「ふっ!」
「っ!!」
キィンッ、と高い音が鳴り、右腕が痺れる。
これは、手加減なんてしたら一瞬で殺されてしまう。
やるからには相手の首を、一撃で。
相手を睨みつけながら目は動かさずに隙を探す。
さて、ここでクエスチョンです。
俺は今、何をしているでしょーか。
1.戦場で敵を切りあっている
2.なぜか暗殺者を仕向けられて戦っている
3.陸軍で訓練をしている
.........はい、答えはーーー
「そこまでだ。辻井、波多野」
中佐の声に、正常な思考が戻ってきた。
俺の手にある刀は波多野の首に触れ、血が垂れている。
はい、答えはD機関で波多野と戦闘訓練をしている、でしたー!
「辻井、貴様は貴重な機関生を殺す気か」
「いえ、波多野が強くて、つい......」
「つい、で俺は殺されかけたのかー.........」
「辻井さん、意外とお強いんですね。流石は軍人だ」
実井の褒めるような言葉に何となく空恐ろしさを感じる。
明日の戦闘訓練は実井だ。俺、殺されるんじゃないのかな......?
手加減してくれよ、という意味を込めた視線を実井へ送ると、何とも可愛らしい爽やかな笑顔が返ってきた。
あ、これ全力で叩きのめされるパターンだ。
-黒髪に緑の目の男、その異常性と思考回路について-
辻井少尉。それが彼の名前と肩書きだ。
身長は目測で181cm。身長に対して肩幅はそこまで広くなく、筋肉のつきも薄く見えるために背広を着ていれば到底、軍人には見えないような男。
のらりくらりとしており、たまに見せる笑顔は柔和と言ってもいいだろう。
女学生などに人気の出そうな彼の内面を一言で表せば、『異常』。これに尽きる。
「どうしたんだ、神永」
「辻井さん。いや、辻井さんはどうして軍へと入ったのだろうか、と思って」
「高等学校高等科の試験を受けたはずだったのにいつの間にか父親が俺を志願兵として陸軍に色々と手を回して逃れられずに軍に入った。以上」
「......それは、何とも.........」
親に無理矢理入れられた、というわけか。ご愁傷様と言えばいいのか、なんと言うか......
水を飲む辻井を観察する。
焦げ茶色が混ざった、日本人によくある黒髪に、それなりにしっかりとした目鼻立ち。
彫りが深く、恐らく外国人の変装ができるであろう。
だが、彼の一番の特徴はその瞳だった。
緑青のような、いや。緑青よりも発色の良い青緑の瞳。
日本人どころか外国人にも見られないその瞳が、辻井の特徴だろう。
「辻井さんは目が緑なんですね」
「あぁ、これか。辻井の家は代々、外国人と結婚しているらしくな。たまに金髪の子供も生まれることもあるらしい。一般的な瞳の色は二十数色だが極稀に緑色や紫色の目もあるんだ」
「へぇ......」
瞼の上から目を触る辻井は、いつも通りの様子だ。
だが、恐らく俺は今後忘れることができないような光景を今朝、目にしたばかりだった。
戦闘訓練。刀を持った相手を殺さずに無力化するという訓練で、なぜか辻井少尉が教材となっていた。
初戦の相手は波多野。
小柄な体格を生かして、何とか少尉の懐に入った波多野は一瞬にして辻井から飛び退いた。
瞬間、波多野の首があった場所を振り抜いた刀。
本来であれば、勢い良く振り抜いたその隙を突いて波多野は辻井に峰打ちをするべきだった。
しかし、奴はその場を動かずに刀を構えるだけ。
振った勢いのまま、両手で刀を握った辻井は波多野へと切りかかった。
普段は柔らかな光を映す緑の瞳。
波多野を眺めるその目つきは獲物を捉えた鷹のようだった。
剣戟が鳴り響く中、隣にいた三好が小さく呟いた。
「.......結城さん」
「............そこまでだ」
波多野の首に、辻井の刀が食いこんでいる。
そう深いものではないが血が垂れ、それと同様に波多野の頬には冷や汗が流れていた。
結城さんを見る緑の瞳は、まるで殺せという合図が出るのを待つ狂犬のそれ。
終了だ、という結城さんの声で、漸く彼は刀を収めた。
まるで軍人ではない、戦えないだろうと思っていた辻井に対し、畏怖を抱いた戦闘訓練。
それが、つい今朝のことだった。
「......そろそろ寝るかな。明日も早いし」
「そうですか。おやすみなさい」
軽く手を振り、食堂を出ていく辻井。
彼は、間違いなく異常だ。
俺たちD機関の人間も、凡そ普通ではないと思っていたが上には上がいる。
つい先月に連絡係を外され、戦地へと赴いた佐久間中尉は俺たちを化け物だと評し、部下である辻井を信頼しているような感じであったが、きっと中尉の頭は花畑なのだろう。
辻井少尉。
アレを異常だと言わず、何と言うのか。
ーーーーー
「天皇制は別に廃止すべきではないだろう」
「まさか、辻井さんも天皇を本当に現人神だと思っているので?」
「現人神など存在しない。別に天皇を担ぎ上げろというわけじゃないんだ。佐久間中尉がまだ連絡係だった時、お前たちが天皇制の正統性などについて話していた時に中佐が仰っただろう? 今までは京都の人間しか天皇の存在を知らなかったのに、いきなり現人神などと言われていい迷惑だ、と。普通に天皇は人間なんだから人間として扱えばいい。だが、天皇家は由緒正しいものだからな。謂わば、伝統や生きる歴史のようなものだ。政に関わらせなくても神の血を継ぐ家系だ、ということで少し丁寧に接しておけばいいのではないのか、と俺は思う。と言うかそもそも、天皇が現人神として担ぎ上げられたことが俺には疑問でしかない。まぁ恐らく、新興宗教のようなものとして都合の良い神を作ろうとしたのだろうが......」
佐久間さんのような軍人や、一般市民が聞けば怒り狂いそうな辻井の言葉。
それは俺たちD機関の中では当然の考えだが一般的には異常な考えだ。
そして、辻井の異常性を説明する上での大きな事柄。
彼は、一般常識からかけ離れたことを「当たり前」、「当然」として考えている。
まるでその思想の世界の中で生まれ育ったかのような。
「日本人の頭は凝り固まっているんだ。折角、人間に与えられたある程度高い知能と思考をドブに捨てている。何が神だ、何がお国のために、だ。結局は上の人間が考えた都合の良い筋書きに沿って駒になっているだけだろう。それに気づいていないか、それを気づいていながらも愛する人間を守るために自らの命を粗末に扱うという綺麗な話に酔っている人間が多すぎる。無論、今後行われるであろう徴兵令も無意味、愚策だ。志願兵や陸軍士官学校卒の人間を鍛え、少数でありながらも大国を打倒する方法を考えた方がいいに決まってる。と言うか世界大戦などという戦争自体が無意味他ならない。どうして日本はこれほどに馬鹿の集まりなのだろうか......頭が痛くなる。どうせ全ての人間は似たり寄ったりの考えしかできないのに、なぜ思想が違うから、考えが違うから人種が違うからなどとという理由で戦争をするのか全くわからん。日本の古事記やアメリカの聖書を読め、宗教の世界の成り立ちを知れ。全て、二柱の神が世界を創り人間や生物を創ったのだろうが。哲学もそうだ。ギリシアの人間は
「さて、飯行くか」
「だな」
「あれ、もうそんな時間か?」
辻井の長い長い自論が終わり、席を立ち上がる。
時計を見た辻井は持っていた本を閉じると、そそくさと部屋を出る。
やはり、彼の思考回路は異常だ。
何度でも言うが、辻井の考え方は俺たちの中では一般的ではある。
だが、結城さんが試しに嘘をついて辻井にD機関の試験を受けさせた結果は、まず最初の試験で落第。
その後、ほぼ全ての試験で落ちた。
つまり、一般では天才なのであろうが結局、彼は凡人に過ぎない。
にも関わらず、俺たちと同じような考えを持ち、それをさも当然のように常識であるとーーー彼の中では、それが通常なのだ。
知識は機関生には及ばない。
しかし思想やその考え、自論はたまに俺たちを驚かせるような突飛なことだったりもする。
まるでチグハグだ。
だからこそ、俺たちは彼を「異常」であると胸を張って答える。
初めは、なぜ辻井がd機関の教材として結城さんが連れてきたのか不思議でならなかったが、今では機関生全員が彼を教材も一つとして認めている。
彼の存在は、まるで別世界から魂だけが飛んできたかのようだ。
「(......それが本当だったら、どれほど面白いことか)」
福本の料理に舌鼓を打つ彼を眺めて、そんなことを思った。
ーーーーーー
最近、神永が俺をジーッと見てくる。
俺なんかしたかなぁ......? あっ、もしかして俺の弱点とか調べて遊びに使おうとかしてんのか?
残念だったな、俺に弱点は(ほぼ)ない!
しっかし、今日の講義も楽しかったなー。
前世は先生も母さんも宗教家だったから俺がああいうこと言うと逆に言い返してきていた。だからこそD機関は結構居心地がよかったりする。
戦闘訓練がなければ、痛いこともないし夜遊びできるし楽にも程がある。
ただ、不思議なのがなぜ俺が機関生の教材に選ばれたのか、だ。
戦闘訓練に関してはある程度弱い雑魚な軍人を相手にっていうシミュレーションだから俺を使ってるんだろうけど、思想やこの時代の政治とか宗教に関しての講義にどうして俺が当てはめられたのか......本当に不思議だ。
俺の言うこととか全て機関生たちは当然だ、という風に頷くし何だったら論破されることもあるっていうのに.........どう考えたってD機関で俺は無能だろ。
なぜ結城中佐は俺を教材なんかに選んだのだろうか......ハァ。講義自体は楽しいけれど、明日の講義でまた論破されるかもしれないと思うと胃が痛い。しかも戦闘訓練はあの実井様が相手だ。怖すぎる。
ベッドで横になりながら、何となく思考を切り替えた。
俺が教材に選ばれたのも不思議だが、純粋な疑問が残っている。
輪廻転生では死んだ時点で記憶が消えるはずだ。
だが、俺には前世の人格と記憶がある。転生するのは業があったりだとか様々な諸説があるが本来、誰も前世の記憶なんて持っていない。
俺の前世でも、その前の記憶はなかった。
では、なぜ?
何らかミスで消し損ねたなんて、それこそ神がいるわけでもなかろうにシステムがミスを起こすわけなんてない。
一体、なぜーーーーーーーーー
ーーーーーまぁ、いいか。俺は死んだ人間だ。それを再度生き直すことができる。それだけで十分だ。
そう、考えを締めくくって眠りへと誘われた。
結局、それは自分を騙すちゃちな虚言であったのだが、それを俺が知る日はまだ遠い。