PoHがシュミットに近づき、ダガーを振り上げたその直後、馬の足音が聞こえてくる。その人物は馬から飛び降り、綺麗に着地する。
「馬なんて初めて借りたけどあんな高いのな…よう、PoH。久しぶりだな」
「《腐り目》か…会いたかったぜ」
「俺は会いたくなかったけどな…状況が状況だから仕方なく来たけどさ…」
俺のやる気のない気の抜けた表情を見て癪に障ったのかジョニー・ブラックが叫ぶ。
「んの野郎…!余裕かましてんじゃねーぞ!状況解ってんのか!」
PoHはジョニーを左手で制止すると俺と目が合う。
「こいつの言うとおりだぜ、エイト。格好よく登場したのはいいけどな、いくらお前でも、俺たち3人を1人で相手できると思ってるのか?」
「まあ、無理だろうな。ただ、そっちだって攻略組30人を相手にできると思ってんのか?3対1とはいえ、10分くらいなら死んでも耐えるさ」
俺はできるだけ相手を威圧できるようにニヤリと笑みを浮かべる。しばらく静寂が訪れたが、PoHは舌打ちをすると指を鳴らす。それを合図に部下達は武器を収める。
「行くぞ」
そういうとPoH達は歩き出し霧の中に消えていった。危ねぇ…流石に戦闘してたらお互い無傷とはいかなかっただろうな。
「お前ら、大丈夫か?」
「助けていただきありがとうございます…!全部終わったらきちんとお詫びに伺うつもりだったんです…と言っても信じてもらえないでしょうけど…」
シュミットは麻痺が治ったようで頭を下げてきた。
「エイト…助けてくれた礼は言うが…なんで分かったんだ?」
「確証があったわけじゃないが、ラフィンコフィンが絡んでいるかもしれないと推測したんだ。なあヨルコさん、あの2つの武器はグリムロックに作ってもらったんだよな?」
ヨルコさんとカインズはお互い目を見合わせて頷きあう。
「彼は最初は気が進まないようでした。もうグリセルダさんは安らかに眠らせてあげたいって。でも、私たちが一生懸命頼んだらやっと武器を作ってくれたんです」
「残念だが、その計画に反対したのはグリセルダさんのためじゃない。圏内PKなんて派手な事件を演出し、大勢の注目を集めればいずれ誰かが気づいてしまうと思ったんだろうな。結婚している片方のプレイヤーが死んだ場合、アイテムはもう片方のプレイヤーの物になる」
「グリムロックが…あいつがあのメモの差出人、そしてグリセルダを殺したのか?」
「いや、直接手を汚すことはしなかったはずだ。殺人の実行役は汚れ仕事専門のレッドに依頼したんだろ」
3人は驚き言葉を失っていた。まあ無理もないだろう。まさか夫であるグリムロックが犯人だったなんてな。
「そんな…あの人が真犯人だっていうなら、なんで私たちの計画に協力してくれたんですか!?」
「お前らはグリムロックに計画を全て説明したんだろ?ならそれを利用して今度こそ指輪事件を永久に闇に葬ることも可能だ。シュミットにヨルコさんにカインズ。その3人が集まる機会を狙って、まとめて消してしまえばいい」
「そうか…だからここに殺人ギルドの連中が…!」
「おそらくグリセルダさん殺害の時から繋がってたんだろう」
「そんな…」
ヨルコさんは力が抜けたのかよろめいてしまう。すると後ろからアスナの声がした。
「いたわよ」
そこにはアスナにサングラスに帽子を被った長身の男が連れられていた。
「詳しいことは本人に直接聞くことにしよう。なあ、グリムロックさん?」
「やあ、久しぶりだね。みんな」
「グリムロックさん…あなた…あなたはほんとうに…?なんでなのグリムロック!なんでグリセルダさんを!奥さんを殺してまで指輪を奪ってお金にする必要があったの!?」
「ふっ…金?金だって…?ふっふっふ…金のためではない。私は、私はどうしても彼女を殺さなければならなかった。彼女がまだ私の妻でいる間に…彼女は現実世界でも私の妻だった」
「えっ!?」「なっ!」
「一切の不満もない理想的な妻だった…可愛らしく、従順で、ただの一度も夫婦喧嘩すらもしたことはなかった。だが、共にこの世界に囚われた後、彼女は変わってしまった…強要されたデスゲームに怯え、恐れ、竦んだのは私だけだった…彼女は現実世界にいた時よりもはるかに活き活きとして充実した様子で…私は認めざるを得なかった…私の愛したユウコは消えてしまったのだと…ならば!ならば、いっそ合法的殺人が可能なこの世界にいる間にユウコを…永遠の思い出の中に封じてしまいたいと思った私を誰が責められるだろう!」
「…そんな理由で奥さんを殺したのか…」
俺は自分ではいかにも冷静にその言葉を発したつもりだったが、怒りが抑えきれていなかったらしい。
「十分すぎる理由だ…君にもいずれ分かるよ…愛情を手に入れ、それが失われようとした時にはね」
「いいえ、間違っているのはあなたよ、グリムロックさん。あなたがグリセルダさんに抱いていたのは愛情じゃない…あなたが抱いていたのはただの所有欲だわ!」
それを聞いたグリムロックは顔を歪め、足から地面に崩れ落ちた。シュミットとカインズはグリムロックの隣に歩いていくとこちらに振り返った。
「エイトさん、この男の処遇は私たちに任せてもらえませんか?」
「ああ、よろしく頼む」
グリムロックはシュミットとカインズに左右で担がれ連れていかれた。ヨルコさんはこちらに振り返るとお辞儀をして3人の後を追っていった。
「ねぇ、もしエイトくんなら仮に誰かと結婚したあとになって相手の人の隠れた一面に気づいたときどう思う…?」
「その人の新しい一面が見れて嬉しい、と思うんじゃねえの?その気持ちが『本物』だったらどんな一面だって魅力的に感じると俺は思うぞ。まあ、まだその『本物』には出会えてないんだけどな」
俺は照れ隠しで頬をポリポリ掻きながらそんな、らしくないことを口にする。
「そっか…エイトくんもたまにはいいこと言うじゃない!…いつかエイトくんの『本物』に私もなれるかな…((ボソ」
「ん?なんか言ったか?」
「なんでもない!それより2日も前線から離れちゃったし、明日からまた頑張らなくちゃ!」
「だな、今週中に今の層は突破しておきたい」
ふと、石盤の方に視線を向けると1人の女性が立っていることに気づく。視線は逸らさずに俺は無意識にアスナの肩をつついていた。
「どうしたの…?」
アスナもその女性に気づいたのか息をのんでいる。その女性は微笑むと消えてしまった。俺たちはその奇妙な、しかし嫌な感じはしない不思議な現象の余韻に浸りながら街へと歩き出した。