チーズハンバーグ   作:はなみつき

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年越しそばと11話

「あー、さぶい」

 

 外は真っ白。

 白は雪。

 雪は冷たい。

 冷たいは寒い。

 

 そう、今日は熊本ではめったに降らない雪が積もっている。それも、うっすらと地面が白くなるなんて生やさしいものではない。ドカ雪である。

 

「おかしいだろ……熊本でこんなに雪が降るなんて……」

「ボヤいたって仕方ないじゃない。異常気象って奴なんじゃないの?」

 

 異常気象……異常気象ねぇ……

 夏になれば「去年より暑い! 異常気象だ!」と言われ、冬になれば「去年より寒い! 異常気象だ!」と言われる。異常気象さんも毎年ご苦労なことだ。

 

「それにしても、犬ってホントに庭を駆け回るんだな」

「あの子たちにしたらしっかり積もった雪なんて珍しいんでしょうね」

 

 雪が積もり始めてからの柴さん達のテンションは上がりっぱなしで、今もまだ飽きずに庭を走って、二匹でじゃれあい、また庭を走り回っている。

 それに引き換え俺とエリカはそろってこたつのガーディアンである。俺たちは根っからの熊本人であり、暑さには比較的耐性があるのだが、寒さは苦手なのだ。

 

「なあ、そろそろ場所交代してくれ」

「イヤ」

 

 今、俺とエリカはこたつで向かい合うようにして座っている。

 はじめは二人ともテレビを見るために隣り合う形でこたつに入っていた……ああ、別にこたつの同じ一辺に二人で座ってるわけじゃないぞ? 隣り合う辺に一人ずつ入っていたのだが、そういう座り方をして足を延ばすと当然足がぶつかる。足がぶつかればお互いがお互いを蹴りだそうと激しい応酬が始まることは不可避である。

 不毛な戦いを終わらすべく、じゃんけんによって今の位置に納まることになった。そのせいで、俺はテレビ側に座る羽目になり、テレビを見るためには体全体を捻る必要が出てくる。

 

 疲れた。

 

 でも、テレビは見たい。

 しかし、こたつには入りたい。

 そして、それはエリカもまた同じこと。

 ふーむ。

 

「エリカの膝の上に載せてくれ」

「アンタの頭が邪魔で私がテレビ見えないじゃない」

「それもそうだ。じゃあ俺の膝の上に座れ」

「イヤ」

 

 完全無欠の解決方法を提案したというのにエリカによって無情にも却下されてしまった。

 何が駄目だというのだ。昔はよくやっただろうに。

 

「そういえば、アンタいつ黒森峰に移るんだっけ?」

「あれ? 言ってなかったか? 来年度だよ。来年の四月から。進級と同時に俺も黒高の生徒だぜ。一学期の間だけだけどな」

「ふーん、そういえばそうだったわね」

 

 俺の黒高行きの準備も着実に進んでいる。

 学校に頼んでペットOKなアパートを探してもらったし、白物家電はレンタルで大丈夫だし、短期転校の手続きのための親のサインももらっている。

 

「そういえば、エリカと同じ学校に通うのは小学校以来だな」

「そうね。私は中学から寮住まいだったから」

「懐かしいなぁ……小学生時代か……。もうほとんど覚えてないな」

 

 小学生の時は何をしていたのか……

 あぜ道を走り回って、ザリガニ釣って、泥だらけになっては家で風呂に叩き込まれてたっけ。遊んでた記憶しかない。

 ま、小学生時代なんてそんなものだ。

 

 と、そんなこんなしていたらもういい時間ではないか。

 

「そろそろ、年越しそばを……」

「? どうしたのよ?」

 

 こたつから出ようと中腰状態のまま停止状態になった俺を、エリカは怪訝な様子で見てくる。

 

「さ、寒い……」

 

 マジで寒い! 寒い寒い! チョー寒いー!!

 

 寒さを知覚したその瞬間に先ほどの逆再生をするかのようにこたつの中へと戻っていった。

 

「さ、さ、ささささ、さむむむむむむ、寒いいいいいいい……」

「はぁ……アンタは相変わらずの寒がりね」

 

 さっき俺は少し見栄を張ったかもしれない。

 俺は寒さが苦手と表現したが、あれは訂正だ。俺は寒さに滅法弱い。くさ、ひこうタイプの某ポケモンレベルにこおり技の寒さに弱い。

 だが、この寒がり方は自分としても異常だと思う。実際、寒い寒いと言いつつもこたつに入る前は日常生活を送ることが出来ていたのだ。つまり、こたつに入ってしまったがためにこたつから出られなくなったということだ。

 げに恐ろしき、こたつかな。

 

「全く……このままじゃ年越しそば食べられそうにないし、私が作るわよ」

「おー、すまんね」

 

 エリカはそう言うと、こたつから出て台所へと向かっていった。

 こんなに寒いのに、エリカはすごいな……こたつから出られるとは……

 

 あ。

 

 エリカ居なくなったから、テレビを見やすい位置に移動することが出来る。

 

「よっ、と」

 

 今の掛け声はこたつから出た時の声ではない。

 こたつの中に潜った時の掛け声だ。こたつの中で方向転換し、先ほどまでエリカが座っていた場所から頭を出す。

 

「やっぱりテレビを見るにはこの位置だよな。年末はこたつで笑ってはいけない。これは鉄板だ」

 

 どうやら近くの寺で除夜の鐘を突き始めたようだ。

 巨大な鐘特有の重たく、それでいて澄んだ音が街を駆け巡る。

 

「お待ちどう……って、ちょっと、そこは私の場所よ」

「まあまあ、硬いことは言わない言わない」

 

 台所から二人分の年越しそばを載せたお盆を持ったエリカがやって来た。料理をするためだろうか、いつもは下ろしている髪をゴムで結んでポニーテールにしている。

 エリカは基本的には髪をいじらないから余り見慣れないな。

 

「ほら、どきなさいよ」

「んー、しょーがねーなー」

 

 そう言って少しだけ横にずれて一人分のスペースを空ける。

 

「……」

 

 エリカは不服そうな顔をしながらも俺が空けたスペースにすっぽり収まるように座った。

 我が家のコタツは二人が横に並んで座れるくらいに大きいとはいえ、二人が余裕をもって座れるほど大きくはない。そうなると、俺とエリカの距離はほぼゼロとなる。

 

「冷めないうちに食べちゃいましょ」

「そうだな」

 

 ああそうだ、昔の事を一つ思い出した。

 十年くらい前に雪こそ降らなかったが、今日みたいにめちゃくちゃ寒い日があった。寒がりな俺はその日もこたつから出られずコタツムリと化していた。

 

『だらしないわね! しょーが無いから私があっためてあげる!』

 

 そんな俺を見かねてエリカがぴったり引っ付いて温めてくれたっけな。

 

「「いただきます」」

 

 今年が終わり、また新しい年がやってくる。

 来年は色々と大変な年になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと! 汁がこっちに飛んでくるんだけど!」

「むお? スマンスマン」

 

 そんな今日は大晦日。

 

 

 


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