チーズハンバーグ   作:はなみつき

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お待たせして本当に申し訳ありません!
皆さんにたくさんの感想、お気に入り、評価をいただいて作者はとても喜んでいます。
どうか、これからも思い出した時だけでもこの作品の事を思い出していただければ私は幸せです。


鶏の唐揚げ(レモンかけといた)と13話

 春は始まりの季節。

 

 1年生の諸君はこれからの高校という義務教育ではない初めての教育機関で始まる新生活にドキドキしていることだろう。遠方からやって来た人は全く新しい交友関係に対して不安を抱いているだろうか、それとも楽しみにしているだろうか? 自分の学力より若干上の高校に上手いこと入れた人はこれからの勉強に戦々恐々しているのだろうか?

 

 3年生の先輩たちは大学受験という人生における大きな節目の年に突入したということを自覚しているだろうか? 春から始める、夏から頑張る、まだ秋だから、あれ? もう冬……果たしてそんな思いをする人はこの中に何割くらい居るのだろうか?

 

 ところで、俺たち2年生はどうだろうか。1年間を過ごした高校と言う環境にすっかり慣れ、さりとてまだまだ大学受験などというものははるか先の出来事のように感じる。

 中だるみの年とはよく言ったものだ。ここにいる2年生のほとんどは今年も去年と同じように過ぎていくのだと考えているだろう。もちろん例外も居る。俺のようにな!

 

「趣味は散歩と最強のハンバーグの探求、好きなことはハンバーグを食べることです。どうぞ、チズルと呼んでください。これから短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 一クラス、約40人分の視線に晒されながらの自己紹介は何事もなく終えた。

 流石の俺でも40人もの人の前で話すのはなかなか緊張した。だが、この前に行われた始業式にて短期転校組の簡単な紹介の時と比べればなんということはない。壇上で、それも全校生徒の前で話をする先生方、生徒会長、全国大会レベルの部活の部長のような人達は緊張しないのだろうか? あれで緊張しないのであれば、それは自分とは違う種類の人間なんだなと実感させられる。きっとそういう人が人を導いたり教えたりしていくのだろう。俺には到底無理そうだ。

 

「……と言う訳で、彼も1学期の間は黒森峰の仲間だ。今回の交流が皆にとって良い経験になるだろう」

 

 おっと、何も考えずに自己紹介をしていたらいつの間にか担任の先生が締めの話に入っているじゃないか。

 

「君の席は逸見の隣だ」

「はい」

 

 どうやら俺の席はエリカの隣らしい。そこら辺は唯一の男だけということも考慮しての配置なのだろか。

 

 他のクラスメイトが着席しているのに俺だけは自分の席を知らずにいた。彼女たちは始業式の前に自分たちのクラスを確認し、自分の席に荷物を置いていたのに対し、俺は職員室で学生交換制度担当の先生と話をしてから始業式に臨んだため、自分の席はおろか自分のクラスすら知らされていなかったのである。

 

「よっ」

「ふん……」

 

 今朝方ぶりのエリカに軽く挨拶をしたらそっぽを向かれてしまう。なんでやねん。

 

「えー、今日の予定はこれで終わりなので各自解散。授業は明日から始まるから気を引き締めるように」

 

 そう言って担任は出席簿を脇に挟んで教室を出て行った。

 黒森峰女学園はそれなりの進学校である。とはいえ、始業式の日から授業が始まるということは無いらしい。どちらかと言えば勉強が嫌いなので助かる。

 

「チズルさん」

「はい?」

 

 この後の予定をどうするか考えていた所に話しかけてきたのはエリカの前に座る少女だった。

 出席番号2番の『い』つみエリカの前、つまり出席番号1番の少女である。若干癖のある茶髪の優しそうな女の子だ。

 

「この後クラスのみんなでチズルさんの歓迎会をしようって話していたのだけど、今日は何か予定ありましたか?」

「いや、これから何をしようか考えてたところですよ。喜んで参加します」

 

 歓迎会か~。いやー、こういった経験はあんまりないから照れるなぁ。

 

「ふふ、お楽しみに……です。あ! まだ自己紹介をしていませんでしたね。私は赤星小梅と言います。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。自己紹介は……まあ、さっき言った通りで」

 

 俺がこのクラスに入ったのはついさっきのこと。

 すでにこのクラス全体で自己紹介を済ませていたのか、それとも2年になってから全体の自己紹介をしないのかはわからないが、これからしばらく学園生活をすることになる彼女たちの顔も名前も趣味も好みもさっぱりわからないままだった。

 ましてや一人一人の誕生日などもってのほかだ。

 

「それと、敬語じゃなくても大丈夫だよ?」

「そ、そうですね……あ、いや、そうだ……ね? うん、わかった」

「ふふふ」

 

 返答に困った俺を見て赤星さんはクスクスと笑っている。

 し、しょうがないじゃないか。周りが女の子だらけと言うこれまで経験したこともない謎な空間に放り込まれてこれでも緊張しているのだ。

 それにしても、赤星さんも丁寧な言葉で話しているというのに、距離を感じさせない不思議な空気を感じてとても親しみやすい。きっと彼女のような子が共学の高校に通ったらとてもモテるのだろう。

 

「それでは、チズルさんは2時になったら3階の多目的ホールに来てください。場所は逸見さんに」

 

 赤星さんはそう言うとクラスの女の子とどこかへ行ってしまった。

 

「そういうわけでエリカ、案内頼むぜ」

「ふんっ」

 

 なんでやねん!

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「「「「「カンパーイ!!!!」」」」」

 

 クラスの代表だろうか、ある少女の乾杯の音頭に合わせてみんなも一緒に乾杯の声とともにグラスをガチャンと打ち鳴らす。

 

 そんな感じで始まった歓迎会。

 どうやらここでみんなの自己紹介をまとめてやるからと午前中のホームルームで自己紹介はしなかったようだ。

 机の上には様々なお菓子に唐揚げやフライドポテトのようなジャンキーなフード、そして……

 

「うん、おいしい! もう一杯」

 

 そう言うと傍に居た女の子が黄金色に輝く液体をジョッキに注いでくれる。その液体は注がれると白い泡を立て始め、ジョッキに納まりきらずにこぼれそうになる泡を慌てて啜る。

 

「おっとっと」

 

 ビールである。もちろん、ノンアルコールの。

 黒高の学園艦内の工場ではノンアルコールビールが作られており、このビールは在校生にとても評判なのだそうだ。風の噂では生徒は平均して150L/年、350mlの缶で換算すると1日1本以上飲んでいるらしい。

 しかし、一度飲んでみればそれも納得だ。初めて口に含んだ瞬間はその苦みに顔をしかめたものの、ゴクゴクと飲んでいるとビールが喉を通り過ぎていくときの感覚がとても癖になる。何より、周りのみんなとワイワイゴクゴク飲むのが楽しい。

 

 ……

 

 おかわりと言ったら女の子がお酌をしてくれるこの状況はもしかしてもしかしなくても大人なお店のような気がしてならない。うん、今はそんな無粋なことは考えずに楽しむべきだよな!

 

「たのしんでますかぁ?」

 

 そう言ったのは、歓迎会の前にあった時よりわずかに間延びした話し方をする赤星さんだった。赤星さんも例にもれずその手にはノンアルビールが注がれたジョッキを持っている。

 気のせいか、彼女の顔はほんのりと赤みを帯びているような気もする。きっと多目的ホールのライトのせいだろう。うん。

 

「もちろん、こんなに楽しいのは久しぶりだよ」

「それはよかったですぅ。チズルさんがぁ、ハンバーグがお好きと言うことを知っていればぁ、それも用意できたんですけどねぇ……」

「いやいや、十分だよ! それに、唐揚げもフライドポテトも好きだし、何よりこういう場ではピッタリだよね」

「ならぁ、よかったですぅ」

 

 赤星さんは『ほにゃぁ』といった感じに笑うと、なんとなくフラフラしながらどこかへ行ってしまった。

 

 これほんとにアルコール入ってないよね! ねえ!

 自分が持つジョッキに注がれている黄金色の液体に疑惑の目を向けざるを得ない。

 

「随分楽しそうにしてるじゃない」

「ああ、楽しいね」

 

 今度はエリカが俺のところにやって来た。

 エリカもやはり疑惑のビールを持っている。しかし、エリカは話し方もしっかりしているようだし、顔も赤くなければフラフラもしていない。

 疑惑は疑惑でしかなかったか。きっと赤星さんは場の雰囲気に酔ったのだろう。

 

「ならいいわ。これからしばらく黒森峰で過ごすのだもの、アンタが居ることでクラスの空気が悪くなったら堪ったもんじゃないわ」

「まあ、そうだな。できるなら俺も楽しく過ごしたい」

 

 何だかんだと言ってもそれは心配していた。どうやら、それはただの杞憂で済みそうだけどな。

 

「ほら、ちゃんと食べなさい」

「ん? ああ、ありがとう」

 

 エリカはそう言うと唐揚げを載せた紙皿を手渡してくる。

 

「アンタ、碌な食事してないんだからちゃんと野菜も食べなきゃだめよ」

「フライドポテトは野菜に分類されるのか?」

 

 なんかエリカがアメリカ人みたいなこと言い始めた。

 

「折角だからデザートも食べときなさい。アンタ甘いもの好きでしょ」

「エ、エリカ?」

 

 エリカは机の上に置いてあるチョコレートを唐揚げとフライドポテトが乗った紙皿の上に添える。

 どうもエリカの様子がおかしいぞ。

 そういえば、周りのクラスメイト達の話声がお淑やかな女の子の声から飲み屋のオヤジみたいな大声での会話になってきてる。

 

「ああ、それと」

「な、なんだ」

 

 様子がおかしいエリカが次は何を載せてくるのかと身構える。

 

「レモン、かけとくわよ」

「エリカアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 その後、酸っぱくなった唐揚げとフライドポテトとチョコレートは全部しっかりと食べました。

 今思い出してみれば、いつも吊り上がり気味のエリカの目がほんの少し据わっていたような気がする。

 

 あのビール、絶対ギルティだ。

 

 

 

 何はともあれ、俺の黒高生活はこうして始まった。




次こそ……次こそハンバーグを……(ハンバーグ欠乏症)

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