血濡れの狩人と白兎   作:ユータボウ

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 水着はなかったけどアミッドさんが来たので石全部溶かしたよ……来なかったけどなっ!!




第5話

 キィン、と。まだ太陽の昇り切らない晴天の下で、『竈火の夢』の庭に甲高い金属音が木霊した。

 

「はぁっ!」

 

 右手に握られたナイフを構え、短く息を吐きながら振り抜くベル。しかしその刃は相手に届くことはなく、またしても空を切るだけに終わった。距離にして僅か数M(メドル)、しかしたったそれだけの距離が今はあまりにも遠い。

 

「どうした、終わりか?」

 

「まだまだ……いきます!」

 

 バベルで購入したロングソードを片手に挑発するヴィンセントへ、ベルは再び地を蹴って前に飛び出した。二度、三度と瞬くナイフの一撃は躱されるかロングソードによって防がれる。

 だがこの程度でベルは焦らない。【ステイタス】や技量面でヴィンセントに敵わないことは承知の上だ。また今行われているのは実戦ではなく訓練であり、彼を必ずしも打ち負かさねばならないという訳でもない。持てる力を全て使ってヴィンセントにぶつかる、それがベルのやるべきことなのである。

 

「っ……ここだ!」

 

 剣撃の間を通すようにベルが蹴りを放つ。が、それは難なくヴィンセントの左手によって受け止められ、次の瞬間にはベルはその左手一本によって放り投げられていた。視界が反転し、地面に背中から落下した彼は「がはっ……!」と肺の空気を吐き出す。

 

「今の蹴りはいい一撃だ。スピードさえあれば大抵の相手には通用するだろう」

 

「げほげほっ……! 簡単に防がれちゃあんまり実感は出来ませんけどね……」

 

 よろよろと立ち上がりながらベルは苦笑を溢す。そして彼はナイフを左手に持ち変えると、腰に下げられたショートソードを引き抜いた。その切っ先をヴィンセントへ向け、逆手で握られたナイフを持ち上げる。

 

「もう一回、お願いします」

 

「あぁ。掛かってくるといい」

 

 深紅(ルベライト)の瞳に闘志を滾らせ、ベルはヴィンセントに何度も肉薄する。得物が違えば間合いや振り方も当然異なってくるのだが、ベルはショートソードをナイフと同様、まだ拙さが残る部分がありながらも上手く使いこなしている。また、逆手のナイフを使った肉弾戦も考えているのか、時折そういった素振りを見せることもあった。

 

「貴公の一撃は軽い。真っ正面から当たろうとするな。足を動かして敵の側面に回り込め。翻弄し、隙を見極めろ」

 

「はいっ!」

 

 応酬の最中にもヴィンセントの指摘はやって来る。自分から反撃せず、ベルの動きを観察していたからこそ出来ることだ。そしてベルもその言葉に従い、左右へのステップを動きに組み込み始めた。キィン、キィンと金属音が鳴り響く。

 全力で食らいつくベルと、そんな彼を翻弄するヴィンセント。二人の眷族(かぞく)を庭の外から眺めるヘスティアはその頬を緩ませつつ、紅茶の入った美しいカップをゆっくりと口に運んだ。その眼差しは優しく、そして温かい。

 

「……どうかされましたか?」

 

「ふふっ。いやね、子供達が頑張る姿ってのはいいものだなぁって思ってさ。ヴィンセント君もベル君も、凄く一生懸命なんだから」

 

 訓練を続ける二人へと慈愛に満ちた視線を向けつつ、ヘスティアは人形と問いにそう答えた。嬉しくて嬉しくて仕方がない、今の彼女からはそんな雰囲気が漂っている。

 

「狩人様はクラネル様を随分と気に入られているようですね」

 

「うん。やっぱり自分以外で初めての眷族だからなのかな。正直、ボクも彼がここまで面倒を見てくれるとは思わなかったよ」

 

 それはヘスティアにとって嬉しい誤算だった。元々、外見に反して気遣いの出来るヴィンセントなら新人のベルを邪険に扱うような真似はしないと思っていたが、装備を揃えて一緒に特訓をする程の関係に一週間足らずでなるとは、流石のヘスティアにも予想外のことだったのだ。勿論、それは彼女にとって望ましいことであるので素直に喜んではいるのだが。

 

「やっぱり、子供達は変わるものなんだね。不変のボク達とは大違いだ……」

 

 感慨深げに呟いたヘスティアの脳裏に浮かぶのは今から十数年前、【ファミリア】を結成したばかりの頃のヴィンセントだ。無口で、無愛想で、何日もダンジョンに潜って帰ってこなかった日もあれば、他の【ファミリア】の冒険者と問題を起こすことも多々あった。Lv.1の頃に絡んできた複数の第三級冒険者(Lv.2)を一人で叩きのめした、自身から盗みを行った犯人をその場で半殺しにした等々。彼の起こした騒動では度々、オラリオ全体がそれなりの騒ぎとなった程だ。

 

 返り血にまみれた"暴力"の体現。

 

 ヴィンセントが神々より【血の申し子(ブラッドボーン)】と言われた由縁である。

 

 そんな、所謂"問題児"の彼が、今は新人冒険者の指導を行っている。更にその新人から懐かれ、尊敬の念を抱かれているともなれば、彼の主神としてこれ以上に嬉しいことはない。子供の確かな成長を感じるヘスティアだった。

 

 そんな一柱と人形が静かに見守る中、今度は攻守が入れ替わってヴィンセントがベルを攻撃し始めるようになった。Lv.1のベルでも反応出来るよう、抑えられた力と速さで振るわれるロングソードを彼は懸命に避け、両手の得物で捌いていく。

 

「……少し上げるぞ。ついてこい」

 

「はいっ……って、うわわわっ!?」

 

 ギンギンギンギン、と先程よりも金属音の響く間隔が短くなり、ベルの表情が驚愕でいっぱいになる。その直後に突き刺さる鋭い蹴り。避けることも叶わず直撃を受けたベルの体は宙を舞い、やがて数M(メドル)程離れた地点まで吹っ飛ばされていった。

 

「がっ……! ぐぅ……!」

 

「ふむ、今のスピードでは無理か。すまんなベル、少し加減を誤ったようだ」

 

「いえ……そのままで、もう一度お願いします!」

 

 無理と言われたことが悔しかったのか、ベルはヴィンセントの言葉に首を横に振った。この程度で挫けていられないと立ち上がる彼の姿に、ヴィンセントはくつくつと笑いを押し殺し、ヘスティアが「やりすぎちゃ駄目だからね~!」と外から注意を促した。

 

 

 

 その後、ベルが地に伏せた回数は過去最高となり、午後からエイナとの『勉強会』へ出掛けていく彼の足取りは、端から見ても不安を煽られる程であったという。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 ベルがエイナと『勉強会』を行っているそんな時、ヴィンセントは一人『大樹の迷宮』と呼ばれる中層を彷徨いていた。青い光を放つ苔がそこら中に繁茂する、まるで大樹の中を思わせる地面を彼は踏み締め、時折襲い来るモンスターを手にした《ノコギリ鉈》で手際良く()()()()()()

 

「(……思えば、一人でダンジョンに行くのも久しいな)」

 

 解体したモンスターの残した魔石を回収しながら、ヴィンセントはふとベルがやって来てからの日々を思い出す。純粋無垢で一途、小さく臆病でお世辞にも冒険者には向かないと感じていた少年が、しかし確固たる勇気を持って懸命に戦う姿に、ヴィンセントは密かな期待を寄せていた。

 

 それこそ、覚悟さえあれば自らにも追い付くかもしれないと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(元来『生まれるべきではなかった』と蔑まれた身ではあるが……存外、『助言者』として動くのも悪くない。ベル(あれ)は原石、磨き方次第で石ころにも宝石にもなる)」

 

 そんな独り言を内心で溢し、ヴィンセントは宛もなくこの24階層を進んでいく。ただ、その翡翠色の瞳だけは忙しくダンジョンの壁や地面へと向けられていた。

 彼の目的はこの『大樹の迷宮』に自生する回復薬(ポーション)の材料となる薬草類、そして宝石樹と呼ばれる文字通り宝石を実として宿す樹だ。前者は【ディアンケヒト・ファミリア】や【ミアハ・ファミリア】のような医療系【ファミリア】に、後者は宝石店などに、どちらも然るべき組織に渡せば高値で取引される物なのである。

 

 そして更にもう一つ──欲求不満(フラストレーション)の解消だ。

 

 ここ数日、ベルの特訓やダンジョン攻略に付き合ってばかりだったヴィンセントは、"狩り"に対する欲求が大きく膨れ上がっていた。しかし彼が満足するようなこととなると、ダンジョンの深層で一日中戦い続けるくらいのことはしなければならず、故に便利な素材も手に入り、かつ出現するモンスターも()()()()()()この中層で妥協したという訳だ。

 

『ガァアア!』

 

『グルルルル……!』

 

『ヴヴヴ……!』

 

 ただ、その()()()()()()という評価はあくまでヴィンセントの主観だ。今現れた『ホブ・ゴブリン』、『リザードマン』、『デッドリー・ホーネット』といったモンスターは、一般的に見れば十分強いモンスターの部類に入る。特にデッドリー・ホーネットは『上級者殺し(ハイ・キラービー)』とも呼ばれ、第二級冒険者であっても命を落とすこともある凶悪なモンスターだ。

 

 そんなモンスター達がおよそ十、ヴィンセントの前に立ちはだかっている。

 

「ほぉ……悪くない」

 

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、ヴィンセントはノコギリ鉈を構えた。空いた左手は腰のホルスター、そこに掛けられていた《エヴェリン》を掴む。弾丸は装填済みで引き金を引けばすぐにでも水銀弾が放たれるだろう。

 唸るモンスター達とヴィンセント、先に動いたのはヴィンセントの方だ。大きく一歩を踏み出しノコギリ鉈を真横に一閃、それだけで最寄りにいたリザードマンの腹部が引き裂かれた。ブチブチと肉が千切れる音が響き、傷口からは鮮血が飛散する。

 

『ギャッ!?』

 

 リザードマンから短い悲鳴が上がるがヴィンセントはこれを無視し、更にそこから流れるような連撃を叩き込む。ノコギリの特徴であるギザギザの刃は硬い鱗をもろともせず、ものの数秒でリザードマンを血にまみれた物言わぬオブジェに変えた。崩れ落ちる死体をヴィンセントは踏みつけ、ギロリとその鋭い眼光でモンスターを睨む。

 

 それが合図だった。弾かれたように動き出したモンスター達が、一斉にヴィンセントへと襲い掛かった。

 

「クッ……クハハハ……! そうだ、その調子だ。さぁ殺せ、貴様らの持つ全てで以てこの私を殺して見せろ。だがその代わり──」

 

 ガシャン、と音を立てたノコギリ鉈が展開し、折り畳まれた刃が伸びる。元の倍程度まで伸びたノコギリ鉈、その遠心力を利用した一撃が迫るデッドリー・ホーネットを頭から両断した。そんな彼の背後で、ホブ・ゴブリンが好機とばかりに爪を振り上げる。

 しかしホブ・ゴブリンが爪を振り下ろすより早く、ヴィンセントのエヴェリンが火を吹いた。その恐るべき早撃ち(クイックドロー)に攻撃の瞬間を射抜かれたホブ・ゴブリンはバランスを崩して膝をつく。そして顔を上げたホブ・ゴブリンが見たのは──ニィと口元を緩めながら右手で手刀を作るヴィンセントの姿だった。

 

 直後、その手刀がホブ・ゴブリンの腹を貫き、体の内側を強引に掻き回した。夥しい量の血と内臓が辺りにぶちまけられる。

 

「私も貴様らを殺そう。一切の容赦なしで、だ」

 

 ──さぁ、"狩り"を始めよう。

 

 引き抜いた魔石をペロリと舐め、ヴィンセントは()()()()()()()()()()()()()。それは《教会の石槌》と名付けられた石の塊。ヴィンセントはそれを細腕で軽々と振るい、寄せ来るモンスターを一体、また一体と叩き潰していく。大質量の生み出す衝撃はまさに凄まじいの一言に尽き、グシャグシャになった死体が地面を転がった。

 

「ハ──ハハ──ハハハハハッ」

 

『ヴヴヴヴヴヴ!!』

 

 しかしダンジョンでは何が起こるか分からない。教会の石槌を振り回しモンスターを蹴散らすヴィンセントを、天井から産まれたばかりのデッドリー・ホーネットが頭上より強襲した。勝ち誇ったかのような声色で鳴くデッドリー・ホーネットだが、ヴィンセントはその突撃を紙一重で躱すと石槌の持ち手を素早く分離させた。露になるは穢れなき銀の剣、ヴィンセントはそれを構えると再度突撃を敢行するデッドリー・ホーネットを真っ正面から斬り裂いた。

 

「惜しかったな」

 

 笑いを噛み殺し、既に聞こえていないであろうその言葉を口にしながら、ヴィンセントは教会の石槌を別の仕掛け武器に切り替える。分厚い金属の刃が重なった鉈状の凶器──《獣肉断ち》。重い鈍器である筈のその武器は仕掛けによって伸縮し、多数のモンスターを一振りの下に薙ぎ払った。二度、三度とヴィンセントが獣肉断ちを薙ぐ度に、彼へ向かっていくモンスターの数は減っていく。そして──、

 

「……なんだ、もう終わりか」

 

 血飛沫と死体が散らばる赤黒い地面を眺め、ヴィンセントはポツリと呟いた。その惨状と呼ぶに相応しい光景であるにも関わらず、彼は平然として顔色一つ変えることもない。それどころか、帽子の下の表情に失望の念を滲ませる程だ。

 

「(……いや、元よりこうなることは承知の上。今は魔石の回収が先か)」

 

 短く溜め息を吐き出し、ヴィンセントは無惨な有り様となった死体から魔石を抜き取っていく。頭を潰され脳漿を撒き散らしたもの、下半身が別れ内臓の溢れたもの、魔石を残して大部分がグシャグシャになったもの、その種類も様々だ。それは死体など飽きる程見てきた冒険者でも顔をしかめるであろう状態、しかしヴィンセントにとっては見慣れたものである。

 

 そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「さて……行くか」

 

 コートに付着した血糊を振り払い、ヴィンセントは首をコキコキと鳴らしながら歩き出す。彼の目的はまだ果たされていない。今の戦闘もまだまだ前菜に過ぎないのだ。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 ダンジョン探索を切り上げ、地上へと戻ってきたヴィンセント。彼がバベルを抜ける頃には夜更けとはいかないまでも、夜が深まりつつある時間帯であった。

 空に輝く星々と賑わう通りや酒場。それらをぼんやりと見つめたヴィンセントは、やがてふっと微笑んでからゆっくりと足を踏み出し──、

 

 

 

「こんばんは、ヴィンセント」

 

 

 

 目の前に現れたローブの女と巨漢に向けて、躊躇いなくエヴェリンを抜いた。

 




 ベル君のショートソード&ナイフの構えは深淵の監視者をイメージしてます。あのカッコよさはダクソ3の中でも屈指のイケメン度合いだと思う。

 で、狩人様初戦闘ということでいくつか仕掛け武器を出しましたが、皆様はどの仕掛け武器が好きですか?作者は獣狩りの曲刀が好きです。変形後R1の踏み込み斬りがスタイリッシュ過ぎる……。

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