できるだけ続けていくつもりなので、36度ぐらいの生ぬるい視線で見守ってください。
始まりは悲劇から
「心のないやつ」「あいつには情がない」「人で無し」
幾度そう思ったかは、最早忘れた。
その少女は何度もなんどもそんな場面に会ってきたからだ。
しかし、最後は覚えている。それが彼女の最後でもあったからだ。
雨の強く降る日、朝から泥酔していた両親に家を追い出された。
家は特に裕福でもなければ貧乏でもなく、いや、両親の酒癖が悪くなければ、裕福なうちに入っていただろう。
彼女は妹と一緒に作業をしていない工事現場へと遊びに行った。
雨が強かったが、あそこにいるよりはいいと妹に引っ張られてきたのだ。
雨の工事現場はとても足元が滑り、だがそれは子供の心には遊びを楽しく、そして過激にする舞台装置でしかなかったのである。
初めは土の上で追いかけっこをしていたにとどまっていたが、段々とエスカレートしていき、ついには建設途中の建物に登ったり、そこで鬼ごっこをするようになった。
「ねぇねぇ!あの上で綱渡しようよ!」
「えぇ〜危ないよ〜!」
妹が目をつけたのは二つの棟に跨った鉄骨、それを渡ろうというのだ。
建物は5階相当下はコンクリートの床、落ちれば、即ち死。
しかし、彼女は心の中でどこか『それもいいかもしれない』と思った。こんな世界から居なくなってもどうせ気にかけられない。そんな諦めの入った感情のフィルターを通して目の前の光景を見ていた。
「大丈夫、大丈夫!それじゃあ行くよっ!」
太陽のような笑顔とともに妹が渡り出す。制止を掛けようとするが、大丈夫だろうとすぐ高を括ってしまった。そして予想通り、順調に足を滑らすことなく鉄骨の上を両手でバランスをとりながら歩いていく。
しかしそんな時だった。吹き抜ける凶風、まるで狙ったかのように少女が鉄骨の中央部に来て、掴むものが無かったちょうどその時だった。
「ぁーーーー」
あまりにも小さな悲鳴、しかしこの場ではザーザーと降り続ける雨の音より大きく聞こえた。
そして消える痩せて細い体躯、それと同時に反応する彼女の脳。
嘘だ、こんなふざけたジョークがあるか。
そんな否定の声を、
グシャッ
と言う何かが潰れる音が耳にその否定を伝える。
二重否定、つまりは肯定。
滑りそうになることに気を使わず、狂ったように下へ下る。地獄へ下っているんじゃないか、とそう思い始めてきた。しかし、現実を否定したい気持ちが、妹への心配と焦燥で塗りつぶされる。
一階に降りればまず目に入るのは、紅。
暗く、そして狂おしくなるような真紅。
それに同調し、心は黒く染め上げられていった。
その真紅さえも直ぐに雨で洗い流されていく。そんな儚い薔薇の中に彼女は浮かんでいた。
ぐったりと仰向けに横たわる自分の妹を見つけ、彼女の足は血の中を駆ける。
直ぐにそれは近くなっていき、目の前に寄ってくる。
潰れた後頭部からはザクロのような血の塊が覗き、止め処なくそこから赤ワインのような血が流れてくる。
「ぁ、う、っ………」
不意に絞り出すような声が聞こえる。
苦しそうな声だったが、確かに妹は言葉を発した。
足元を見れば、目を開けて此方に手を伸ばしてくる妹の姿が。
生きてる!生きてる!!生きてるッ!!
「大丈夫、直ぐに大人を呼んでくるからっ!」
「し……ぁ……て」
取り敢えずは私だけではどうすることもできない、と判断した彼女は急いで走り出す。
途切れることのない雨の中、その瞳から一筋の涙を流している妹に気づかずに。
走る、泥を跳ね飛ばして。
走る、コンクリートに茶色のシミを残して。
走る、目から滂沱の涙を流して。
やっとこさ自分の家に着くと、直ぐにドアを全力で叩く。頼れる大人と言っても年端のいかない少女に親交のある大人は少ない。
間を空けずそのアパートの扉が、乱暴に苛立たしげに開けられる。
中から出てきたのは、中肉中背の男性、髪はボサボサであまり手入れのなされてない様子。頬は紅潮しており、濃厚な酒の匂いがする。そんな一目でガラの悪い男性と判断されそうな見た目である。
「んだァ!?このクソガキぁ!?」
「お父さん!美久が、美久がぁ!」
「あぁ?ちゃんと喋れってんだゴラァ!?」
「美久が死にぞうなの!だずげてぇ!?」
唾を飛ばし怒鳴りつける父親に、普段のような物怖じする態度は見せずに必死に訴える。鼻水でよく喋れなくとも、目の前の光景が涙で屈折しようとも。
父親もその必死な態度にただならぬ様子を見出したのか、直ぐに母親をよぶ。此方もあまり機嫌は良くなさそうだったが、私の話を聞くと目をみひらく。
「取り敢えず、そこに案内しろ。」
「うんっ!」
直ぐに踵を返して、先程の赤い花園へ向かう。
が、彼女には見えていなかった。
彼女の父親と母親が目を見合わせ、そして《《とてつもなく下卑た笑みを浮かべていることに》》。
全速力で走り、いや半ば逃げ出すように帰ってきた工事現場へ到達する。
そして、正確に覚えていた妹の落下地点に即座に到達する。
血は未だに流れ出ているものの、雨がそれ以上の勢いで連れ去っていく。
彼女は振り向いて、助けを再度求めようとするが、頬に走る衝撃がそれを阻害する。
標準より痩せている体が軽々と宙を舞う。
頬骨にヒビが入ったのを感じる。
激痛で目の前が明滅する。
「ケッ、美しい姉妹愛だなぁ、クソガキィ。その反吐が出そうな愛には、何回もいらつかされたぜぇ!」
背後から響く哄笑。イラつきを吐き出すように大声を撒き散らしながら近づいてくる。
そして、再度衝撃。
「ガッ………!?」
「心底、穀潰し共にはウンザリさせられてたわ!だけど、丁度いいわ!」
次に響くのは母だったものの声。
酒で紅潮した顔が狂ったように、繊維の細くなった髪を振り乱しながら彼女の背中を蹴る。痩せ体型の体にあるとは思えないような馬鹿力で、背中を蹴りに蹴りまくる。
一発、背骨にクリーンヒット。脊柱が嫌な音を立てる。
二発、肋骨にヒット、折れた肋骨が胸に勢い良く刺さり呼吸困難に。
他にも脚撃はあったが、もはやどの部位をやられたかも覚えていない。
それより、妹を救わなければと無理やり心が体を動かそうとするが、脊髄がやられてしまったようで、首から下がピクリとも動かない。
「あぁ?」
私が向ける視線の方を、目の前の男は察したのだろうか、ニィッと酒臭い口を歪ませ、突如蹴るのをやめる。
「そうだなぁ、明日てめぇの
男はそんなことを言うと徐ろに後ろを向き、妹を視界に収める。
いや、まさか、やめて、やめてぇ!?
しかし、血がこみ上げてくる喉からは、咳をするような音が漏れてくるだけ。
無情にも脚の向きは変わらない。
未だに妹が生きているのは、来るときに確認できた。瞬きをしていたし、溢れるうめき声もちゃんと聞こえた。
男は妹に馬乗りになるとーーーーーーーーその顔をめちゃくちゃに殴り始めた。
「ぁ……あ"あ"あ"……ぁあ"……!?」
金属が擦れるような悲痛でグロテスクな悲鳴が耳朶を打つ。
殴られるたびに鍋みたいに歪んでいく顔を前に、少女は呆然と眺めることしかできなかった。
「ひぁははははははは!今日はついてるぜ!?なんたって食い扶持が二つも減るんだからなぁ!?」
気分が高揚でもしたのか、哄笑を撒き散らしながら肉を打つ。
見ていられなかった、見たくなかった、顔を背けたかった、瞼を閉じたかった。
だけど出来ない。
不思議な力が加わり、瞼も首も全て固定されたかのように固まった。
軈て、ひとしきり殴り終わると男は嘲るような目で妹を眺め、そして足で妹を踏みつけながら飽きたように立ち上がる。それと同時に先ほどまで生きてるものとは思えないどす黒い相貌が露わになる。
妹は死んでいた。当然といえば当然だが、それが変えようもない現実となって目の前に現れたことを、雨か涙がが邪魔しようとする。
「ほぉら、誕生日プレゼントだ!」
「ありがたく受け取りなさい、蛆虫。」
しかし、現実を突きつける様に放り出されるのは、自分がよく知ってる顔とはかけ離れた、妹の死の面。出来損ないのジャガイモの様に変形し、跡形もなくなった顔の中央部にはカッと見開かれたガラス玉。
「ぁ、あぁ、ああっ、うぁっ」
口から意味のない嗚咽の様なものが溢れる、本当は泣きたかったはずだが、雨のせいで泣いているかどうか分からない。
心底楽しそうにその様子を見ているあの
今まで感じたことのないどす黒い感情の渦が胸の中で渦巻く。
しかし、決して当惑はしなかった。
苦しめられた私には当然その権利がある。
殺されかけているのだから、そう思うだけでは罪になどならない。
妹を殺したその存在に慈悲がいるか、いや否。
そう信じて疑わなかった。
しかし、それも思うだけだった。
叶わない。
奇跡は起こらない。
ほら、そんなこと思っているうちにも彼女と妹の亡骸は簡単に担がれて。
ピクリとも動けなくなった足を動かそうともがく気も無くなって。
最後に一矢報いようという呻き声も、もはや嗚咽に変わって。
ほら、結局奇跡頼みの弱い心からくる諦めに飲み込まれて。
ほら、親を呪う呪怨じみた感情の濁流の中でも、妹を想う暖かな感情を持ち続けて。
ほら、結局人間を捨てきれないで。
ほら、結局最後まで人間で。
「あばよ、糞ガキ。来世でも合わないことを願うぜ。」
「干ばつがあったら呪うわね、貴方の骨も見たくないもの。」
そんな言葉の直後に浮遊感、そして、
ボチャン、ボチャンーーーーーー
突如訪れる息苦しさ。
激流が彼女の体を蹂躙する。
肺から強制的に空気が押し出される。
激流の勢いで頭を川底にぶつける、血が出てるかなんてもはやどうでもいいが。
助かることを早々に諦めている彼女は、さっさと記憶の中を回歴することにした。
………といっても、突然の出来事の連続で思い出せることも限られていることを悟る。
走馬灯など都合の良いものなどなかった。
あ、そういえばウチじゃ最後まで家で動物飼えなかったなぁ。
幼いときは図書館で動物の図鑑を見て、帰ってきてはあれを飼いたい、これを飼いたいとねだっていたものだ。あのときは幸せだったなぁ。と激流に身を削られながらも微笑みを浮かべる。
両親が酒に溺れてからは図書館と動物園によく言ったものだ。
まぁ、妹に連れて行かれたのだが。
その時の私は檻の中の動物を見て哀れだと思っていたが、今の私も随分哀れなものだ、と自嘲的に笑う。最後の最後に生まれた感情としてはあまり望ましくはないが。
(なんだ、思ったよりも思い出せるね)
(だけど、もう終わりみたい。)
酸欠で意識が遠のいていく。
ゆっくりと闇という瞼が下がって来る。
生まれ変れたり、という生きることへの諦めからなる幻想を抱いたりしてみるも、すぐさま自分自身で切り捨てる。
彼女の瞼から降りてきた闇はすぐさま、その意識をも侵食しだす。
安らかで甘く、深淵の闇だ。
闇に生きる人間が最後に見る光景にしては、ピッタリすぎる、とまで彼女は思う。
(……そんな考えさえも、もはやどうでもいいんだけどね。)
静かに生を駆逐する闇に、最初から抵抗する気などなかった。
窒息の苦しみすらも意に介さない彼女が最後に起こした奇跡といえば、たまたま隣を流れていた妹と一緒軽く体が触れ合ったことぐらいだった。
それを知覚し、彼女の意識は途切れた。
彼女ーーーーーーー
「はーい、貴方はこっちに並んで下さ〜い。横入りはやめて下さいね、堕ちたくなければ。………あーあ、ダッルいなぁこの仕事。私もオリュンポスでOLしてみたかったなぁ。あ、でもあの
……ンーと、これをこうして、アレにセットしてと。流石冥府の神カスタム、使いやすい。それじゃ、
初投稿だというのに何故いきなり鬱展開にしたし(ノープラン