チーズハンバーグ   作:はなみつき

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ハンバーグアーと14話

 黒高に転入してから早くも2週間が過ぎた。

 ちょっとした問題もなかったわけではないが、あっという間の2週間だった。

 

 そんな2週間は中々にハードなものだった。

 教室に居れば本来いないはずの珍しい男子学生を観察しようと他のクラスの女の子たちがA組の周りに集まるし、トイレに行くためにちょっと廊下を歩いていたらじっと見つめられる。授業を受けていれば先生たちの俺を指名する率がやけに高い。きっと目につきやすいのだろう。

 

 正直結構参った。

 女子ばかりの空間に男子一人だけという状況がこんなにも精神的にくるものだとは思っていなかった。織斑何某君を本気で尊敬するようになっても仕方が無い。いや、もう尊敬してる。

 しかし、1週間もたてばそういった状況も大分改善され、みんなの俺に対する興味と言うものは大分薄くなっていった。無くなったわけではないようだが……

 

 そんな中、目下の悩みは勉強である。

 黒森峰女学園は進学校である。自分が通っていた中学校から黒高に入学できた生徒など、女子の中で上から数えて3番目くらいまでだろう。

 そんな学校に放り込まれた哀れな男子学生の学力はというと、普通に黒高を目指していたとしたら合格判定D判定止まりのものである。まあ、学力云々以前に性別の問題から本来なら目指すことすらできないわけだが。

 

 中学でも必要最低限の勉強しかしてこなかった身としては、中学生だった時の学力はお察しだし、高校でも勉強はほどほどで毎日を楽しく生きていく方に重きを置いているといっても良い。

 そんな俺は黒高の授業について行くのに四苦八苦していた。

 

「6時か……今日はこの辺にしておくか」

 

 これではいけないと思い、学校の授業が終わると校内の図書館に行き、図書館の中の自習スペースの一郭を占拠してその日の復習、余裕があればこれからの予習をやっているのだ。

 幸いなことに、この予習復習が功を奏したのか、授業で全くわからないといった事態には陥ってはいないし、抜き打ち小テストにも無様を晒さない程度には対応できている。

 

『やれば出来る子』

 

 それが俺の小中学校を通して通信簿に毎回書かれていた一言である。

 まさかこんなところでこの言葉を実感するとは思っていなかった。

 

 だが、図書館で自習をしている理由は授業に置いて行かれないようにするためだけと言う訳ではない。

 

「さてと、帰るとしよう」

 

 頭で思っていたことをついつい言葉にしながら教科書と筆箱をしまい、席を立つ。

 ここで時間を潰していた理由。それは、エリカが戦車道の練習を終えるのを待つためである。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 黒高で一番大きな施設、それは一体何だろうか。

 体育館? 図書館? え? 学校で一番大きい施設は本校舎に決まってるだろって? 

 それは違う。ここ、黒森峰女学園において一番大きな施設は戦車の格納庫と練習場を合わせた戦車道関連施設だ。

 流石に戦車道の強豪校と言うだけあってその施設の広大さは圧巻の一言である。

 

「お疲れ様でーす」

 

 ちょうど締めのミーティングも終えたのだろう。戦車道を修めている生徒たちがパラパラと帰り始めようとしているところだった。

 俺はそんな彼女たちに向けて声をかけた。

 

「あ! チズル君だ!」

「やっほーチズルくん!」

「こんにちは、チズル先輩!」

「副隊長、彼氏さんが来ましたよ」

「彼氏じゃないわよ!」

 

 それに気が付いた女の子たちが挨拶を返してくれる。先輩、同輩、後輩、様々な人達だ。こんな機会でもなければきっと彼女たちと話をするということは無かっただろう。

 

 どうやら彼女たちの中で俺はエリカの彼氏という立場になっているらしい。これは……使えるな。後でエリカをいじるネタにしよう。

 

「やあ、今日も来たんだな」

「隊長さん、お疲れ様です」

 

 次に話しかけてきたのは黒高戦車道チームの隊長、つまり、ポチのお母さんだ。学外で会う時ならいざ知らず、俺と彼女の関係はここでは後輩と先輩、さらに相手は強豪チームを率いる隊長。敬意を払うのは当然である。

 ポチのお母さんと学校で付き合っていて分かったことがある。それは、彼女は学校ではクール系女子であり、どことなく近づきがたいオーラを醸し出している近づきがたい系女子であるということだ。ポチと一緒に居る時しか見たことがなかった俺からしたら結構なギャップに違和感を感じたものだ。

 そして何より、意外と天然系であるということ。

 俺がポチのお母さんと学内で初めて顔を合わせた時の彼女の第一声は「……すまない、私は勘違いをしていた。てっきり君は男子だと思っていた」である。流石の俺でも数秒フリーズしてしまったものだ。どうやら彼女は戦車道関連のごたごたを片付けるために始業式には出ていなかったらしい。始業式に出ていなかったために、短期転校性が来るということは知っていても、その中に男子が一人混ざっているということは知らなかったのだ。

 

「それじゃあ、うちの彼女連れて帰りますね」

「ちょ、ちょっと! 隊長に変なこと言わないでよ!」

「そうか、気を付けて帰るのだぞ」

 

 さっきのネタで早速からかう俺。

 俺にからかわれて全力でポチのお母さんに否定するエリカ。おもしろい。

 わざとか、はたまたそうでないのか、ネタをスルーするポチのお母さん。エリカの弁明を聞いて、首を傾けながら「違うのか?」という彼女はとてもかわいらしいと思う。

 そして、俺たちの会話を聞いてキャーキャー言っている戦車道チームの皆さん。

 

 うん、中々のカオス空間だ。

 

「ほらッ! さっさと帰るわ……よッ!」

「イッタ! 何しやがる!」

 

「よッ!」に合わせて、手に持っているカバンを振り抜いて俺の腰にぶつけてくる。カバンの中には進学校特有の教科書+無駄に厚い参考書と問題集が入っているわけで、その重量はバカにならない。重さは力だ。つまり、真面目にかなり痛い。

 

 俺とエリカがみんなに別れの挨拶を告げてからギャーギャーと口喧嘩をしながら帰っているのを他のみんなに見られているが、もう恥ずかしくもなんともないほど繰り返された光景である。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「全く……毎日毎日来ないでよね……」

「まあそう言うなって、俺はエリカと一緒に帰りたいんだよ」

「……ふん」

 

 そう、俺はエリカと一緒に帰りたいのだ。

 だって、以前戦車道の練習が始まるからエリカの帰りが遅くなるって知って、彼女を置いて一人で帰ったら次の日やたら機嫌が悪かったんだもん。その次の日はエリカを待って一緒に帰ってみたら機嫌は直っていたのでビンゴだったのだろう。

 今だって、来るなと言って一見不機嫌そうだが、実際のところ全然機嫌は悪くない様子。

 

 うーむ、女の子の心はわからん。父さんも言ってたな、女の子の心の機微をよめる男は山の天気もよめるって。

 

「うーん」

「どうしたのよ」

 

 それはそれとして……

 

「腹が……減ったな……」

「は?」

 

 腹が減った。

 別に昼ごはんの量が少なかったわけではないのだが、無性に腹が減った。いつもと同じ一日を過ごしていつもと同じくらいの時間に帰っているというのに、今日はやたらと腹が減っている。

 そしてなによりハンバーガーが食いたい。

 

「エリカ、ハンバーガー食いに行こうぜ」

「なんでハンバーガーなのよ」

「ほら、時々無性にハンバーガーが食いたくなる時があるじゃん? それだよ」

「まあ、言いたいことはわからないでもないけど……」

「よし、じゃあ行こうか。奨学金のおかげで財布の貯蔵は十分だぜ」

「ちょっと、私はまだ行くとは……」

 

 そんなエリカの手を引き、ちょうど目の前に見えてきたハンバーガーショップに入る。

 エリカは行くとは言っていないが、行かないとも言っていない。何より「ハンバーガー食いに行こう」って言った時点で「悪くないわね」って顔してたから何の問題も無い。たぶん。

 

 そして俺たちは店で思い思いのハンバーガーを頼み、店内でお召し上がることにした。俺はダブルチーズバーガーでエリカはチーズバーガーだ。付け合わせはもちろんこのハンバーガーショップ特有の細長いフライドポテトと最近店が推してる自信があるらしいコーヒである。

 これは豆知識だが、塩気が足りない店だなと感じた時はレジの人にケチャップくださいと言えば無料でケチャップがもらえる。もちろん、塩気十分のポテトにケチャップマシマシ健康なんてクソ食らえ味付けにすることも可能だ。

 

「うーむ、やはりこのジャンキーな味付けなハンバーグも悪くないな。時々むちゃくちゃ食べたくなる」

「まあ、悪くないわよね」

 

 何だかんだと言いつつもエリカもチーズバーガーに満足しているようだ。

 

 それにしても、ハンバーガーに挟むパテの味付けはとても濃い。これは味の無いバンズに挟むという特性上当然のことだ。それに、バンズの間には基本的にレタスやトマトのようなこれまた味の薄い野菜を挟むためパテの塩辛みはさらに求められることになる。

 

 そして! 今! 俺が食べているバーガーはダブルチーズバーガー!

 

 ただでさえ健康に悪いパテが2枚! バンズ1組に対してパテが2枚だ! もはや冒涜的とすら感じられるパテの倍プッシュに加えてダメ押しのスライスチーズ。体に悪いとわかっていつつも……いや、むしろ健康に対する少しの罪悪感はハンバーガーを引き立てるスパイスにすらなっている。

 

 控えめに言って美味い。

 まあ、一度食えばしばらくは食わなくても良いかなってなるんだけどね。

 

「そういえば、こうやってエリカと学校帰りにバーガー屋に寄るってのは初めてだな」

「そうね。小学生の時はこんなことできないし、中学では私はもう寮住まいだったしね」

 

 思い返してみれば不思議な感じだ。

 エリカとは長い付き合いだが、この経験は初めてだ。

 これも中々楽しいじゃないか。

 

「こういうのも中々楽しいな」

「……そうね」

 

 いつも素直じゃないエリカも認めるくらいには彼女も今の状況を楽しんでいるらしい。

 ああ、それはとてもいい事じゃないか。

 

 俺たちはそれからも学校の事、勉強の事、戦車道の事、ハンバーグの事、色んな話をした。

 気がついたらバーガー屋自慢のコーヒーはいつの間にか冷めてしまっていた。

 

 




「ふう……少し落ち着いたぜ」←ハンバーグアーを経口投与

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