……ところでダンメモに水着イベントはないんですかね? リューさんの水着とか凄く楽しみにしてるんですけど。
「結局、3階層まで行っちゃいましたね」
ダンジョンから帰還しバベルの地下一階へ繋がる階段を歩きながら、ベルはヴィンセントに向かってそう苦笑した。アドバイザーであるエイナからの忠告は無視してしまうことになり、かつ今までにないくらい心身共にボロボロとなったが、しかし彼の心は溢れんばかりの喜びで満ちていた。
3階層で現れたモンスターは1階層で現れたものよりも強かった。同じ『コボルト』でもその違いは明らかである程に。当然ベルは傷も負ったし、危うく大怪我をする寸前まで追い詰められたこともあった。それでも自力でそれらを切り抜け、ヴィンセントから
バベル内の施設で汚れを落とした二人は、太陽が沈んで暗くなったオラリオの街を歩いていく。夜の帳が下りたことで酒場の類いが開き出したオラリオの街は、昼間とはまた違った顔を見せており、それにベルは目を輝かせて頻りに辺りを見回した。
「わぁ……! 夜になっても賑やかですね!」
「大通りは、な。ここから少し外れれば夜らしく静かになる」
魔石灯の明かりに照らされながら、二人は他愛のない会話と共に進んでいく。やがて彼等が辿り着いたのは『ギルド』の本部である白い柱で作られた
「すみません、換金をお願いします」
「分かりました。え~……はい、四八〇〇ヴァリスになります」
窓口の職員から渡されたヴァリスを受け取り、ベルは上機嫌でヴィンセントの下に戻っていく。初めてダンジョンに潜り、そして初めて自分で稼いだヴァリスである。その重みはこれまで使っていたヴァリスとは大違いで、無駄遣いしないよう大切に使おうとベルは心に決めた。
そんな軽い足取りで
「あれ、ベル君?」
「エ、エイナさん?」
ビクッと、突如現れたハーフエルフの女性にベルの肩が跳ねる。それと同時に嫌な冷や汗がつぅと彼の頬を伝った。
彼女と交わした1階層までしか行かないと約束。
それを破ったことに対する罪悪感が、本人を目の前にして一気にベルへと襲い掛かってくる。
「こんな時間にギルドに来るなんて、どうしたの? 何かあった?」
「いえ、その……魔石の換金をしに来た……んです……けど……」
だんだんと小さくなっていくベルの声に反比例して、エイナの纏う雰囲気は徐々にその威圧感を増していく。まずい、その三文字が彼の頭を埋め尽くした。
「へぇ~……こんな遅い時間に魔石の換金に来たんだ」
「は……はいぃ……」
「それで、何ヴァリスになったの?」
駄目だ、バレている。怒気を放ちながら笑うエイナからそれを察したベルは、最早曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すことしか出来ない。しかし、そんな真似をこの仕事熱心なハーフエルフが見逃す筈もなく、無言の脅迫にベルは呆気なく白状した。
「よ、四八〇〇ヴァリスです……」
「ふ~ん……四八〇〇ヴァリスかぁ。冒険者になってまだ五日で、今日初めてダンジョンに挑んだ人が四八〇〇ヴァリスもねぇ……」
ふふふふふ、と不気味に笑うエイナにベルは思わず「ひっ……!?」と短く悲鳴を上げた。
一般的にLv.1冒険者が五人集まって一日に稼げる金額は、平均で二五〇〇〇ヴァリスと言われている。つまり一人当たりの分け前は五〇〇〇ヴァリス、しかもこの額は上層の中でも下の階層──6階層以下で稼いだ場合がほとんどだ。凶悪なモンスターが出現する6階層以下でも、パーティを組むことで安全性を確保しているのである。
それを考慮すれば
「……ベル君、正直に答えて。今日、君は何階層まで行ったの?」
「……3階層、です」
ベルが答えるや否や、大きな溜め息が辺りに木霊した。額を手で覆い、天を仰ぐエイナ。そんな彼女にベルは思わず身を竦めて目を閉じた。間もなくエイナの雷が落ちるであろうと、この場に居合わせた誰もが予想した。
しかし、それは現れた一人の男によって不発に終わることとなる。
「ベル、何かあったか?」
「え……あ、ヴィンセントさん!?」
黒い装束をはためかせ、ベルとエイナの下へと近付いてくるヴィンセント。そんな彼の姿にベルは安堵の息を漏らし、対するエイナはビックネームの予期せぬいきなりの登場に「ふぇ……!?」と戸惑いの声を溢した。
「一体何をして……む、貴公はチュール嬢か。どうかしたのか……と……あぁ、なるほどな」
二人の様子を見たヴィンセントは、やがて何やら納得したかのようにこくこくと頷いた。そして、彼はエイナに向かって軽く頭を下げる。
「チュール嬢、ベルが3階層まで行ったのは私も同伴していたからだ。どうかその怒りは静めてもらいたい」
「ロ、ローズ氏も一緒にって……ベル君、それは本当?」
「は、はいっ!」
ブンブンと首を大きく縦に振ったベルをエイナはじっと見つめるが、彼が嘘をつけるような性格でないことは知り合って数日の彼女でも理解していた。やがてエイナは一つ息をつくとベルに向かってずいっと顔を寄せた。二人の距離が縮まる。
「ベル君、今回はローズ氏が一緒だったみたいだから何も言わないけど、一人でダンジョンに行くときは絶対に1階層だけだからね? 仮にベル君の実力が3階層で通じたとしても、これだけは絶対に守ってほしいな」
──冒険者は冒険しちゃいけないんだから
それは普段からエイナが口にしている警句のようなものだ。常に死と隣り合わせの冒険者だからこそ、死ぬことのないように無茶をしてはいけない。冒険者の死というものに関わることの多い、ギルドのアドバイザーだからこそ言える言葉であった。そして今日、身を以てダンジョンの恐ろしさを知ったベルは、その言葉を改めて胸に刻み込む。
「まぁなんだかお説教みたいになっちゃったけど、ベル君が無事に戻ってきてくれて良かったよ。今日は頑張って疲れただろうから、しっかり休んでね」
「エイナさん……ごめんなさい。それと、ありがとうございました!」
「チュール嬢、ベルには私からも言っておく。では、我々はこれで失礼する」
ヴィンセントは最後にすっと頭を下げ、コートを翻して去っていく。ベルもまたそれに倣い、エイナに礼をしてから踵を返してヴィンセントの後ろに続いていった。そんな二人の背中を見送ったエイナは、二人が完全に見えなくなったことを確認してからくすりと表情を綻ばせる。
「雰囲気とか外見とか全然違うのに……仲のいい兄弟みたいだったなぁ」
いや、親子だろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、エイナは残った仕事を片付けるべく本部の奥へと足を運んだ。
△▽△▽
ギルドの本部から離れ、西地区へと続く通りを進むヴィンセントとベル。そんな最中、ベルは麻袋から今日の収入である四八〇〇ヴァリスの半分、二四〇〇ヴァリスを取り出すと、それをヴィンセントに向かって差し出した。
「ヴィンセントさん、今日はありがとうございました。これ、良かったら……」
「いや、私と分ける必要はない。そのヴァリスが貴公が稼いだものだからな。貯めて装備を整えるも、美味い飯を食べるも、好きにすればいい」
それと、とヴィンセントは言葉を区切る。
「こんなところで金を出すな。薄汚い盗人に狙われているとも限らん」
「あっ……す、すみません」
ベルははっとなってヴァリスを麻袋に戻し、かつその袋を大切そうに握り締める。そんな姿にヴィンセントは苦笑を溢し、「私がいる以上盗みなどさせぬよ」と彼の頭をポンポンと叩いた。その後も二人はとりとめもない会話をしつつ、人々の流れに身を任せていく。
そして彼等が
ベルとヴィンセントの視界を、薄緑色の髪を持つエルフが横切った。
「リュー」
「……ヴィンス?」
名前を呼ばれて足を止めたエルフ──リュー・リオンは抱えた荷物を落とさぬよう、ゆっくりとヴィンセントの方へと振り向いた。そしてヴィンセントが突然見知らぬ女性に声を掛けたと思ったベルは、小さく「ちょっ……!?」と困惑の声を漏らして彼を見上げる。
「久しぶりだな。今は買い出しか?」
「はい。そういう貴方はダンジョンの帰りのようだ。となると……隣の彼が例の新人ですか」
「へっ!?」
ヴィンセントに向けられていたリューの視線が移動したことで、ベルはすっとんきょうな声を上げた。例の新人、という彼女の言葉がぐるぐると頭を回る。
「あの、えっ、なんで……?」
「店に来た冒険者の方々が噂していました。白髪で兎のような少年が【
語られたリューの言葉にベルは困り顔のまま「なんですかそれ……」と呟く。知らず知らずのうちに自分のことが噂になっていたという事実に、ベルは驚きを隠すことが出来なかった。
しかしオラリオの冒険者達がベルに対して興味を抱くのは当然のことである。ヴィンセントという
そんな【ファミリア】に初めて入ったという者が現れたとなれば、一体何者なのかと気になってしまうのはごく自然なことと言えるだろう。そしてそんなベルの存在には冒険者だけでなく、一部の神さえも興味を示していた。
「気苦労もあるかと思いますが、頑張ってください」
「あ、ありがとうございます。あっ、僕はベル・クラネルと言います。えっと……リューさん? で、合ってますか?」
「ええ、リュー・リオンです。宜しくお願いします、クラネルさん」
お互いにペコリと頭を下げるリューとベル。しかしリューは頭を上げるや否や踵を返し、スタスタと先に歩き始めてしまった。そして最後に、怪訝そうな表情のベルと普段通りのヴィンセントに向かって振り返り、静かに笑った。
「すみませんがおつかいの途中なので失礼します。ヴィンス、クラネルさん、機会があれば『豊饒の女主人』に来てください。私で良ければ話し相手くらいにはなりましょう」
そう言い残し、リューの背中は完全に人混みへと消えてしまった。取り残されたベルがその場に立ち尽くす一方、ヴィンセントは何も言わずにただふっと微笑を浮かべる。
「……また、顔を出すとするか」
「? ヴィンセントさん?」
「なんでもない。さて……ベル、突っ立っていては邪魔になる。早く帰るぞ」
「へっ!? ちょっ、待ってくださいよ~!」
何も分からないままベルはヴィンセントの背中を追いかける。人々の間を縫うように歩く彼の足取りは先程よりもほんの少しだけ軽くなっていた。
▽△▽△
「おかえりぃいいいいいいい!!」
「うわぁあああああああ!? か、神様っ!?」
『竈火の夢』本邸の扉を開けた瞬間に飛び出してきた黒いツインテール。それを正面から受け止めたベルは完全な不意討ちだったこともあって、石畳に背中から思い切り倒れ込んでしまった。【ステイタス】のお陰で怪我こそないものの衝撃は殺すことは出来ず、結果として彼は飛び出してきたヘスティアを胸に抱いたまま、「うぉぉぉ……!」と悶絶することとなる。
「どうだった!? 無事に終わったかい!? 怪我はないかい!? ベル君に何かあればボクはショックで死んでしまうよ~!」
「か、神様……! ちょっ……離れ……どいてくださいぃ……! ぁあああああ!?」
「ど、どうしたんだベル君!? まさか、どこか痛いところでもあるのかい!? た、大変だよヴィンセント君! 早く
「いや違っ……! ひぃいいいいいいいいい!? 誰か、助け……!」
ヘスティアは抱きついた体勢のままペタペタとベルの体を触り始める。そんな行為に女性への免疫のない彼が耐えられる筈もなく、羞恥のあまりその顔をトマトのように赤く染めた。逃げ出そうにも力ずくとなればヘスティアが怪我をするかもしれず、ただ甘んじて受け入れることしか出来ない。ある意味で今の彼はダンジョンにいた時よりも追い詰められていた。
そんなベルが助けを求めたのは当然ヴィンセントである。そして助けを乞われてはヴィンセントも断る訳にはいかない。彼は溜め息をつきながらベルにくっつくヘスティアに近付き、彼女の腹に腕を回して一気に引き剥がした。そのまま彼女を米俵のように担ぎ上げる。
「わっ!? ちょ、ヴィンセント君! 何をするんだ! ベル君は怪我をしているかもしれないんだよ!」
「していれば私がとっくに治療している。それよりも少し落ち着け」
ウガ~! と怒りを露にし、バタバタと手足を動かすヘスティアは、そのままヴィンセントによって連れていかれる。一方、拘束より解放されたベルは石畳から身を起こすと、そのまま荒れる息をゆっくりと整え始めた。そんな彼に、今まで傍観に徹していた人形が歩み寄る。
「おかえりなさい、クラネル様。ご無事のようで何よりです」
「あ……ありがとうございます、マリーさん」
差し出された人形の手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。その際に感じた無機質特有の冷たさに、ベルは改めて目の前で微笑む彼女は本当に人形なのだと実感する。
「初めてのダンジョンは如何でしたか?」
「う~ん……。正直、思ってたよりもずっと凄かったです。モンスターもそうなんですけど、迷路みたいな階層とか、モンスターの産まれる瞬間とか、ダンジョンの持ってる全部の要素に圧倒されたっていうか。ヴィンセントさんがいてくれたから良かったですけど、一人だったらどうなってたか……」
人形に話しながらベルは一人でダンジョンに挑む自分を想像した。
何が起こるか分からない地下迷宮で、頼れるものは自分の腕と知識、そして勘のみ。警戒を怠ることは一秒も許されず、常に神経を研ぎ澄まし続けなければならない。
そんな状態にまだ未熟な自分が置かれたとしたら?
「(うん、間違いなく死ぬ)」
子供でも分かる簡単な答えにベルは嘆息した。どうやら彼の目指す
「頑張らないといけませんね。今よりももっと強くなって、一人でも戦えるようにならないと」
ベルは自分に言い聞かせるように呟く。
ベル・クラネル
Lv.1
力 :I 61→94
耐久:I 80→H 111
器用:I 73→H 107
敏捷:I 76→H 105
魔力:I 0
《魔法》
【】
《スキル》
【】
リューさんの顔見せ回。今回はほんのちょっとでしたが狩人様が『豊饒の女主人』に行けば出番は増える筈、です。
ストックがなくなったので更新速度は落ちると思います。それでも頑張って書きますのでお楽しみにお待ち頂けたら幸いです。