東方水辰閣 ~巫女が二人で幻想入り~   作:ビーグル

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前話における解説を書き殴るコーナー
「背中の痛み」:呪いは効力を失っているので、幻肢痛のようなものです
「束帯と拘束」:血が馴染みきるまでは、結構激しく動いていたようです
「レミリア」:霊夢の死が原因で暴れ回り、咲夜が半壊、妖精は全員脱走しました
「萃香の考え」:霊夢と蘭菊を巻き込ませる事なく、あくまで少人数で異変を
         解決しようと画策していたようです。マジおかあさん

永遠亭パートはあっという間に終わらせようと思っていたのにこの体たらく・・
そろそろちゃんとルート構成を見直すべきでしょうね
それでは、どうぞ


第玖話 「ネバーマインド」

 

「けっしょうこうかん、りょうほう?」

 

 恐らく普通に生きていれば聞くことの無いであろう単語に首を傾げる。

 療法というからには何かしらの治療法なのだろう。

 「交換」という単語には少々不安を感じずにはいられないが

 聞き覚えすら無いものであったため、ほとんど条件反射のように聞き返した。

 

『もっと噛み砕いて言えば、”血液交換”とも言えるわね。

 血中の毒素や、悪性となった血漿を正常な物と入れ替える

 この幻想郷でも稀な療法だわ』

 

 なるほど、全く分からない。

 

『師匠、駄目です。

 患者さん、目が点です』

 

 兎さんが的確に心理状況を説明して下さいました。

 ありがとうございます。

 まさにイグザクトリーでございます。

 こちらの様子に大きく肩で息をする女医さん。

 あ、「コイツまるで分かってねぇ」って顔してる。

 

『まるで分かっていないようだから説明するわね』

「ハイ・・オネガイシマス」

『貴女の血中成分を検査してみた結果、相当数のウェルシュ菌が増殖していたわ。

 おまけにプロテウス症候群の兆候が・・・マルマルウマウマ

 その上・・・ウンヌンカンヌン

 であるからして・・・チンカラホイホイ』

 

 

 

 薄らいでいく意識の中、私は只その言葉だけを思った。

 

  ─ 日本語って むずかしいね

 

 

 

 

 

 

 

『ということなのよ、ご理解頂けたかしら』

『師匠、彼女の脳波が・・・消えました・・・』

『なん・・だと・・・?』

 

 

 ああ・・ごめんね辰魅・・・

  私は、ここまでのようだわ

 迎えに行ってあげられなくて・・本当に、ごめ─

 

 

『 救命「AED」ッ!! 』

「みゃフン?!」

 

 傾きかけていた身体が有り得ない方向へ跳ね上がる。

 口が半開きになっていた事も手伝ってか、地上生物ではない者の声が口から漏れた

 ともあれ、手荒い救命措置のお陰で現世に帰還。

 幻想郷よ、私は帰ってきた。

 

「それ・・結構痛いんですね・・」

『ちゃんと聞きなさい。貴女の命に関わる事なのよ』

「聞きますけど、やはり内容が難しくて・・

 出来ればもうちょっと分かり易くして頂けませんか?」

『注文の多い患者ね・・』

「命に関わりますので」

『やかましい、死に損ない。

 それで貴女の血液に関することなんだけど』

 

 ・・今、さらっと強烈な暴言吐いたよこの人。

 くそっ!もう限界だ!

 こんなふざけた女医のいる病院なんて居られるか!

 私は神社に帰らせてもらう!

 

 ・・・萃香、起きてこないなぁ。

 

 

『まず貴女が受けたモノ、それが呪いであったことはいいわね』

「はい。

  ・・・あの」

『何?』

「お医者さんが呪いとか認知してもいいのでしょうか?」

『実際に目の前にあるんだから仕方ないでしょう』

「なるほど」

 

 さすが幻想郷。

 物の見事に医術と邪術が共存していらっしゃる。

 

『この呪いというのが少々厄介でね。

 掛けられた者が死に絶えるか、呪いの伝播を断てば効果は消える。

 でも後者の方は相手が相手だから術者を討つのは、ほぼ不可能。

 今回はあの鬼が対象者(あなた)に憑いた物を直接除去することで

 その効果が消失する結果となったわけね』

 

 萃香がお医者さんに話したというその時の状況を聞くと

 私の背中の中央部には真っ黒なヘドロのような蛙が八匹も張り付いていて

 バリバリモグモグと背中を食い破ったため、頭一つ分程の大きさの穴が開いていたらしい。

 

 蛙が背中に八匹も付いていたと聞くだけでもゾッとするのに

 寄って集って私の肉を食んでいたという。

 つまり、「ムシャムシャしてやった」という奴だ。

 別に自分の肌に自信を持っているわけではないが

 両生類に自分の肉を食わせて悦に浸る性癖なんてサラサラ無い。

 蛙が全て消え、呪いが効力を失ったことで穴が消えたのは幸いだった。

 でも、もし─

 

「もし萃香が呪いを取ってくれなかったら・・・私はどうなっていたんでしょう?」

『剥き出しになった心臓を食い破られて、出血多量でショック死していたでしょうね』

 

 さも当然のように応える女医。

 本当に殺しに来ていたのか、あの神様。

 とてもお慈悲という物は期待できないらしい。

 

『ただ不可解な所もあるのよね』

「ふかかい?」

『あの鬼も言っていた事だけど、貴女を殺すのが目的なら他にも手はあった筈。

 それこそ誰も目撃者がいない場所で発症するタイプの物であれば

 発見自体が遅れ、場合によっては足が着かないようにすることも出来る』

「・・つまり、敢えて他者の前で呪いが現れるように設定したと?」

『それだけじゃないわ。貴女が神社に帰ってから誰と何を話し

 その結果どのような感情を抱くかを予め先読みして呪いを操作した。

 祟り神と呼ばれる訳も納得できるわ。

 ・・・

 ああ、ごめんなさい。 話が逸れたわね』

 

 お医者さんは上半身を大きめに振って椅子を回転させこちらに向き直った。

 背もたれの軋む音が、何故か緊張感を増長させる。

 

『ゆっくり、深呼吸してみて』

 

 突然の言葉に、一瞬意味が分からなかったが

 すぐに深く息を吸い込み、吐き出した。

 それを三回ほど繰り返す。

 

「何か意味が?・・」

『まだ血液が循環しきっていないのよ。

 大丈夫、直に全身に行き渡り調子も戻るはずよ。

 ・・・

 

 まず先に謝罪させて頂きます。

 外来人である貴女に、この世界のモノを淹れた事について

 この場で深くお詫び申し上げます。』

 

 そう言うとお医者さんは椅子に座りながら頭を下げた。

 隣に立つ兎さんも深々と頭を下げている。

 その先にある耳が床に着いてしまうくらいに。

 って、急に謝れても困りますがな・・

 

「いや、あの・・急にそんなこと言われても」

『でも分かって欲しい。貴女は非常に危険な状態だった。

 ましてや、ここには貴女に合う血液の備えが無かった。

 だから私は・・”偶然にも”ここを訪れた彼女に、助けを求めた』

「霊夢・・ですか」

『彼女は事情を聞くと、快く承諾してくれたわ。

 それどころか、貴女を助けなかったら全員退治すると付け加えてね。

 ちょっと、手を出してくれる? 左右どちらでもいいわ』

 

 言う通りに右手を差し出す。

 すると掌を上に向け、両手で手首から先を揉み始めた。

 この手つきはどこかで見た事がある。

 そうか、これは血行促進のマッサージだ。

 

『効率良く血を送るにはコレが一番』

 

 あぁ、この人は本当に優秀なお医者さんなのだろう。

 手捌きはマッサージ師のそれと似ているが、効果が全く違う。

 単純に「これは効いてる」って実感できるものだ。

 メチャクチャ気持ち良い。

 何処をどう押さえれば良いのか、完全に理解している者の手つきだ。

 

『あの子・・霊夢には、きっと全て分かって居たんだと思うわ』

「それは、輸血の話ですか?」

『それだけじゃない。貴女が、自分の知らない所で騒動に巻き込まれて

 やはり自分の知らないところで苦しんでいる。

 それには、自分がどうしても必要だと 分かっていたのよ』

「霊夢に、予知能力があるとでも・・?」

『そうじゃないわ。 でも有る意味で正解に近い。

 彼女は天性の”勘”が凄まじく鋭い子でね

 それに従って動くだけで異変の犯人が特定出来てしまう位に・・。

 はい、もう片方を出して』

 

 左手を差し出す。

 先程と同じように掌や指先をリズム良く揉み解され

 うっかりすると寝てしまいそうな快感を感じながらも

 頭の中は霊夢のことで一杯だった。

 

 呪いに倒れ、直ぐここに運ばれた私。

 その後を追うようにここを訪れた霊夢は

 事情を把握した上で己の血液を提供してくれた。

 それをあくまで偶然と言い、それこそ彼女が持つ類稀な直感によるものであるという。

 

  ─本当にそうだったのか?

 

 

「霊夢の血が私に適合した理由は?」

 

 お医者さんの手が 止まった。

 その両目はずっと私の手を見つめている。

 話を切り出したいのに、それが出来ない そんな感じだ。

 

「この辺りに人間が少ないことは知っています。

 私が血液不足で危ない状態の時、丁度それを察知して来た霊夢に

 同じ人間として輸血を求めた訳も、先程のお話で理解できました。

 ですが・・

  何故、合うと思ったのですか・・いえ、知っていたのですか?

 お医者さんであれば、血液型が合わない限り輸血には使えない事は分かっていると思います」

『ええ・・ 知っていたわ。

  貴女の身体に対し、霊夢の血液が問題なく適合する事は』

  

 やはり、この医師は知っていた。

 それはそうだ。

 偶然にしては出来すぎている。

 疑うのも無理は無い。

 ではその理由は?

 血液型が合っていたから?

 ・・違う

 もっと別の訳があるはずだ。

 それを、彼女は隠している。

 

  ─それを聞くのか

  ─聞いてしまっていいのか

 

 分からないから、聞くんだ。

 知らないから、教わるんだ。

 このまま何も知らずに、皆と一緒にいるのは卑怯だ。

 私だけが安全な位置で、事が終わるのを待つのは嫌だ。

 何より、自分の家族を救うためには

  この置いてけぼりの状況じゃ、度台無理な話なんだ。

  

「理由を、話してください」 

 

 問い質す為の言葉を投げかけた後、一瞬後悔しかけた。

 永琳の顔が、酷く苦々しいものに見えたからだ。

 ひょっとして私は、聞いてはいけない事を聞こうとしているのでないか。

 希望の欠片すら無い、パンドラの箱を開けてしまおうとしているのか。

 先程よりも心臓の鼓動が早い。

 呪いの後遺症でも、血液循環の偏りでもない。

 もっと違う、なにか。

 「禁じられた事実」を待ち侘びる焦り。

 それが今の私の身体を、激しく縛り付ける。

 

 

  ─聞くのか、ヒトの子よ

  ─耐えられるか、その真実に

  ─受け入れられるか、己の宿命を

 

 

 

 ゆっくりと 永琳が口を開いた

 

『貴女の遺伝子情報が、霊夢のそれに酷似していた。

 いや、訂正するわ ほとんど同じだった。

 顔や微細な部分が違うだけで、貴女達は遺伝子的にはほぼ同一人物だったのよ』

 

 医師の口から告げられた事実は、予想外のものだった。

 

  ─霊夢と私が、遺伝子レベルで同一人物?

 

 言っている意味が分からない。

 私は霊夢じゃない。

 もちろん、霊夢も私じゃない。

 幻想郷に住む伝統ある博麗の巫女と、

 外界の山奥に住んでいた只の人間である自分が 同じ存在であるなんて。

 そんなこと、あっていい筈が無い!

 

 

『検査による正確な結果よ。

 予め採取していた貴女の血液から出した遺伝子の情報と

 霊夢の血液から得た情報が、あまりに似ていた。

 血液型はもちろん、遺伝子配列も差異を探すほうが早い位に、ね。

 それらの要因を鑑みて私は彼女の血液が使えると判断──』

 

『 どういうつもりだ、永琳ッ!! 』

 

 この場にいる者ではない声が部屋中に響く。

 まるでダイナマイトが背後で爆発したかのような衝撃。

 思わず耳を塞ぎつつ戸口の方へ振り向いた。

 そこに立っていたのは萃香だった。

 しかしその表情はあまりに堅く、重い。

 今まで見た事も無い程、憤怒の色に染まっている。

 見慣れていたはずの彼女に初めて畏怖を覚えた。

 

「・・萃香?」

 

 こちらの声に反応することなく、鬼はまっすぐに医師の下へ歩み寄り

 大振りに腕を振りかぶったかと思うと、躊躇無く殴り飛ばした。

 殴られた医師は椅子ごと吹き飛ばされ 壁に叩き付けられた。

 助手である兎は唖然として動かない。

 萃香は尚も歩み寄る。

 

「ちょ・・なにを?!」

『どいつもこいつも・・

  ベラベラと好き勝手に口を滑らしやがって』

 

 壁に寄りかかる永琳の胸倉を掴み上げ、さらに打ち下ろすように殴りつける。

 夥しい量の血液が診察室を瞬く間に赤く染めていく。

 萃香が拳を振り下ろし、永琳の顔が弾け飛ぶ度に

 歯を食いしばった鈴仙が走り出そうとしては足を止める。

 両腕は悔しさか、それとも恐怖による物か ひどく震えていた。 

 

『止めなさいよ! 師匠が一体何をしたって言うの?!』

『お前は黙ってろ

 こんなので死ねたらどんだけ気が楽だろう、なぁ?』

 

 二度、三度、四度・・

 幾度と無く繰り返されるその行為を、私も鈴仙も 止める事が出来なかった。

 残虐に血肉をぶち撒ける鬼の拳はもはや止まる事を知らない。

 しかし・・

 

  ─どうして、お医者さんは何もしないのだろう

 

 恐らく彼女は人間ではないはず。

 鈴仙が師匠と仰ぐ人物ならば実力だってあるはずだ。

 殴りつけている者が鬼であるという事を差し引いても

 全く抵抗しないのは可笑しい

 彼女はあえて殴られているのか?

 何故?

 ・・わからない

 私には、何も分からない

 だって仕方ない

 誰も、私に、何一つ教えようとしない!

 理解なんて 出来る筈ない!

 

 私は・・耐え切れずに目を逸らした

 

 永琳が言った事は恐らく事実だろう。

 彼女がどう思っていたのかは知らないが、私に真実(それ)を教えてくれた。

 しかし、それが萃香の逆鱗に触れた。

 彼女たちの禁忌

  それは霊夢の秘密が私に知れてしまう事

 その報いたる、目の前の光景を諌めることなど

 今の私に許されるはずもなかったのだ。

 

 

 

 

 

 ----------------------------------------------

 

 

 

 

 

 どうしよう

 

 見栄を張って、「ここで待つわ」なんて言わなきゃ良かった

 考えてみれば蘭菊の治療が開始されたのが亥の刻辺りだとしても

 もう既に数刻以上経っているのだから、今は絶対安静の状態なのよね

 ああ、空が白み始めて随分こうしているけど

 誰も来る気配がしない

 こんなことなら一度神社に戻ってから来れば良かったわ

 

 もうこれで何杯目になるであろうお茶を啜る

 宅の上には急須は勿論の事、茶葉と代えの湯飲み

 あとはやや背の高いヤカンの様なものがある

 確か”ぽっと”とか言ってたっけ?

 謎の構造のお陰でお湯が直ぐに冷めないというのは便利ね

 後で一つ頂けないかしら

 

 でも本当に大丈夫だったのかしら

 多分問題ないだろうと思って血液提供は許可したけど

 それが合わなかったりしたら、蘭菊の身体がおかしくなっちゃうのよね

 

 ・・・

 

 本当にどうしよう

 何だか不安になってきちゃった

 様子見がてら、あの医者の所に確認しに行こう

 萃香も来てるって言うし、彼女からも話を聞かないと

 酔っ払って暴れたりしていないでしょうね・・

 心配だわ

 

 

 

 

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 音が止んだ。

 目を瞑ったまま、塞いでいた耳を開放する。

 鼓膜を貫くような激しい打撃音は、既に無い。

 それでも 血が滴る音だけが断続的に聞こえてくる。

 

『蘭菊、お前は知らなくて良い事を知った。

 聞かなくて良い事を聞かされた。

 本来ならば治療を終えた後で安全な場所に移し、異変が解決するまで匿っておくつもりだった。

  ソレが台無しだ!!』

 

 爆音と共に殴られた作業台が粉々に砕け散った。

 突然の暴挙に身体は竦み、鼓動が凄まじい速度で脈を打っている。

 萃香の怒りは医師に向けられたものだった。

 しかし今は、悪戯に異変に首を突っ込んだ 私に対して向けられていた。

 

『私はな、蘭菊。 ずっと我慢してきた。

 霊夢が生まれ変わってから色々在った。

 それでも最近は良くなって来てたんだ。

 でも外界から、何も知らないお前たちが入ってきた事で

 守矢の連中が事を起こし、それに巻き込まれて傷を負った。

 本当に申し訳なく思っている。

 だからせめてこれ以上危険が及ぶ前に帰してやるのが筋だと思って色々考えていた』

「ごめんなさい・・」

 

 どんなに謝罪の言葉をかけようと、萃香の態度は変わらない。

 それでも、私の意志を伝えればきっと

 きっと・・分かってくれるはず

 

「私は、皆が苦しんでいるのを知ったから力になりたくて

  せめてこんな私でも、できる事があればと思って─」

『身の程を弁えろ ニンゲン』

 

 言いかけた言葉は それ以上出る事はなかった。

 もし口にすれば、萃香は私を どんな手を使ってでも黙らせる。

 そんな気さえしていた。

 

『お前は自分がどれだけちっぽけか分かってるか

 自分で飛ぶ事も出来なきゃ、弾幕だって打てやしない

 木っ端妖怪にさえ手が出せない、唯のニンゲンだ

 そんな奴が霊夢と同じだって?

 自分にできる事がある?

  思い上がるんじゃねェよッ!!』

 

 

 萃香の怒りは最もだった。

 魔理沙やアリスから霊夢のことを聞き

 先程も永琳から自分と霊夢の関係について知らされた。

 どちらも私が、「聞きたくない」と言えば知らずに済んだことだった。

 

 考えてみれば百年も前から皆が抱えてきた問題を

 観光気分で幻想郷に入り込んだ若造がどうにか出来る筈もなかった。

 興味本位で動き、挙句異変解決に一役買えればと思った自分が愚かだった。

 悔しい。

 そんな簡単な事も気づけず、こうして怒られるまで分からなかったなんて・・。

 切なくて死んでしまいたくなる。

 

 息苦しくなってから、自分がまるで赤ん坊の様に泣きじゃくっている事に気づいた。

 

『ただ友達を探していただけで殺されかけたんだ

 今後も無事で居られる保障なんて無い

 このまま異変に関わっていれば確実に殺される

  ・・これを見ろ』

 

 萃香が指差した先には、もはや人の形をしただけの別の物と化した永琳が転がっていた。

 散々殴られ続けた彼女の首は酷く捻れ、皮と血管のみで繋がっているように

 胴体からだらしなく垂れ下がっている。

 顔の具合を確認しようにも、何処が顔だかわからない。

 床には幾つもの歯と、眼球が一つ転がっていた。

 

「うっ・・ 」

 

 突発的にやってきた嘔吐感を寸での所で落ち着かせる。

 だが、もう見る気にはなれない。

 先ほどまで何事も無く会話をし、優しくマッサージまでしてくれた人が

 一瞬の内に肉塊と化したのだ。

 正気でいられる者の方がおかしい。

 

『奴らが力を解放すれば、こうして死体が残るだけでも幸運だ』

 

 本来ならばこの腹に抱える感情は怒りもしくは悲哀であるはずだった。

 しかし、私の心には「恐怖」が色濃く表れていた。

 あんなに温厚だった萃香が、自分が倒れた時といい、先程の行為といい

 まるで理性を無くした獣のように、怒り狂っている。

 彼女がぶつけて来る感情の正体は私に対する優しさが転じた怒り。

 故に、恐怖だった。

 

「何で、お医者さんを殺さなくちゃいけなかったの・・?」 

『何でだって?

 こいつらが「約束」を破ったからさ』

「やくそく?」

『あの時、何の役にも立たず 挙句に余計、死への時間を早めた悪人共だ

  こいつらが先走った事をしなければ助かる方法だって見つかったかもしれないのに』

『か、勝手なこと言わないで! 師匠は考え得る限り、全てのことをやったわ!

  何もせずに只あの子の弱る姿を見ていたアンタとは違うッ!』

 

 萃香の手が、鈴仙の首を掴む。

 体格差のせいで持ち上げるに至らないが、締め上げられた首が異音を発している。

 

『ッグカ・・!』

『あいつは蓬莱人だからあそこまでやった・・

 お前も同じ様にされたいのか?』

 

 駄目。

 次は兎さんまで殺されてしまう。

 今の萃香は、絶対に躊躇なんかしない。

 なんで・・なんでこんな事に・・

 

『その手を離して。お願い』

 

 聞こえるはずの無い声が聞こえた。

 それは紛う事無く、私の手を握ってくれた人の声。

 信じられず顔を上げた。

 そこには、確かに彼女が立っていた。

 

『シ、ショ・・』

 

 それだけを口にした鈴仙が開放され、床に寝転ぶようにして激しく咽ている。

 駆け寄って背中をさすって上げるがこれが本当に効果があるのか、もう分からない。

 私は手を動かしながら、声の持ち主の方へ目を向けた。

 

『遅かったじゃないか。敢えて死んだまま話を聞いていたのかい』

『半分は本当。

 鬼の貴女の攻撃をまともに受けたのよ、内部組織までぐちゃぐちゃだったから

 そちらの復元に時間がかかった』

『それだけ?』

『それだけよ』

『ふぅん、まぁいいけどさ』

 

 どうなっているんだ・・

 さっきまで無残な轢死体のように転がっていた永琳が

 今もこうして何事も無かったかのように、萃香と話をしている。

 もう本当に頭が混乱している。

 この人は亡霊なのか?

 いや・・そうじゃない。この人は確かに死んでいる。

 その証拠に襟元から下にはベッタリと黒く変色しかけた血が付着している。

 それに、気になる言葉も有った。

 

「復元・・って?」

『こいつは蓬莱人だ。

 どんなことをしても老いもせず、死にもしない』

「萃香は、それを分かっててあんな事を?」

『頭に来たのは本当さ。

 こいつが蘭菊に対して何か可笑しな真似をしたら、問答無用でブン殴るって決めてた』

 

 それがこの結果である。

 なるほど、だから萃香はあそこまで執拗に殴りつけていたのか。

 そうなると今も呼吸が整わないこの兎さんは、完全なとばっちりという事か。

 可哀想に・・

 

『私だって出来る事なら、何も関係の無いニンゲンを巻き込むなんて事はしたくない。

 けれど、彼女の場合は別よ』

『・・・何が言いたい』

『一緒に此処に来たという幼馴染が、水神だと気付かないまま相手側に渡してしまったのは事実。

 それに外界の住人である彼女が、これまで結界から一度も出たことの無い

 博麗の巫女と同じ遺伝子情報を持っていた事を併せて考えて見れば分かる事よ。

 彼女は決して、無関係じゃない。

 いえ・・むしろ私達が挙って頓挫していたこの問題を解決する糸口を持っているかもしれない。

 これは貴女だって考えた事でしょう?』

『・・・・』 

 

 此処に来て初めて萃香が口を閉ざした。

 図星なのだろう。

 では、萃香は私に対して何を思ったのだろうか。

 

『あと数日で、あの子の命日。

 丁度百回目を迎える日が来るわ。

 これは偶然? 私はそうは思わない。

 彼女が来た事で、この百年全く活力の無かった幻想郷が 初めて動いた』

『それは蘭菊を危ない目に遭わせていい理由にはならないだろう』

『貴女が守って上げるのでしょう?

 此れまでだってそうして来たようだし、何も変わらないと思うわよ。

 彼女はきっと、この異変を解決するキーパーソンになる。

 絶対に死なせてはいけないわ』

『・・・分かってるよ、んな事ぁ』

 

 萃香の怒りもどうやら収まったようで、いつもの調子・・

 とは行かないものの目立って不機嫌な様でもない。

 矢継ぎ早に繰り広げられる会話に、横槍を投げつける暇さえ見つからないが

 会話の最後の方を抜粋して言い換えると、つまり

 

  ─ 辰魅を助けたきゃ、私たちに協力しろ。 OK?

  ─ おk!

 

 そういう事らしい。

 私はこの幻想郷を助ける。

 そして萃香や永琳は、辰魅救出のために協力してくれるという訳だ。

 なんとも心強い。

 これに魔理沙やアリスも加わればかなり有利になりはしないだろうか?

 

『あー・・聞いての通りだ。

 どうやらお前さんは完全に巻き込まれちまったらしい』

 

 萃香が跋の悪そうな顔で角の辺りを掻いている。

 こうなる事はきっと萃香も分かっていた。

 でも私の方はとっくに覚悟している。

 と言うか、未だにお客様扱いされていた事の方がショックだったが

 それは敢えて口に出さない事にした。

 

「私にとっては今更過ぎる話よ。

 皆に協力することは辰魅を助ける為でもあるんだし

 何より、あの神様には貸しがあるものね」

 

 そうだ。

 私には大きな貸しがあるんだ。

 挨拶に行っただけで殺されかけた。

 

  こいつはメチャゆるさんよなぁあ!

 

 と、心の中では気合十分。

 

『そうと決まればお前も紅魔館に連れて行く必要があるな。

 昼過ぎにでも出たいんだが、行けそうか?』

『激しい運動をしなければ問題はないわ。

 救急用の丸薬を渡しておくから、何かあったら飲みなさい』

 

 何時の間に着替えたのか、血染めでない服を着た永琳が

 在りがちな紙袋を手渡してきた。

 薬の癖に地味に重い。

 

「あ、そう言えば霊夢はどこにいるって・・」

『呼ばれて飛び出て』

 

 背後に霊夢が立っていた。

 正直、心臓が破裂するかと思った。

 気配消しすぎだろこの巫女さん!

 お前は忍者か!

 

『その様子だと大丈夫そうね。

 心配になって見に来たのよ』

「ごめん・・、色々迷惑かけちゃって」

『だからいいって、そう言うのは。

 私の血が使えるからって聞いたから言う通りにしたのよ。

 蘭菊が危篤状態だってね。 治って良かったわ』

 

 霊夢の目が優しい。

 この幻想郷を守護する身でありながら

 異変の片棒を担ぐ私を心から心配してくれている目だ。

 

「ありがとう」

 

 今の私に出来るのは、この短い言葉に

 ありったけの感謝の想いを込める事だけだ。

 それしか出来ないし、それ以上を彼女は求めない。

 それは、霊夢の笑顔が証明してくれた。

 

 

 

 

 この数分の間に、私は己の非力さを知った。

 自分の身体にまつわる謎と、この幻想郷との繋がりは

 まだはっきりとは分からない。

 しかしそれでも辰魅を助けたいと思う気持ちを、新たに決意する事が出来た。

 

 萃香は、それまで抱いていた私への認識を改めてくれた。

 気持ちのすれ違いから、感情の衝突もあった。

 それでも彼女の中で確実に私の存在は変化していた。

 只の観光客から、共に戦う仲間へ。

 

 ヤバイ、また泣きそう・・

 

 

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

 

「そっちの様子はどう?」

『(随分長い時間放置してしまっていたようで

 温度がかなり上がっています。

 今はクレスタさんが見てくれていますので一安心かと)』

 

 向こうは相当の荒れ模様のようだ。

 彼女の声に混じって他の作業員や、未だ炎を吹き出す釜の音が

 時折聞こえては会話を邪魔している。

 

「分かったわ。貴女は直ぐに戻ってきて、お燐」

『了解しました。

 ・・・あの、さとり様』

「なに?」

『本当に・・あいつの行方は分からないのですか』

 

 遠慮がちに聞く声は、多少の疑念を含んでいる。

 目前に居るわけではないので「声」は聞こえないが

 家族の身を案じる気持ちが、その声色に表れていた。

 

「ええ、残念だけど 私にも分からなかった。ごめんなさい」

『い、いえ!それならいいんです! 直ぐに戻りますから!』

 

 慌しく通信を切るお燐。

 こちらの気分を害してしまったと思ったのだろう。

 確かに気分が悪い。

 でもそれは、彼女のせいではない。

 

  お空が 消えた

 

 それが判明したのはつい数時間前。

 それも彼女が担当していた灼熱地獄の釜が暴発間直という状態になって

 異変を感じた者の通報により分かった事だ。

 すなわち、彼女が消えたのはそれよりも随分前と言うことになる。

 

 あの子は抜けた所があるのは分かっている。

 素直であるが故に他人に唆されることがあることも。

 それでも自分の職務を勝手に放棄して行方を晦ます事など

 あの異変以来した事は無かった。

 それが今になって、どうして起こったのか。

 

 私は机の中に保管していた

 壊れかけの人形を取り出した

 

 

 

 

 





鈴仙「さっきまでどこに行ってたの・・?」
てゐ「鬼が見えたから姫様の所で震えてたウサ」
鈴仙「師匠、如何致します?」
永琳「皮を剥いで 逆さに吊るしなさい」
輝夜「面白そうね。やって頂戴」
てゐ「お前もかブルータスッ!」


そんなわけでの第9話です。またも血みどろ回です。師匠、身体張りすぎです・・
何故蘭菊が人間とは違う力を持っていたのかは、これで判明しました。
その結果、またさらに謎が増えてくるわけですが・・ 何とかなるでしょう
                       (良ければ次もドウゾ。)

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