side イナバノシロウサギ
川を見つけましたっ!
まだ山の中腹より下なので、上流部よりも川幅は広く、水も清らかです。
水の中を覗き込めば、見たことのない魚が泳いでいます。
川底が見えるほどに澄んでいるので、飲み水にしても問題なさそうです。
心の奥にはまだ、暗い影がありますがこれ飲んで一回忘れましょう!
川の水を手で掬えば、手からポトポトと溢れる輝く雫。
手を顔の前に持っていき、ゆっくりとその手を傾ける。
「………んくっ、プハァー。……予想以上に美味しいですね。ゴクゴク。」
頭が冴え渡るようにスッキリな喉越し、夏の暑い大気とは対比的に冷たく爽快。
気づけばお腹いっぱいになるまで、その水を堪能していました。
これは仕方ありませんね。この水が美味しいのが悪いのです。
……さて、そろそろ戻らないとみんなが心配していることでしょう。幸い道は覚えているので、それを辿ればオッケーでしょう。
あ、だけど、ヤマタノオロチさんにはなんで言えばいいんだろう。『悪口言ってすみませんでした?』『これから、仲良くしましょう。』……それで本当に許してもらえるのか心配です。なんたって、未来で生きていた叶華さんがその存在を知っていたのだから。もしかして、私食べられちゃう?ブルブル。
「そんな訳ないか……。誠実が一番、そうに決まってます!」
プラス思考とマイナス思考は均衡に!楽観的すぎてもいけないし、悲観しすぎても気が萎える!だけど、落ち込んでいる時こそ、気を確かに持って!
己に喝を入れ、肘を曲げガッツポーズのような態勢をとる。
しかしその腕から違和感が伝わってくる。
ちょうど二の腕からだ。
「なんか痛いなぁ……。怪我したかな?」
そう思い、二の腕を捻るようにして見てみる。
そして次の瞬間、イナバノシロウサギは目を見開き、衝撃に身を震わせる。
「な、なにこれ!?」
切れていた。
皮膚がスパッと。
2ミリほどの深さの切り傷が、約5センチに渡り、うさの肌を横断しているのです!?
木や木の葉ではこんな深さの傷はできない。それに今までほとんど痛みがなかったというのも不思議だ。
血は出ていない。よく見れば薬のようなものが塗ってある。クンクンと嗅げば、木や草などの自然の匂いがする。自然由来のものか。
とにかく、今言えることは、
「何処かからか攻撃を受けている!?」
ということです。
これは自然現象で済ますには、あまりにも不自然な現象です。
しかし、うさの声に答えるものはおらず、ただ風がひゅうっと吹いただけでした。
が、しかし、
「うわァ!?」
風だ、風が多大な質量を持ったみたいにうさの足に直撃し、転倒を誘う。というか、後ろに倒れるっ!?
「っぶない!?」
後ろに倒れる勢いそのままに、バク宙の要領でその場から大きく離脱します。
けど、
「いったぁ!」
ブシュゥッ、とかだから脇にかけて大きく切り裂かれます。しかしその瞬間の痛みだけで、その後は痛覚が遮断されたかのように、継続の痛みはありません。
ますます面妖です!
またも鋭く、しかも痛みがない。さらに攻撃前に転ばせに先駆先制の攻撃が来ます。
すぐに叶華さんからいただいた知識を呼び起こし、その特徴が当てはまる生物を探し出します。
「カマイタチ、ですかねっ!」
考えるまでもないようなことでした。
こんな三位一体の攻撃をしてくる妖、このようなものしか知らないです。
三体一組の妖怪で、先駆電流のように最初の一匹が人を転ばせ、次の個体がその爪で斬りつけ、最後に標的の被弾箇所に傷薬をつけ、その痛みを和らげるらしいです。
うさの言葉に相槌を打つかのように、再び風が吹き荒れます。
基本的にその疾さは飄風の如きで、ウサギ種の弱点である視力とあわせて、目では到底追えません。
ですがね、私にだって長所はあるのです。
「そこからですね?」
横に小さくサイドステップをします。
その一刹那後、よこでヒュオォッ、という今までの風とは全く異質の音が通ります。
目がダメなら音ですよ。
頭から生える大きく、モフモフな耳は、周辺のありとあらゆる音を聞き分けれる、最高度の音源探知機です。
攻撃が来る方から風が吹いてきますし、ネタがわかればなんとか凌げます。
「次は7時の方向から!」
最初に攻撃こそ食らったものの、それも薬の効果がすごいのか、あまり痛くないし塞がりかけています。
しかし攻撃自体は単調ですが、この躱しているだけの状態をどう抜け出すかです。
叶華さんたちとも距離が離れてしまいましたし、ここはやはり一人だけでカマイタチを無力化するかです。
攻撃を躱しながら、あれこれと思案していると、ちょうど正面の草むらから、イラついた声が聞こえる。
「えぇーい!考えるのも面倒くさい!何かよくわからんがくらえッ!」
「ーーーーーーー」
マズいーーーーー
相手は依然草むらから姿が見えない。何をしようといているかもわからない。
しかし、なんだろうこの背筋の凍る感覚は。
ワニに袋叩きにされかけた時のような悪寒だ。
なにか、何かアクションを起こさなければ何かのミスで、死ねます!?
辺りを見回し、やや大きめの椚を発見し、急いで後ろに隠れます。
「らぁぁぁぁぁぁああ!」
裂帛の気合い。
それとともにあたりに暴風が吹き荒れます。
凄まじいという言葉では表せ切れないほどの大暴圧が、大木を根刮ぎ倒壊させんと猛威を振るいます。
そして、何より恐ろしいのは。
「なんで、それで木が斬れていくんですかぁ!?」
物理的にありえないはずの『かまいたち現象』が葉を、枝を、そして木の幹を斬り刻んでいきます。
部分的な真空は、本来なら長く維持されることなく、すぐに消える上にそんな力ありません、がなんらかの力によってか、この真空の刃はものを斬りつけるどころか、辺りを蹂躙するほどの力があるようです。
ギシッギシッ、と木が大きく揺れています。
今にも倒れそうな大木が倒れてしまえば、私の隠れ場所はほぼなくなったと言っても過言ではないです。
川の水が何かに使えないかとも思いましたが、流石に思いつきませんし、そこまで行っている間にウサギの挽肉の出来上がりです。
「しかしどうすれば……….」
しかし、対抗方法は見つかりません。
ここから出なければどうしようもならないのに対し、ここから出たら一瞬にして切り刻まれるという、どちらも死の危険性の高い選択肢。
どちらをとるか、さもなければ……
残り時間は少ない、早く打開策を考えないといけませんっ!
或いは、決意で己を満たさねばなりませんね……
一方、カマイタチの方も盛大に焦っていた。
「な、何をするんですか!?カマジ、私達は懲らしめるだけで良いのです!それでは、殺してしまう可能性だって……!」
「カマジ〜、さすがに私だって切断されちゃったら、薬では治せないよん。冷静になってよん。」
悪きをこらしめるつもりで行っているこの行為、悪さをした人を脅かし、それで反省を促す目的のものである。が、カマジが痺れを切らしたことにより、その現場は見事なまでに荒れていた。
標的は木の後ろに未だ隠れているが、木は倒れてしまいそうだ。
このままでは改心より会心の一撃を与える方が早そうだ。
「もちろん、木が倒れたらやめにするさ。そんな焦んなよ!」
「だけど!このままだと!」
「いいや!あいつはそれくらいしないと反省しないさ。しかも、それとは別に『決意』を感じる!俺らはそれを善悪の
「だったら……?」
「俺の真空波で切り刻まれてもらうッ!」
未だに攻撃を留めない、かの鼬が掲げる正義は、悪を懲らしめるという純粋なもの。
だから、その手法が過激だとしてもグレーを最後まで信じず、その眼に徴が示されるまで、決して止めることはないだろう。
だからこそ、イナバノシロウサギの勝率というのは限りなくゼロに近い。
名言を借りるとすれば、
「(うさは戦闘力であちらには決して勝てない。)」
しかし、彼女を満たす『正義の決意』は決して揺らぐことがなかった。
「(うさが正しいことをしたいと思ったのは、悪いことをすることへの恐怖感が強いだけ。打算的で汚らわしい理由だけど、それでもーーー)」
うさは今日、一歩踏み出す。
途端にあたる、まるで台風のような猛風。
また、一歩踏み出す。
苦しそうに歯を噛み締めながら、しかし着実に前へと。
ピッと腕に薄い切り傷ができる。が、今は気になりもしません。
「やめてください!」
風に負けないように叫びます。
矢のように意思をまっすぐと飛ばす。
うさは少し風が弱まったような気がしました。
しかし、その間にも体には切り傷がきざまれていきます。
「話し合えばわかるはずです!」
こんなことになっているのに、どうしてうさは命をかけて話し合いに持ち込むのか。
カマイタチにきっとある心を信じているから。
見ず知らずの他獣のそんなことをどうして信じられるのか。
叶華さんならそうすると信じているから。
うさは風が弱くなるのを実感します。
しかし、
「だめだね。まだ、足りない。」
願いは微かに届かない!
意を決したように放たれる大風刃波。
あっけにとられる。
反応が遅れる。
判断を不可能とする。
頭の中を何かがグルグルと回る。
目を瞑る。
それがいいと思ったから。
善人として死のうとかカッコつけたことを考えたりして。
しかし、然るべき痛みはやってきません。
本来なら、上半身と下半身が泣き別れして死んでしまっているはずです。
が、しかし、足先は動かせますし、というか足全体が余裕で動きますし。
意を決して、ゆっくりと目を開け、そこにいたのは。
「先程ぶりだの、お主。元気そうで何より。」
老獪な口調、三日月形に歪められる唇。
いたずら娘のような、そんな笑みを浮かべて。
寂しさと、不安と、恐怖感に追い詰められていた心に一筋の光が当たったような気がします。
「まったく、お主といい叶華といい、決意が硬すぎるような気がするぞ?……あまり心配させるでない」
やれやれと肩を竦め、しかし優しい眼差しで此方を見遣り、くしゃくしゃっと頭を撫でてくれる。
決意とは別の何かで、心が満たされるのを感じます。
伝え忘れたことを、伝えなくては。しっかりとこの口で。
「ヤマタノオロチさん。さっきのことは、本当にごめんなさい!たくさん酷いこと言っちゃって、本当にごめんなさい!」
頭を深々と下げ、誠心誠意謝罪をします。
少しの間、無言の間が続きます。
まだ怒っているのかと、不安になります。
確かに、うさの暴言は許されるものでもないかもしれません。
だから、この間の長さにも納得ですよ……
「……まあ、その……なんだ。確かに我も悪かった。…….だから、ま、お互いこれでチャラってことに、してくれんかの?」
「!はいっ!ありがとうございます!」
バツが悪そうに頭を掻くヤマタノオロチさんのその言葉に、私は救われた。
やや食い気味とも言える程に、その言葉に顔を上げ、今度は感謝の念を伝える。
それと、同時に安堵感から来た涙が目からあふれます。
「泣くのは後、今はあやつらをどうにかすることに集中せい。」
が、キリリと雰囲気を切り替えたヤマタノオロチさんが集中するようにとうさに注意喚起します。こういうことはヤマタノオロチが経験豊富なので、安心というか心強い感じがします。
………しかし奇妙です。先程からあちらはこんな隙だらけの姿をさらしていても、全然攻撃して来ません。
「なにか………」
何かあったのでしょうか?という呟きもそれを最後まで言い切ることはありませんでした。
ヤマタノオロチさんが助けに来てくれたことぐらい驚くことが。
「な、何をするだァーーーー!は、はなせぇッ!」
「うぐっ……捕まるとは一生の不覚です。」
「ま、なんとなくこんなことにはなると思ってたよん。」
えぇ、なんというか、泡ですね。
伝承通りではなく、
一匹は、ジタバタと暴れ、もう一匹は顔を抑え、悔いるように、最後の一匹は諦めるように。
シュールです、ひたすらにシュールです。
しかし、またそれと同時に大きく胸をなでおろしました。
こんなこと、あの人だけしかできないから。
「あ、イナバノシロウサギ?お昼ご飯できたから呼びに来たよー?見た感じ、ヤマタノオロチとも仲直りできたみたいだし、みんなも待ってるよー」
何処か間の抜けた感じの優しい声で、微笑みながら叶華さんが呼びかけてくる。
自分がやったことに対して、いつもこの人はリアクションが軽すぎるんですよ、というこの苦笑は心の奥底にしまっておきましょう。
「え!?叶華、ついて来ておったのか!?」
「悪いけど、私が創り出したサンドスターは感知できるんだ、何処にいてもね。ま、それでなくても、ヤマタノオロチが真っ先に動くことぐらいわかってたよ。」
「……ならなんで、声を掛けずに?」
「いや、ヤマタノオロチは私がいなかったら、どんなキザっぽい話しかけ方をするのかなって、ね。許して?」
「キシャーーーーッ!お主、嵌めたのーーー!?」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、テヘッと舌を出す叶華さんは、いつもとあんまり変わらず、といった感じです。
雰囲気は只者でないヤマタノオロチさんが、こうも手玉に取られるのは、思ったよりも意外です。
「プフッ」
反射的に漏れてしまった笑い声。
小さくしたはずのそれは、しかしはっきりとヤマタノオロチさんの耳に届いていたようです。
「あ、今お主笑ったの!?えぇい、次は助けてやらんぞ!」
キシャーー!と頬を赤らめて蛇睨みしてくるヤマタノオロチさんはえぇと、そう、なんて言うか、
「……かわいい……」
「なっ!?」「え?」「は?」「ほ?」「よ?」
しまった
止まった時間の中で、達観に似た感情を抱きながら、そう思った。
時すでに遅し
顔が真っ赤になるヤマタノオロチさん、それとは対照的に恐れおおい目で見てくる叶華さんとカマイタチズ。
「な、な、な、何をいっておるのだーーー!?」
ヤマタノオロチさんは顔を爛熟したリンゴのように真っ赤にして、その場で両手を振り上げて吼える。
「……まさかイナバノシロウサギにそっちの気があったなんて…….」
「ち、違います!?」
「な、なんですか……?この甘ったるい空間は…?」
「……イナバノシロウサギ……危険なやつだ……!」
「ありゃ〜、これはボクのくすりでもなおらないかもしれないよん。」
なにやら酷い勘違いをしている叶華さんに、傍目も気にせず叫びますが、その目から畏怖の感情はしばらく消えなさそうです。
さらには、いつの間にか加わっているカマイタチさんたちにも危ないものを見る目で見られます。
いつから、そんなユルイ感じになったんですか!?さっきまで命を賭けた攻防を繰り広げていたじゃないですか!?
いやぁ!そんな目でうさを見ないでぇ!?
「や、やめてくださぃぃぃいいぃぃぃぃ!?」
昼下がりの森に、白兎の
「叶華ちゃん、オロチちゃん、まだかなぁ?」
「(ウズウズウズウズ)」←ニンニクの効いているチャーハンを目の前にして耐えるライジュウ。
「(ウズウズウズウズ)」←はやく踊りたくて仕方ないショウジョウ。
「うみぁ〜〜、はやくご飯食べたいよぅ……。」