先週とは打って変わって、スカッと晴れた土曜日。
朝早くから夕夏にたたき起こされ、若干不機嫌な高波は、高速道路をキャリイバンで飛ばしていた。
最近できた話題のパンケーキ屋に行きたいらしく、朝から並ぶためにわざわざ高速道路まで使っている。
窓ガラスから入る朝日のせいで体の右半分が暑く、おんぼろクーラーをガンガンにかけても太陽の膨大なエネルギーに対抗できず、状況は一切改善されなかった。
いい加減この海自払い下げのおんぼろバンともおさらばしたいところなのだが、特徴的な丸目を夕夏がえらく気に入ったようで、近所のディーラーに車を見に行った時には「今の車の方がかわいい」等と抜かし、買い換えに猛反対された。
そんな夕夏は、やたら気合いの入ったワンピースに帽子をかぶり、高浪のフレームに赤く「Hk」と書かれたサングラスを勝手に持ち出して上機嫌のご様子だ。
後部座席だからサングラスは必要ないだろうに。
何でも話題のパンケーキ屋は海外では有名な店らしく、最近日本初上陸を果たしたらしい。
ただ、機嫌のいい要因はそれだけじゃないようだ。
「あの、なんかすいません私まで乗せてもらっちゃって」
「ああ、気にするな、一人増えたところでたいして変わらんさ、どうせ元から燃費は悪い」
「あ、そう言って買い換えようったて無駄だからね」
昨日行きたい場所がある、そう言い出してパンケーキ屋を指定してきたが、そこで朝食を食べたらとっとと帰れと言われてしまった。
つまり行きたい場所とは、高浪とではなく、親友の高原 優菜と行きたい場所らしい。
自身を移動の足に使うことに不服こそあったものの、「あの子にも色々あるしな、できる限りのことはしてやった方がいいんじゃないか?」と木村に言われ、その娘と親友のためにしぶしぶ無料タクシーをやっている。
いくつかのトンネルを抜けて、目的の料金所の看板が見えた。
途中で左にそれる道に乗り、料金所が見えた。
多くの車がETCレーンに流れていくのを横目に、左の一般レーンにハンドルを向けて、財布を取り出す。
「二千百円になります」
料金所の初老の男に券を渡し、言われた金額を準備するが、財布に千円札がないことに気付き、五千円札と百円玉を渡す。
「三千円のお返しです、にしても兄ちゃん珍しいな、今時ETCじゃないなんて」
ほとんどETCレーンに流れて暇なのだろう、男が話しかけてきた。
「ブリキにハイテクは似合わないだろ?」
そう返すと男は「くはははは、ちげぇねえ」と豪快に笑い、「気ぃ付けろよ」と手を振った。
「今のどういう意味?」
「さぁ?」
どうやら後ろの二人には今の冗談が通じてないらしい。
手に持っていた三千円を左手で後ろに回し「これでなんか食え」と夕夏に渡す。
車の多い都会の一般道を、後ろから口うるさく指示された通りに進み、適当な有料駐車場に止める。
そこそこ歩いてついた店にはすでに10人ほど並んでいた。
「うわ、もうこんなに……はやすぎでしょ」
夕夏が不満を漏らし、不服そうに列に並ぶ。
一組、また一組と割りと早いサイクルで客が入れ替わり、15分もしない内に自分達の番になる。
店員に案内されて店内に入るとチョコやらイチゴやらの甘い臭いが鼻腔に飛び込んできた。
それに若干顔をしかめながらも席につき、夕夏が真っ先にメニューを広げる。
「あ、これだこの前テレビでやってたの」
「夕夏それ?じゃあ私はこっちの塩キャラメルにしよ」
「あー、塩キャラメルも美味しそう……」
「じゃあ半分こする?」
きゃいきゃいとはしゃぎながら朝食を選んでいるのを横目になんとなく"日本上陸記念!数量限定!"と書かれたパンケーキのポスターを眺めていると夕夏に「じゃ春はこれね」と、勝手に決められてしまった。
どうせどれを選んだところで自分の口には合わないので特に反論はしなかった。
「すいませ~ん」
夕夏が店員を呼んで何やら色々頼んでいるのを適当に聞き流す。
注文が終わって店員が去ると、春香が口を開いた。
「そう言えば夕夏の名前って、夏の夜に産まれたから夕夏?」
「うん、私7時に生まれたんだって、だからお父さんはカナって名前にしたかったらしいよ」
「カナ?」
「夏に七」
「ああ、夏七ね」
二人の会話が途切れた時、タイミング良く店員がやって来て、ジュース三つをテーブルに並べる。
「優菜は?」
「え?」
「名前の由来」
「ああ、私は語呂で決めたらしいよ、特に意味はないって」
「ふーん」
もう一度店員がやって来て今度はパンケーキ二つをテーブルに並べ、また去っていった。
「ん~、甘そう!」
二人がナイフとフォークを手に、パンケーキを食べ始める。
「あ、そう言えば春って誕生日いつだっけ?」
唐突に夕夏がこれまで蚊帳の外だった高浪に質問を投げ掛けてきた。
「3月4日」
「3月?あー、まぁ一応春かな」
夕夏が少し納得がいかない顔をした。
自分の名前の由来が気になるのだろう。
「俺の名前は季節の春と関係ないぞ」
「え?そうなの?」
「じゃあどうして春なんですか?」
優菜も気になったようで、こっちを見て聞いてきた。
「Hull、船体だ、船のボディ部分、そっから来てる」
「じゃあ春って漢字は当て字なの?」
手元におかれているコップを取り、中のオレンジジュースを少し飲み、頷く。
「ふーん、変なの」
再び店員が来て、高浪の前にチョコレートの香りのするパンケーキを置いて行った。
茶色い生地に大きな足跡型にチョコソースが掛けられたパンケーキ
を見て、高浪は心のなかで「失敗したな」と呟いた。
「それ、期間限定の"ゾウさんの足跡"だって」
「チョコは嫌いなんだが」
「うん、知ってるからそれにしたの」
「……後で覚えてろよ」
「あ~もう忘れちゃったな~?」
夕夏にしてやられた自分を恨みながら、チョコだろうとなんだろうと食べ物を粗末にするわけにもいかず、手をつけることにした。
パンケーキにナイフを入れ、一口サイズに切り、口にはこぶ。
甘ったるいチョコレートが口に広がり、思わずウッとして、オレンジジュースを飲むがそれがさらに甘さを上乗せしてきた。
何とか飲み込んで想像以上の強敵だったパンケーキを睨み、「共食いってのは大変だな」と呟いた。
フォックスと呼ばれていた男、アラン・ヘンダーソンはアパートの2階にある、とある一室の玄関をピッキングしていた。
別に何か金目の物を盗むためではなく、本部から直接降りてきた命令の為だ。
もう一年半も国に帰れずに日本で仕事をしていたのでいい加減国に帰りたいところだったが、本部から直命とあらばそうも行かず、交代や増員すら無しに、作戦に従事している。
幸い、作戦自体は特別難しいものではなく、ただ家に忍び入って言われたものを取って帰ってくるだけだった。
ただし、作戦中に家主が帰ってこなければの話だが。
その持ち帰るものとは、ターゲットの髪や皮膚片、とにかくDNA鑑定にかけられる物。
アランにはなぜそんなものが必要なのか、そもそもターゲットは何者なのかすら分からなかった。
だが、それもいつものこと、別になんの不思議もなかった。
「need to know」必要の無いことは知らなくて良い、それだけだった。
カチャカチャと音をたてていた錠が、カチャリと鳴った。
ゆっくりと扉を開き、中に誰もいないことを確認する。
この家の住人は朝早くに二人とも出掛けているので誰もいないはずだ。
ゆっくりと足を踏み入れ、室内に入る。
太陽の光がうっすらと入り込む部屋には簡素なテーブルとテレビがあり、床にはいくつかの雑誌や新聞が落ちていた。
(入ったか?)
「ああ、オーストリアに不法入国だ」
無線機の向こうからサーバルが呼び掛けてきた。
(何か変わったものは?)
「特にないな、普通の家に見える」
壁にかかっているカレンダーにも、ゴミ箱の中身も、特別に変わった様子はなかった。
二つある扉のうち、右の扉に入る。
小さな窓がひとつあるだけのその部屋には白いベッドと古い勉強机、衣装ダンスがあった。
床や机の上はごちゃごちゃと散らかっていて脱ぎ捨てられた女物の服なども散乱していた。
おそらく同居人の部屋だろう。
扉を閉じて、もう一つの部屋に入る。
そこはさっきとは対照的で、簡素なベッドとパソコンデスク、カラーボックス一つだけの、あまり生活感のない部屋だった。
ここがおそらくターゲットの部屋だろう。
「ターゲットの部屋に入った」
(了解、迅速にやれ)
ウエストポーチから手袋を出して両手にはめ、部屋を物色する。
まずはカラーボックスにいくつかあるファイルを開いた。
中には新聞紙が閉じられていて、いくつかの物には赤いペンで丸や矢印が書き込まれていた。
「なんだこれ?」
新聞の言語はバラバラで、英語が一番多かったが、ドイツ語や日本語、中東やアフリカの言葉の記事もあった。
「日航機ハイジャック……?エリア51で化け物、西ドイツで爆弾テロ?」
記事の内容はほとんどが過去に起きた大きな事件や事故の物。
持ってきたデジタルカメラでファイルの中身を撮り、もとに戻す。
次に一つ下の段を調べることにした。
この段にはいくつかの本が並べられていて、その中の一つを適当に取り出して中を調べる。
特別なことは無かったのでカラーボックスに戻そうとしたとき、奥に箱があるのを見つけた。
手前の本をどかし、箱を取り出す。
中には古い写真や髪飾り、それから血のついた包帯や弾丸。
箱の中身を写真に撮り、古い写真を見てみる。
写っていたのは髪の白い少女、鎖骨辺りには「sakura」と刺青が入っていた。
少女は箱に入っていた物と同じ髪飾りをして、AKMを抱えたまま壁にもたれ、眠っているようだった。
(フォックス)
それもカメラに納めておこうとした時、無線機から近くの道路で見張っているバルチャーの声がした。
「何?」
(ターゲットが帰ってきた)
「なるほど、それは愉快だな」
箱の中身をすべて戻し、棚の奥に戻す。
振り替えってベッドやゴミ箱を漁る。
しかし綺麗にまとめられたベッドには髪の毛一つ落ちてなく、ゴミ箱にもほとんど何も入っていなかった。
外から車のエンジン音が聞こえる、ターゲットの車だろう。
(フォックス早く!もうすぐにそっちに行くわ!)
「まだブツが見つからない!」
(警察の厄介になるわけにはいかない、脱出を優先しろ)
急いで部屋を出て玄関から脱出しようとする。
その瞬間、誰かが外の階段を上る音が聞こえてきた。
「くそ!」
一瞬自身の思考が停止したと感じたときにはもう遅かった。
玄関の扉はゆっくりと開かれ、外から光が入り込む。
その瞬間にアランは走り出し、肩から玄関の正反対にある窓に体当たりして突き破り、ベランダから外に飛び出した。
高浪 春 たかなみ はる
海上自衛隊特別警備隊所属の戦闘員、階級は二等海曹。
本来の特別警備隊員とは違い、特別な指揮系統の下、活動している。
非常に高い動体視力と、反射神経、空間認識能力などを持ち、それを買われて特別警備隊にスカウトされた。
過去に右腕を失い、機械義手を使用している。
コードネームはマジシャンで、過去に因縁のある名前らしい。
バイクが趣味で、複数所有している。
年齢 34才
誕生日 3月4日
身長 182cm