血濡れの狩人と白兎   作:ユータボウ

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お待たせしました。怪物祭までの繋ぎがなかなか上手くいかない……。

今回の話では皆大好きな()()が出ます。


第8話

 光があった。

 

 一方は暖かく、眩しい黄金の光。

 

 もう一方は底知れない、真っ黒で穴のような光だ。

 

 どちらの光もあまりに遠い。

 

 ぼんやりとしたおぼろ気な意識の中で、ベルはその光に手を伸ばした。

 

 当然その手は届かない。掠りもしない。

 

 それでもベルは構わなかった。

 

 ──いつの日か、あの憧憬(ひかり)を……

 

 瞬間、光が広がって辺りを白で埋め尽くす。その奔流にベルは身を任せ、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

「目、覚めた?」

 

 意識が覚醒したベルが最初に見たのは知らない天井……ではなく、彼を覗き込む金髪金眼な美少女の姿だった。まだ夢でも見ているのだろうか、ベルはそんなことを考えながらごしごしと目を擦るが、目の前にいる美少女が消えることはない。ついでにベルはその美少女が気絶する寸前に見たあの冒険者であると気付き──そこで漸く、声にならない悲鳴を上げた。

 

「~~~~~~~~~~~!?!?!?」

 

「……大丈夫?」

 

 大丈夫じゃないです! と、ベルは盛大に言ってやりたかったが、恥ずかしさが勝って布団の中に潜り込んでしまう。バクバクと高鳴る心臓と熱い顔面、今の自分はトマトみたいに真っ赤なんだろうなぁと、半ば現実逃避気味にベルは思った。先程からやけに左腕が痛むということも、彼はすっかり忘れてしまっている。

 それから暫しの間、無言の時が流れる。状況が飲み込めず混乱しているベルは勿論のこと、彼を看ていたアイズもどう対応していいかが分からなかった。とりあえず声を掛けてみるべきか、団長であるフィン・ディムナや幹部であるリヴェリア・リヨス・アールヴ、ガレス・ランドロックを呼ぶべきか、そんな考えが彼女の頭を巡る。そんな時だ。

 

「アイズ、私だ。入っていいか?」

 

 コンコンと控えめなノックと共に、アイズが今まさに思い浮かべていた女性の声が耳に入る。これ幸いとばかりに彼女は許可を出すと、深緑色の長髪を揺らすエルフの麗人が部屋に入ってきた。女性はベッドの横に用意した椅子を座るアイズと、ベッドの上で饅頭のようになった布団を一瞥すると、やがて小さく溜め息を漏らした。

 

「アイズ、これはどういう状況だ?」

 

「……分からない?」

 

 こてんと首を傾げるアイズ。彼女からしてみればベルが目覚めた直後に突然慌て始め、布団に潜って動かなくなってしまったのだから、どうしてと聞きたいのはむしろ彼女の方だったのだろう。

 アイズの様子からおおよその予想をつけた女性──リヴェリアは、やれやれとばかりに肩を竦めながらベッドに歩み寄った。そして新しい人物──しかも女性──が部屋に来たことを気配と声で理解したのか、布団を被ったベルはびくびくと体を震わせる。

 

「少年、そう怯える必要はない。それより少し話をしないか? 君の疑問にも答えよう」

 

「……話、ですか?」

 

 恐る恐るといった具合に布団から顔を出すベル。その顔はやや落ち着いたようだがまだ赤く、神さえ嫉妬すると言われるリヴェリアの美貌を目の当たりにして、ほとんど反射的に後ろを向いた。異性に対して免疫のない少年にとってリヴェリアと、そしてアイズは些か眩しすぎたのだ。

 

「あの……すみません。ちょっと、慣れてなくて……」

 

「……いや、君がそっちの方が話しやすいなら構わない。あぁそうだ、まずは自己紹介をしておこう。私の名前はリヴェリア・リヨス・アールヴ、そしてこっちがアイズ・ヴァレンシュタインだ」

 

「ベ、ベル・クラネルです……」

 

 お互いに自己紹介を交わすベルとリヴェリア。その後、リヴェリアは一度咳払いをして仕切り直し、ベルに現状とこうなった経緯について話し始めた。

 

 

 

 曰く、今ベルがいるのは【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)、『黄昏の館』にある客室の一つであり、時間帯は既に夜の遅い時刻となっている、と。

 

 曰く、本来中層にいる筈のミノタウロスが上層に現れたのは、『遠征』帰りの【ロキ・ファミリア】から逃げ出したからである。つまり、ベルがミノタウロスに襲われた原因は【ロキ・ファミリア】にある、と。

 

 曰く、謝罪の意も込めて【ロキ・ファミリア】はベルが目覚めるまで保護することを決め、本拠地(ホーム)へと彼を運び込んだ、と。

 

 

 

「──以上が一通りの経緯だ。我々の不手際に君を巻き込んでしまって、本当にすまない」

 

「や、やめてください! 僕なんかに頭を下げるなんて……。ていうか、助けてもらったのは僕の方ですから、だから、その……こ、こちらこそありがとうございました!」

 

 頭を下げたリヴェリアに対してベルも彼女に向き直り、倣って同じように頭を下げる。ミノタウロスに襲われた原因が【ロキ・ファミリア】にあると言えど、命を救われたこともまた事実だ。そして、ベルはその恩を棚に上げて【ロキ・ファミリア】を糾弾するような人間ではない。その後、二人の間には謝罪の言葉が飛び交った。

 

「……なかなか強情だな、君も」

 

「あはは……すみません」

 

「まぁ……それらの話は明日、我々の団長や主神を交えてでも構わないだろうか? 今日はもう遅いからな」

 

「は、はい」

 

 感謝する、そう言ってリヴェリアは優しく微笑むと無言を貫いていたアイズに声を掛けた。そして二人揃って部屋を出る──直前、「あぁ」と何かを思い出したかのように呟くと、くるりと振り返ってベルに言った。

 

「そういえば君の【ファミリア】を聞いていなかったな。差し支えなければ教えてもらえないか? 明日、そちらの方に今回の件を伝えにいかねばならない」

 

「あ……えっと、【ヘスティア・ファミリア】です」

 

 ベルが答えた瞬間、リヴェリアとアイズの動きがピタリと止まった。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

「……まさか彼が噂の駆け出しだったとはな」

 

 ベルの部屋を後にし、廊下を静かに歩いていたリヴェリアの口から不意にそんな言葉が溢れた。それに同意するように頷くアイズ。彼女もまた、ベルがヴィンセント率いる【ヘスティア・ファミリア】に入った例の新人だと知り、驚きを隠せないでいるのだ。なんという偶然だろう。

 しかし、心のどこかではその事実に納得していたりもした。ヴィンセントの【ファミリア】に所属しているのなら、新人であってもミノタウロスに一撃を加えられる程強くてもおかしくはない、そんな風に思えたからである。

 

「リヴェリア、明日どうするの?」

 

「私は【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)に行くつもりだ。恐らくあちらはベル・クラネルの安否を知らない筈、早急に連絡する必要があるだろうからな」

 

「……私も一緒に行っていい?」

 

 いつも通りの無表情でそう尋ねたアイズにリヴェリアは眉をひそめる。

 

「それは別に構わないが……珍しいな。ダンジョン以外でお前がそこまで積極的に動くなど」

 

「ヴィンセントのところなら、少し行ってみたい」

 

「……まぁいい。出発は明日の早朝だ。準備が出来次第私の部屋に来てくれ」

 

 そう言ったリヴェリアにアイズはこくりと頷いた。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 翌日、予定通り早朝から出掛けたリヴェリアとアイズは、まだ人気の少ない通りを並んで進んでいた。【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)である『黄昏の館』は、オラリオでも最北端に位置しており、一方の【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)である『竈火の夢』は、オラリオを走る八本のメインストリートの内、北西と西の通りに挟まれた区画に存在している。遠くはないが近い訳でもない、二つの本拠地(ホーム)の間にはなんとも微妙な距離があった。

 やがて『竈火の夢』に到着した二人は本邸の前にある教会の扉を開ける。『黄昏の館』とは違って門番は誰一人としておらず、リヴェリアからすれば少々心許ない気もするが、この【ヘスティア・ファミリア】の団長は迷宮都市オラリオで最も関わってはいけないと言われるヴィンセントだ。下手に手を出そうものならどんな目に遭うか分からないと巷ではもっぱらの噂であり、そのせいか【ヘスティア・ファミリア】に近付く者はほとんどいないのである。勿論、入団希望者も含めて。

 

「綺麗……」

 

「そうだな」

 

 教会の内装を見ていたアイズがポツリと呟き、またリヴェリアもそれに首を縦に振る。だがそれを悠長に見ている暇はなく、二人は教会を抜けて本邸に続く石畳の通路を進む。庭には咲き誇る名前も知らない白い花々、それを撫でるようにふっと風が通り過ぎ──リヴェリアの鼻腔に『月の香り』を運んだ。

 

「(──いるのか、あいつが)」

 

 歩く足を止めないまま、リヴェリアは庭の方に目を向ける。ゆらゆらと風に揺れる草花と風情を感じさせる石段。おかしな所は何もなく、庭の真ん中で冒涜的かつ珍妙な何かが舞うようにウネウネと動いているだけである。気のせいかとリヴェリアは息をつき、視線を前に戻した。そして二度見する。

 

「……は?」

 

「え……?」

 

 リヴェリアとアイズ、二人の口から同時に困惑の声が上がる。その視線は庭の真ん中、そこに佇む()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に向けられている。なんだあれは? ごく当然の疑問が頭を回る中、その物体は彼女達の存在に気付いたのか、やけにしっかりとした足取りで二人の下にやって来た。それが動く度、何故か腕の辺りからヌチャ、ヌチャと湿ったような音が聞こえる。

 

「こんな朝からなんの用だ?」

 

「!? 喋った……」

 

「その声……まさか……ヴィンセントか?」

 

 リヴェリアの疑問にその謎の物体──ヴィンセントは触手の巻き付いた腕を組みつつ肯定の意を示す。半信半疑だったリヴェリアはその変わり果てた姿に天を仰ぎ、アイズは見たこともないヴィンセントの様子をまじまじと見つめた。

 

「それで、一体なんの用だ?」

 

「あぁ……。詳細は神ヘスティアを交えて話すが、ベル・クラネルの無事を伝えに来た。彼は今、我々の本拠地(ホーム)にいる」

 

 その言葉を聞いた途端、ヴィンセントの纏っていた雰囲気が弛緩した。妙な頭のせいで表情は伺えないが、恐らくは安堵しているのだろう。そんな彼の様子に二人も肩の力を抜いた。

 

「そうか、感謝する。神ヘスティアもこれで少しは落ち着いてくれるだろう。ベルが帰ってこないと昨日は一晩中愚図っていたものでな」

 

「いや、こうなった原因は我々にある。償いとして当たり前のことをしただけだ」

 

 ところで、とリヴェリアは一旦区切り、チラリとヴィンセントの全身を一瞥する。

 今の彼は白を基調とした服こそ着ているものの、その外見は最早人というよりモンスターに近い。白い樹か、またはとある野菜のような頭部と蠢く蒼白の触手。一体何をしたらこんなことになるのか想像もつかない。()()()()()()()()()()()()()()()、そんな感覚がリヴェリアの頭を襲い、彼女は頭を押さえた。

 

「……それはどういう状況だ? ついでに何をしていた?」

 

「前者の方は返答に困るな。後者については訓練……という程のものでもないか。ただ腕が錆びぬように振るっていただけだ。この武器はとてもダンジョンでは使えたものではないのでな」

 

「それが……武器?」

 

 不気味な触手にアイズが信じられないとばかりに呟く。その視線を受けてヴィンセントは──表情が分からないのでおよその雰囲気から察するに──ニヤリと笑った。そして彼はこう言う。

 

 ──試してみるか?

 

 その一言にアイズに流れる冒険者としての血が疼いた。Lv.7というオラリオ最強の冒険者からの誘いに、アイズは自身の得物である剣──《デスペレート》に手を掛ける。

 

「……いいのか、ヴィンセント? お前から誘うなど、どういう風の吹き回しだ?」

 

「興が乗ったに過ぎんよ。ベルの無事も分かったことだしな。だが全力で暴れられては我々の本拠地(ホーム)が耐えられん。となると……魔法の使用禁止くらいがちょうどいいか」

 

 魔法の使用禁止、それはつまり純粋な腕のぶつかり合いを意味している。神々より【剣姫】の二つ名を授かり、剣の扱いならオラリオ随一とも言われるアイズを前にしても、ヴィンセントの自信は揺らぐことはない。例え彼の得物が武器とも呼べない《ゴースの寄生虫》であっても、己が勝つと確信しているのだ。

 

「……いいよ、それで」

 

「決まりだな。リヴェリア、開始は任せる」

 

 鋭い、まるで剣そのもののような空気を纏うアイズを、ヴィンセントは庭の中央に連れ出した。そして対峙、両者の間は約一五M(メドル)といったところだろう。

 

 

 

 静寂が響く『竈火の夢』。そこにリヴェリアの合図が木霊し──アイズが風のように駆けた。

 

 

 

「ふっ!」

 

 突き出された刃はかの【勇者(ブレイバー)】の一突きにも伍する速度を有していた。だがヴィンセントはそれを紙一重で躱し、アイズへと右腕の触手を伸ばす。それらを斬り払い後退するアイズ、顔を上げた彼女が見たのは凄まじい速度で接近する異形の姿だった。両の腕の触手がうねる。

 

「(動きが……読めないっ……!)」

 

 右と左で三本ずつ、合計六本の触手による攻撃を捌きながら、アイズはその表情を歪ませた。緩急をつけたその挙動は独特かつ複雑で、更に変則的に迫る触手は斬れども斬れども再生する。それだけならまだ対処のしようもあっただろう。

 しかし相手はあのヴィンセント、オラリオの頂点に立つ【猛者(おうじゃ)】を真っ正面から戦って下す正真正銘の怪物だ。莫大な戦闘経験によって培われた直感と技術はアイズの遥か上をいき、研ぎ澄まされた観察眼は晒された隙を決して見逃さない。絡め取るように牙を向いた触手をアイズは斬り、避けて──瞬間、ヴィンセントの蹴りが腹に入った。

 

「がっ……!?」

 

 見切ることさえ出来ず吹き飛ばされたアイズ。彼女はそのまま体勢を立て直す暇すらなく、伸びてきた触手に捕まった。首と両手の三ヶ所をヴィンセントの左手で押さえられたアイズは、反撃するどころか満足に動くことすら儘ならない。

 ここで彼女の魔法である【エアリアル】を使うことが出来れば打開も容易なのだが、首を絞められたことで声は出せず、何よりもこの場では魔法の使用は禁止されている。アイズがなんとかしようともがく中、ヴィンセントは右手の触手をまとめて一本の槍のように尖らせた。

 

 あれを受ければアイズは──死ぬ。

 

「っ……!」

 

「……勝負有りだな」

 

「あぁ。ヴィンセントの勝ちだ」

 

 濃厚な死の気配に体を強張らせたアイズに対し、ヴィンセントは勝ち誇るでも訳でもなく淡々と事実を告げ、リヴェリアもまたそれを認めた。同時にしゅるりとアイズを拘束していた触手がほどかれ、彼女はごほごほと咳き込んだ。

 

「さて……一先ずは神ヘスティアも交えて貴公らの話を聞くとしようか」

 

「分かった。アイズ、行くぞ。立てるか?」

 

「……うん」

 

 リヴェリアの手を借りて立ち上がるアイズ。その金色の瞳は先行して歩き始めたヴィンセントに向けられていた。彼が本気ではないことは明らかであり、その背はあまりに遠く、追い付くどころか触れることすら出来ない。

 

 実力の差を痛感した。

 

「(もっと……強くならなきゃ)」

 

 少女、アイズ・ヴァレンシュタインは一人目を伏せ、見えないところで拳を強く握り締めた。

 




寄生虫の出番を考えたらこうせざるを得なかった。ちなみに今回の装備は聖歌隊になります。勿論頭はカリフラワー。

なんで寄生虫持ってるの? って思う方もいらっしゃるかと思いますが、そこはちゃんと理由がありますので。

怪物祭にはあと二、三話くらい必要かもしれません。頑張ります。
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