐ呼び戻してきます、団長!」

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 リヴィラの西側。ヴィオラスの出現により建物が破壊され、更地のようになったその場所で、アイズは【エアリアル】による風を纏い、赤髪の女と相対していた。

 

「はぁっ!」

 

「ふん」

 

 付与魔法(エンチャント)の乗ったアイズのサーベル──《デスペレート》。切れ味、速度共に上昇したそれを、赤髪の女はそれをモンスターの牙をそのまま武器にしたような無骨な長刀で、真っ正面から打ち払った。刹那のうちに無数の剣撃の応酬がなされ、幾度となく二つの刃がぶつかり合う。火花が飛び散り、衝撃に地が割れた。

 

「『アリア』、どこでその名を!?」

 

「さぁな」

 

 感情を爆発させるアイズの滅多にない言動に、女は素っ気なく答える。問答を行いつつも、二人が戦闘の手を緩めることはない。女の長刀がアイズの手甲を浅く傷付け、アイズの剣が女の前髪を何本か斬り裂いた。

 

 一見すると互角に見えるこの戦い、しかし押されているのは──アイズだった。

 

「っ!」

 

 【エアリアル】を発動していて尚、力負けする。『魔法』を使用しているアイズとは違い、女は純粋な膂力だけでアイズを上回っていた。その事実が、ただでさえ動揺している彼女を更に揺さぶる。

 

 『アリア』。

 

 その名前を、何故か目の前の女は知っている。

 

「見えたぞ」

 

「しまっ……!」

 

 焦りからか、僅かにぶれた剣先。凄まじい速度の中で晒した隙などごく小さなものであったが、そこを女は的確に見抜いた。頬の肌を軽く斬られながらも一気に距離を詰め、硬く握り締めた拳をアイズへと叩き込んだ。腹部に突き刺さったそれは纏っていた風を容易に引きちぎり、アイズの細身の体を後方へと殴り飛ばす。

 この戦闘が始まって初めて無視出来ないダメージを受けたアイズは痛みに表情を歪ませ、しかし冷静に風を操って素早く体勢を整えた。ザリザリと音を立てながら地面を滑りながら、前のめりになっていた体を起こし──、

 

 自身の目前で長刀を高く構える女を見た。

 

 ゾクリ、と。これまでにない悪寒が全身を走る。アイズは反射的に剣に風をかき集め、持てる限りの力で振り上げた。幸運にもそれは、振り下ろされた必殺の袈裟斬りに寸前で剣を潜り込ませる形となり、辛うじて防御することに成功する。

 

 直後、空気が爆せた。

 

「がぁっ……!?」

 

 押し寄せる衝撃にアイズの体は容易く持ち上げられ、そのまま倒壊していた建物の瓦礫へと叩き付けられた。肺から全ての空気が吐き出され、視界が一瞬だけ真っ白に染まる。全身を走る痺れにアイズはどうすることも出来ず、とうとうその手からデスペレートを離してしまった。カラン、と乾いた音が響く。

 

「やっと終わりだ」

 

 刀身が粉々に砕け散り、最早役に立たなくなった得物を投げ捨て、女は身動きの取れないアイズへと疾駆する。大きく振りかぶられた右腕、尋常でない力を有する女から放たれるそれをまともに食らえば、いくらアイズでも命の保証などどこにもない。そして、今の彼女にその一撃を避ける術はなかった。

 

 殺られる、繰り出された掌底にアイズが覚悟を決めた瞬間──、

 

 突如、女の足元にあった土を抉られた。

 

「ちぃ!」

 

「え……?」

 

 突然の出来事に女が苛立ちの声を溢しながら後ろに跳躍し、アイズが困惑の声を漏らす。一体何が起きたのかと呆然とする中、そんな彼女の前に彼等は現れた。

 

「やれやれ、なんとか間に合ったか」

 

 長槍を携えた金髪の小人族(パルゥム)、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

 

「あぁ、無事のようだな、アイズ」

 

 一つに結ばれた深緑の髪を揺らすハイ・エルフの麗人、【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

「大丈夫ですか、アイズさん!?」

 

 山吹色の長髪を束ねたエルフの少女、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】レフィーヤ・ウィリディス。

 

「……」

 

 緑色の戦装束を纏い、覆面で素顔を隠したエルフ、【疾風】リュー・リオン。

 

 そして、弾切れになったガトリング銃を消し、黒衣の狩装束をはためかせながら一歩を踏み出す、特徴的な尖った帽子から紅蓮の髪に翡翠色の瞳を覗かせる男。

 

「見つけたぞ。次は逃がさん」

 

 【狩人】ヴィンセント・ローズ。

 

 迷宮都市オラリオの頂点に立つLv.7は、捉えた獲物にニタァと獰猛な笑みを浮かべた。

 




大活躍する「火薬庫」産武器には設計者やデュラさんも思わずニッコリ。上位者殺しに定評のある刺突と雷はお休みでした。

一応次でオラトリア編は終わって、ベル君サイドに戻る感じになりそうです。リリルカさんにもそろそろアップを始めてもらわないと……。

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