もうしわけない
すみません
きつな
「なあ、エリカ。どの問題を出してくると思うよ?」
「黙って前向いて座ってなさい」
相変わらず我が幼馴染は手厳しい。
俺は2年生から学習する事が始まった物理という科目にどうしても馴染むことが出来ていなかった。そんな不安しかない教科を前にして少しくらい相談に乗ってくれたって良いじゃないかと思うのだが?
しかし、まずいな。問題集に載ってる問題は解けるようになったものの(というか、答えを暗記したに近い)、初見の問題になると自分の力で解を見つける事はほとんど出来ていない。
赤星さんならコツとか教えてくれるだろうか。
赤星さんとは俺が黒高に転校してからエリカの次によく話す間柄になっていた。やはり、人は第一印象と言うものが大きいようで、初めに話しかけてくれた赤星さんを話しかけやすい相手として認識していた。もちろん、他のクラスメイトとも気兼ねなく話すことはできるが、赤星さんとは特に良くつるんでいる。
俺は自分の席を立ち、ノートを見返している最中の赤星さんに声をかけた。
「赤星さん」
「はい?」
彼女はノートを見ることを中断し、こちらに向いてくれる。
その時、彼女が見ていたノートがちらっと見えた。
どうやら彼女のノートは黒赤青のボールペンと時々オレンジの蛍光ペンで構成されており、非常にシンプルにわかりやすくまとまっているようだ。きっと彼女は自分のノートを見返すだけで重要な点を抑えることができる自分専用の虎の巻を使っているに違いない。これは期待できそうだ。
「大事な所とか教えてくれない? 物理ってどうも苦手でさ」
「うーん、そうですね……」
赤星さんは癖のついた髪を指でクルクルと弄りながら答えてくれる。
きっと彼女が物事を考える時に思わずしてしまう動作なのだろう。
「モーメントの計算と重心の計算は間違いなく出るでしょうね。でもこの2つは問題集レベルの問題しか出て来ないと思いますよ」
「なるほど……それならとりあえずは大丈夫かな」
問題集に載っていたその2つの問題の解法はしっかりとインプット済みだ。
そのまま出される分には十分対応できるだろう。
「それに、先輩からのお話によると物理の先生はほとんど問題集から問題を出してくるそうですよ」
「おお!! それはデカイ情報だ!!」
なんと! それは知らなかった。エリカはそんなこと一言も言ってなかったぞ。知らなかったのか?
「となると、何とかなりそうだ。ありがとう、赤星さん!」
「いえいえ、私は何も……どういたしまして」
全く不本意なことだが、物理の問題が分からなさ過ぎて答えを暗記するほどに読み込んだ俺に死角は無いと言っても過言では無いのではなかろうか。
折角得られた貴重な情報だ、エリカにも共有してやろう。
「エリカ、物理のテストは問題集から出されるらしいぞ」
「知ってるわよ」
「知ってたのかよ!」
なんだよ! ぞれならそういう事は早く言ってくれよ!
「あんた、この事知ってたらそれしか勉強しないじゃない」
何も言えねぇ……
「ダメよ、結局受験で全部やることになるんだから今のうちやっておきなさい」
何も言えねぇ!
なに!? エリカは俺のオカンか何かか!?
そんな正論言われちゃったらもう俺……勉強するしかないじゃん!
「……まあ、どうせアンタはまともにノートでまとめてるとは思えないし、しょうがないから私のを貸してあげるわ。赤ペンで書いた所だけでも拾っていけばかなり抑えられるでしょう」
そう言ってエリカは『物理』と書かれた緑色のノートを俺に手渡してきた。
「いいのか?」
「私はもうきっちり見直したし、問題無いわ」
ノートを手渡したあとに、そっぽを向くエリカは……
なんだか……
すごいイケメンに見えた。
なんだよこいつ、優秀かよ……優秀だったわ。
エリカのノートは赤星さんのノートと同じくらいシンプルにまとめれており、非常にわかりやすい。
ページのdate欄には勉強をしたであろう日付が毎ページごとに記載されており、エリカの几帳面さが伺える。その日付はほぼ毎日のペースで更新されており、このノートが彼女の努力の結晶であることはすぐにわかった。
「エリカ……ありがとな」
「ふん……いいからさっさと勉強してなさい。早くしないと休み時間終わっちゃうわよ」
そう言うと、エリカは物理の資料集をパラパラと流し読みし始めた。
ま、まさか教科書以上の内容を追求するときに使う資料集で勉強するとは、エリカの向上心は天井知らずか?
とと、そんな事を考えている場合ではない。エリカに貰ったチャンス、上手く活用しなければならない。
俺は貸してもらったノートを開き、戦いの前の最後の調整に挑んだ。
☆
「終わった……」
それはいろんな意味を含めてではなく、ただ単純に1学期中間試験が終わったという意味である。
幸いなことに、今回一番の懸念事項であった科目の物理は前評判通りほとんど問題集からの出題であった。+αの問題に関しても直前にエリカから借りたノートに重要と書かれていて目についた部分が出てくれたおかげでスラスラと解くことができた。
「エリカは今回の手応えどうだった?」
俺はテスト終わりの謎の興奮冷めやらぬまま、特に意味もなくそう聞いた。
「ま、ボチボチじゃない?」
おう。テスト終わりでも我が幼馴染は相変わらずクールだぜ。
でも俺は知っている。エリカが良いでも悪いでも無いと言う時は大体それなりの自信がある時だ。大方、テスト勉強に費やした時間が無駄にならずに良かったと胸を撫で下ろしている、ってとこだろう。
ちなみに、これが自信が無いときだと無言になる。こちらが何を聞いても機嫌悪そうに生返事しかしてくれなくなるからわかり易い。
「テストも終わった事だし、飯でも食いに行こうぜ」
「そうね、戦車道の練習も2時からスタートだし、どこか食べに行きましょ」
テストが終わったという事は課外活動、選択授業も解禁となる。間もなく全国大会2回戦が行われる我らが黒森峰女学園の戦車道チームも気合いを入れなければならない時期なのである。
今日はテスト当日のため特別日程で学校自体は午前の11時で終わり。昼には早いがいつもより多く頭を回転させた学生達にとってはいい感じに空腹を感じる時間なのである。
「そうだな……折角のテスト終わりだからパーッと……」
パーッと……
「ラーメンでも食いに行くか」
「は? なんでラーメンなのよ」
「いいか、エリカ? 男の子にはな、突然ラーメンが食いたくなる衝動に駆られる時があるんだよ」
「あ、そう」
ハンバーグとはまた違う油の味。
ハンバーグとはまた違う出汁による風味。
ハンバーグとはまた違う満足感。
アレは定期的に感じておかなければ体がおかしくなってしまう。男の子は全員そうだと言ってしまうと過言かもしれないが大体そんな感じだろう。
つまり、俺は今ラーメンが食いたい。
身振手振りを添えて力説する俺だが、エリカはアホを見る目でこちらを見てくるばかりだ。
あ、段々鬱陶しいオーラを出してきたぞ。まあ、この辺にしておいてやるか。
「まあいいや、行くぞエリカ!」
「はいはい、もうアンタのチョイスに任せるわよ」
呆れた雰囲気を醸し出しながらも付いてきてくれるエリカ。イイやつだよな、ホント。
そうして、俺達は先程のテストの答え合わせをしながら学校近くにある評判のラーメン屋に向かうのだった。
そして、久々に書いた話がハンバーグじゃないとか……