おーるど・ふれんず   作:margarine

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6話 日本最大の大妖

フワッと窓から入る微風がほおをなでる。次に知覚するのは、ふんわりフワフワした毛皮の感触。妙な擽ったさに鼻がムズムズする。

目を開けると黄色の毛並み、サーバルの耳だろう。いつの間にやら私のベッドに潜り込んでいたようだ。……あれ?何故こんなところに?確か、ベッドはそれぞれ三匹とも違うようにしたはずだ。そう思い、サーバルのベッドを見てみると、

 

「ZZzzz………」

 

幸せな顔で眠るイナバノシロウサギの姿が。サーバルの寝相が悪いと思ったのだが、イナバノシロウサギが転がり込んできて、追い出され仕方なくこちらに来たのだろうか。私の正面でまん丸に丸まって寝る姿はとても愛らしい。

 

「ん、んんー、さて、起きますか。」

 

ベッドから上半身を起こし、大きく伸びをする。

開けたままにした窓からは夏の薫風が流れ込んでいる。

時刻は大体朝5時、前世でもこの程度の早起きは毎日していたので全く普通だ。酒に酔った両親が荒らした部屋の復旧作業があったので、そのくらいの時間から出なきゃ間に合わなかったのだ。

しかし今はそれがない。

とりあえず顔を洗って、まだみんな起きなさそうだし外の探索にでも出かけようか。そう言えば、外に不自然な土地の傾きがあったのでそれを調査して見てもいいかもしれない。

もしかしたら狐狸が騙しに来たのかもしれないが、それでもいく価値はある。

この出雲付近にはまだ妖怪の類は居る。野営地の隣に何がいようと、驚くわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

確かに現代でいう島根の土地には妖怪が多いと言った。だが、これは正確には妖怪ではない。

目の前のソレはもっと存在感が大きく、いや生物としての格が違うとまで錯覚する。いや、実際違うのだろう。

話は変わるが、この付近には因幡の白兎以外にもう一つ大きな神話上の出来事がある。今からおよそ数百年ほど前、この地を荒らしていた神と天から降りて来た太陽神の弟が闘った場所である。

ここまで言えばもうわかったかもしれないが。

つまり何が言いたいかというと、あの神様(素盞嗚尊)、八岐大蛇の死体放置しやがった!である。

そう、昨日から不思議に思っていた不可解な盛り上がりの正体は、八岐大蛇の死体の頭部だったのである。

今も絶大な圧力と存在感を発するその死骸は、腐敗することなくその場に鎮座している。今にも起き上がって、私なんて飲み込んでしまいそうだ。

近づいてその顎門をコンコンと叩いてみる。カーンカーンと蛇の鱗とは思えないほどの硬度の音が響く。

となると、他の頭も違うところにあるはずだ。怖いもの見たさの好奇心が、体を支配する。

大木を束ねたような八岐大蛇の胴を遡っていくと、他の首も見えてくる。そのどれもが例外なく、ある一点に向かって結集している。

八岐大蛇の本当の胴、それは毒々しい紫色をした家一軒ほどの高さ、太さを持った鱗の集合体のようなものだった。

これもかつては生きていて、この辺りで猛威を振るっていたと思うとゾッとする。そしてこれに勝ったという素盞嗚尊さんに対して畏怖の感情が湧く。

神というのは何処までも出鱈目だ、と天を仰ぐ。

 

「だけど、これも依頼の内だしなぁ。」

 

大きくため息を吐く。

私の仕事は過去に滅びた動物、幻獣の捕獲及び育成。それは、今より過去に滅びたものも同様。

つまり八岐大蛇もウチで管理しろとのこと。

ふざけるな、いや寧ろふざけろ。

サンドスターには命の残滓に反応して、人の形に身体を作り変え、蘇生する性質がある。たとえ、腕の産毛からでも、抜けた歯からも、()からでも。

神々はなんでこんな酔狂なことを……

 

「恩に背く訳にもいかないし、やりますか。」

 

非常に気がすすまないが、左手を構える。

サンドスターにはポジティブ思考の促進作用と、友好的行動優先の効果があるからいきなり攻撃なんてことにはならないだろう。

だけど、面倒なことにはなりそうだなぁ。

 

「【サンドスター】」

 

光が収束し、虹色の立方体が形作られてゆく。

いつ見てもウットリするような輝きだ、と半ば現実逃避したかのような思考が頭を過る。

そして虹光の輝きが最高潮に達する。

 

発射ァ(バースト)

 

半ばヤケクソ気味で意味のない言葉と共に発射されるサンドスターは隼も真っ青な速度で鱗の鎧に一直線。

サンドスターは一瞬にしてその胴体にに吸い込まれる。

そして一泊空けて、八岐大蛇の体が光を放つ。

 

「眩しっ!?」

 

其れなりに光量があったので、目が焼かれたのかと錯覚してしまった。

サーバルの時にはこんなに光はどぎつく無かったから、やはり生物としての何かが違うのだろう。

しかしそんな閃光も一瞬だけで終わる。

瞼の裏も焼いていた極光も直ぐに虹色の光沢程度に収まり、その太い胴体を包み込む。

 

「おぉ……!」

 

何度か見たがやはり神秘的だ。

虹色の光に命の輝きを感じる。

魂の再起はここに成った。

虹色の光は突如にして霧散し、あたりに散る。

そこに先程のような大蛇の胴は無く、代わりに17歳もしくは18歳程度の見た目の少女が立っていた。

服装は着物、のようだが肩の辺りで千切られていて、まさにセルフノースリーブといった感じだ。それは脚の方にも同様で、まるでミニスカートのような丈になっている。

髪色は薄緑色でツインテールで纏められている、が長さがまばらに切り揃えられているので蛇の鱗のような印象を受ける。

何より目立つのは尾骶骨のあたりから伸びている8つの蛇の頭と尾。それは彼女が八岐大蛇であったことを表す何よりの証拠だ。

そんな少女もといヤマタノオロチは、閉じていた金色の眼をゆっくりと開く。

 

「んん、はて、我は……?してこの体は一体?」

 

記憶が混乱しているのか、今自分が置かれている状況が理解できないらしい。

しかも自分の体が人に酷似している事に気付き、さらに頭に疑問符を浮かべている。

所在地を確認するためか、グルグルと周りを見回す。

 

「ん?お主は?」

 

そして、視界に私の存在を認めたようだ、怪訝な顔をして話しかけてくる。確かに目覚めたら目の前に見知らぬ人がいたら驚くね。

 

「我は確か、酒に酔い潰れて、素盞嗚尊とかいう奴に負けて、斬り伏せられたはずだが……」

 

自分が死んでいないことを疑問に思いながらも、此方を睨みつけてくる。

突然の出来事で混乱が解けないようだ、警戒心マックスで構える。蛇の頭もシャーシャーと威嚇している。

 

「もしかすればお主、我を討伐しに来た者か?だとしたらなんと愚かなことか、それともお主、(素盞嗚尊)のような者か?」

 

人型になっても決して衰えることのない迫力は、私の生存本能を刺激し、足が無意識に後ろへ向うとする。

が、ここで逃げてなんの得があるんだ、と心に言い聞かせる。

だが、なんて話しかければいいんだろうか。礼儀正しくキメてくか、それとも偉そうな感じで寧ろ向こうを威圧するか。

思考し、悩んだ末に、私に天啓が舞い降りる。

これなら、これなら行けるぞ〜‼︎

 

「ぐ、ぐっどもーにんガール?私は叶華お姉さんだぞー?」

 

うん、気の迷いだったよね。絶対違うよねこれ。一瞬いけるかもと思った自分をぶん殴りたい……!

 

「……………」

 

ほら、ヤマタノオロチすごい険しい顔してこっちを見てるもん。あれ蛇睨みって奴でしょ?ほんとに動けないよ!?

嗚呼、できる事ならそんなに白けた時間を伸ばさないでほしい。恥ずかしくて悶えそう……!

 

「お主」

 

「!」

 

先程とは違うもっとピリピリした声が投げかけられる。

終わった……終わったよぉ……ごめんねサーバル、イナバノシロウサギ…私もうダメみたい……

 

「我にそのような口がきけるとは、中々の猛者のようだな。さては我が体に起こった現象にも詳しいのであろう?話を聞かせてほしいのだが。」

 

しかし良い形で予想は裏切られたようだ。

神妙な顔でそう頼んでくる彼女と運に大きな感謝を捧げる。

 

「う、うん、分かった説明してあげる。」

 

 

の の の 説明中 の の の

 

 

「なるほど、獣を人の型にするとは、なんと面妖な……モグモグ」

 

「ヤマタノオロチも相当面妖な獣じゃない。」

 

「否定できぬなぁ……ムシャムシャ」

 

ヤマタノオロチは私と倒木に腰を下ろし、私のサンドスターについての説明を受けていた。

それに伴い、私が未来から転生して来た理由や、今後の目標まで、ほぼ何もかも。

美味しそうに私が出した餡饅を食べながら。

復活して間もないヤマタノオロチは、私が説明している半ばで『それは良いが、我は腹が減った。何か飯はないか?』と天井天下唯我独尊発言。自由な要望に頭がくらっとくるが、仕方ないので和風テイストな餡饅を生成したというわけだ。因みに粒あん。予想以上に気に入られたようで、説明中に何度もお代わりして来た。

人型になる前は櫛名田比売さんのお姉さん方を食らっていったというので、食いしん坊なのかもしれない。

 

「ムシャムシャ……つまりお主は我について来てほしいという事で間違いないか?」

 

「大体それであってるけど。」

 

「ほう?」

 

自分を復活させた理由を私に聞き、そしてその黄金の瞳を怪しく光らせる。瞳孔は縦に割れていて、蛇特有の迫力を感じる。てか命の危険まで感じる、ヤヴァイ。

 

「ならば、お主。わしと勝負せぇ。」

 

「ふーん、へー、勝……勝負ゥ!?」

 

なぜその思考になったのか、どうしてそういう発想になったのか。

強烈な提案で、頭の中がごっちゃになる。

 

「……なんで、その考えに?」

 

「我は力を認めたものにしか力は貸さぬ。確かにお主は強い力を持っておるが、それを正確に扱えるかを見極めたいのだ。」

 

しまった、予想以上に脳筋だ!

確かに話の筋道は通っているが、要するに私と戦いたいって事でしょ!?

この娘の性格上、推定模擬戦みたいなものでもやるんだろうけど。

 

「拒否の選択肢は」

 

「我がこの地に再び君臨しても良いのなら、アリだ。」

 

「ないって事ですよね〜」

 

ああ、なんでこんな早い時点から、ドンパチやんないといけないのっ!

私の旅、波乱万丈すぎ!

 

「……この場で?」

 

「ああ。」

 

「今すぐ?」

 

「勿論。」

 

「合図は?」

 

「いつ仕掛けて来てもよい。」

 

拒否権は、ない。

貫禄というか、カリスマのあるヤマタノオロチの立ち振る舞いは、それだけで威圧感がある。

退けないなぁ、素盞嗚尊さんはお酒を盛ったって話だけど、今はそんな暇はないしな。

やるしかないか、と己の中で鉢巻を締める。

きっと長い旅の中で、こんな局面も少なからずあるだろうし、良い経験だ。

 

「それじゃ、遠慮なくッ!」

 

五十メートルほど一気に跳躍で飛ぶ。近距離戦闘に経験がないので、とりあえず距離を稼がねば。

腕に魔力を込め、振るう。

すると、ゴゴゴゴと地面が蠢き、地中からいくつもの岩塊が浮かび、私の周りをあたかも衛星のように廻りだす。

 

「ほう!自然の理を操るとは、これまた驚いた!」

 

ヤマタノオロチは驚いたようで、興味深そうな声をあげる。私だって驚いた。

しかし、その声はまだ余裕そのもの、この程度ならまだ防げるということか。

 

「まずは小手調べ!」

 

私の周りを飛んでいた岩塊をヤマタノオロチに照準を合わせ、一斉射撃を食らわす。

しかし、やはりというか流石というか、ヤマタノオロチに焦りはない。というか、所定の位置からほぼ動いてない。だが、みるみるうちに岩塊がヤマタノオロチに迫っていく。

 

「ふんっ」

 

動いたのは尾骶骨から生える、合計16本の蛇の尾と頭。

濁流のごときそれは、飛来する岩塊を次々と打ち砕く。なんという速さ、おそるべき反応速度。

一瞬にして全ての岩をいなした一尾一頭の蛇は、勢いそのままに私に向かって強襲、圧倒的質量を持ってして私を押しつぶそうとする。

 

「ほっ」

 

しかし、そんな真正面からの攻撃を食らうほど私もやわではない。

蛇の突進の直線上に、大きな時空の歪みを発生させる。

禍々しく、こちら側からは全くすきとおらないそれは、時空間におけるある一点とある一点を結ぶ性質を持っている。

平たく言えばワープゲートだ。

そして勿論、繋ぐ先は、

 

「ぬぐぅ!?」

 

ヤマタノオロチのすぐ背後。音もしないで出現するそれは、確かにヤマタノオロチの不意をつき、彼女の蛇と彼女自身を衝突させる。

しかし、さすがは自分の体の一部というわけか、背中にあたるや否や直ぐに蛇を引き返させ、所定の位置に戻す。

衝撃で前につんのめった彼女の口からは、確かに紅い液体が滴っている。

少し罪悪感が湧いて来そうになるが、相手はかのヤマタノオロチだ。手加減は無用。

 

「ふむ、遠距離からの攻撃に対しては、圧倒的な防御力を誇るか。なら、近距離はどうだ?」

 

そう言って、ヤマタノオロチの身体は突如重心が変わり、そして後ろにステップを踏む。ここで、自分が犯したことの重大さを知る。

ーーーしまった!後ろのワープゲートを閉めていない!

気付いた時には既に時遅し、私からの距離十メートルもなかった地点からヤマタノオロチがワープゲートを通じて瞬間移動。私が一気に不利になる。

初めての戦闘くらいユルシテ!?

 

「これは、どうだ?」

 

その声と共に、背中にいた八頭のがそれぞれ私を取り囲むように八方に散る。

360度から攻撃というわけか、二回もワープゲートで防ぐなんて芸がない、か。ではこんどは圧縮させてみるか。

 

「【空間圧縮・円陣】」

 

「【飛来毒牙】」

 

私が防御膜を展開すると同時に飛来する、毒々しい紫色の毒液。

ジュウジュウと音を立てて飛来するそれは、防御膜に着弾すると共にその動きを止める。

極限まで空間を圧縮したのだ、簡単に突破されては困る。

というか、ヤマタノオロチ、それ他の蛇種の技じゃないのっ!?あなたそれやっていいの?

毒液に向いていた視線をヤマタノオロチに戻す。

 

「ッ!?」

 

ーーーーいない!?

どういうわけか先程までそこにいたヤマタノオロチの姿が見えなくなっていたのだ。既に周りからは蛇も脱出し、姿を追うのは不可能に等しい。

隈なく前後左右を捜索する、がその姿はないどころか痕跡すらない。この短時間でどこに消えたのか!?

ここまで探していないとすると、まさか上!?

パッと見上げてみるも其の勘虚しく、晴れ晴れとした朝空のみ。

全く敵が見当たらないというこの状況に、今まで戦闘なんてしたことのない私は大いに混乱する。

 

「我をお探しかな?」

 

「!?」

 

ドゴォッ、という轟音と共に地が割れる。

まさか、地中からっ!?

自分の足元を見る暇もなく、垂直に大ジャンプ。

それと同時に、ミサイルのように蛇の頭と尾は私を追尾する。

それぞれが統率された動きで、私を追い詰めるように動く。

そのうち1つの頭が、私の腕に向かって神速の噛みつきを繰り出す。

しかし、私はこの時を待っていた。

 

「【付与魔法(エンチャント)混乱(コンヒュージョン)】」

 

常人離れした動体視力が大蛇の動きを捉える。

私は空中で体制を制御し、バク転の要領で体を後ろに回転させ、蹴り(サマーソルトキック)を放つ。

私の足は確かに蛇の下顎を捉え、大きく蹴り上げた。しかし、ここは空中。ましてや進行方向よりの衝撃などへでもないかもしれない、が今回は違うだろう。

 

「グガッ!?こ、これはっ!?」

 

「なんてことはない、混乱してうまく体が動かせなくなっただけ。どう?うまく動けないでしょう?」

 

混乱は、伝播する。

蛇の頭から通じたわたしの混乱のエンチャントは、確かに本体にも混乱を与えたようだ。

地面に立っていた彼女は唐突に足から力が抜け立てなくなる。

そんな彼女の隣にスタッと降り立つ。

 

「勝負あり、でいいかな?」

 

そう訊けば、帰ってくる返答は当然ーーーー

 

 

 

 

「……まだだッ!」

 

 

 

 

 

最後の気力を振り絞って、拳を振り上げ彼女は答える。

NOだと、まだ戦えると。

渾身の右ストレートは瞬く間に私の腹部に吸い込まれていく。

 

 

「ウソだね。」

 

 

しかし、それはもう欺瞞であることは見抜いていた。

ピタッと数ミリのところで寸止めするヤマタノオロチ。彼女は気づいているだろう。ただの混乱ではこの戦いが継続不可になるはずがないと。

 

「お主、最初から何か………これ、は()()……?」

 

「その通り。私の攻撃には最初から麻痺の効果が付けられていたわ。最初に岩塊を飛ばした時からずっとね。」

 

私は予想していた。

ヤマタノオロチは私に怖気させるつもりで、試すつもりだろうが、あえて豪快な突破の仕方をするだろうと。

だからこそ、汚いと言われても何も言い返せないような戦いをしたのだ。

 

「さて、長引かせるのも時間の無駄だし、ここらで終わりにしない?」

 

もう一度彼女に問う。

ヤマタノオロチだってわかっているはずだ、もう自分の負けであると。

麻痺と混乱の相乗効果は凄まじい。半端な体構造ならば、呼吸困難に陥ってしまいそうなものだ。

決定的なこの状況で、さらに継戦する選択肢は彼女にないはずだ。

 

 

 

「ヤだ!」

 

 

 

「………は?」

 

 

 

 

目の前の少女が言ったことに対し、耳を疑った。

駄々っ子のような言い方でも、しっかりと意思のこもったその一言は、今度は私を混乱させる。

 

「お主は、我に対し一回もまともな攻撃を行っておらぬ!何故だ?そこまでの力だあるのに、何故傷つけることを拒む!?答えよ!」

 

確かに叶華はこの戦いにおいて防御に集中していた。攻撃といえば最初の杜撰な岩石攻撃程度。それもヤマタノオロチの戦闘継続不可を狙った布石でしかなかった。

ヤマタノオロチは甚だ疑問であった。

目の前の少女は自分とは比べ物にならないほどに強い。身に秘める潜在能力(ポテンシャル)身体能力(フィジカル)も己を圧倒している、というのに何故、傷つけることに対してそんなに消極的、というか拒絶するのか、全く分からなかった。

しばらく間が空き、叶華は答える。

 

「………私は、誰も傷つけたくない。」

 

至極簡単な、しかし現実不可能な、子供の、戯論。

 

「バカな!そんな甘すぎる理由でか!?言わせてもらうが、お主は甘すぎるのだ!誰も傷つけたくない、などという綺麗事、この世界でまかり通るわけがない!弱きものを淘汰し、強者だけが君臨する、それがこの世界の本質だ!」

 

彼女の言っていることは、正しい。

そう思っているからこそ、反論もできない。

 

「だけど!私はみんなを護りたい。傷つけたくない……」

 

尻すぼみに小さくなっていく言葉、滲んでいく涙。それは決して、その意思が軟弱なことを示しているのではない。その信念を貫き通すことがいかに難しいかを表しているのだ。

 

「何を言っておる!誰かを守るということは、誰かを傷つける覚悟をするということだ!その為にお主にその能力(ちから)が与えられたのであろう!」

 

大人が子供を叱りつけるように、実現しようのない未来を否定するかのように。

 

「分かったぞ、お主家族を失っておるな?」

 

「!?」

 

鋭い眼光が、彼女の目を貫き、瞳の奥の記憶を呼び覚ます。

 

「姉を失った櫛名田比売も同じような目をしておった。だから分かったのだ。」

 

そう言い、ヤマタノオロチはかつて自分が喰らった女達の末妹とその両親の瞳を思い出す。

ひどく虚ろで、望みが絶たれたかのような壊れた笑み。徐々に薄れていく感情を忘れないように笑っては、現状に失望するその姿。

 

「だが、我から言わせてみれば、そんなものも甘えだ!お主は自分が奪うことを恐れておる!守りたいもののために覚悟のできない軟弱者よ!」

 

「違う!私が得たのはそんなことのための力じゃない!確かに、愛する人たちを守る時には力は振るうけど、だけど決して傷つけたりはしない!」

 

叶華は諦めない。

ジレンマがそこに存在しても、その思いが矛盾していても、それを超えていくのが彼女に与えられた力にあると思うから。

不可能を可能にする力が彼女の能力だから。

1人で背負い込んでもいい、自分だけが苦しんでもいい。

彼女は決して曲げなかった。

 

「私はそれでも諦めない!それが正しいって分かってるから!それが妹が示してくれた、私の生き方だから!痛みなんて関係ない、あの娘達に苦しい思いはさせない!私は、私だけができる方法でみんなを護る!心を持って、心を解するヒトだからこそ、他人も家族も友人も貴方も傷つけたくない!」

 

それが甘い幻想だと分かっていても、彼女は求めることをやめない。

知っているから。家族が血に濡れ、その命を落とした瞬間を知っているから、だからこそあんなことは起きてはいけないと。酒に溺れ己の子らを殺める親はあってはならないから。

だから彼女は誰もが決して傷つかない世界を望んだ。

その為に力を使い、振るっていくことにもはや迷いはなかった。

 

「ふん、大馬鹿者が。」

 

「そんなの分かってる。」

 

「まァ、ただのバカならできぬだろうからの。我はお主が大馬鹿者であって安心したわ。」

 

ヤマタノオロチは最初から感づいていた。

精神や信念は人にとっては普遍的で一般的な者に毛が生えた程度だが、その覚悟の硬さだけはずば抜けていると。

獅子の子でも虎の子でもなんでもない、ただの人の子。

だからこそ仲間を思う気持ちは獣並みではなかった。家族を尊ぶ気持ちは人並みでもなかった。

瞳の奥の哀しさと並ぶのは確かな瞋恚の炎。

惹かれた、長き時を生きたその獣は確かに惹かれたのだ。

過去ここまでの怒りをぶつけられたのは、ヤマタノオロチの行いを罰した素盞嗚尊との戦いの時だったか。

 

(それでも傷つけまいとする精神は、倫理観かそれとも哀しみからか、どちらからかの?)

 

「よかろう、このヤマタノオロチ。お主の旅に助力いたそう。これから宜しくの叶華よ。」

 

「うん、宜しくねヤマタノオロチ。」

 

和解の握手を交わす。

ヤマタノオロチが叶華のことを認め、許した証。

叶華は先程とは違う温かい涙が顔を伝ったのを感じる。

 

「うむ、ひとまず解決したことだしの。小娘よ、祝杯を交わそうぞ!」

 

先程の剣呑な雰囲気の声とは打って変わり、陽気な声が叶華を酒盛りへと誘う。

 

「えぇ〜?」

 

叶華は戸惑った。

理由は単純明快、彼女は歳の頃若干15の未成年だということ。

もちろん今の葦原の中つ国に未成年が酒を飲んではいけないという法も無いので、飲んでどうこうというはなしでは無い。

強化された肉体なので、アルコールの害も軽減されるか、あるいは無くなるか。

推定酔わないし、ケロリとしてるはず。

それともう1つ、両親が酒に溺れていたこと。

親と同じことをしたく無い、という感情的な理由がそれを邪魔している。

『私もああいう風になってしまうのでは』という恐怖もある。

 

(でも……)

 

叶華は逆に考える。

これ()を飲んで酔わなかったら、それは両親とは違うことへの証明になるのではと。

ゴクリ、と生唾を飲む。

どうすべきかわからない。

どちらの方法で過去との因縁にケリをつけるべきか。

 

「なぁ〜に、難しいことは考えなくて良いのだ。お主はお主なのだ。それにこれ()は友好の証のような者だ。気にしなくても良い。」

 

「………………………分かったよ。」

 

結局折れた。彼女自身、納得してしまった。

両親は現実から目を背ける為に、快楽に身をまかせる為に使った。

叶華は家族との親交を深める為に使うのだ。それならきっと許されられる。

 

「で、お酒は?」

 

「素盞嗚尊が我を嵌めたときに用いた酒が良いのだが、お主なら作れるであろう?」

 

「あのね……」

 

私をなんだと思っているのだろうか。

都合の良い醸造所とでも?と無茶な欲求にツッコミを入れる叶華。

しかしできないこともないので、酒の味や口当たりなどを記憶から読み取って、グラスを魔法で削って、真氷を作って、と。ここまでの時間、およそ3秒弱。

 

「あとは注いでフィニッシュ。」

 

「速くないかお主!?」

 

トクトクと注がれる酒に、あまりの速さに仰天するヤマタノオロチ。

叶華だって、約3秒で注がれるお酒なんて聞いたことがない。

 

「しっかし濃厚な酒精だのう。たまらん、たまらんのう。」

 

「すっごい香り、不思議な感じ……」

 

むせ返るような酒精。そこはひらけた空間かつ、酒樽を出したわけでもないのにもかかわらず、濃厚な酒の匂いがしていた。

成る程、かの八岐大蛇を嵌めるための罠ということか、ここまで強そうなお酒とは……、と叶華は戦慄する。

実際、神話上は八岐大蛇は酔いつぶれて寝てしまっているのだ、いくら神造人体であっても無事なのかどうか。

グラスを持ち、倒木に腰掛ける。

 

「さすが我に備えられた神酒というだけあるわ。この芳醇な香り……!さぁ、はよ、はよ乾杯するぞ!」

 

「まぁ、落ち着いてって……、あーゴホンゴホン」

 

興奮するヤマタノオロチを宥めて、咳払いをする叶華。

 

「我が友、サーバル、イナバノシロウサギ、そして、ヤマタノオロチ。そして未だ見ぬ獣友に」

 

グラスを掲げながら、古風な音頭を取る叶華。

それを見た、ヤマタノオロチは何か合点がいったように、

 

「我が主の過去の呪縛、因縁にひとつ区切りがついたこと。そしてこれからの旅に」

 

ハッと叶華がヤマタノオロチの方を向けば、ニィッと笑いかけてくる頼もしい仲間の顔がそこにはあった。

 

「「乾杯!」」

 

グラスがカランと氷と相手のグラスとぶつかり、清涼感のある音がなる。

そして叶華は、芳醇な香りを放つ神酒の入ったグラスを口につけ、グイッとグラスを傾ける。

 

「〜〜〜〜〜ッ!」

 

「カ〜〜〜〜〜ッ!これよこれこれ!何百年ぶりの酒はうまいのぅ!」

 

口当たりはとてもまろやかで、しかしとても強い辛味。味わい深くいつまでも香りを楽しんでいられる。

ゴクリと飲み込めば、炭酸飲料を飲んだ時のような清涼感、爽快感。あれほど辛かったのに、ここまですっきり飲めるなんて。

きっと目から発光現象が起きててもなんらおかしくないほどの衝撃。

相当高いだろうアルコール度数、焼酎と同等かそれ以上。人間以上のアルコール分解能力があってよかった。

ヤマタノオロチが目で『どうかの?』と聞いてきたので、

 

「すごく美味しい」

 

と、簡潔に述べ、しばらく飲み続けていた。

全く酔いそうな気配というものがなかったので、逆にどこまでいけるのかと気になって実験してしまった(言い訳)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ほんとは乾杯のところを『太陽あれ!』にしたかった。
ジークさん大好き。てかジークの酒飲んでみたいなぁ
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