俺はハンバーグが好きだ。
今も昔もハンバーグが好きだし、きっとこれからもハンバーグが好きだ。
そんなハンバーグを今日も焼く。
フライパンの上で焼き土下座をかましている挽き肉たちはジュウジュウと良い音をたてながらその身をどんどん茶色くしていく。
それと同時にハンバーグのいい香りがキッチンに充満し、開けっ放しの扉を通してリビングへと流れ込んでいく。きっと、今リビングに居るエリカにもその匂いが届いているだろう。
しかし、今日はいつもと違う。エリカは何も言わず、こたつとしての役割を放棄してただのテーブルとなったこたつの前に座って柴さんをやさしく撫でている。
「……ふぅ……」
息をついたのは俺だったのか、それともエリカだったのか。
★
今日は待ちに待った戦車道大会決勝戦。
決勝戦ということもあり、黒高はその日の授業は免除で全生徒そろって応援へと向かった。当然、今学期までは黒高生である俺とて例外ではない。
広大なフィールドの全貌を観客席から見渡すことは不可能であり、各地の状況を見るための巨大な電光掲示板が設置されている。そこには空から撮影した映像と同時に、その場面に映し出されている
黒森峰女学園と大洗女子学園の保有戦車には、ド素人である俺にもはっきりとわかる程に性能の差があることがわかった。
俺は素人だから、戦車の性能なんて額面通りに受け取ることしかできない。正直、負ける気はしなかった。それと同時に大洗女子学園がここまで勝ち続けてきたという事実に不安も感じた。
きっと大洗女子学園はそんなハンデすらもひっくり返して全国大会という大舞台で決勝戦まで勝ち抜いてきたのだろう。
大洗女子学園には誰もが『あっ』と腰を抜かすような奇抜な作戦があった。
― 黒高だって、長年積み上げ、研鑽してきた実績を伴う作戦を実行したはずだ。一部混乱していた場面も見られたが、試合全体を通してみれば堅実に相手の車両を減らしていた。
大洗女子学園のメンバーは隊長の無茶な作戦だって実行に移せてしまうくらいに一生懸命に練習をしてきたのだろう。
― 黒高の皆がどれだけ懸命に練習をしてきたかなど、俺もよく知っている。そこに差があるとは思えない。
では、やはり黒高が負けてしまったのはフラッグ戦というルールの特徴によるところが大きかったからだろうか?
― 確かにそれはあるかもしれない。でも、最後の場面でポチのお母さんと妹さんが操る戦車の力量に(素人目ではあるが)差があるとは思えなかった。
何が原因だったのだろう。
戦車道に関して素人であり、彼女たちと一緒に戦ったわけではない俺がこんなことを考えていても仕方のないことだと思っていても、そう思わざるを得ない。
強いて言えば、ただ運が悪かっただけということなのかもしれない。
★
「手は洗ったか?」
「ええ」
さっきまで柴さんを触っていたエリカは洗面所で手を洗い戻ってきたところ。俺はそれに合わせるかのように机の上に皿を並べていく。
「相変わらずおいしそうね」
「そうか?」
エリカは柄にもなく素直な感想を口にしていた。
「早く食べましょ。お腹が空いてもう我慢できないわ」
「はぁ……。今日はしてやられたわ」
「まさかあの子があんなに強いなんてね」
「でも、次は絶対に勝つわ」
「今はそのことは置いておいて、目の前のこれを楽しみましょ」
エリカは俺に何も言わせないかのように矢継ぎ早に話し続ける。
全く……。
「エリカ」
「何? いいから早く食べましょ」
「エリカ」
「何よ、冷める前にさっさと」
「エリカ」
「……」
「もう、気張らなくていいんだぜ」
「……」
俺がそう言うと、エリカは下を向いてしまった。きっとここから見えない彼女の手は強く握られているのだろう。
「私は……」
「ああ」
「私達は、今年こそ優勝したかった……」
「ああ、去年からの目標だったもんな」
ちょうど一年前の今日頃。同じように黒高は決勝戦で負けてエリカが気落ちしていたことは今でもよく覚えている。
「私は……、あの子にだけは負けたくなかった」
「ああ、エリカが妹さんに思うところがあることは知ってる」
大洗の隊長が黒高の元副隊長、つまりエリカの前任だったことは知っている。そして、エリカは自分をおいて副隊長になった彼女に思うところがあり、また彼女の行動が黒高の10連覇を止めてしまったということに激しい感情を抱いていたことも知っている。
「わた……わたしは…………、隊長に、優勝旗を持って……欲しかった……」
「ああ」
知っている。
ポチのお母さんは今年で引退であるということ。
エリカがポチのお母さんを心から尊敬しているということ。
そんな彼女を支えることが、エリカにとって何より嬉しかったこと。
知っている。
エリカのことなら大体知っている。
だからこそ、去年みたいに「次は頑張れ」なんてことは言えない。もう次はないのだから。
慰めも励ましも、エリカの心を軽くしてやることなんて出来ない。俺には出来ない。
だから……
「エリカ」
「……スン……」
昔は泣き虫だったエリカも何時からか声をあげて泣くことは無くなった。中学に上がった頃にはほとんど泣き顔を見せることは無くなった。そんなエリカの泣き顔を久しぶりに見た。
彼女の目には確かに涙が溜っており、耐えきれなくなった水滴が頬をなぞるように落ちていく。
「召し上がれ」
「……うん」
震える手でフォークとナイフを持つエリカは目の前で湯気が立つハンバーグを一口サイズに切り分け、ゆっくりと口へ運ぶ。
「うん……うん……」
最初の一口を口に含んでからエリカの手のスピードはどんどん上がっていく。一口食べたら次を切り分け食べる。また一口食べたら次を切り分けまた食べる。それを繰り返していった。
「チズル……」
「うん?」
「最高においしいわ」
「そうか」
エリカの顔は涙でぐしゃぐしゃだけど、その表情はさっきまでとは違い、確かに笑みも含まれていた。
ああ。
だから俺は……
ハンバーグが好きなんだ。
今も。
昔も。
これからも。
おわり
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
↓以下、作者は語りたい↓
ガルパン本編の最終話でエリカが笑顔で再戦を望んでいましたけど、誰にも見られない場所で涙をこらえきれずに泣いただろうなと思った作者。そんなエリカを(気休めでも)笑顔にさせてあげたいと思ったためだけに生まれた主人公でした。とりあえず書きたいことは書けたかなと。
余裕があればおまけとしてらぶらぶ作戦のクリスマス回とチズルがまほにカレーライスを振る舞う話を書きたいなーと思っています。
円盤が売れなかったアニメの二期くらいの感覚で待っていてください。
それではみなさん、また会う日まで