俺はアスナとシュミットがいる部屋まで戻った。部屋の扉を開けるとレイピアを握ったアスナが目に入る。
「バカ!無茶しないでよ!」
「すまん…」
「はぁ…もういいわよ。それで、どうなったの?」
「テレポートで逃げられちまった」
その場が沈黙に包まれる。その沈黙を破ったのはシュミットだった。
「あのローブはグリセルダのものだ…あれはグリセルダの幽霊だ…!俺たち全員に復讐に来たんだ!はは…幽霊なら圏内でPKするくらい楽勝だよな…ははは」
「幽霊なはずはない…システム的なロジックが存在するはずなんだが、何か見落としてるのか…?」
一旦シュミットと別れ、俺とアスナは街のベンチに座って話を続ける。
「さっきの黒いローブ、ほんとにグリゼルダさんだったのかな?目の前で2度もあんなの見せられたら私にもそう思えてくるよ…」
「いや、そんなことは絶対にない…そもそもほんとに幽霊だったらさっきも転移結晶なんて使わないで…ん?」
「どうしたの?」
「いや…なんでもない」
しばらく考え込んでいるとそれを見かねたのかアスナが包み紙を差し出してきた。
「くれるのか?」
「見せびらかしてるとでも?」
「有難く頂戴します…」
俺は包み紙受け取り、開いて中を確認するとサンドウィッチが入っていた。
「そろそろ耐久値が切れて消滅しちゃうから急いで食べた方がいいわよ」
「お、おう…」
サンドウィッチを口いっぱいに頬張る。こ、これは…!めちゃくちゃ美味い!
「美味い…」
「そう…?お口に合ったのならよかった」
「アスナは将来いいお嫁さんになりそうだな」
「え…!?わ、私がエイトくんのお嫁さん…」
いや、誰も俺のとは言ってないんだけど…いて、ばしばし叩かないでもらってもいいですかね…なんてやっていると手からサンドウィッチがこぼれ落ちてしまった。サンドウィッチは地面に落ちるとポリゴンとなって消滅してしまった…ポリゴンになって消滅…?
「あ、ごめんなさい!お詫びにまた作ってあげようか?」
「それはお願いします。いや、それよりわかったぞ。この事件のからくりが…!」
第十九層・十字の丘でシュミットは石盤の前に跪いていた。
「グリセルダ…俺が助かるにはもう、アンタに許してもらうしかない…すまない!悪かった…!許してくれ、グリセルダ…俺はまさか…あんなことになるなんて思ってなかったんだ!」
『本当に…?』
その声を聞いたシュミットは驚愕と共に恐怖が押し寄せてくるのを感じる。物音がして後ろを見ると兎が駆けていく後ろ姿だった。安心して石盤に向き直ると黒いローブの人影があり再び恐怖に支配される。
「ひぃ…!」
「何をしたの?あなたは私に何をしたの?シュミット」
「お、俺は…!俺はただ…指輪の売却が決まった日…いつの間にかベルトポーチにメモと結晶が入ってて…!そこに指示が…!」
すると新たに男の声がした。
「誰のだシュミット…誰からの指示だ…?」
そちらを向くともうひとつのローブを着た人影が増えていた。
「グリムロック…?あんたも死んでたのか…?」
「誰だ…お前を動かしたのは誰なんだ…」
「わ、わからない!本当だ…!メモにはグリセルダが泊まった部屋に忍びこめるよう回廊結晶に位置セーブして…それをギルド共通ストレージに入れろとだけ書いてあって…!」
「それで?」
「俺がしたのはそれだけなんだ…!俺は本当に殺しの手伝いをするつもりなんてなかった!信じてくれ…!」
静寂が訪れ、木々のざわめきが聞こえる。
「全部録音したわよ、シュミット」
「え…?」
そこには死んだはずのカインズとヨルコの姿があった…
「生きてるですって!?」
「ああ…生きてる。ヨルコさんもカインズもな」
「だって…」
「圏内では基本的にHPは減らないが、オブジェクトの耐久値は減る。さっきのサンドウィッチみたいに」
「えぇ…」
「あの時、カインズのアーマーは槍に貫通されてた。槍が削っていたのはカインズのHPじゃなくて鎧の耐久値だったんだよ」
「じゃあ、あの時砕けて飛び散ったのは…」
「そう…カインズの鎧だけだったってことだな。そして、まさにその鎧が砕け散るタイミングと同時にカインズがテレポートすることで死を偽装したってわけだ」
「ならヨルコさんも…?」
「彼女はおそらくダガーを最初から刺した状態で俺たちと話していたんだろうな」
「最初から?」
「ああ…ヨルコさんは今思えば無自然なくらい背中を見せようとしていなかっただろ?」
「てことは黒いローブの男は…」
「グリムロックじゃなく、カインズだな」
「そういうことだったのね…じゃあヨルコさん達の目的は指輪事件の犯人を追い詰めて炙り出すこと…2人は自らの殺人事件を演出し、幻の復讐者を作り出した…」
「おそらくシュミットのことは最初から疑ってたんだろうな。アスナ、ヨルコさんとフレンド登録したままだったろ。確認してみたらどうだ?」
「今は十九層のフィールドにいるわ。主街区からちょっと離れた小さい丘の上」
「そうか…アスナ頼みたいことがある。少し嫌な予感がする…」
「ろ、録音…そう…だったのか…」
シュミットは力が抜けたように地面に座り込む。
「お前ら…そこまでグリセルダのことを…」
「あんただって彼女のことを憎んでたわけじゃないんだろ?」
「もちろんだ!信じてくれ…!そりゃあ受け取った金のおかげで《聖龍連合》の入団基準をクリアできたのは確かだけど…」
直後、グサッ!と鈍い音と共にシュミットの背中にダガーが刺さり、地面に転がりこむ。カインズとヨルコも驚いた様子だ。
「麻痺…?」
「ワーンダウーン」
少年のように無邪気な声が聞こえてきて、シュミットは必死に視線をあげた。黒革のブーツに同じく黒のパンツ。そして頭は、ずた袋のような黒いマスクに覆われていた。眼の部分だけが丸くくり抜かれ、そこから注がれる粘つくような視線の上にはプレイヤーカーソルがあり、見慣れたグリーンではなく鮮やかなオレンジ色だった。
「あっ…!」
背後で小さく悲鳴が聞こえ、そちらを向くとヨルコとカインズを極細の剣で威嚇するプレイヤーが目に入った。こちらも黒づくめだが、全身にびっしりとボロ切れのようなものが垂れ下がっている。顔には髑髏を模したマスクをつけ、奥からは赤い目が覗いている。シュミットにはその2人に見覚えがあった。直接見るのは初めてだが、ギルド本部に要注意人物として全身のスケッチがあった。シュミットを麻痺させた毒ダガー使いが《ジョニー・ブラック》。ヨルコとカインズを牽制するエストック使いが《赤眼のザザ》。ということは、まさか…あいつまでもが。シュミットのやめてくれという思いとは裏腹にじゃり、じゃり、と新たな足音が聞こえる。その姿は膝上までをも包む、黒いポンチョ。目深に伏せられたフード。だらりと垂れ下がる右手に握られるのは、まるで中華包丁のように四角く、血のように赤黒い刃を持つ大型ダガー。
「……《PoH》……」
「確かにこいつはでっかい獲物だ。《聖龍連合》の幹部様じゃないか」
「殺人ギルド…ラフィンコフィン…」
「さて、どうやって遊んだもんかね」
「あれ!あれやろうよヘッド!殺しあって残ったヤツだけ助けてやるぜゲーム!」
「んな事言ってお前、この間残ったやつも殺しただろうがよ」
「あー!今それ言っちゃゲームにならないっすよヘッド!」
赤眼のザザはそのやり取りを聞いてニヤリと口角を上げる。
「さて、取り掛かるとするか」
先日八幡ならすぐに答えにたどり着くというご指摘を受けて、確かに!っと思って頭を捻っていたんですが、圏内事件を取り上げた理由としてラフィンコフィンとの顔合わせが重要だと思って採用したのでヨルコさんが死を偽装する前に答えにたどり着いてしまうとラフィンコフィンの登場が難しくなると考えたので今回の八幡には申し訳ないけど少しおバカになってもらいます…泣