「えぇ……やだよ」
「なんでよ。どうせ暇でしょ、アンタ?」
今日も今日とて夏季休暇中の我々チズルとエリカは悠々自適な夏休みライフを過ごしていた。そんな素敵な時間を過ごしているからこそ、俺としてはエリカの頼みを承諾することはできない。
「暇じゃないぞ。柴さんの散歩とか、俺の散歩とか、柴さんの散歩とかしなきゃならん」
「散歩ばっかりじゃない。少なくともアンタの散歩の時間はいらないでしょ」
散歩の時間を削るなんてとんでもない! せっかくの夏休みだと言うのに自分がやりたいことをやらないでどうするというのだ。
「いいから付き合いなさいよ」
「やだやだやだ!」
エリカの奴め、とうとう依頼が命令形へと変化してきやがった。つきあわせる気満々だということがはっきりとわかる。しかし、アマノジャク気質の俺としては、そんなに頼まれたらNoと答えたくなってしまう。
「荷物持ちなんて面倒くさい!」
「それが本音ね」
そうだとも! 悪いか!
今日、エリカがやけに早く我が家にやって来たと思ったら買い物に付き合えなどと宣ってきやがったのだ! 何やら黒高の行事の臨海学校のために水着を新調するから荷物持ちをやれとのことだった。
何故水着を買うためだけに荷物持ちなんて人員が必要なのか? 答えは簡単だ。買い物はそれだけに留まらないからだ! 大体、水着を買うだけだったらエリカは俺なんか連れて行かずに一人で行くだろう。おそらく、水着を買った後にイスとか本棚みたいな家具か、はたまた電子レンジみたいな微妙に重いけど配達を使うまでもないような家電製品を買うのか。
どちらにしろそんな面倒くさいこと吾輩はしとうない。
「昼ごはん位なら奢ってあげるわよ」
「いつでも出かける準備はできているぞ」
荷物持ちが面倒くさい? 欠食男児なめんな。食事をちらつかされたらそんなもの断るなど出来るはずがない。
店から重い荷物を運ぶまでに使うエネルギーとエリカに奢ってもらう昼飯によって得られるエネルギーを瞬時に計算すると得られるエネルギーの方が多いに決まっている。そうなると、もう選択肢なんてない。
エリカに付き合う一択だ。
「まったく、アンタはどうしようもないわね……」
エリカは頭に手を当て、そんなことをつぶやきながらため息をつく。おいおい、そんな俺がどうしようもないくらい残念みたいな目で見るなよ。
普通にヘコム。
「まあ、いいわ。それじゃあ行くわよ」
「うい」
散歩の時間をつぶしてエリカと一緒に街に繰り出すことにした。まあ、たまにはバスに乗って大型ショッピングセンターに行くのも悪くない。
☆
「はあ……なんでこんなに疲れてんだ……」
「何? この位でへばっちゃったの? 情けないわね」
エリカの水着選びはすでに終わり、フードコートにある適当な店で適当に良さげなものを頼んだところだ。
エリカの買い物は本当に水着を買いに来ただけであり、想像していたような重いものを持つということは無かった。
それなのに、何故こんなにも疲弊しているのか。
それは彼女の水着選びのせいだ。思い出しただけでも頭が痛くなってくる……
「何考えこんでるのよ。冷めるわよ?」
「誰のせいだと思ってるんですかねぇ」
「?」
あ、こいつ分かってねぇな! 何真顔で真剣に考えてるんだよ。
いやね、俺だって他人の趣味嗜好についてとやかく言うことはヤボだってこと位自覚してるよ? でもさ……でもさ! ショッキングピンクの水着は無いだろ…… それもビキニタイプじゃないぞ? 競泳水着の肩紐が無いバージョンみたいなやつだ。ちなみに、柄も装飾も何もないまっさらなショッキングピンク水着だ。そういえば、おばちゃんがよく着ている水着に似た感じだったのは気のせいだろう。うん、気のせいだと思いたい。
即決でレジに持っていこうとしたエリカを思わず止めてしまった俺を誰が攻められようか。スクール水着の方がまだ色気があるんじゃなかろうか。
それでだ、無難に「黒のビキニはどうだ?」と、提案したらエリカに「なんか違うわね」と言われてしまった。エリカのイメージ的に黒色が似あうと思って提案したのだが即却下である。どうやら俺とエリカの美的センスは全く合わないらしい。
その後、すったもんだありながらも妥協点として、トラ柄っぽい柄のビキニにパレオを合わせたものに決定された。少なくともショッキングピンクの色気も何もあったもんじゃない水着よりよっぽど女子高校生にふさわしいものであると思う。
それに、彼女が学校で乗っている戦車はティーガー……だったかな? 戦車と関連した柄だし、そういう意味でも悪くはない。
でもなぁ……トラ柄って……大阪のおばちゃんかよ……
もしかして、俺の感性が世間からズレているのではないかと何度疑心暗鬼に陥ったことか。
「さて、用も済んだし帰りましょうか」
「ああ、食材が足りないから買い物してくわ」
「そう。じゃあ次は一階の食品売り場ね」
俺はひそかに決意した。
エリカを女子高生にしてみせると。
☆
「何これ?」
「ハンバーグだ」
エリカはナイフで切り分けたそれを口に含んでは首をかしげている。
「これはハンバーグではないわ」
「いいや、これはハンバーグだ。世間では豆腐ハンバーグと呼ばれている」
「ああ。これは、豆腐の味と食感だったのね」
今日のメニューは豆腐ハンバーグ。
身なりを気にする女の子はダイエットのために普通のハンバーグではなく豆腐ハンバーグを好んで食べるらしい。
とりあえず、エリカには少しでもそういったことに興味を持ってもらうことにした。
「豆腐はいいぞ(肉に比べて低カロリー的な意味で)」
「そうね。豆腐の原料である大豆は畑のお肉とも呼ばれるほど良質なタンパク質が豊富だから、健康な体作りにはぴったりね。それに、これをハンバーグとは認められないけど、これはこれでおいしいわ」
そうか……エリカにとって大豆はダイエット食品ではなくて健康に良い食品なんだな……
もう、エリカはこのままでいいと思うよ……