夕夏たちと別れた後、二人を回収するまでにかなりの時間があるので一度家に帰ることにした。
高速を降て、一般道を流し、もうすぐ家に着く頃、道路脇にサングラスをした女が立っていたのが見えた。
女は回りを気にしている様子で、誰かを待っているように見えた。このあたりでは見ない顔、しかもおそらく日本人ではないであろう人間がこんなところで待ち合わせをしているとは考えにくく、高浪は不審に思いながら女をみていた。
そのまま進むと女がこっちに気づいたようで、高浪と目があった途端に「まずい」というような顔をした。
女は向こうを向き、何かしているようだったが、後ろ姿だけでは何をしているか分からなかった。
高浪はアクセルを踏み込みキャリイバンを加速させ、すれ違いざまに女を見た。
女は誰かと無線か何かで会話をしているようだった。
さらに不信感を増した高浪は少し飛ばして家まで向かって、雑に車を止めた後、腰のコルト アナコンダに手をかけながら、アパートの階段を警戒しながらゆっくり登り、自室の扉に手をかける。
開いている、今日はきちんと鍵を閉めたはずだ。
ゆっくりと玄関を開きながら中を確認する。
ドアが半分ほど開いた時、部屋の中からガラスが割れる音がした。
それを聞いて、一気に室内に飛び込むと、何者かがベランダから飛び降りたのが見えた。
走ってベランダまで行き、下を見ると裏庭の柵を越えて、逃げたした若い男が見えた。
高浪も迷わずベランダから飛び降り男を追いかけた。
柵を飛び越えたところで五メートルほど先を行く男を全速力で追いかけ、少しずつ差が縮んで行く。
男がこっちを振り返り、英語で恐らく無線機に向かって叫ぶ。
「サーバル!車!」
それを聞いた高浪は、男がただの窃盗団ではないと判断し、アナコンダを引き抜き、サイトを男の足に合わせようとしたが、それに気づいた男が角を曲がり、射線上から逃げられてしまった。
「
急いで追いかけ、角を曲がるが、そこにはすでに男の姿は無かった。
左の路地を見て、右の路地に首を向けたとき、黒いワゴン車がこっちに走ってきた。
黒人の男が運転席に座り、助手席にはさっきのサングラスをした女が座っていた。
孟スピードで走ってくる車を避けてすれ違う。
その瞬間、後部座席にいる逃げ出した男が、デジタルカメラをこっちに向けているのが見えた。
しまった、と顔を背ける。
そのまま車は走り去り、大通りに繋がる道に入っていった。
高浪は急いで携帯を取り出し、高橋に電話を掛ける。
じれったい発信音をならす携帯に苛立ちながら、駆け足で家に向かう。
(どうかしたか?)
発信音が途切れ、高橋ののんきな声が聞こえた。
「やられた、空き巣だ!」
(なに!?)
高橋の声色が変わったのを聞きながら家の階段を走って上り、部屋に入る。
「男二人と、女が一人、男一人は黒人の大男、黒のワゴンで逃げた!」
部屋の中をざっと見渡し、盗られたものがないか確認する。
夕夏の部屋と、自分の部屋を確認するが、幸い何も盗られていないようだった。
だが、自分の部屋の本が、朝と違う配置になっている。
(なにか盗られたか?)
「いや、だが色々見られてる」
(わかった、今警察に連絡する)
「ナンバーはわ0221、日産、俺はどうする」
(ああ、とりあえず基地に来てくれ、話したいこともある)
部屋の机に置いてある鍵を取り、また部屋への階段を駆け足で下りる。
駐車場に止めてある ホンダ CBR954RRに火を入れて、若干飛ばしぎみで家を出た。
「何て?」
「わかった」とだけ発し、受話器をおいた高橋に、高浪が聞いた。
ふーっ、と大きなため息を吐き出しながら、空気が抜けたように高浪の机を挟んだ反対側のソファーにどっかりと座った。
「逃げられたらしい、警察が車を見つけたときには既にもぬけの殻、エンジンも冷えてたそうだ」
窃盗団が乗っていた黒のワゴンがぶら下げていた
「白人の男女に黒人の大男が軽のワゴン、なぁに、すぐ見つかるさ」
高橋が、長電話のせいでぬるくなったコーヒーを飲みながら話す。
「なぜです?」
隣に座る木村が、ぶっきらぼうに返した。
「次はでっかいハンヴィーになってる」
別の机に座る山本 栄助海士長が飲んでいた麦茶を盛大に吹き出した。
「おい、今のそんなに面白かったか?」
木村が立ち上がり、栄助に雑巾を渡してやり、自身も別の雑巾で机を拭き始めた。
「で?彼らとはどういう知り合いだ?」
木村の発言を聞いて、若干渋くなった顔で高橋が高浪に聞いた。
「さあな、あいにくグルーピーは多いんだ、奴らに鮫をブチこんだ話でもするか?」
「はぁー、黒人と白人、十中八九
高橋が再び大きなため息を吐き、頭をかく。
「在日CIA……ですか?」
一通りむせ終わった栄助が、控えめに聞いてきた。
高橋がコーヒーを飲もうと、机のコップに手を伸ばす。
カランともならないそのコップを口元まで持ってきたが、その中身が無くなっていることに気づいた高橋は、たっていた木村にコップを渡し、受け取った木村は部屋のすみにある冷蔵庫を開けた。
「警察には知人が何人か居てな、そいつから聞いたんだが」
木村が戻ってきて、コップに満たされたアイスコーヒーを高橋に渡す。
さっきよりさらに渋い顔でそれを受け取った高橋は、コーヒーを一口飲み、静かに机に置いた。
「栄助、昼飯行くか」
木村が栄助を立たせる。
自分達には話せないことだと悟ったのだろう。
「いや、君達にも話しておいた方がいいだろう」
高橋が若干うつむいていた顔をあげ、高浪をまっすぐに見る。
「テロだ、先日の件も含め、今回の多発テロには全部共通点がある」
「確か、どの事件も何者かの支援を受けてるって……」
いつもより少し低い声で語る高橋に、栄助が答える。
「そうだ、武器弾薬に始まり資金や下準備、時には計画そのものが、その何者かによって提供されている」
「手ぶらオーケーの体験型テロリズム、新しいアミューズメントとしては最高だな」
高浪が冗談を飛ばす。
「問題はその何者かだが……」
高橋が再びうつむき、コーヒーをじっと見る。
ゆっくりと手を伸ばし、二口ほど飲む。
「CIAかもしれんのだ」
その言葉に感応したかのように、渋い顔をした高浪は、少し目を泳がせる。
「
「いいや、君らがよく知っている、あの
高浪が、ふっーと息を吐き、机の自分のコップを持って席を立ち、冷蔵庫へ向かう。
「どうしてCIAが……そんなことを?」
「わからん、だがどんな理由であっても、奴らが活発に動き回っているのは、政府としてもあまり愉快じゃない、そうだな?マジシャン」
コップに氷を二つほど入れて戻ってきた高浪は、どっかりとソファーに座り直し、コーヒーを飲む。
「色を碧に上げる、高浪はしばらくここに泊まってもらう、栄助と一度家に帰って、準備してくれ」
先程より少し張った声で、高橋がこの部屋にいる者に指示を出す。
その指示に含まれていなかった木村が、「自分は?」と高橋に聞いた。
「木村は私と来てくれ、運んでもらいたいものがある」
席を立ち、部屋から出る高橋に「了解」と返した木村が、閉まりかけたドアを再び開け、部屋を出る。
机からカラカラとなるコップを持ち上げ、口に運び一気に飲み干した高浪は、両ひざに手をついて立ち上がり、「俺達も行こう」と、栄助と部屋を出た。
海上自衛隊 特別警備隊 特務班
高浪の所属する特殊部隊。
従来の特警隊とは指揮系統が異なり、上部組織は統合幕僚監部である。
班員は全9人で、班長の木村を始め、全て過酷な訓練プログラムを突破している。
パッチにはラブカが描かれており、愛称はシーサーペント、または単にサーペント。
色
サーペント隊で使用されている、警戒状態を示す規定。
藍、碧、橙、紅の四色で表す。
各色の警戒状態は以下の通りである。
藍 平時、隊員は通常業務を行う。
碧 軽度な警戒、指定された隊員は横須賀基地に集結し、待機する。
橙 高度な警戒、全隊員は武装し、基地内やヘリ、護衛艦内などで出撃に備える。
紅 有事、全隊員は出撃し、任務に当たる。
発令中の色は、隊員個人が保有している携帯電話などで確認できる。
専用のアプリにより、壁紙やテーマカラー等が発令中の色と連動しており、視覚的に判断できる他、色が変更された場合には振動と音によって通知される。
ちなみに、この規定に英語を使わない理由は、指揮官である高橋の趣味である。