血濡れの狩人と白兎   作:ユータボウ

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第2話

 ベル・クラネル

 

 Lv.1

 

 力 :I 0

 耐久:I 0

 器用:I 0

 敏捷:I 0

 魔力:I 0

 

 《魔法》

 

 【】

 

 《スキル》

 

 【】

 

 

 

「これが……僕の【ステイタス】……」

 

 その夜、歓迎会の後、晴れて【ヘスティア・ファミリア】の眷族となり、ヘスティアにより『神の恩恵(ファルナ)』を与えられたベルは、羊皮紙に書かれた自らの【ステイタス】を見てポツリと呟いた。これで自分も冒険者だと思う反面、『スキル』も『魔法』も発現していないことが少しだけ残念に思った。

 

「焦らなくても大丈夫だよ、ベル君。どんな人だって最初はゼロからスタートなんだ。これから強くなっていけばいいのさ」

 

 そう言ってニコリと微笑むヘスティア。絶世の美貌を持つ彼女の笑みに、これまであまり異性との関わりのなかったベルは顔を赤くし、慌てて後ろを向いた。バクバクと高鳴る心臓を深呼吸することで落ち着かせる。

 

「今日は疲れただろうし、もう眠った方がいいよ。明日は冒険者登録とか、色々やることもあるだろうからね」

 

「はい、神様」

 

「うん、じゃあおやすみなさい」

 

 ヘスティアは微笑みを浮かべたまま手を振って部屋から出ていった。パタン、と扉が閉まると同時にベルの口から「はぁ~……」と大きな息が溢れる。

 

「これで……僕も冒険者なんだ」

 

 込み上げる嬉しさを堪えられないのか、ベルは【ステイタス】の書かれた羊皮紙を抱えたまま、ゴロゴロとベッドに転がった。憧れた物語のような英雄になれるかもしれない、そう考えるだけで自然と頬がにやけてしまうのだ。

 しかしそんな興奮した状態では寝付くことなど出来る筈もなく、深夜になっても彼は目を開けたままであった。眠れない、そうぼやいたベルはベッドからそっと起き上がると、静かに部屋を後にして外へと出ていく。夜風に当たれば気分も落ち着くだろうと考えたのである。

 

 しかし、そこには既に先客がいた。

 

「眠れないのか、ベル」

 

 月光に照らされる白い花々の咲き乱れる庭、その前の石段に腰掛けていた紅髪緑眼の男──ヴィンセントは、振り返ることなくやって来たベルに尋ねた。

 

「えっと……はい。なんていうか、憧れの冒険者になれたんだって思うとなかなか眠れなくなっちゃって」

 

「なるほど。ならば暫しここにいるといい。今宵は心地いい風も月もある、ただ寝て過ごすには勿体ないというものだろうよ」

 

 ポンポンと、ヴィンセントは自身の横にある空いたスペースを叩いた。それは、ここに来いということなのだろう。ベルは誘われるがままにヴィンセントの隣に腰を下ろした。そして空を見上げ──感嘆の声を漏らす。

 雲の少ない空に浮かぶ月は満月だった。蒼白の光を放ちながら煌々と輝くそれは、ベルの目にこれまで見てきたどんな月よりも美しく映った。ずっと眺めていたらいつか呑み込まれるかもしれないと、無意識のうちにそう感じてしまう程だ。

 

「……あの、ヴィンセントさん」

 

「どうした?」

 

「ヴィンセントさんは、どうして冒険者になったんですか?」

 

 ベルは視線を移し、ヴィンセントに問うた。その深紅(ルベライト)の瞳が彼を捉える。

 

「ふむ、何故私が冒険者になったのか、か……」

 

 顎に手を当て、考えるような素振りを見せるヴィンセント。そんな彼をベルは無言のままじっと見つめている。

 

「そうさな、貴公のようにあまり大それた理由ではないが、私が冒険者になったのは神ヘスティアに恩を返すためだ」

 

「神様に……恩を……?」

 

 意外な理由に首を傾げたベルにヴィンセントはこくりと頷く。そして彼は語り始めた。

 

「もう十数年も前のことになるのか、私は神ヘスティアに拾われた。薄汚い路地に倒れてくたばりかけていたところを、彼女に助けられたのさ。それからも彼女は素性も知れない私のために、何かと世話を焼いてくれたものだよ」

 

 ヴィンセントは浮かぶ蒼白の月を見上げ、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。

 

「最初の頃は何も思わなかった。だがそんな日々が何日も続くうちに、私は彼女に何かを返すべきではないかと感じるようになった。擦り切れたなけなしの人間性しか持たない醜く憐れな獣同然の身ではあったが、それでも()()()()()()()()()()()()()()、与えられた恩には報うべきだと。そうして行き着いた先が冒険者だ。幸い、この身は"狩り"に秀でていたのでな」

 

 ──いや、"狩り"しか出来ないというべきか

 

 ふっと笑いを浮かべたヴィンセントに、ベルは自分が大きな勘違いをしていたことに気が付いた。しかしそれを口には出さない。本人に言えば、きっと否定するであろうから。

 

 ヴィンセント・ローズ。

 

 彼は、存外に()()()なのだとベルは思った。

 

「──ありがとうございます、ヴィンセントさん。僕、少しでもヴィンセントさんのことが知れて良かったです」

 

「そうか、それは良かった」

 

 月明かりに照らされた二人は顔を見合わせ、そしてまた静かに笑った。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 翌日、ベルはヴィンセントに連れられて『ギルド』の本部を訪れた。『神の恩恵(ファルナ)』を与えられ、正式に【ヘスティア・ファミリア】の一員となったことから、冒険者登録を行う必要があったからである。

 本来ならばすぐに終わる筈の冒険者登録、しかしベルの所属する【ファミリア】が()()ヴィンセントの【ヘスティア・ファミリア】だったことや、そしてベルがダンジョンに対してあまりに無知であったがために、担当アドバイザーとなったハーフエルフのギルド職員──エイナ・チュールから指導を受けたことで、随分と長引くこととなってしまったのだ。

 結局ベルとヴィンセントが解放された時には、既にお昼時を大きく過ぎる頃合いとなっており、現在二人は中央広場のベンチに座って屋台で購入したじゃが丸君を黙々と齧っていた。男が二人、ジャガ丸くんを無言で食べ続ける光景はなかなかに奇妙な絵面である。

 

「なんか、凄く疲れたような気がします……」

 

 最後のじゃが丸君を食べ終えたベルは、ベンチに背中を預けながら大きく嘆息した。ギルド職員の中でも熱心な、言い換えればスパルタなエイナから何時間も指導を受けたのだ。更に今後も定期的に『勉強会』が開かれるともなれば、彼がこうなるのも当然と言えよう。むしろ、途中で逃げ出さなかっただけ誉められることかもしれない。

 

「知識は必ず役に立つ。覚えておいて損はないさ」

 

「確かにそうかもしれませんけど……大変だなぁ」

 

 再度溜め息を吐いて気落ちするベル。そんな彼を見たヴィンセントは「ふむ」と一度唸ると、立ち上がって彼を見下ろした。

 

「ベル、買い物に行くぞ」

 

「え? 買い物、ですか?」

 

「あぁ。貴公の装備を買いに行く」

 

「なるほど、僕の装備を──って、ええええええええええええ!?」

 

 人目も気にせず叫び声を上げたベルに、ヴィンセントは深く被られた帽子の下でニィと口角を上げた。

 

「いやいやいや、ヴィンセントさん! 僕お金なんてありませんし、買ってもらうなんて悪いですよ!」

 

「安心しろ。そんな何千万もする装備を買いに行く訳じゃない。装備は冒険者の実力に見合うものを、貴公のような新米の装備なら五万ヴァリスもあれば揃えられる」

 

「いや、それでも──」

 

「ベル」

 

 名前を呼ばれた、たったそれだけのことでビクッとベルの肩が跳ねる。ほんの一瞬だけ放たれた圧力、しかしそれを正面から受けたベルは言葉を失ってただただヴィンセントを見つめた。その頬を冷や汗が伝っていく。

 

「冒険者である以上、装備を整えるのは当然のことだ。そして私は貴公と同じ【ファミリア】の眷族でもある。先達からの祝いだ、大人しく受け取っておけ。それに、貴公が死ねば神ヘスティアがどうなるか分からん」

 

 そう言われては言い返すことは出来ない。こくこくと何度も首を縦に振るベルに、ヴィンセントは手招きをして彼を呼んだ。

 

 そうして二人がやって来たのは──天高くそびえ立つバベルの八階、【ヘファイストス・ファミリア】のテナントである。

 

「あの……ヴィンセントさん。【ヘファイストス・ファミリア】って、オラリオでも凄く有名な【ファミリア】ですよね……?」

 

 震える声で尋ねるベルにヴィンセントは短く「あぁ」と肯定の意を示す。

 【ヘファイストス・ファミリア】と言えば、オラリオに来てまだ日の浅いベルでも知っている程の高級ブランドである。いくらヴィンセントがいるとはいえ、そんな一流の冒険者だけが来るような場所に来てしまったベルは、凄まじいまでの疎外感に襲われていた。その場に縮こまって震える姿は彼の外見も相まってまさに兎であり、そんな彼にヴィンセントは苦笑してその頭を軽く撫でた。

 

「そう慌てることはない。このフロアにある装備は【ヘファイストス・ファミリア】に所属する、まだ未熟な職人達が作ったものだ」

 

 ヴィンセントはふと目についた一本の槍を手に取ると、それをベルに向かって差し出した。その槍につけられた値段は、八五〇〇ヴァリス。その想像よりも遥かに安い値段──勿論、今のベルにすれば大金であることに違いはない──にベルはポカンとなって、何度も瞬きを繰り返した。

 

「【ヘファイストス・ファミリア】は一流の鍜冶師(スミス)だけでなく、末端の者達にもこうして作った作品を売り出す機会を与えている。勿論下される評価は様々だが、それは間違いなく作った者の糧となる。神ヘファイストスはそう考えているのだろうな」

 

 さて、とヴィンセントは言葉を区切り、ベルの方へと視線を戻した。

 

「ベル、貴公はどの武器を選ぶ? ナイフか、直剣か、槍か、斧か、槌か、あるいは弓か。大剣のような大きな得物でも構わんぞ。【ステイタス】があればある程度の武器は使える筈だからな」

 

「えっと……う~ん……どうしましょう」

 

 ベルはその提案に頭を悩ませた。ヴィンセントの提案は実に魅力的だが、しかしベルはまだダンジョンで戦闘をした経験がない。そのため、どんな武器を選んでいいのかも分からないのである。

 

「あの、ヴィンセントさんは僕にはどんな武器が一番合うと思いますか?」

 

「そうさな。まず貴公が新米であるということを考慮すれば扱いやすいナイフか直剣──それもショートソードくらいの長さが好ましいか。小柄な体格を利用してモンスターを翻弄、そして隙を狙うという戦い方が無難なところだろう。槍もいいがあれは存外に扱いが難しい。慣れるまでには時間が必要だ」

 

「なるほど……じゃあ──」

 

 そう言ってベルが手に取ったのはごく普通のナイフだ。黒塗りのグリップの飾り気のない無骨なデザインで、鈍色の刀身は魔石灯の光を受けて輝いている。その値段は鞘を含めて九一〇〇ヴァリスとなっていた。

 

「どうでしょうか?」

 

「悪くないな。それでいいのか?」

 

 その言葉にベルは笑みと共に頷いた。するとヴィンセントは「少し待っていろ」と一言を残して姿を消し、やがて一本の直剣を手に戻ってきた。厚めの刀身で、かつそれなりの長さもあるその剣は、試しに握ってみたベルの手に馴染んだ。

 

「ヴィンセントさん、この剣は……?」

 

「ダンジョンでは何が起こるか分からない、予備の武器も必要となる場合もあるだろう。それに、ナイフでは歯が立たない相手と戦う可能性もあるだろうしな」

 

「た、確かにそうですね。それに剣一本くらいならそんなに重くなさそう……」

 

 ナイフと直剣、二つの武器をベルは交互に見つめた。どちらも彼のような新米冒険者が使うには十分な代物で、ダンジョンでも上層と呼ばれる辺りでなら問題なく通用する程だ。

 頑張らなくてはヴィンセントさんに面目が立たないな、と。その後二つの武器に加えて、胸部を守るブレストプレートやサポーターといった防具を祝いの品として受け取ったベルは、内心でそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「合計四三〇〇〇ヴァリスか、案外安く済むものだな」

 

 「えぇ……僕からすれば全然安くないと思うんですけど」

 

 「安いさ。私なら一日あればその百倍は余裕で稼げる。それに第一級冒険者の装備など優に一億ヴァリスを越えるぞ?」

 

 「ひゃ、百倍と一億ヴァリスって……もうなんだか気が遠くなりそうです……」

 

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