祭りは準備が一番楽しい。
後の祭りの物悲しさ。
そういった言葉はよく聞くと思う。確かに祭り当日も楽しいし、思い出になるし、やりがいもある。それでも、後になって思い返すとなるとほとんどの場合は祭りの前か後だろう。
「チズルくん! 2番テーブルにコーヒーとシュークリーム2つずつね!」
「はい!」
思い返してみれば、去年の文化祭ではちびっこ達が喜んでいた所くらいしか印象に残っている場面がない。
教室の装飾をしたときことも、おばけ役のコスチュームをダンボールとガムテープで作ったことは思い出せる。
文化祭当日の次の日、つまり片付けの日。ほんの一日前まで非日常を演出していた教室の装飾を全て外し、いつも通りの教室に戻したことも鮮明に思い出せる。
「メ……、チズルくん! お客様が水こぼしちゃったから雑巾持ってきて!」
「はい!」
不思議だな。
こんなにやることがあって、こんなに激動の時間を過ごしているのに。
「メイ……、チズルくん、注文いいかしら?」
「ただいま伺います!」
こんなに……
(メイド、1番、紅茶2、コーヒー1)
(かしこまッ)
忙し過ぎるだろおおおおおおおおおおお!!!!
「ほらメイド、キビキビ働きなさい」
「エ……執事さん……」
「言い直さなくていいわよ」
中にワイシャツを着こみ、燕尾服を華麗に着こなす我が幼なじみのエリカ。いつもは降ろしている髪をゴム紐で結び、ポニーテールにしている。その様はロン毛の俺様系執事に見えなくもない。
「そうは言ってもよ」
文化祭のオープニングセレモニーから今の時間まで昼休憩を取る間もなく働きっぱなしだ。細々とした休憩は取っているものの、ひっきりなしに来るお客さんのせいで長い休憩を取る暇もない。
「口を動かす前に手を動かしなさい。忙しいんだから」
エリカはそういうとトレーに載せたコーヒーとショートケーキをつきだしてきた。いや、自分で持って行けよ……
「エリカが持ってるんだからエリカが持って行けよ」
「誰のせいでこんなに忙しいと思っているのよ」
「そりゃ……」
ゆっくりと周囲を見渡した。
「あの人が例の……」
「へー、黒森峰に男子学生が……」
「男子……学生……?」
周囲のお客さん、特に黒森峰の学生、黒森峰のOBだと思われる女性たちが俺のことを見ながら話のタネにしている。
「俺のせいですね、はい」
「そういうことよ」
そして、このクラスの出し物の目玉である俺を長い間引っ込ませるわけにはいかないと言う訳か。
「わかったらキビキビ働きなさい、メイド」
「わかりましたよ、執事長」
「誰が執事長よ」
俺は大人しくメイドをすることにした。
☆
「メイドくん、お昼まだでしょ? 1時間休憩に入っていいよ」
とうとう名前がメイドになった。
「え? いいの」
「客の波も治まって来たし、大丈夫大丈夫」
「それじゃ遠慮なく」
数日前に配られた文化祭のパンフレットを取り出す。ここには今年の文化祭のテーマ、生徒会長のコメント、クラスの出し物の紹介等が書かれている。
そして、俺が目を付けていたクラスがある。それは3-B。
「おいおい、ハンバーグ喫茶っておもしろすぎだろ」
三年生が作るハンバーグ……興味深い……
「チズル、3-Bに行くわよ」
「あれ? エリカも休憩か?」
「ええ、なんだかんだでずっと働き尽くしだったわ」
左手は腰に、右手は後ろ首に当てながら首を回すエリカ。おそらく接客するために常に前傾姿勢をとっていたために疲労が溜っているのだろう。戦車道という体力と精神力を消耗する競技をやっている彼女ではあるが、接客は疲れるらしい。
エリカはバイトで接客業をしているが、あの店は流行りのカフェといった感じではなく、知る人ぞ知る良いお店という感じなので、今日のような接客しっぱなしの状態には慣れていないのかもしれない。
「行くわよ」
「うっし」
ようやく文化祭を楽しむ側に回ることが出来る。
☆
2年のクラスは校舎の3階に、3年のクラスは校舎の2階に配置されている。ちなみに、1年は4階に、1階は職員室、会議室、特別教室の階となっており、年長者になるほど階段を昇る必要が減るシステムとなっている。
階段は各階のB組とC組の間、G組とH組の間にあるため、A組所属の俺達は廊下を少し歩く必要がある。
「流石に文化祭だな。いつもは何気なく歩ける廊下も、人が多くて気を付けないと肩がぶつかる」
「そうね、私としては騒がしいのはあまり好きではないのだけれど」
学生服、チャイナ服、メイド服、その他様々の特別な衣装を着た学生たち、学生たちの父兄、一般参加の来校者。たくさんの人々が行き来する廊下を人の波をすり抜けながら目的地まで突き進んでいく。途中で見えた学校に設置されている自動販売機の商品は全て売り切れと表示されている。やはり多くの人がこの場に居ることが分かる。
「そういえばさ」
「……」
エリカに声を掛けようとした時、彼女が2-Cの標識にぶら下げられているチラシに目が言っていることに気が付いた。
「時間もあるし寄っていくか?」
「は、はあ!? 何よ急に」
2-C。出し物は射的。
チラシには射的の景品であろうモノがいくつか掲載されていた。お菓子、小物、文房具、そして、学生による手作りだと思われる小さなぬいぐるみ。デフォルメされたトラ……いや、ネコだろうか?
エリカはその中のぬいぐるみが気になったのだろう。
だがまあ、エリカのことだ。そのことを素直に言うことはあるまい。
「いやさ、ちょうど赤のボールペンが切れかかってることを思いだしてな。節約節約」
「まあ……そういうことなら……」
二人でクラスの中に入ると結構繁盛していることがわかる。一回50円でコルク弾5発。祭りの的屋と比べて随分良心的な値段付けだ。まあ、当然だが。
しばらく待つと俺達の順番へと回って来た。受付にお金を支払い、それと引き換えにコルク弾と銃を受けとる。
「お、この銃知ってるぞ。確かカ、カー……」
「Kar98k、カラビーナー・アハトウントノインツィヒ・クルツよ」
「それそれ」
手渡された銃はゲームとかでよく見るドイツ軍のライフルだ。コルク銃だが、よく出来ている。
銃自体のことは詳しいわけではないが、プラモデルやモデルガンとしての観点からよく出来ていることがわかる。ストックは木製、バレルはプラスチックではあるものの、塗装と艶消しによって金属のような鈍い輝きの質感を上手く醸し出している。実銃のようにボルトアクション方式でエアコッキングをするようだ。ストックの重さと中に詰めた重りのおかげでずっしりとした良い持ち心地。
……これ欲しいな……。家に飾りたい。
「じゃあ私からやるわよ」
と、どうやらコルク銃を観察していたら一番乗りをエリカにとられてしまった。まあ、別に構わないけどな。
エリカはコルク弾を装填し銃を構える。
頭は垂直に、右手は脇を閉めて、ストックを肩に当て、左手ヒジは開き過ぎない程度に……
「……ッ」
撃った!
「……」
「……」
……
「残念賞の飴です」
受付の人が苦笑いしながらエリカに飴を手渡す。どうやら景品を一個もゲットできない客はあまり居ないらしい。
「エリカは射的は苦手か」
「戦車だったらそこそこ中てられるわよ」
「景品が粉々になるだろ」
掌に載せた飴玉を見つめながら何事かを考えこんでいるエリカから銃を引きはがし、俺の番だ。
受付から新しいコルク弾を5発受け取る。
コルク銃のボルトを引いてからコルク弾を銃口の先から詰める。この時、ボルトを引く前にコルクを詰めてはいけない。詰めてはいけないのだ……大変なことになるから。
膝立ちになり、机に肘をついてしっかりと銃を固定する。肩と頬でストックを支えて手元がぶれないようにし、景品に照準を着ける。目的の赤ボールペンは3本を輪ゴムでくくられて立てられている。
「……」
撃つ。
命中。
次弾装填。
次の目標に狙いをつける。
もう一個赤ボールペン。
「……」
撃つ。
命中。
次弾装填。
次の目標に狙いをつける。
次は消しゴムだ。
「……」
撃つ。
命中。
次弾装填。
次の目標へ。
狙うはココアシガレット。
「……」
撃つ。
命中。
次弾そ……ッ!
このコルク弾、欠けている。文化祭の始まりから今に至るまで繰り返し使われたために欠けてしまったのだろう。このままでは欠けた部分から空気が漏れて十分な威力だ出ない。
しかし、問題は無い。手に持ったコルク弾を反転させ、太い方から銃身に詰める。こうすることによって、空気の漏れを抑え、その上、中る面積を小さくすることによって強い力で目標を押すことが出来る。最後に狙う目標は万全を期したい。丁度いいな。
そして、最後の目標へ。
狙うは……
「……ッ」
撃つ。
命中。
「おめでとうございます」
「どうも」
受付から5つの景品を受け取り、そのうちの一つをエリカに渡す。
「ほれ」
「何よ」
「やるよ」
「別に欲しいなんて言ってないけど」
「めっちゃ狙ってたじゃん」
俺の目が確かなら5発中5発狙ってるように見えたが?
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして」
視線を右斜め下に落としたエリカの謝意を俺は素直に受け取ることにする。
相変わらずの幼なじみで安心するね。
「さ、本命に行くとするか」
「そうね」
いくぞ! 黒森峰のハンバーグへ!
☆
少し寄り道してしまったが、休憩時間はまだ40分程残っている。待ち時間を踏まえても余裕でハンバーグを食べることが出来る。
「いらっしゃいませ」
「あれ? 3-Bって隊長さんのクラスだったのか」
「なによ、アンタ知らなかったの?」
俺達を出迎えてくれたのは隊長さん。つまりポチのお母さんだ。彼女はシックなエプロンにバンダナを装備して非常に家庭的な印象を受ける。
ポチと戯れるポチのお母さんと全国大会優勝レベルの戦車道チームを率いる隊長さんの彼女しか知らなかったため、新しい発見だ。
「でも、なんでハンバーグ喫茶なんですか?」
俺は聞かずには居られなかった。こんな素晴らしい案はどのようにして生まれたのかと。
「実は君におすそ分けを貰ってから少々嵌まってな、それでクラス会議の時にふと提案したらそのまま通ってしまったのだ」
「隊長の発案だったんですか!」
なんと、ポチのお母さん発の案だったらしい。それも、その切っ掛けが俺のハンバーグとは。これはうれしい。
ぜひこのままポチのお母さんにもハンバーグの素晴らしさを追求してもらいたい。
「それで、ご注文はどうなさいますか?」
「あわわわ……た、隊長! そんなに畏まらないでください!」
「? そうは言っても、私は店員で君達は客だからな」
隊長を尊敬しているエリカにとってポチのお母さんから敬語で話されるのは落ち着かないのだろう。ドギマギしっぱなしである。
「それじゃあデミグラスソースとトッピングにチーズで」
「わ、私も同じものをください」
「かしこまりました」
注文を聞くとポチのお母さんは離れていく。
ここの店は基本となるハンバーグは全て共通で冷凍のハンバーグであり、ソースとトッピングを客が選ぶシステムになっている。これは文化祭の規則によって一定以上の調理を要する料理は提供できないからだ。火を通すとは言え、最悪の場合食中毒の危険性があるためそれも必然だろう。
とは言え……
「手作りハンバーグでないのは残念だな……(黒高生のハンバーグ食べてみたかった……)」
「そうね……(隊長のハンバーグ食べてみたかった……)」
いやちょっと待てよ。
確かにハンバーグは大量生産品ではあるが、ソースは黒高生の手作りだ。その上、黒高生が配膳してくれる。これは実質黒高生作のハンバーグと言ってもいいのではないだろうか? まるで、海外産の食品を一定期間日本でごちゃごちゃすれば国産としてもいいように。
おお! これは完全にmade by 黒高生ではないか!
「お待たせいたしました」
再びポチのお母さんが料理を持ってやって来た。流石にハンバーグは出来合の物を使っているため早いな。
「来た来た」
ハンバーグ自体は冷凍のハンバーグ特有の質感をしているが、ソースは手作りのものであるのがよくわかる。湯気と共に漂う香りがとても心地よい。そして、上に載せられたチーズも良い具合にとろけてとても美味しそうだ。
俺とエリカはほぼ同時に箸を持つ。
「「いただきます」」
この後も俺とエリカはメイドと執事として忙しい時間を過ごした。それはもう忙しいという思いでばかりが集まっていくように。
それでも、あの時二人で食べた実質黒高生お手製ハンバーグの味はしっかりと印象に残っている。
お知らせというか、お願いというかなんですが……
ツイッター始めました。
https://twitter.com/hanamitukituna
そこでですね、最近ネタに困っているこの現状。ダイメでも適当なツイートに返信でも構いませんので、「こんな話がみたい」とかあればお気軽にどうぞ。