「身清め」:早苗がヒトとして生きるのに必要な行為です。色んな意味で。
「八代辰魅」:水神様でした。竜舌伝説の龍との関係は・・・無いとは言えません。
「怪力」:蘭菊は生まれつき身体が丈夫でした。何か憑いてるんじゃ?と噂された事もあります
「ここが一番安全」:安全だといいですね。
魔理沙は嘘を付いていませんでした。ただ口下手なだけだったようです。
それでは、どうぞ
家主に言われた通りに鍋を片付けてから一息ついた
この作業だってもうお手の物
私の自慢のお師匠様は魔法薬の調合中に
何かに興味を持ったり、ふと思い出した事などがある度に
鍋をほったらかしにして出かけることがあったのだ
その都度、家が燃えかけたのは今では良い思い出
その頃からだったと思う
私が実験の後始末などを任せてもらえるようになったのは
それまでは、危ないからという理由で
碌に薬品に触らせてもらえなかった
一度など、うっかり酸性の薬品を腕に浴びてしまい
皮膚が大きく焼け爛れた事があった
師匠はとても心配してくれて、とても怒った
『怪我は治せるが、命までは直らない』
その言葉はあれ以来、私の心に刻み込まれた
命を粗末にするな
私の”命の恩人”は、事ある毎にそれを口にした
そう、あの人は 私に”命”を与えてくれたのだ
◆
私が生まれたのは、この”魔法の森”から遠く離れた山間の村だった
気候が著しく変化し、度々水害や旱魃に悩まされる土地のため
古くから子捨て、姥捨てなどが行われており
一家の食い扶持を減らすための風習が今尚残っていた
私が九つになった頃もそれは起こり、しかも例年を遥かに上回る被害をもたらした
多くの飢餓死人が出て、それと同じくらいの捨て人もいた
周りの家庭と比べてもそこまで貧しくは無かった私の両親は
それでも、私を捨てた
それには理由があった
この火のように紅い髪だ
人間にも赤毛という毛色は存在する
しかし私のそれは、若干赤味掛かった黒という色ではなく
まるで燃えるような真紅だったのだ
物心着いた頃からの渾名は、"妖怪女"
特に悪いことをしていたわけでもない
我侭気ままに人に迷惑をかけていたわけでもない
それなのに周りの人間からは蔑まれ、後ろ指を差され、時には石も投げられた
まだ幼い私にとって、それは残酷に過ぎた
だというのに
両親は自分達の娘を庇おうとしなかった
だからあの日、珍しく森に連れて行ってもらった私は
それが子捨てだと分かるや、その場から逃げ出した
走った
とにかく走ってあの村から少しでも遠くへ行きたかった
家を飛び出したといえば、普通、親は子を探すだろう
しかし自分の両親はそんなことはしない
するはずもない
ましてや手間が省けたと喜ぶかもしれない
そう思うと、とてつもなく悲しくなった
まだ殺された方がマシだと思うくらいに、自分を、この髪を呪った
途中にあった池を覗き込み、そこに映った紅い髪を見て、数本を引っこ抜いた
しかし痛みで手が止まる
かわりに泣いた
それでも足は動いた
もはや見覚えもない土地を、枯れ草を巻きつけた足が歩く
道中、数人の村人とすれ違ったりもした
だが
誰もがこちらを見ては避けていく
「どうして・・・
こんな体に生まれたの・・・」
一人、ただ歩いた
そうしているうちに雨が降ってきた
畦道から林の中に入り雨を凌ぐ
森を抜け出すときに持ち出していた僅かな食料も既に底を付いていた
食べる代わりに雨を飲んだ
首を上へ持ち上げて、入ってくる水を啜る
その行為がひどく侘しかった
だが泣くことはしなかった
せっかく身体に入れた水が出て行ってしまうと思ったから
唯一救いだったのが
空腹を知らせる音を雷鳴がかき消してくれたことだった
「空の神様が怒ってる・・・。わたしの髪が紅いからかな・・・」
結局、雨は明け方ちかくまで降り続いた
◆
テーブルに出しっぱなしだったティーセットに気が付いた
先程、外来人と応対したお師匠様が飲んでいたものだ
思えば紅茶と言うものを知ったのも
この家に来てからだった
生まれた村では紅茶はもちろん、嗜好品とされる物は
一切目にすることは無かったのだ
生きることさえ不自由する環境
そこから比べれば、今のこの生活がどれだけ至福に感じることか
妖怪や妖精など、形ある脅威ではなく
天災やそれに伴う災害など、形無きものが脅威だった
そして何より
自分にとって身近な者が脅威となりうる世界だった
ティーセットを笊に乗せ、表の井戸まで運ぶ
桶から注ぐ水は
砂利も、蟲も浮いていない
綺麗な水だった
◆
激しい喉の渇きで目が覚めた
息が思うように吸えない
くくっと喉を鳴らして、唾液を出そうとすると
粘ついたものが口いっぱいに溢れてくるだけ
それでも、二本の足は歩き出した
何かを求めていたのか、何かから逃げていたのか
ぼやける景色を見ながら歩いていると、急に後ろから何かがぶつかってきた
突然のことに身体が反応せず
腹這いに地面に倒れた
地面は小石と砂だらけだったが、丁度水溜りがあったお陰でそれほど怪我をせずに済んだ
ぶつかってきた"ソレ"は、口々に何かを叫んでいる
しかし意識が朦朧とし、何と言っているか判らない
そのうちソレはどこかへ消えていた
泥だらけになった顔を持ち上げる
すると、遠くに薄っすら見えるものがあった
畦道に沿って立つ地蔵様だ
豊作の祈願か、道中の安全を願ってのものだろうか
ただ一体だけ立ち尽くす地蔵様に向かって、歩いた
お供え物でもあればと、罰当たりなことを考えもしたが
結局何の救いにもならなかった
最早なにもかも空っぽになっていた
「ここで死ねば、神様はすぐに見つけてくれるかな・・・」
地蔵様の隣にしゃがみ込んで膝を抱えた
もう 歩きたくない
ここまで来た 頑張った
精一杯 生きた
だから、もう・・・・
薄らいでいく意識の中で、一つの足音が耳に入ってきた
目を閉じてから暫く
幾つもの足音が近づいては通り過ぎていくのは判っていた
それも同じものだと意識から遠ざける
しかしその足は、目の前で止まった
「(どうしたの?なんで止まるの?
…もしかして、何かくれるの?)」
地面を見つめたままそんなことを思っていた
しかし、
『悪いことは言わない。
もし生きていたら、もっと人里近くで倒れてろ』
生を感じさせない言葉を掛けられた
予想外にもその声は女性だった
良く通っていて、聞くだけで力に満ちていることを感じさせる声
だが発せられた言葉は
私の希望も何もかもを打ち砕いた
私は泣いてしまった。
そしてコレが最後
この涙が尽きる頃に、私の命もきっと尽きる
・・・
不意に頭に何かの感触が伝わる
私の頭を女性が撫でてきたのだ
不思議な気持ちになった
この髪は妖怪と呼ばれる原因となった、忌まわしき紅い髪
見るのも触るのも嫌になる、嫌悪の塊
それなのにあえてそれを触ってきた
つい魔が差し、顔を上げてその人を見た
そこに居たのは
黄金色の髪をした女性
一瞬で言葉を失った
── 綺麗だ
自分とは余りにかけ離れた次元を目の当たりにして
しばし目を離せなかった
しかし直後、言いようの無い違和感を覚え
体力の尽き掛けていた筈の身体はその場から飛び退いた
それは本能の働き
女性はかすかに口元を上げる
『私が妖怪だとわかるのか。大した洞察力だな』
妖怪─
その言葉は私の心を震わせた
自分は今まで妖怪の類と蔑まれてきた
正直、それがどんなものか分からなかったが
決して穏やかなものでないことは察しが付いていた
その妖怪が目の前に居る
動かないはずの足が恐怖で震える
それでも、彼女は笑った
『だが残念、私は妖怪じゃない。"半妖"みたいなものだな』
「ハン・・・ヨウ・・?」
聞いた事の無かった単語だったため、思わず聞き返していた
彼女は言った
自分は"魔法使い"という存在であり、さらに言うと魔女とは違う、と
それ以外にも、私が知らないことを次々に口にする
たとえ"人でない"とはいえ、家族以外の人とここまで話をしたことはなかった
こちらの反応が余りに新鮮だったらしく、食べてしまうと脅かしてきたり
かと思えば、いきなり体を掴まれて、空高くまで引っ張られたりもした
振り回されながらも冷静に思ってしまった
なんて破天荒な妖怪・・・魔法使いなのだろうと
それでも、最後に掛けられた言葉は
私の記憶に鮮明に残っている
『私のところに来ないか?』
思いもかけない言葉だった
見ず知らずの人間であり、今正に飢えと渇きで息絶えようとしていた
こんな自分を、自ら招き入れるというのだ
それは、この小さな胸をありったけ締め付けるものだった
純粋に嬉しかった
それでも信じきれない、この疑心の葛藤にまたも涙が溢れた
そんな私を見て
泣かれるのは苦手だといいながら、いきなりの急降下飛行
その後また滑空に戻るも、余りのショックに下腹部に感じる冷たさを
誤魔化すことができなかった
私が悔しさと恥ずかしさに苦悩の声を上げると
やはり彼女は笑うのだった
『幻想郷じゃ日常茶飯事だぞ』
私は、この人には一生敵わないと思った。
◆-◆-◆-◆-◆-◆-◆
なんだか相当上物だったらしいゴーレムを倒し
そこそこに経験値を得た私は
紅い館を出て、再び魔理沙の箒にまたがった。
『と、そろそろ腹が減ったな』
目の前の背中がそう呟く。
「そうね。もうお昼過ぎくらい?」
『ここじゃ時間の概念が希薄だからな。この辺りに誰か・・・あ』
「なに?」
『いや・・・。誰かに飯をたかろうと思ってたら一人、顔が浮かんだんだ』
「まだ会ってない人?」
『一応な。会ってみるか?』
一応尋ねてきてはいるが、気乗りのしないといった感じだ。
あまり交流の無い人物なのだろうか。
とはいえ、未だ面識の無い相手であれば会って置かねば
この世界に来た甲斐も無い。
黙って頷く私を見て、魔理沙はやれやれと肩を持ち上げた。
箒が速度を落とし始めたのは、魔理沙の家もあったあの森。
魔法の森と呼ばれるそこに、その人物も住んでいると言う。
「魔理沙と家が近いのね」
『まぁな』
降り立ったのは、ニ階建ての洋風家屋の前。
これまた西洋の佇まいのお家である。
とすると、紅魔館のときのような西洋モンスターの棲家と言うわけか。
「ここに住んでるのね。結構大きいなぁ」
『”厳密に言えば”一人暮らしのはずなんだが、どういうわけかニ階もあるんだよな。
まぁ、そのお陰で前はよく転がり込んでいたわけだけど』
くっくっと思い出し笑いを漏らす魔理沙氏。
もしや気乗りしなかったのは、過去に何かやらかしたのが原因では?
こんな所に来てもこの非常識魔法使いの魔の手が・・。
とりあえず、とばっちりを受けないよう祈るしかない。
ドアを何度か叩く。
ノック用の器具はあったが、目の前の人物には只の飾りらしい。
少し間を置いて、ドアが微かに開いた。
『誰?』
訪問販売か何かかと訝しげに尋ねる時のように
明らかに警戒した感じの声が聞こえた。
それなのにとてもよく通っていて澄んだ声だ。
『貴重な友人が来てやったぜ』
『大きなお世話よ』
バタンと大きな音を立てて扉は閉められた。
まぁ何と言うか、予想通りの展開でした。
「・・・本当に友達?」
『気にするな。いつものことだ』
少しは虚勢を張るものかと思ったが
本当になんでもないように再度ドアを叩く。
やはり、器具は使わない。
『アリスー!久しぶりに寄ったんだ。入れてくれてもいいだろ?』
さっきよりも広めにドアが開いた。
(と言うかまた開けてくれるんだ・・)
辛うじて光が差し込み、そこに見える蒼い瞳がこちらに向けられた。
『いつも前触れもなく来るくせに、久しぶりっていう言い方は可笑しくない?』
『二日も会わなかったら十分久しぶりだぜ』
『二十年の間違いよ』
痛いところをつかれたのか、頻りにうなじを掻く魔理沙。
誰に対しても自信有りげに話す姿を見てきたせいか、この反応は実に新鮮だ。
いいぞお友達、もっとやれ。
ようやく相手の姿が見える程にドアが開かれると
出てきたのは、人形がそのまま大きくなって歩き出したかのような
綺麗な女性だった。
良く見れば少女のようにも見えるが、その落ち着きも相まって
大人の雰囲気が全面に見て取れる。
まるで相手を突き放すような態度でありながらも、それ程距離を置かずに話す様は
魔理沙との親交の深さを図らずも窺い知ることができた。
見ようによっては微笑ましくもある関係だ。
そう言えば紅魔館を後にするとき
あの図書館の魔女の、えぇと・・パッチュリーさんが何か言っていたな。
『傀儡回しに気をつけろ』 と。
もしやこの人のことを言っていたのだろうか?
クグツとは別にカイライと読み、操り人形を意味する言葉。
するとあれかしら?
草原を巨大戦艦で突っ走ったりするのが趣味なのかしら。
すると、こちらの考えが読まれていたかのように、二つの蒼眼が向けられる。
『こちらは?』
『ん、知らないのか?お喋り天狗が結構言いふらしてるって聞いたんだが』
『新聞は取らないようにしているのよ』
『虚実も真実も、根っこでは繋がってるもんだ。
ま、いいけどな』
二人の会話の切れ間を待って前に出た。
このタイミングの掴みももはや慣れた物だ。
「初めまして、今日ここ(幻想郷)に来たばかりの竜舌蘭菊と申します」
『・・の、割には随分と慣れた感じに見えるのは気のせいかしら』
『まぁ、色々あったからな』
ええ、本当に・・
この数時間の間に色々ありすぎでしょう!
って位に色々あったわ。
『まぁいいわ。丁度支度していたけど、良かったら食べていく?』
『そうこなくっちゃ』
その言葉を聞くや、魔理沙は我先にと家の中に入っていった。
その速さに暫し唖然とする。
かって知ったる とは言うけれど、よくこうまで図々しくしていられるものだ。
それに対してやれやれと首を振る家主。
困るというより呆れている様子が、幾度と無く続けられた行為なのだと物語っていた。
『貴女もどうぞ。靴は脱がなくてもいいから』
言われた通り、アリスの後に続いて中に入る。
玄関に入るといきなり目に付いたのが、沢山の人形。
形はそれぞれ微妙に違うが格好はそれ程大差が無い。
時々テレビ番組などで、”巨匠の手によって作られた─”という名目で
紹介していた人形を見たことがあったけれど
今ここに並んでいる人形たちはまさにそれである。
いや、むしろ保存状態やさらに細かな部分をも視野に入れれば
数百万、数千万で取引されている人形達とは比べようもない位に精巧で美しい。
私も女である以上、人形を手にした機会がないこともない。
今目の前に座るこの人形一つにしても、綺麗というより可愛いという感想がすぐに浮かぶ。
ただ、何だろう・・。
この然程広くない廊下には私とアリスしかいないのに
まるで”大勢から見られている”ような気がする。
そのあまりに細やかな造りの人形達が
今にも動き出しそうな雰囲気を醸し出していたこともあり
その独特の雰囲気に耐え切れず、急ぎ足で二人を追った。
ダイニングにつくと、すでに魔理沙が席についていた。
『今まで何度か人間が迷い込むことはあったけど女の、それも巫女なんて珍しいわね』
人形に気を取られている間に既にキッチンに向かったアリスが
カップをガチャガチャと弄っている。
『そういえば自分で来たって言ってたな。どうやってきたんだっけ?』
「・・さっき説明したでしょう?」
『すまんのう。この歳になると物覚えが悪くてのう・・』
こういう時だけ年寄り設定を持ち出す辺り
魔理沙の性格の悪さが良くわかる。
『それほどでもない』
「褒めてないわよ」
うっかり顔に出ていたらしい。
思考を読まれたのかと思う位に的確にボケてきたため
無意識にも定番のツッコミをかましてしまった。
『アリスにも聞かせてやって欲しいんだ。もう一度話してくれ』
『そうね、聞いてみたいわ』
「全く、もう・・。
私の神社にあったおばあちゃんの形見を持ってここへ来たの。
あ、私のおばあちゃんも巫女だったんだけどね
若い頃に幻想郷に行った事があるって聞いてて、それで」
『アリス、知ってたか?』
『さぁ・・・私がここに来る前かも。第一、"地上"の歴史を私に聞かないでくれる?』
『悪い』
話せといいながら途中で割り込んでくる魔女ニ匹。
誠にこの世は無常に御座る・・ッ!
「・・聞く気あるの?」
『あぁ、ごめんごめん。続けてくれ』
『大丈夫、聞いてるわ』
そう言ってアリスが運んできたサンドイッチを口に運ぶ魔理沙。
口をもっちゃもっちゃ言わせながら話す姿がイラつく。
紅茶を注いだカップを浮かせながら話すアリスの方が数倍マシだ。
「ホントでしょうね・・。
幻想郷のことを昔話で聞いていた私たちは、おばあちゃんが遺した
新聞や写真が鍵になると思って竜舌岩っていう大岩の前で念じてみたの。
そうしたら」
『料理、上手くなったな』
『お粗末様。それにしても魔理沙がそんなの食べだすなんて意外ね
「私は和食派ですわ」なんて言ってたクセに』
『何時の頃の話だよ』
よし、分かった。
帰ろう。
すぐ帰ろう。
今からでも辰魅を起こしに行って、霊夢にお願いしに行くんだ。
『で、なんだって?』
「・・・二度と話さない」
『ほら、魔理沙がちっとも話を聞かないから拗ねちゃったじゃない』
『なんだよ、アリスだって聞いてなかっただろ』
どっちも聞いてなかったように見えたんですけどね、私には。
いい加減泣きが入りそうな気持ちを
表情で持って二人にぶつけてみる。
あまり効果はないと判っている分、余計に悲しい。
『私は勿論。ちゃんと書記もいるし』
『書記?』
見ると、テーブルの端の方に一体の人形が座っており
手元にはペンとノートらしきものがおいてある。
そのノートにはとても綺麗な字が並んでいた。
読めないがどうやら私の話した内容を記録してらしい。
「人形が文字を書くの?」
『私の場合はね。貴女が話した内容を一時的に記録し
それを文字として出力させているの。誤字は無いけれど
ニンゲンのように聞き間違いはあるから、後で見直すけどね』
「それならそうと言ってくれればいいのに・・」
『わるいわるい』
魔理沙の「わるい」と「すまん」と「ごめん」は全く信用できない。
私がここに来て、最も痛感したことがこれだ。
もっと別のことで感慨に耽りたかった・・。
『でも聞いている限りでは
その形見っていうのがキーになっているのは確かみたいね』
『だろ? それは私も思った。
蘭菊、あの新聞を見せてくれ』
言われて、あの古新聞をテーブルに出す。
そこそこに汚いのでここで広げるのは気が引けるのだが
当の持ち主はさほど気にもしていないようだ。
『これはさっき見せてもらったな。かなり昔の"文々。新聞"だ』
『わっ、懐かしい!』
アリスが眼を輝かせている。
この新聞は今ではもう発行していないのだろうか。
この二人が反応しているということは
そこそこに人気のあったものということらしい。
『あ、これ。「魔法の森 全焼」って、魔理沙がやったやつでしょう』
『違うって。あれはビ○ランテが・・・』
魔理沙がもう一つの紙切れを見て言葉を詰まらせた。
そう言えばこっちの方はまだ見せていなかった気がする。
「その紙切れがどうかしたの?」
アリスがそれを覗き込むように見て、やはり表情を曇らせた。
『霊符・・』
「れいふ? お札ってこと?」
『ああ・・・私たちが仕合をするときに使うものだ。
ルーミアの時に見せたあれも、この"スペルカード"で発動させる"ルール"なんだよ』
改めて見る紙切れは、確かに薄っすらと何かしらの文字で埋め尽くされていた。
しかしあの時魔理沙が持っていたのは
こんなお札では無く、トランプのようなカードだったはず。
という事は・・
「魔理沙の物とは少し形が違うみたいだけど
これも誰かの、そのスペルカードっていうやつなの?」
魔理沙は何も言わない。
それどころか、こちらと目をあわそうともしない。
─何かを隠している?
硬直状態になりかけていた空気を変えるべく
代わりに口を開いたのはアリスだった。
『それは"博麗霊夢"のスペルカード、霊符の『夢想封印』よ。
妖怪退治のスペシャリストでもあった彼女の、まさに代名詞ともいえる文字通りの必殺技。
一度発動すれば比類なき力で敵を撃墜し、殲滅する。
それで沈められた妖怪や悪霊の数は計り知れないわ』
淡々と繰り出されるアリスの言葉に、ただ頷いていた。
ちらりと横目で見てみるがやはり魔理沙は何も話そうとせず
テーブルの隅を見つめている。
『魔理沙』
アリスの声に顔を上げる。
『話してないんでしょう。彼女、貴女がそんな顔をする度に
すごく居心地の悪そうにしているわ。 可哀想じゃない』
『蘭菊には何も知らずに居て欲しいんだ。そうじゃなきゃ、あの神社で、あいつと
笑って話なんかできなくなってしまう』
『逆よ。
貴女が必死に隠そうとすることで、余計に疑って見てしまう』
そんなつもりは無かった。
確かに、今まで何度と無く
魔理沙が言葉に詰まり、口に出したくない何かがあるんだと
そう考えたことはあった。
でもそれを私が聞く必要は無いと思ったし、
何より本人が言いたくないことならば、無理に聞くことは無いとも思った。
それがまさか
私に対しての遠慮から来ているものだなんて、初めて知った。
「紅魔館や山の神社で、魔理沙が思いつめた顔をしていたのって
私に知られたくない何かがあったからなの?」
『・・・』
「私は、幻想郷の人間じゃないし
生まれてからまだそんなに経ったわけじゃない。
そ、それにさ きっともうすぐ帰るのよ。
だから何も遠慮することなんてないわ」
私は本心を口にした。
遠慮なんて、してもらう必要はない。
私は余所者だ。
彼女たちが抱える問題に対処できる程の力もなければ
自ら進んで首を突っ込む度胸もない。
だけど、私に聞かせまいとする余り
考え込んで思い悩んで
それこそ今のその表情を、魔理沙にさせてしまうのは私だって辛い。
─友人と思ってくれていいんだ
魔理沙が言ってくれたあの言葉は
私には嬉しかった。
初対面の私に、ここまで心を開いてくれているのかと
純粋に喜んでいた。
でも、本当は違っていた。
言ってくれた言葉に、嘘偽りはなかった。
魔理沙は本当によくしてくれた。
でも”あること”に関してだけ、私を跳ね除けるような態度をとっていた。
この幻想郷で、かつて起こった出来事。
そして・・霊夢のこと。
深くため息をつく魔理沙。
その目は、やや遠くを見ているようだった。
『わかった。話すよ』
-----------------------------------
いつか来ると思っていた
この瞬間が
でも、出来れば来ないで欲しいとも思った
アリスの家に行きたいと
蘭菊が言い出したときから薄々判っていた事だ
でももしかしたら
私自身が話したくて仕方なかったのかもしれない
今日、外の世界からやってきたばかりの
世間知らずで、向こう見ずで、怪力バカの半熟巫女。
こいつなら
きっと、こいつなら 今のこの世界を変えてくれるんじゃないかと
そう 心の奥底で願っていたんじゃないだろうか
「わかった。・・はなすよ」
結局はアリスの助け舟があってのこと
本当にこいつには頭が上がらない
そこら辺のニンゲンなんかよりよっぽど長く生きているはずなのに
こういう所でどん臭いのは相変わらずみたいだな・・はは
壁にかけられたアンティーク時計の音が少し大きく聞こえる
それくらいに張り詰めた沈黙が漂っていた
「あいつは・・、"博麗霊夢"は ニンゲンじゃないんだ」
少し眉をひそめる蘭菊
てっきり人間だと思っていた幻想郷の巫女が人間ではない
少なくともショックだっただろう
そんなことは無いと思っていただろう
だがそれは決して在り得ない話ではないんだ
なぜならここは幻想郷だから
「だがな」
そう、それだけじゃない
伝えなければいけないことは これからだ
「妖怪でもないんだ。妖精でも、幽霊でも、魔法使いでも。ましてや神でもない」
『どういうこと?』
「・・”人形”だ」
『に、にんぎょう?!』
蘭菊の目がすぐ前に座っている人形を見た
上海人形─ アリスの自慢の人形だ
視線に気付いたのか、柔らかく微笑んでいる
『断っておくけど、本当の人形とは意味が違うわ。きちんとニンゲンとしての身体も持っている。
感情だってあるし、食事を取って睡眠もとる。
血を流して、場合によっては死ぬことだって在るわ』
アリスのフォローが入り、内心ホッとした
この辺りの話は独りで話すには少々気が滅入るからな
だが頼ってばかりもいられない
言い出したのは私だ
「今、あの神社にいる霊夢は、元々居た博麗霊夢の模造(コピー)。
とはいえ、能力はちゃんと受け継いだ正式な博麗の巫女には違いない」
『じゃあ・・霊夢は・・』
「本物の霊夢は
百年も前に、既に死んでいるんだ」
-------------------------------------
矢継ぎ早に聞かされた、驚愕の真実。
自分でも不思議な位に冷静に聞いていられたのは
果たして幸と言えただろうか。
『かつては、私と霊夢、場合によってはアリスや紅魔館の連中と一緒に
異変を解決して回っていた。・・・でも』
『ある日霊夢の能力が、一切なくなってしまったの』
詳しくは知らないが、この世界には”異変”と呼ばれる
人々の生活を脅かす事態が度々発生していた。
それを目の前にいる魔理沙とアリス、そして霊夢によって解決してきたという。
その日が来るまで・・。
『原因は誰にもわからなかった。
だから私が変わりに出張っては、悪さをする妖怪や妖精を鎮めていたんだ。
でもそのうち、霊夢自身の身体も弱りだしてな』
『ここには、それこそ"死"なんて跳ね返してしまうような能力を持つ者も沢山いるわ。
でもそれら全てを、彼女は許さなかった』
私はその言葉に、「どうして」とは聞けなかった。
それこそこの二人が
最も知りたかったことだったから。
『彼女の身体は日を追うごとに衰弱していって、とうとう・・・』
その先をアリスは言わなかった。
判っている。
それは、その時一緒に居たものにしか知りえないものがあると言う事を。
アリスは一度大きく深呼吸をした。
『でも一番の問題は、博麗大結界が無くなってしまうということ』
初めて聞く単語だった。
恐らく、祖母の話にもそれは無かったと思う。
「はくれい、だいけっかい?」
『この幻想郷と外の世界を隔てている境界よ。
そのお陰で、ここにいる者たちは外への干渉は不可能になる。逆もまた然り』
つまり、私たちの居た世界からは見えないフィルターのような物だと言う。
物質的なものではなく、人々の記憶、世界からの認識など
概念的要素を取り込んだ絶対不可侵の結界。
それが無くなるということは
この幻想郷の存在そのものが無くなることを意味する。
『それを維持させるためにとられた措置が、"巫女複製"』
「なんで複製だったの?聞いてると、蘇生とかも出来そうな世界なのに」
『彼女の魂が、完全に消滅していたからよ』
「そんな・・・」
『いや、違うぜアリス。消滅はしてない。
回収が困難なくらいに飛散してしまったんだ』
『あぁ、そうだったかしら。ごめんなさい』
何気ないアリスの言葉に深く呼吸を漏らす魔理沙。
どうやらその辺りの認識でやや食い違いがあっているらしい。
『力を持った数名がひたすら策を練って、とりあえず"霊夢"という個人を創り上げた。
幻想郷のあちこちに散らばっていた、彼女の"歴史"をかき集めてね』
「歴史を・・」
『そう。彼女が存在していたという証を
まだ結界内に残されていたわずかな魂の欠片と共に結合させ
博麗の能力を宿す巫女は造られたの』
『でも…
記憶だけは戻らなかった』
そこでようやく理解した。
魔理沙が何故、霊夢のことを他人のように呼ぶのか。
何故、その頃の話をしたがらなかったのか。
想像を超える秘術を以って生み出された、新たな霊夢。
それにより結界は維持され、幻想郷は護られた。
しかしそんなことよりも彼女は
魔理沙はきっと喜んで霊夢のもとへ駆け寄っただろう。
でも、
彼女の口から出た言葉は―
『私が一番傍に居た、なんて自負するわけじゃなかったけどな。
結局私がどんな手を使っても、アイツの記憶は戻らなかった。
いや、そもそも"別人"なんだから戻るって言い方もおかしいか』
自嘲気味に笑う魔理沙がとても小さく見えた。
あんなに大きな態度で、神様とだって対等に話をしていた彼女が
今では親を見失った迷子のように、とても可哀想に思えた。
そんなことを思うべきではなかった。
そんなことを考えるべきではなかったのに、今は唯
それだけが思考を占めていた。
『今じゃすっかりあの神社にはヒトが集まらなくなったわ。
宴会が無いって、萃香は愚痴っているみたいだけど。
でもそれが当たり前と認識している彼女にとって、これは普通なのよ』
「そういえば萃香は?
あの子も知っているんでしょう」
神社で霊夢の次に出会った鬼。
はっきりと聞いたわけではないが、きっと霊夢と一緒に暮らしているはずだ。
そんな彼女が霊夢のことを知らないわけが無い。
『萃香にはアイツの制御役をやってもらっているんだ』
「制御役?」
『新しく創られた霊夢には本来の能力は備わってはいるが、
その全てを扱えるだけの技量が備わっていない。
そこに幻想郷全てを覆うくらい巨大な結界を支えさせると、どうなると思う?』
「耐えられなくなる、かしら」
『そう。いつかはその身が崩壊するか、精神がやられて暴れだすか。
しかも厄介なことにアイツの能力は腐っても博麗の巫女が持つ強大な霊力だからな。
その威力も桁違いだ』
その瞬間、脳裏には柔らかく微笑む少女の顔が浮かんだ。
その表情からとてもこの世界を破壊しつくすような力を持っているとは思えない。
『あいつ自身はその力をコントロールできない。
だからいざと言う時に
直ぐに止められる奴が必要なんだ』
「それが、萃香?」
『幸い、彼女は弾幕の類を無効化する術を持っている。
手がつけられなくなる前に霊夢を
"破壊"することだってできる』
─霊夢を「破壊」する
そんなことを表情も変えずに話すアリスに
私は初めて畏怖を覚えた。
そして何より、あのお調子者と思っていた萃香に
そんな大きな重圧が掛かっていたという事実が
神社の居間で見た、”あの顔”だという事を思い知らせる。
『あいつには一番嫌な役をやらせているんだ。
私達は揃って卑怯者だ』
『別に魔理沙が気に病むことなんて・・』
『アイツに会うとさ、聞かされるんだ。
「今日も殺さずに済んだよ」
ってな』
「・・・」
3人は揃って黙った。
時計の音が再び、部屋を満たしていった。
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そうだ
私は認めたくなかっただけだ
アイツを、今も神社に居座り
のうのうと茶を啜っているアイツを
私たちが知っている霊夢なんだと
認められなかったんだ
あの日
夕暮れの中で
私が見ている前で
息を引き取ったあいつが
私にとっての霊夢だったんだ
紅魔異変の時、スペカに扱い悩んだこと
春雪異変の時、一緒に原因を調べたこと
月人異変の時、すれ違いで喧嘩したこと
萃香の時も、守矢の時も、地底の時も、
何時だって一緒だった
何時だって私の前を行き、
決して弱さを見せてくれなかったアイツが!
死ぬその直前まで、涙の一粒だって見せなかったアイツが!!
私たちの霊夢だった!!
判っていたんだ
一度死んだニンゲンは
生前のことなんて憶えている筈が無いって
それでも、奇跡があると信じていたんだ
でも無かった!
そんなもの、どこにだって無かった!!
アイツは別物だ
私を、”あんな眼”で見る奴が、霊夢のわけがない・・!
あんな偽者が・・ッ!!
だが、それでも
”幻想郷”は奴を博麗の巫女と認めた
まだ霊夢が生きていた頃
紫が作っていた、結界を維持する術式が現在正常に機能し
奴が意識しなくとも、その身体の霊力を感知して
結界の維持に繋がっている。
要は誰でも良かったんだ
この世界にとって
”博麗”の者であれば、”霊夢”でなくても
・・この世界は残酷だ
なのに、こんなクソみたいな世界に
憧れを抱いた外来人は
静に、こう口にした
「私・・・
神社に戻るわ」
そこにあったのは、どんな感情だろう
憐れみ? 慈しみ?
それとも、憤り?
こちらの気持ちを感じ取ったのか
蘭菊はゆっくりと首を横に振った
『ごめんなさい、こんな話を聞かせて』
「ううん、大丈夫。
確かに驚いたけど今の話を聞いたら
萃香にも、支えが要るんじゃないかって思えたから」
蘭菊は知っているだろうか
今の私たちにはどうしたって判らないこと
その答えを導き出すため
あわよくば、霊夢の偵察に使おうとさえ考えていた
私の浅はかな考えを
「何だかあの二人って 放っておけないものね」
今日初めて、幻想郷という世界にやってきた
なんの能力も持たないニンゲン
その世間知らずな少女に、自分たちは大きな期待を寄せている
そこにあるのは自責の念と
魔法使いとしてのプライドからの劣等感
普段は仏頂面を崩さないアリスも
今この時ばかりは、伏目に蘭菊を見つめていた
『何も出来ないかもしれないけれど・・・お願いね。頑張って』
端から見れば他力本願な物言い
生粋の魔法使いであるが故の特性といってしまえばそれまでの
あまりに無責任な頼み事
しかし、それでも彼女はそれを跳ね除けるようなことはせず
ただ少し控えめな笑顔を見せた
『私なんかで良ければ』
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この家に来てから幾つもの収穫があった。
それと同じだけのショックも味わったわけだけれど。
一つは、魔理沙の本心が聞けたこと。
これまで何も口を挟めなかった事情を
ようやく知ることが出来た。
だからと言って私が出来ることなんてたかが知れている。
でもそんな私だからこそ、出来ることがきっとある。
もう一つは、この話が始まってから見ることが無かった
アリスの素の笑顔が見られたこと。
凄く可愛かった。
(結婚しよ)
『私が送っていく。またな、アリス』
魔理沙の言葉で一斉に席を立ち、私たちは玄関へ向かった。
見送りに来たアリスに、まるで昨日も来たかのように短い挨拶を送る。
アリスもそれに軽く手を上げて返す。
『またいらっしゃい。何もないけれど歓迎するわ』
「うん、ありがとう」
こちらの返事を待って、二人を乗せた箒は神社に向けて飛び立った。
アリスの家に大分長い時間居たのか、既に日は落ちかけ
濃紺とオレンジが交じり合った空が幻想郷を包み込んでいた。
昼間とは違う冷え冷えとした空気に、魔理沙も硬く口を閉じている。
上空に到達して数分、妖精と思しき大群に遭遇した。
「うわぁ、沢山いるなぁ!」
かつて地上から見上げたときはわずか数匹だけしか見られなかった妖精を
こうして同じ目線で、しかも大量に見られて心が妙に高潮していた。
まるで大きな蝶の群れの中を飛んでいるかのような
そんな幻想的な光景だ。
その内こちらに気付いた妖精たちは、どういう訳だか
文字通り脱兎の勢いで左右に飛び散った。
その行動は明らかにこちらから逃げるものだったが、逃げるときの表情が
まるで肉食動物から逃れようとする草食動物のようだった。
─何か嫌われるようなことってしたっけ?
めいの時のこともあり考え得る原因を探したが、覚えが全く無い。
自分が物珍しいとは言え、ここまで恐れられる謂れはない。
そうしたらもう理由は一つしかない。
目の前にいる人物だ。
そう考えるとひどく納得がいった。
恐らくこの魔女は、幻想郷における"百獣の王"なのだろう。
神と言うものが存在するこの世界で、魔理沙と言う人物の持つカリスマ性は
私が会って来た他の誰よりもずば抜けていることがわかる。
現にこうして後姿を見ているだけで、何か大きなものに守られている安心感が沸いてくる。
その安心感たるや、まるで母親のそれと似ている。
『ん? 何か言ったか?』
「ううん、なにも」
そう考えているうちに、箒はゆっくりと降下を始める。
そこは博麗神社の前。
大鳥居の所だ。
境内に下りない理由は判っている。
だから私は何も言わなかった。
『それじゃあ、またな。・・・それと』
申し訳ないという色を全面に出した少女のような顔がこちらを向く。
私が初めて見る貌だった。
『頼む』
「・・・うん」
ただ一言。
本当に短く返した言葉は、それだけで幾千もの慰めに成り得ただろうか。
自ら罪の意識と共に人としての命を捨てた魔法使いは
その何気ない言葉に安堵の笑みを浮かべていた。
己には必要の無い箒を仕舞い込み、日暮の薄闇に溶けるように空へと消えて。
「さて」
石段を踏みしめ、社を目指す。
物の数秒。
境内に辿り着くとやはり彼女はそこにいた。
恐らく何年も使い続けていたであろう竹箒は
所々が擦り切れ柄の部分に至っては補修の後さえ見受けられる。
しかし 彼女は笑っていた。
己の宿命も、出生も知らない少女は実に楽しそうに箒を操る。
だからこそ恐ろしかった。
博麗霊夢の存在。
それは確かに高貴なものだった。
しかしそんな理想が打ち砕かれた今、
その瞳にはまるで光が灯っていないかのような錯覚さえ覚える。
『あら、おかえり』
博麗の巫女は妖怪退治を生業とする。
だが彼女は、未だかつて妖怪を退治したこともなかった。
博麗大結界の維持についても本人の与り知らぬ所で事が進められ
自分はただ霊力を徒に使われるだけ。
恐らく彼女にとっては「無意識のうちに」という次元ですらないのだろう。
『今日も特別な事は何もなし。退屈な一日だったわ』
それでも少女は信じているのだ。
自分は博麗の巫女なのだと。
この幻想郷に於いて、人間に仇名す妖怪を退治する
無慈悲ながらも情に篤く、節度と優しさを併せ持つ
”博麗霊夢”なのだと。
それが己の使命であることも。
「それだけ平和だって事でしょう?良い事じゃない」
『そうねぇ・・あれ?』
「どうしたの?」
『今のセリフ、私が言うべきだった気がする』
仮にも幻想郷を護る人物が、何も無くて暇だと言う方が可笑しい。
私は苦笑で以ってその言葉を代弁した。
『改めて、おかえり。蘭菊』
彼女の夢は続いている。
そこにある運命も決意も全てがツクリモノの夢。
ならば今、自分にできることは・・
「うん・・。ただいま」
こぁ 「燃えないゴミの日っていつでしたっけ?」
パチェ 「明後日よ」
ゴーレム「解せぬ」
一気にシリアス成分が増し増しでした。
元々書いていた文を投稿用に手直ししたため、やや文章的に歪んで見えるかもしれません
その中でも特に加筆したのは魔理沙の心情でした
まぁ色んな二次創作でも苦労の絶えない人ですからね・・
次はいよいよ敵の存在が明らかに・・? (良ければ次もドウゾ。)