頭にちょこんと乗るヘッドドレス。
キュッと首に絞められている黒のリボン。
服の根幹をなすワンピースは青みがかった黒であり、エプロンは腰から下だけを覆うタイプのもの。
スカートはひざ上3センチというメイド服としては珍しいショートスカート。そこからはなまめかしいすね毛がチラリと光る。
そんなヒラヒラがそこら中にちりばめられた服を無駄にヒラッヒラさせながら俺はこう言った。
「お帰りなさいませ、お嬢様♪」
「キモッ」
「まあそう言ってくれるなよ……」
この世で最も醜いモノを見てしまったかのような表情でそういうのは我が幼馴染の逸見エリカ。
我が幼馴染は今日も平常運転で何よりです。
文化祭を明日に控えた俺たちは出し物の最終準備へと取り掛かっていた。もちろん、文化祭の準備という意味では少し前から本格的に始めていたが、文化祭当日まで普通に授業は行われるため、小物作りに留まり教室の飾り付けのような大掛かりな準備をすることは出来なかった。文化祭前日ということもあって、今日だけは名門黒森峰といっても授業返上で準備というわけだ。
当然クラス一丸となって出し物の準備をするわけだから俺も協力しまくっている。重い荷物を運んだり、明日使う食品や飲み物を買ってきたり、小腹が空いたみんなのために焼きそばパン買ってきたりしているのだ。そんでもって今は本番の衣装合わせ中というわけである。
「この世全ての
「いや……流石にそこまでひどくは……」
なんも言えねぇ。
「ミニスカなのが駄目だったんじゃないか? これ作ってくれた人には悪いけど」
「そういう問題かしら?」
高校における文化祭では、準備のために学校から資金が渡される。黒高は一般的な学校よりも多くの予算を使えるとはいえ、節約できるところは節約しなければならないのである。よりクラスの出し物を良くするためには必要な事なのだ。
コストカットの結果、被服部に所属する数人によって作れる分は作るということになった。その一つが俺が着るメイド服と言う訳だ。しかし、この短期間で数着の衣服を仕立ててしまうと言うのはすごい気がする。
「しかしまあ、このメイド服……一体誰のメイド服を参考にしたのかよく分かるな」
俺も時が止められそうだぜ。
「ま、アンタの足の毛は当日長いソックスを履くから良いいでしょ」
エリカはそう言うが、問題なのはそこだけではない。
俺は筋肉ムキムキマッチョマンという訳ではないが、骨格は女性の物とは全然違うし、顔も中性的とは言い難い。
何が言いたいのかと言えば、果てしない女装感がとんでもなく残念味を醸し出しているという事である。それが趣旨の出し物だから間違ってはいないのだが、俺自身の心情的にもどうにかしたいと思うくらいである。
「顔はマスク……いや、ファントムマスクでも着けるか?」
「そんな漫画あったわね」
駄目だ、エリカのせいでメイドガイのイメージしか出てこなくなった。
しかも、この型のメイド服にファントムマスクなんて着けたら完全に石鹸売らない石鹸屋のギターボーカルじゃねーか。ファンだよ。
「それじゃあ、せめて仕草だけでも紳士に振る舞っていくか」
「どういうこと?」
俺は決め顔でこう言った。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「……」
「……」
……
「何笑ってんだよ」
「笑ってないわよ」
嘘をつけ。
お前今、吹き出しそうになったところで口を固く閉ざしたから逃げ場を失った空気のせいでほっぺたが膨らんでたぞ。
「どうやら紳士作戦も駄目なようだ」
「そうね、その格好をしている時点で全ての努力が無に帰すと思うわ」
辛辣ぅ!
そんなの、この格好をする事を運命付けられてしまっている俺にはもうどうしようもないじゃないか。
「そうね、もう諦めなさい」
「うん、もう諦めた」
高校の文化祭だ。
チープな女装上等だろ。
「そういうエリカの方は衣装大丈夫なのか?」
エリカも今回の喫茶店で執事としてホールを務めるのである。
「私? 私のは既製品だもの。衣装合わせは必要ないわ。仕方ない事だけど、あの安物特有のテロテロの素材はちょっと気に食わないわね」
「あー、安いコスプレの素材は全部あんな感じだよな」
どうやらエリカの衣装は被服部制作のものではなく、安い既製品のようだ。服(というより、正確にはかわいい服)に一家言あるエリカからするとあのテロテロした触り心地の生地はお気に召さないらしい。
「誰かガムテープ買ってきてくれなーい?」
「ごめん! もうちょっと待って!」
「後で行くときについでに買ってくるよ?」
教室の装飾をしている女子がガムテープの買い足しを依頼するも、皆忙しく今は手が離せないようだ。
「じゃあ俺が行ってくるよ」
衣装合わせも終わり、俺自身のやるべき仕事と言うものはほとんど終わったに等しい。後はみんなの様子を見ながら高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変に手伝いをする俺が彼女たちの手間を減らすべきであろう。
……べ、別に、彼女達とセンスが違い過ぎて教室の飾り付けを手伝うのが難しい訳ではない。俺は進んでこの場唯一の男として肉体労働に励んでいるのだ。うん。
「ありがとうチズル君! ……プッ」
ん?
「あ、待って! ついでにピンクとブルーのビニールテープと接着剤とボンドもお願い! ……プフ」
ん??
「あ、チズル君! 実は明日使う予定のミルクが足りないみたいだから、ミルクも2本お願いできる? ……フクフッ」
ん???
「なあエリカ」
「何よ」
「買い出しに関しては俺が言い出したことだからいいんだけどさ、俺の格好ってそんなにヒドイか?」
「少なくとも、文化祭としてなら間違って無いんじゃないかしら」
「だよな、やっぱ文化祭だからな。客の笑いを取りに行くくらいがちょうどいいよな」
「人としては知らないけど」
「おうこら、それは人として間違ってるって言いたいのか? おおん?」
全く、我が幼馴染ながらひどいこと言う。
「ほら、さっさと行くわよ」
「ん? エリカも行くのか?」
「私も必要な物あるからついでにね。それに、アンタだけじゃ荷物が重すぎて戻ってくるまで時間が掛かりそうだし」
「おいおい、流石にそこまでひ弱じゃ……」
うーん……
「ねーよ」
「アンタの体力の無さくらい昔から知ってるわよ」
否定できない俺がいた。
☆
「そういえば、大会の1回戦勝ったんだってな」
「当たり前よ。1回戦なんかで黒森峰が負けるわけ無いわ」
俺達はホームセンターとスーパーを回って必要なものを買い揃えた。その学校への帰り道に俺はエリカといつものように他愛もない世間話をしている。
これは言う必要もないかもしれないが、大会とはもちろん戦車道の全国大会のことだ。1回戦はテレビ放送も無いし、戦車道の名門である黒森峰では1回戦からわざわざ生徒全員で応援に行くこともない。そのため、試合の内容は詳しく知らないが、結果は余裕の勝利だったと聞いている。
「祝勝会とかしたのか?」
「祝勝会? そんなの優勝した時だけよ」
「流石だねぇ」
流石強豪校である。
「そんじゃ、今度俺の家で祝勝会やるか。特別なハンバーグ作ってやるよ」
「ふ、ふーん……そう……。別に期待はしてないけど、アンタがそこまで言うのなら結構良いものなんでしょうね」
あ、これ結構楽しみにしてるな。
どうしよう、ハンバーグの上にケチャップで「おめでとう」って書くだけの予定だったけど、もうちょっと何か工夫を考えておくか。
エリカの頭に感情の高ぶりを示すセンサーの役割を果たす猫耳が付いていたとしたら、それは今ピコピコと反応しまくっていたことだろう。
いや、どちらかと言うとはちきれんばかりに振り回される犬の尻尾の方がエリカに合うだろうか。
それはそれとして……
「なあエリカ」
「何よ」
「さっきから気になってたんだけど、俺達やたら見られてね?」
「そりゃ、変なメイドが街を徘徊してたらみんな見るでしょ」
「……」
「……」
……
「……」
「なんか言いなさいよ」
なんも言えねぇ……
「まあ、この学園艦に住んでる人なら明日黒高の文化祭があること知ってるし、平気でしょ」
「だ、だよなー!」
「きっと明日からどころか今日から有名人でしょうけど。いい宣伝になったわね」
「……」
客観的に見て、明日の文化祭が楽しみ過ぎて明日の衣装を見せびらかす変態か、明日の文化祭を今日だと勘違いして衣装を着てしまった困った変態か、はたまたただ単に衣装を見せびらかしたいだけの度し難い変態に俺は見られているのではなかろうか?
「うごごごご……」
「バカね」
エリカめ〜、分かってて黙っていやがったな!
「……エリカなんか、男の従者にメイドの服装を強要させる変態お嬢様に見られて俺と同じような
「何か言ったかしら?」
「ただの独り言でございます、お嬢様?」
「ふん、さっさと帰るわよ」
「かしこまりました、お・じょ・う・さ・ま」
その日、メイドのコスプレをした男と、そのメイドを侍らせるお嬢様の噂が学園艦に流れたとかなんとか。
遅くなってすまぬ……すまぬ……