俺は肩をつつかれて目が覚めた。目の前には俺の顔を覗き込んでいるシリカがいた。
「エイトさん、朝ですよー」
段々意識がはっきりしてきて昨日のことを思い出す。
「昨日はすまん。起こそうかと思ったんだが、気持ちよさそうに寝てたもんだからそっとしておいた」
「お気遣いありがとうございます!」
「とりあえずおはよう?」
「あ、おはようございます」
それぞれ支度を済ませて1階で合流し、転移門から四十七層に向かう。四十七層主街区ゲート広場は、無数の花々で溢れかえっていた。
「綺麗…!」
「この層は通称《フラワーガーデン》って呼ばれてて、街だけじゃなくてフロア全体が花だらけなんだ。時間があったら、《巨大花の森》にも行けるんだがな」
「それはまたの機会にします!」
なんか周りがカップルばっかりでちょっと気まずいな…まあ俺とシリカじゃ兄妹くらいにしか見えないだろ、むしろ俺が犯罪者だと間違われるまである。
俺達はとりあえずフィールドに出ることにした。少し歩いたところでシリカが口を開く。
「あの、エイトさん。妹さんのこと、聞いていいですか?」
「世界一可愛い妹だ」
「すごい食い気味ですね…でも仲良いの羨ましいです!あたしもエイトさんみたいなお兄ちゃん欲しかったです」
若干引かれてしまったようだ…でも可愛いんだからしょうがない。
話をしながら進んでいるとモンスターが飛び出してきた。一言で言うなら《歩く花》だ。
「や、やあああ!!来ないで!」
「そいつは凄く弱いから落ち着いて対処すれば大丈夫だ、って…」
「きゃあああ!」
シリカは焦ってソードスキルを使ったが、見事に空振りをしている。その隙を突かれてモンスターのツタがシリカの足を掴み宙吊りにしてしまう。
「えっ、エイトさん助けて!見ないで助けて!」
「そんな無茶な…」
「こ、この…いい加減に、しろっ!」
シリカはツタを掴むと短剣で切断し、すかさずソードスキルを打ち込む。モンスターはポリゴンとなって消滅し、シリカはこちらに振り向き言った。
「…見ました?」
「見てない…ぞ?」
その後何度か戦闘になったが、苦戦したのは1回目だけで順調に進んで行くことができた。歩いていると小川にかかった小さな橋があり、その向こうに一際高い丘が見えてきた。
「見えたぞ、あれが《思い出の丘》だ」
「やっと着いた〜、エイトさん!早く行きましょう!」
シリカが丘を駆け上がっていくので後を追う。しかし丘のてっぺんには何も無かった。
「ない…ないよ、エイトさん!」
「そんなはずは…いや、見てみろ」
そこには光る花が一輪咲いていた。ウインドウを確認すると《プネウマの花》。まさに探しに来た花だった。
「これで…ピナを生き返らせられるんですね…」
「ああ。その花の中に溜まってる雫を振りかければピナは生き返るだろう。だがここは強いモンスターが多いから、街に帰ってからの方がいい。急いで戻ろう」
さっそく俺達は来た道を引き返して街に戻ることにした。先ほど渡った小川の小さな橋を渡っていると索敵スキルが木の後ろにプレイヤーいることを示してくる。俺はシリカの肩に手を掛ける。
「待ち伏せてるのはわかってる。出てこいよ」
「え…!?」
木の後ろからはあの嫌味ったらしい女が出てきた。
「ロザリアさん…!?どうしてここに…!?」
「アタシのハイディングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルじゃない。あなどっていたかしら?その様子だと、首尾よく《プラウネの花》をゲットできたみたいね。おめでと、シリカちゃん。じゃ、さっそくその花を渡してちょうだい」
「な…何を言ってるの…」
「そうは行かないな、ロザリアさん。いや、犯罪者ギルド《タイタンズハンド》のリーダーさん、と言ったほうがいいか?」
ロザリアの眉がぴくりと動く。シリカは戸惑っているようだった。
「え…でも…だってロザリアさんはグリーン…」
「オレンジギルドって言っても、全員がオレンジプレイヤーってわけじゃないんだ。グリーンのメンバーが街で獲物を見繕い、パーティーに紛れ込んで、待ち伏せポイントまで誘導する。昨夜俺たちの話を盗聴してたのもあいつの仲間だろうな」
「そ…そんな…じゃあこの2週間、一緒のパーティーにいたのは…」
「そうよぉ。あのパーティーの戦力を評価すんのと同時に、冒険でたっぷりお金が貯まって、おいしくなるのを待ってたの。でも一番楽しみだった獲物だったあんたが抜けちゃうからどうしようかと思ってたら、なんかレアアイテムを取りに行くって言うじゃない?《プラウネの花》って今が旬だから、とってもいい相場なのよねー」
ロザリアはそこで言葉をきり、俺に視線を向けてくる。
「でも、そこの目が腐った男。そこまで解ってながらノコノコその子に付き合うなんて、馬鹿?それとも本当にたらしこまれちゃったの?」
「いいや、そのどちらでもないぜ。俺もあんたを探してたのさ。ロザリアさん」
「…どういうことかしら?」
「あんた、十日前に、三十八層で《シルバーフラグス》っていうギルドを襲っただろ。メンバー四人が殺されて、リーダーだけが脱出した」
「ああ、あの貧乏な連中ね」
「リーダーだった男はな、毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で泣きながら仇討ちをしてくれるやつを探してた。でもその男は、依頼を引き受けた俺に向かって、あんたらを殺してくれとは言わなかった。黒鉄宮の牢獄に入れてくれと、そう言ったよ。あんたに、彼の気持ちが理解できるか?」
「解んないわよ。何よ、マジになっちゃって、馬鹿みたい。ここで人を殺したって、ホントにその人が死ぬ証拠ないし。そんなんで、現実に戻った時罪になるわけないわよ。だいたい戻れるかどうかもわかんないのにさ、正義とか法律とか笑っちゃうわよね。アタシそういうやつが一番嫌い。この世界に妙な理屈持ち込む奴がね」
ロザリアの目が凶暴そうな光を帯びる。
「で、あんた、その死に損ないの言うこと真に受けて、アタシらを探してたわけだ。暇な人だねー。ま、あんたの撒いた餌にまんまと釣られちゃったのは認めるけど……でもさぁ、たった2人でどうにかなるとでも思ってんの…?」
ロザリアが合図をすると後ろから7人のプレイヤーが現れた。その全員がオレンジプレイヤー。
「え、エイトさん…人数が多すぎます、脱出しないと…!」
「大丈夫だ。俺が逃げろ、と言うまで転移結晶を用意してそこで見ていてくれ」
「エイトさん…!」
シリカが俺のことを呼び止めた途端…
「エイト…?」
不意に、賊の1人が呟いた。
「その格好…盾無しの片手剣…それに特徴的なその目…《腐り目》…?」
おい、誰だそれ広めたやつ…その二つ名ダサいから嫌いなんだよ…
「や、やばいよ、ロザリアさん。こいつ…ビーター上がりの、こ、攻略組だ…」
男の言葉を聞いた残りのメンバーがどよめきはじめた。
「こ、攻略組がこんなところにいるわけないじゃない!ほら、とっとと始末して身ぐるみはいじゃいな!」
男達が俺を囲み、次々と攻撃してくる。
「た…助けなきゃ…エイトさん…」
しかし、数分経っても俺が一向に倒れないことに男達は困惑しているようだ。
「あんたら何やってんだ!さっさと殺しな!」
「10秒あたり400ってとこか。それがあんたらが俺に与えるダメージの総量だ。俺のレベルは80。HPは1万5千。バトルヒーリングスキルによる自動回復が10秒で600ポイントある。何時間攻撃しても俺は倒せないぞ」
「そんなのアリかよ…」
「アリなんだよ。たかが数字が増えるだけで、そこまで無茶な差がつくんだ。それがレベル性MMOの理不尽さなんだよ」
彼らから戦意が喪失するのを感じる。俺はウインドウを開き、回廊結晶を取り出す。
「これは、俺に依頼した男が全財産をはたいて買った回廊結晶だ。黒鉄宮の監獄エリアが出口に設定してある。全員これで牢屋に跳んでもらう」
男達はしぶしぶ、一人ずつ回廊に消えていく。
「やりたきゃ、やってみなよ。グリーンのアタシに傷つけたら、今度はアンタがオレンジに…」
ロザリアが全て言い終える前に俺は喉元に剣を突きつける。
「言っておくが、俺はソロだからな。1日2日オレンジになるくらい何ともない」
そう言うとロザリアも嫌々ながら回廊に入っていった。
俺達は三十五層の《風見鶏亭》の部屋に着くとベットに腰を下ろした。
「すまん、シリカ。囮にするようなことになっちまって。俺の事言おうと思ったんだが、怖がられると思ったら言いにくくてな」
「エイトさんはいい人だから怖がったりしません…!やっぱり、行っちゃうんですか…?」
「ああ…五日も前線を離れちゃったからな。すぐに、攻略に戻らないと…」
「そう、ですよね…わたしじゃ攻略組なんて夢のまた夢です…」
「レベルなんてただの数字だ。この世界での強さは単なる幻想に過ぎない。そんなものよりもっと大事なものがある。次は現実世界で会おうぜ。そうしたら、その、なんだ、と…友達になれるんじゃねえの?」
シリカはふふっと笑うと言った。
「はい!絶対ですよ!」
「お、おう。それじゃあピナを呼び戻してあげるか」
「はい!」
こうしてシリカの相棒ピナを呼び戻すことができた。俺はまた明日から攻略に戻らなければならない…憂鬱だ…