この場でお礼申し上げます。
エリカが病気して寝込んでいたのももう昔のようだ。実際には1週間ほどしかたっていないのだが。
結局担任から渡すように言われて預かった書類をエリカに渡すことをすっかり忘れていたが、次の日回復したエリカに渡したのでも何の問題も無かった。
何がしたかったんだ、あの教師。
「エリカ、これどうしたもんかね」
「私もわかんないわよ」
それはそれとして俺とエリカが困り果てているこの現状。
周りには大量の野菜、肉、魚、香辛料から料理酒やワインまで、あらゆる種類のハンバーグのみならず、あらゆる種類の料理が作れそうなほどの材料がこの場にそろっている。料理対決番組でよくある「この場にある全ての材料は使用可能です!」って感じだ。
この材料と場所はクラスメイトの料理部の子に提供してもらった。気前よく部室にあるものは全部使っても良いよとのことであるが、普段からこんなにたくさんの材料で何を作っているのだろうか? 実は学食の第二支部とかではなかろうか。
「エリカ、ケーキ作りの経験は?」
「お菓子類を作ったことすらないわ」
では、なぜ俺たちが今こんな状況にあるのか?
そして、今俺たちが困っている原因はここにある。
来たるべき7月1日。
この日はポチのお母さんの誕生日である。彼女の誕生日パーティーに向けて、誕生日ケーキを作成している最中なのだ。そして、この会は先日行われた戦車道大会全国大会準決勝祝勝会と同時にサプライズとして行われることになっている。隊長さんガチ尊敬勢であるエリカはもちろん、戦車道チーム全員が彼女のために何らかの準備をしている。当然俺もその一員だ。
そんな中で俺とエリカに割り振られた役割とは誕生日パーティーの準主役ともいえる誕生日ケーキの作成である。選出理由は「いつも料理をしていて上手そうだから」、とのこと。戦車道チームに料理部部員が居ればその人がやっていたのだろうが、残念ながら居ないのである。そして、俺とエリカにケーキ作りの経験はない。
「しょうがない……か。レシピ通りに作るしかない」
「そうね、隊長に適当なものをお出しするわけにはいかないしね」
と言う訳で、まずはスマホでイイ感じのケーキの作り方を探すことから始めた。
「そういえば、隊長さんは何ケーキが好きなんだ? それと何か食べられないものとかあるか?」
これは大事だ。例えば俺で言えば、基本的に絶対食べられないというものはないが、個人的にはフルーツケーキよりはチョコケーキのほうが好きだ。折角の誕生日ケーキなのだから主役が好むものを選ぶべきだろう。
「うーん……、隊長の好物……」
腕を組んで考え込んでしまうエリカ。なんだ、エリカはポチのお母さんとの付き合い長いのにそんなことも知らんのか?
「食べられないものはなさそうだけど、好きな食べ物は……カレーかしら?」
「その意見は採用できないなぁ……」
カレーかぁ……
確かにハンバーグの次くらいに美味いと俺も思うけど、ケーキのテーマにはできないなぁ。ハンバーグには合うけど。
「じゃあ好きなものは?」
味が駄目なら見た目で勝負。
ケーキの形をそれっぽくすることは難しいだろうが、ケーキ屋さんがやってくれるチョコペンで描く絵みたいな感じならなんとかできるんではなかろうか?
「パンターF型」
「ぱんたーえふがた……」
詳しくないから思い浮かべることはできないけど、それって戦車だよな。戦車か。戦車かー……。チョコで描くには難しいのでは?
もっとなんか、ゆるキャラみたいな単純なデザインだったらやれただろうけど、戦車かぁ……無理っす。
デフォルメすればいけるか? でもそれ、隊長さん的にはどうなんだろう。
「お」
エリカと意見交換をしつつ、ケーキのレシピを調べていると面白いものを見つけた。
「赤ワインケーキはどうだ」
「ロートヴァインクーヘンね」
ネットによると、ドイツのケーキらしい。そういえば学食で見たことがあるような気がする。
「レシピ通りに作ると少しに苦めな大人の味らしいが、クリームとかチョコでトッピングすれば甘くもできるだろ」
「バリエーションを作れば甘いのが苦手な子でも食べられるわね。アンタにしてはいい考えじゃない」
感心したような顔でこっちを見るエリカ。
そこまでは考えてなかった。エリカ天才か。
「複雑な工程もなさそうだし、いけそうだな」
「ええ」
そうと決まれば話は早い。
俺もエリカも料理はそこそこ出来ると自負している。
お菓子づくもまた料理。レシピという先人の知恵通りに作れば致命的な間違いを起こさない限り不味くなりようがないのだ。
「赤ワインか……」
俺は思い出す。黒高名物のビールを飲んで様子がおかしくなった学友たちの事を。
いやいや、黒高のビールはノンアルコールだ。あれはきっと場の雰囲気に酔ったというやつだ。それに、ケーキは焼くからアルコールなんてとんでしまうはず。
俺は一瞬脳裏を過った不安を捨て去り、楽しい誕生日パーティーにするべくケーキ作りに励むことにした。
…
「キャア!」
「うわあああ! ハンドミキサーをいきなり高速回転で使うな! って、バ、バカ! 電源入れたままミキサーをボウルから抜くな! めっちゃ散ってる!」
……
「あれ? これおかしくね?」
「生地は型に流し込みなさいよ。それだとホットケーキになっちゃうじゃない」
………
「なんか焦げてね?」
「部室のオーブンの性能が良すぎたみたいね。ちゃんと温度は合わせたはずなんだけど……」
…………
そんなこんなで約3時間。
「「で、出来た」」
黒高の戦車道チームのみんなも食べられるように中々の数を作ることになった。クリームやチョコでコーティングされた物はもちろん、大人の味を好む人用のノーマルバージョンも用意した。
余ったクリームは自分の好みに合わせてケーキに塗ることが出来るように皿に分けて置くことにした。
「見た目はちょっとアレだけど、いいんじゃない?」
ケーキにクリームを塗る。
ただそれだけの事なのにあんなに難しいとは思わなかった。ケーキ職人はすげぇや。俺もハンバーグの成形なら負ける気はしないがな。
「そうだな。味見でも美味かったしな」
ケーキにいれたワインのおかげか生地がしっとりとして、安いケーキみたいなパサつきを感じない。
これならポチのお母さんも喜ぶぞ!
☆
「みな、よくやってくれた。次の決勝戦もこの調子で油断せず頼む。だが、今日はこの勝利を祝おう。乾杯!」
「「「「乾杯!!!!」」」」
壇上でポチのお母さんが乾杯の音頭をとる。
強豪黒森峰とはいえ、準決勝ともなれば勝利を祝うようだ。とはいえ、どちらかというと決勝戦に向けて英気を養うという意味合いの方が大きいような気がする。流石は強豪校。眼中にあるのは優勝だけと言う訳か。
「チズル、レモン食べなさい」
「なんでそんなにレモン押しなんだよ。レモン単体では食わねぇよ」
フラフラと寄ってきたエリカは何故かレモンを俺に押し付けてくる。やめろ、レモンを無理やり口に押し込むな。
そして、やはりというべきか彼女の左手には黒高ビール。お前はもうギルティだよ。
「それより、そろそろアレ準備するぞ。レモンは自分で食ってろ」
「そうね。それとレモンだけで食べるわけないじゃない。アンタバカ?」
だぁもう! めんどくせぇな!
「隊長!!」
俺とエリカが裏に回っている頃、会場の中央から大きな声が聞こえてくた。
「ん?」
戦車道チームの一人が突然大声をあげてポチのお母さんに呼びかける。突然の呼びかけに彼女はキョトンとした顔をしているのが何だか面白い。
「隊長、お誕生日おめでとうございます! これは我々からのプレゼントです!」
別の子がそう言うと、プレゼント係だった赤星さんが綺麗にラッピングされた紙袋を持ってポチのお母さんの方に向かって歩いていく。
「隊長、おめでとうございます」
「……おお、そう言えば今日は私の誕生日か」
どうやら自分の誕生日を忘れていたらしい。隊長という仕事は忙しいから、自分の事でもうっかり忘れてしまっていたのだろう。まさか素で忘れてた……なんてことは無いよな?
さて、プレゼントが手渡されたということはそろそろ俺たちの出番だ。
「いくぞ」
「ええ」
それぞれがお手製ケーキを乗せたカートを押してポチのお母さんのもとへと歩いていく。
「隊長! おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
エリカはハンバーグを食べるときの「これこれ……」みたいな笑みではなく、昔よく見た満面の笑みを浮かべて祝いの言葉を告げる。今でもそんな笑い方をするとは、ちょっと驚きだ。
「二人もありがとう。これは君たちが作ったのか?」
「はい!」
「そうか、とても美味しそうだ」
そういうポチのお母さんの顔はわずかに頬が緩んでいる。きっと喜んでいるんだと思う。とりあえず、嫌な顔をされなくてよかった。
「ん? これだけホットケーキなのか?」
「それは気にしないでください」
味は変わらないから。
「そうか? それでは、みんなで食べよう」
「「「わーい!」」」
普段は厳しい訓練をこなしている彼女たちもやはり女の子。甘い物には目が無いのは世界共通と言ってしまってもいいのではなかろうか。
「「「「「いただきまーす!」」」」
楽しいひと時の第二幕の始まりだ。
☆
☆
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「どうしてこうなった」
普段は実直で規律に厳しい黒高生達が雑魚寝をしている。
あ、あの人制服がめくれてちょっと横っ腹が見えてる。
「いやこうはならんやろ」
胡坐で座っている俺の足の中にエリカの頭がうずもれている。ちなみにエリカの体勢は気を付けの姿勢でうつ伏せ状態である。
「どうしてこうなった」
俺の背中を背もたれ代わりにして眠ってしまったポチのお母さん。
「……はぁ。俺も寝ちゃお」
今度何か作るときは料理酒は使わないようにしようと心に決めた。
みんなの記憶には楽しかったという事しか残っていなかったらしい。