4話 運命かもしれない出会い
「うあぁぁぁぁぁぁぁあぁああ!?食べないでくださいぃぃぃ!?」
「食べないよーっ!」
「へっ?」
素っ頓狂な声がサバンナに響く。
上がるはずのない第二の声に、白くなった頭が完全にホワイトアウトする。
今まであった恐怖の感情が霧散したのを心の中で感じる。
薄い膜の外にある現実を確認するために、ゆっくり薄っすらと目を開ける。
「…………」
「……だいじょーぶ?」
ドン、と目の前に突き出されている少女の相貌。小さい顔にクリクリとした大きな目。黄色のショートボブの髪から突き出たその大きな耳は、その少女が元は
成る程、ということはサンドスターの魂への定着は成功、ということだろうか。
少女の目を見つめる。
不可解な視線に少女は首を傾げる。
見るからに人の形、しかしある程度動物の面影は残している。
つまり、これは、完全にーーーー成功!
「や、やったぁ‼︎」
「!?」
歓喜の声、振り上げられる両手、突然の歓声に驚き、飛び退くサーバルの少女。しかし、私の中の喜びはそんなことを視界の外に追いやる。
「やったぁ、三日間の努力が報われた!いや、たった三日間だけど………あぁ〜!だけどよかったぁ!」
両手を万歳のようにして飛び跳ねる。そのぴょんぴょんと跳ねる様は月に住むと云われる、玉兎の如く。
辺りを飛び跳ね、ひとしきり喜ぶと、改めてサーバルの少女の方に向き直る。
先ほどまで容姿しか見えなかったが、立ち上がった今なら違う。
裾野広がったサーバルの毛皮の模様のスカートに、これまた元々の毛皮の柄のニーソと長手袋。腹部は白色のためかトップスはそれと同じ白色だ。そして、首元には大きな蝶ネクタイ。
「は、初めまして、でいいのかな?私はーーーーーーー」
「すっごーい!」
「へっ?」
「何その毛皮?めーずらしー!あ!その背中に背負ってるもの何!?すごーく尖ってるよ!すごーい、いろんなもの持っているんだね!」
うつむいていたと思っていたが、私の思い違いらしかったようだ。
それはただ、自分の体の確認か何かだったのだろう。
そして、私の姿を見るなり目を輝かせて、詰め寄ってくる。
まるで新しい玩具を与えられた子供のような無邪気な笑みだ。
Tシャツを物珍しげに突いて、小さな歓声をあげたりと楽しそうだ。
しかし、悪いがそれではいつまでも話が進まない。未だにはしゃいでいる彼女の肩を掴み、注意を私に向けさせる。
「うみゃ?」
「ちょっと聞いてくれるかな?大事な話だから。」
「なになに〜?楽しい話?面白い話?」
大事な話って言ったよね………?と、心の中で細やかなツッコミを入れながらも、咳払いをして話し始める。
これからのことに関する大事な話だ。
「私の名前は叶華よろしくね?それより、自分の体が人間のものになったの、驚かないの?」
「えぇっ!?人間?なにそれなにそれ〜?あ、私はサーバルキャットのサーバル、宜しくね!」
「………まあ、知らないならいいや。」
どうやら、人間にあったことや見かけたことはない個体だったようだ。まだ定められていないはずの自分の種の名前を知っているのは、サンドスターの影響だろうか。人間を知らないのはアフリカは限られたところにしか人間は住んでないし、先住民の方々も好き好んで猛獣いっぱいのサバンナの真ん中に、集落を構えることはしないからだろう。
さて、私が神々から託された仕事についてなんて質問しようか。この子にもわかる内容にしないと。
「さて、私はお仕事の用事できたんだけど、そのお仕事の内容から話すね。ま、簡単に言うと、どんな獣もみんな仲良く暮らせる、いわば楽園のようなところを作っている途中なんだ。だけど、みんな獣のままじゃ、仲悪いでしょ?だから、みんなおんなじ姿になってもらおうと思ったんだ。……ここまでは良い?」
「んんー、なんとかだいじょーぶ!それって、楽しそうだね!」
笑顔を咲かせ、大きく頷き、分かってるのか分かってないのか不安の残る回答をする少女に、おもわず苦笑いする。が、ほんにんがそう言っているので大丈夫なのだろう、きっと。
「それで、偉い人たち、まぁ、神様から色々な伝説の動物を捕獲してこいって言われたけど、失敗しちゃ怖いから、こんかいは腕試しがてら君のことを捕まえちゃった、てこと。おっけー?」
「だいじょーぶ!解ったよー!」
天真爛漫なその態度に不安はない、といえば嘘になるが、この正直で裏表ない態度は非常に助かる。ファーストコンタクトからこじれたら、この先が思いやられたからなぁ。
「それで、これからよかったら私について来てくれたら嬉しいんだけど………あ、嫌だったら先に帰ってて良いよ?まだ誰もいないけど、これからどうせ来るだろうし。」
「いや、君と一緒に行きたいな〜、その方が楽しそ〜!」
楽観的なその理由は果たして、全ての動物を捕まえるまで持つのだろうか。
いや、その生来の気質がその意思を半ばで折れさせることはきっとないだろう。
(まぁ、私もついて来て欲しかったんだけどね。)
ニコニコと、慣れていないはずの人間の体でも、笑うことができている彼女に視線を向ける。
その目は、何処か悲しげであった。
(君は、よく似てるよ、本当に。)
重なる二つの影、似ている二つの声、何もかもが幻視を幻聴を引き起こす。
特にその笑顔は、もはや叶華の妹のものに非常に酷似している。
ちょうどこんな風なショートボブの髪型で、そして満面の笑みでコロコロと笑っていたものだ。
あの時の私に今のような力があったら、とそう思わずには居られない。有りもしないはずの負の想像が心を苛む。
(……やめよ、こんなくだらない妄想。
しかし、その代わりに何がしてあげるかもわからない。
何かすべきだが、何をすべきだか分からない。
仏壇を作って弔う?一人だけ生き返った私を妹が許してくれるだろうか。
私には答えを出すことができない。
ただ単純に分からないのか、それとも嫌われたと決めるのが怖いのか。
「どうしたの?具合、悪いの?」
そんな思考を断ってくれた、心配そうに顔を見上げて来るこの娘に救われた。
私は取り繕うように笑うと、微笑みながら返事を返す。
「いや、なんでもないよ。そうと決まったら、行く?」
「うんっ!」
起源を遥か古代とする楽園。その礎が築かれた冒険は、アフリカのサバンナの真ん中から始まった。
一人は顔に影を抱え、元もう一匹は一片の翳りのない表情で。
それぞれ胸に抱いている思いも決して同じではない二人の冒険は、プロローグを終えた。
「それじゃ、どんな行き方がいいかな?」
「えぇっ?歩く以外でいけるのっ!?」
「んふふー、じゃあちょっと動かないでね?」
「な、なに?いきなり肩掴んdーーーーー」
「【テレポーテーション】」
アフリカから始まると言ったけど、アフリカを歩き回るわけではないようだ。
二人の姿は忽ちにして消え、サバンナには再び静寂が訪れる。
突如として視界が違う場所へと移り変わる感覚というものを初めて感じたが、なかなかに気持ち悪いものだった。
肌にあたる空気はサバンナの乾燥したものから打って変わり、湿り気の含んだものとなった。
出たところは森林だろう、夏の心地よい深緑の葉が目の前を埋め尽くす。特定の人は童心を思い出させるかのような、土と木の優しい香り。
「うみゃっ!?何処ここー!?」
突然の景色反転に、目を白黒しているサーバル。
無理もない、先ほどまでは開けたサバンナにいたというのに、今度は温暖湿潤な森林のど真ん中だ。
「うーん、多分あってると思うけど……」
気温、湿度、植生からして間違いはないと思うんだけど、と周りを見回す。
見渡す限りの木、木、木。
昼が近づいて来ているのにもかかわらず、未だ大きな声を出す蝉。
こんな中では、聴覚から得られる情報などほとんどない、ハズなのだがそれは人間の耳での話らしい。
サーバルの耳がピクピクッと動く、それと同時にサーバルは右斜め後ろへ振り返り、その方向に向けおもむろに指を指す。
「ねぇねぇ、あっちのほうから泣き声がするよ。どうしたのかな?行ってみようよ!」
え、と思い耳を澄ませて見てもなにも聞こえない。
当たり前だ。サーバルのその大きな耳は人間やなんかよりよっぽど良い。
そして彼女の鼻も、私とは違う何かを嗅ぎ分けていたようだ。
「それと、何かしょっぱい匂いがするよ?なんだろなんだろ〜!」
(?……海があるのかなぁ?)
サーバルはきっと海を見たことがないのできっとそう表現するしかないのだろうか、もしそうだとしたら海の可能性が高いが。
大体の人はなんとなく察していたのではないだろうか、私は本来日本がある場所にテレポーテーションしたのだ。
それにしても、日本の神代で海岸近くでの悲鳴か………、だとしたらあの神話かなぁ?そうだったらヤダなー、これに絡んでる神、一柱を除いて腹黒いもん。
あ、だとしたら早く行ってあげないと。
「来てもらったばっかりで悪いけど、いくよ。音のする方に案内して。」
「うんっ!私について来て!」
そういうや否や速攻走り出していくサーバル。
その速度は動物であった時となんら謙遜ない速さである。はっきり行って人間が追いつける速度ではない。
しかし、そう泣き言も行っていられない。
それに私の身体能力は神々のから賜った能力によって、人外のソレへと強化されているのだ。
草木を風の魔法で掻き分けながら、サーバルの後ろについて行く。
風の魔法は進行上にあった低木などを退けさせるほどの威力がある。なので、真正面にある低木はともかく、その他の木は私たちの進路上からその葉を避ける。
「すご〜い!木が避けてくー!」
サーバルもご満悦のようだ。
たまに正面に来る低木などを、サーバルという種の特徴でもあるジャンプ力ぅでかわしながら、風を切り走って行く。
しばらく走り続けていると、急に視界がひらけ、小高い丘へと出る。
潮風の香る、予想通り海沿いの丘である。
「あ”ぁぁぁぁぁ!い”だい"ぃ!い"だい”よ”お”っ!?」
そしてその時から、私の耳にもその悲鳴まがいの泣き声は届くようになっていた。
声からも苦悶が伝わって来る、壮絶な悲鳴だ。
だいぶひどくやられたようだ、聞いていて身の毛もよだつというか、そんな感じだ。
悲鳴が途切れたと思ったら、今度はすすり泣く音が届く。
丈の低い草のためか、その悲鳴の主は即座に見つかった。
が、近づけば近づくほどに見えて来る姿は、あまり良いものとは言えなかった。
「きゃっ!?」
「わっ!?」
地に倒れ伏していたのは兎。
しかし、状態が悪い。
血で赤黒く染まったその体の皮膚は4割も剥がされている。本来は白かったのだろうその毛皮の大半は、その赤黒い血に侵されている。
小さな体躯からは血がとめどなく溢れ、このままでは失血死してしまう。
さらには、その体を濡らしているものはどうやら、地や体液だけではないらしい。多分、塩水。海につからされたのだろうか。
こんな非道な行いをするのは、日本の神代においてはあの国津神ぐらいしかいないだろう。
あ、いけないいけない!早く助けないと手遅れになる。
「【クイックヒーリング】」
緑の燐光が、手より発される。
その優しい光はゆっくりゆっくりと白兎の体を覆い、少しずつだがその体を治していく。
しかし魔術を使い始めて日が浅いためか、その治りは明らかに遅い。
それ以上に、傷をさらに傷つけている塩水が、圧倒的に邪魔だ。
また、失血も激しい。
これでは失血死すらあり得る。
サーバルも事の重大さを知ってか、その口を一文字につぐみ顛末を見守る。
しかし、あまりの回復の遅さに、焦りが出始めてくる。
そんな時だった。
「あのー、どうしたんですか?」
不意に後ろから声をかけられる。
反射的にそちらの方を向いてみると、年の頃大体十五歳ほどの少年が立っていた。髪は顔の横で輪のようにして束ねていて、まさに神代の日本といった風だ。それに服は質素ながらよく手入れがなされている。
そして私は理解した。
この少年の正体を。
親和によればこの白兎を、因幡の白兎を救ったとされる、国津神の一柱。
大己貴神、大国主。国譲りの神。
そうと分かれば私はすぐに助けを求めた。
「実は、たまたまここを通りかかったところ、この川の剥がれたウサギを見つけてしまって。治療を試みてみたのですが、なかなか治りがなるくて。どうか助けてくださいませんか?」
私の懇願を聞くと、大己貴神さんは少し考えるように顎に手を添え、ほどなくしてこう言った。
「なるほど、そういう事でしたか。分かりました、出来る限りの事は尽くしてみましょう。」
そして私の隣を通り、ウサギを挟んで反対側に屈み込む。
「これは……塩水ですか。早く洗い流したほうがいいですね。」
「あ、それなら任せてください。【アルヴヘイムの霊水】」
突き出した手から、綺麗に澄んだ清水が放出される。それは全身の塩を這うように舐めとり、私の手に戻ってくる。
「あ、わざわざありがとうございます。」
洗われたうさぎの怪我の状況を軽く観察すると、大己貴神さんは、腰に下げていた巾着袋からとある白い粉のようなものを取り出す。
そして、それを多めの一掴みでとり、うさぎの怪我の箇所に振りかけていく。
「蒲の花粉です。止血に効果があるので、もうじき出血は止まるはずですよ。」
「ご助力感謝します!【クイックヒーリング】」
此処ぞとばかりに回復の魔法をかける。
すると明らかに傷の治りが早くなっているのがわかる。流石は神代の蒲の花粉、もはや傷がふさがっていく。
しかし、
「やはり失った血の量が多すぎる……!」
「このままでは……!」
「どうしよう!このままじゃこの子死んじゃう!?」
その小さな体躯から流れたちの量はいったいどれほどなのか、どんどん鼓動が弱まっていくのがわかる。
一足遅かったというのか、一歩届かなかったというのか。
私はまた救えないのか……?
いや、まだだ、私が診ている限りそんなことは絶対にさせない!
まだあるじゃないか、あのとっておきが。
腕に虹色の光が収束する。
眦を決して、砲声する。
「【サンドスター】っ!」
虹色の波動が発される。
狙いは寸分違わず白兎の体の中心を穿つ。
サンドスターは魂を覆い、その情報を書き換えることのできる物質。動物の姿を人間のものとし、理性と知恵を与える、私の妄想から生まれた命の結晶。
その本質は魂を補完すること。
魂をより強固なものに作り変える作用を持つ。
諦めたように閉じられていた白兎の目が開く。
そして、即座に体は虹色のヴェールに包まれる。
「すごい……」
「私の時もこんなのだったんだー!すっごーーい!」
大己貴神さんはその神秘的な光景に感嘆の言葉を、サーバルは先ほどそれを経験したからか、大己貴神さんとは違う視点で見ているようだ。
ウサギの形にピッタリとくっついたヴェールは、短い間、細かく蠢き、みるみるうちに姿を変えていく。
そして、その発光現象と体の再構成も唐突に終わりを告げる。
「ぅ……ぅうん……?」
小さな呻き声、その音の出所はつい先程まで血まみれの白兎が横たわってたところから。
そこには白兎と同じように横たわる一人の少女の姿。
純白、だが胸元にリボンが付いていたりとフリフリなワンピース、腕の半分を覆い尽くすこれまた白い長手袋、また腕と同じように足にも白いニーソ、しかし此方は足先に向けて、桜色のグラデーションがなされている。
体型、顔つきからして人間換算で見た目の年齢は大体、13〜14歳ぐらい。
あどけない顔立ち、真紅の眼、未発達な小柄な体躯、髪は薄桃色で腰まで届く長さだ。そしてその髪からピョコンと生えて、ピクピクと動いている長い兎の耳。
「あれ、確、か、うさ、は……」
上半身を起こし、見回す。すると、直ぐに私、そしてサーバルや大己貴神さんと目が合う。
「あー、起きたっ!すごい怪我だったけど、大丈夫?」
「えっ!?あ、貴方方は?あれっ!?体が人間みたいになってる!?」
ずいっ、と顔を近づけてくるサーバルにやや困惑な気味の白兎。
気がついたら見知らぬ者に囲まれていたのだから、この反応は必然と言える。
「叶華よ、よろしくね。」
「えーっと、大己貴神です。一応、国津神やってます。」
「私はサーバルキャットのサーバル!あなたは?」
私から順々に、大己貴神は突然のことに困惑したように、サーバルは持ち前の元気さを振りまいて簡単な自己紹介をする。
突然のことにもかかわらず、キチンと自己紹介をする大己貴神さんにやっぱり日本の神だなぁ、と感心してしまう。
「……うさには特に名前はないのですが。」
「えぇー!かわいそー!じゃあ、なんて呼ぼう?」
この目の前の兎は、状況、自然環境から推測してかの有名な『因幡の白兎』だろう。
ならば、『因幡の白兎』という名前なのでは?と思うだろうが、それはこの神話から生まれた名前であって、元々の名前でもない。
どうしようか……と私達が思案していると、名無しの白兎が立ち上がり、パッパッと草を払い、口を開く。
「できれば、その……名前をつけて欲しいのですが。」
軽く頭を下げて、そう懇願する。
「確かに名前が無いと不便ね。」
仮の名前でも何か呼び名はあったほうがいいだろう。
名前があるか無いかでは、割と友好度などにも支障の出る大切なモノだ。
しかし、その名は彼女の身に一生ついて回る。名付ける側にも多大なプレッシャーがかかる。下手な名前はつけられない。
ここで考えるのもどうかと思うが、大己貴神さんの神話に何か影響が出ても困るので無下にはできない。
「はいはーい!じゃあ、毛皮が真っ白だからシロ!」
「それは、ちょっと安直すぎるような……」
「じゃあ、目が赤いから、アカメちゃんとかどう?」
「ぶっ!」「破壊的なネーミングセンス……!」「これは、なかなかな……」
「むぅー、ヒドイよー!」
その単語をそのまま使った、なんのひねりもないサーバルのネーミングに一同、腹を抱える。
見るところはいいのだが、いかんせんひねりがない。
ダメだ、このままいったらIQが流されていく。
「サーバルは安直すぎだよ。もうすこし、なんか、ない?」
「じゃあ、私よりいいの出してよー!」
「んー、例えばシラキヌウサギとか。」
「そーです!そういうのが欲しかったんです!」
パットでのアイデアを披露して見ると、ウサギさんには意外と好評だった。
白くて絹のような毛皮だったので、そんな名前を提案した。……ハッキリ言ってかなり安直につけたので、気に入られないかと思った。
「じゃあ、こういうのはどうかな?地名に因んで名付けてみるのは。」
「なるほどー、君って賢いんだね!」
……へぇ、このウサギさんの名前は、歴史上決して変えれないポイントなんだ。
あまりにも有名な神話上の出来事は改変できないってことかな。
「イナバノシロウサギ、なんてどうかな?」
「それです!それがいいです!」
時間差なしでその名前の提案を受け入れる白兎、もといイナバノシロウサギ。
まだ検証は必要だろうが、変えられないことがあると言う論はありそうだ。
「かわいー!私もそれがいいと思う!」
「私もそれがいいと思うよ。」
「決定だね。今日から君はイナバノシロウサギだ。さて、ところでなんで君があんな風体で、ここに倒れていたのか教えてくれないかな。」
特にアイデアもなかった叶華はサーバルに続き、肯定の返事をする。本人、いや本獣も納得しているので、良いのだろう。
そして、大己貴神さんはイナバノシロウサギに皮を剥がれて倒れていた理由を問う。
イナバノシロウサギは、少しの沈黙の後に、ポツリポツリと話し出す。
曰く、元々イナバノシロウサギは隠岐の島に住んでいたそうだが、広大な大地に出てみたいと思い、本州に渡ろうと思った。
しかし、隠岐の島は島根半島の北方40キロ、場所によっては80キロにもなる約180の小島を伴う島。ウサギに渡れるはずがない。
そこで、イナバノシロウサギが目をつけたのは、隠岐の島近海にウヨウヨといるワニ(サメのことだ)だ。
しばらく思案した結果、イナバノシロウサギはある作戦を思いつく。
ワニに『島にいるウサギと君たちどちらが多いか、比べてみようよ!』と言う。(神代のため、普通に動物は会話可能。)
それに乗り気になったワニに『うさが数えるから、並んで並んでー!』と言う。するとワニ達は忽ちにして、ウサギが指示した方にズラァッと並ぶ。
それこそがイナバノシロウサギが言った比べっこの目的だ。
イナバノシロウサギが指示した方向というのは、もちろん本州のこと。
作戦というのも割と単純だ。
本州まで、サメの橋をかける、ただそれだけのこと。確かにサメの頭数は相当数必要だが、数が足りてさえいれば、別になんともない。
実際成功したのだから。と言いたいところだが、イナバノシロウサギは最後の最後に失敗を犯した。
本州まであと1匹のワニを飛び越えるとき、イナバノシロウサギは失言をしてしまう。
『うさのために橋になってくれてありがとー!今度は騙されないように頑張ってね!ごっくろーさーん!』
その時の私は確か、あちゃーという感じで顔を手で押さえていた。
当然騙されていると知ったワニ達は大激憤。
最後尾のワニを筆頭に大挙して襲いかかってくる。
完全に油断していたイナバノシロウサギはワニ達に散々に叩きのめされ、皮を剥がれた。
命からがら逃げ出し、しかし皮を剥がれた痛さで泣き叫んでいると、そこに大己貴神さんのお兄様方の八十神さん達が通りかかったそうな。
イナバノシロウサギは八十神さん達に傷の治療法を尋ねた。
八十神曰く『傷を海水に浸して、それから丘に上がって、傷をよーく乾かすんだ。そしたら傷の治りは早くなるし、前にも増して綺麗な毛が生えてくるんだぜ!』と抜かしやがったそうです。
これに大己貴神さんは顔を顰め、溜息を吐いてあた。兄のがやったことなので、多少の責任を感じていたのだろう。
案の定、傷はなおさら悪化、出血も止まらずに丘に倒れ伏していたところに、私達が到着したということらしい。
この物語に教訓をつけるとしたら、油断したらことを仕損じる、だろうか。八十神も腹黒いな、と思ったけど、彼女も中々だ。
「色々ありましたが、皆さんのおかげでもう大丈夫です。体は人間になりましたが、勝手が効くのでこれもこれでいいですね!」
先程まで大怪我をしていたのに、もうこんなに元気なんてタフなものだと感心する。
「ところで、私の体は何故、人間になってしまったのでしょうか?」
「だそうだ、教えてあげて、叶華。僕も知りたかったし。」
と、ここで今度は私がサンドスターの説明を求められる。イナバノシロウサギは単純な興味、大己貴神さんは神の知らない現象の調査のためか。あまり深く勘繰りはしないが。
しかし、どうせ隠す程のことでもないのだが。まず、この計画の起案者って同じ神様だし。
長くなるので会話は割愛するが。
サンドスター説明中
「ーーーーーつまりサンドスターはこう言った点から魂に元から備わっていないモノを補完する物質です。」
「……スケールがスケールだから、理解が大変だけど、大体わかったよ。」
「んー、うさにはちょっと難しいですね。」
「私もよくわかんないやー!」
しかしその説明の甲斐なく三分の一しか分からない現状。かなりわかりやすく説明したつもりなんだけどなぁ。サーバルがわかんなかったのはともかくとしても、イナバノシロウサギが分からなかったのは少々辛い。
「あ、いけね!兄さん達待たせてるんだった。僕はここら辺で行くね。」
しまった、とすっかりと兄達との約束を忘れていた大己貴神さんは、私たちに軽く挨拶をして、その場を去ろうとする。
「あ、ま、待ってください!」
だが、しかしそれをイナバノシロウサギが呼び止める。
「なに?急ぐから早くお願いね。」
すぐに足を止め、その場で振り返る
「八十神は八上姫様にフラれますよ!そして、そんな八上姫様と結婚できるのは大己貴神さん、あなたです!」
突飛にこんなことを言い出した。
あまりにも突然のことだったので、サーバルと当の本人の大己貴神さんも面喰らう。
「なにそれ?新しい詐欺かなんか?う詐欺?」
「違いますよ!」
結構辛辣なことを言う大己貴神さんに、顔を真っ赤にして叫ぶイナバノシロウサギ。
「うさだって、兎神の一柱です!予言くらいお茶の子さいさいです!」
「ははっ、ありがとう。少しは慰みになったかな。」
「もぅっ!」
あまり信じていない大己貴神さんは、笑いながら巫山戯たように返事をする。
対して話をあまり真面目に聞いてもらえなかったイナバノシロウサギは、ぷぅっと頬を膨らませる。
「じゃあ、これで本当に行くね。イナバノシロウサギ、叶華、サーバル。三人での旅たのしんで!」
「じゃーねー!オオナムチ君も頑張ってねー!」
「さようなら、神様にいうのもあれですけど、お元気で!」
「むー!予言ですからいいですもん!どうせいつか現実になることです!」
そしてまた大己貴神さんは走る態勢を取り、挨拶を済ませると颯爽と走り去っていった。やがてその姿が見えなくなるまで、私たちはその姿を見送っていた。