チーズハンバーグ   作:はなみつき

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アイアシェッケと9話

「あ˝ー、あっぢ~な~」

 

 額に浮かぶ汗を手で拭いながら俺は歩く。

 暑さは苦手ではないし嫌いでもないが、暑いものは暑い。暑ければ汗が出るし、喉も渇く。

 あまりの暑さに誰に言うでもなく独り言を呟いてしまう。

 

 少し戻って近くのコンビニで涼むか、そこにある自販機で冷たいものを買うか。はたまた、ここは節約して家にまっすぐ帰って冷蔵庫で冷やしている冷たい麦茶を飲むか。

 今日の散歩は新しい小道を見つけたのでそこを通ってきた訳なのだが、できればこの先までマッピングを済ませておきたいところ。全く新しい道というのはどうしてこうもワクワクするものなのか。

 

「お」

 

 コンビニか、自販機か、はたまた家に帰るか。

 自販機か、家か、はたまたコンビニか。

 結論の無い議論が頭の中でグルグルと行われていたところ、いつのまにか一軒のカフェの前に立っていた。

 そのカフェは普通の一軒家と同じ様なつくりの建物に『かふぇ ぴ~とら』と書かれた看板が扉にひっかけられている。

 横に置かれたカフェ看板にはメニューが掲示されており、コーヒーに自信があるのか赤色のチョークで目立つように赤線が引かれている。

 

(申し訳ないがこのクソ暑いのにホットコーヒーを飲む気にはならないなぁ。でも、コーヒーに自信があるなら冷コーも美味いよな!)

 

 いいね、冷コー。

 ガラスのコップになみなみと注がれたコーヒーは氷によってキンキンに冷やされている。コップを持ち上げた時に氷がコップにぶつかることによって生じる「カラン」という心地の良い音が周りの温度すらも下げてくれる気がする。そして、結露することによってコップについた水滴が重力に従って「ツー」っと落ちていく様はまさに夏の風物詩といっても過言ではない。

 

(よし、ここに入ろう)

 

 そうと決めたら話は早い。偶然みつけた良さげなカフェに入ることにする。

 馴染みの無い個人経営っぽいカフェに入るのは割かし勇気がいるものだが、散歩を趣味にしてからそういう機会が増えたため慣れたものだ。

 

 ドアを開けると入店を知らせるためのベルが鳴る。どうやらドアに取り付けられているらしい。

 先客は居ない。落ち着いたいい店だな。うんうん、こういう雰囲気は大事にしたいね。

 俺が鳴らしたベルに気が付いたのか、店の奥の方から従業員の人がッ……

 

「いらっしゃいませ、お好きな席に˝ッ……」

 

 そこにはウエイトレスのコスチュームを身にまとったエリカがそこに居た。

 

 思いもがけないところに思いもよらない人物に遭遇したことによって俺たち二人は硬直してしまう。先に硬直が解けたのはエリカだったようだ。

 

「ア、アンタ! こんなところで何してんの!」

「何しにって、そりゃあ喫茶店に来る理由なんて茶を喫する以外ないだろ」

「うっ……そ、それはそうだけど……」

「そういうエリカはバイトか。わざわざこんな遠い所で?」

「そうよ。悪い?」

「いや、別に」

 

 エリカの機嫌はあまりよろしくない模様。まあ、その気持ちはわからないでもない。知り合いにバイトをしているところを見られるのは気まずいよな。

 もしかして、彼女がこんなに遠い所でバイトをしているのは知り合いにばれたくなかったからか。そうだとしたら少し悪い気もするな。

 

「はい、これメニュー。決まったら呼んでちょうだい」

「はいよ」

 

 そう言うとエリカは俺が座っているテーブル以外のテーブルを拭き始めた。

 

(とりあえず冷コーは決定しているとして、ちょっとしたお菓子も食べたいな)

 

 そう思った俺はメニューのデザートの欄を上から眺めていく。

 ケーキ類、シュークリーム、プリン、ワッフル、等々。カフェということもあってこういったお菓子系のメニューは豊富なようだ。

 メニューに載っている参考の写真を見る限りどれも美味しそうである。

 

(ほう?)

 

 どれにしようか迷いに迷って目移りし始めているとある名前に目が留まった。

 

(アイアシェッケがあるのか。めずらしいな)

 

 アイアシェッケとは、卵の入ったカスタードクリーム層、凝乳、チーズクリーム、クッキーまたはスポンジケーキ生地などの3~4層で構成された焼き菓子である。ドイツ語で卵を意味するEierとまだらのを意味するScheckeからアイアシェッケと言う訳だ。まあ、言ってしまえばベイクド・チーズケーキである。

 このアイアシェッケはエリカが一番好きなお菓子であるため俺も何かと食べる機会があった。そして、人は何回も食べていればそれに対する愛着もわくというものだ。

 

 つまり、何が言いたいのかというと、俺もアイアシェッケ好き。

 

「従業員さーん」

「……何よ」

「いや、注文を……」

「で?」

「冷コーとアイアシェッケ。ガムシロとコーヒーフレッシュは……」

「二個ずつでしょ? ちょっと待ってなさい」

「うーい」

 

 俺の注文を取ったエリカは店の奥の方へと入っていく。おそらく、この店のマスターに注文を伝えに行ったのだろう。

 しかし、エリカのあの接客態度ではカフェの従業員というより、ツンデレ喫茶の従業員と言った方がしっくりくるのではなかろうか? まあ、その手の店に実際に行ったことは無いから本物は知らないが、こんな感じなのだと思う。

 

 エリカが店の奥に入っていくとき、コスチュームのスカートが軽く翻ったのが見えた。

 彼女が着ている従業員のコスチュームはどう見てもメイド服だ。紺のワンピースの上に白いエプロンを組み合わせた基本的なメイド服である。エプロンには白いフリフリの装飾が施されており、まさしくエリカの趣味にばっちりなのだろう。頭にはヘッドドレスがちょこんと乗っており、その小物一つでエリカを完全なメイド足らしめている気さえする。

 

 あ、わかった。

 エリカがわざわざこんな遠くまで来てバイトしてるのって、ここの制服がかわいかったからだな。

 

「ん。アイスコーヒーとアイアシェッケよ」

「待ってました」

 

 うんうん、これこれ。なんてことを頭の中で考えつつアイスコーヒーとアイアシェッケに向き直る。

 

「いただきます」

 

 夏休みの終わりも近い。


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