学校が始まり、一週間が経過した。高校デビューに見事に失敗した俺は、クラスでの話し相手がいなくなった。その反動だろうか、元々カマちょな事もあってか、俺は一人の先輩にすごい懐いた。
「神谷先輩!おはようございます」
「お、佐藤。おはよ」
玄関を出た辺りで、神谷先輩が階段を降りる姿が見えたので後ろから声をかけた。
「学校まで一緒に行っても良いですか?」
「いいよ」
俺は神谷先輩の隣で歩いた。学校で誰とも話せない分、唯一の話し相手の神谷先輩の前では、無意識に明るくなってしまう。あ、いや別にクラスに友達がいないわけじゃないんだけどね?プリントを後ろに回す時とか、課題提出の時とか、体育の時とか話しかけられるし。クラスメイトなんて一回話せば友達でしょ?
「どうだ?一人暮らしは慣れたか?」
「いえ、全然ですよ。洗濯とか飯とか大変ですね。昼飯とか面倒だから学食で済ませてますよ」
「まぁ、一人暮らしだとそうなるよなー。朝と夜は作ってるのか?」
「はい!今のレトルト食品ってすごいクオリティ高いですよね!」
「それは体に良くないぞ……。まぁ、料理は確かに慣れないと大変だろうけどな……」
「せめて調理実習やってくれれば良いんですけどね……」
多分、過去最大級で真面目に受ける。班員がふざけ始めたら、そいつ三枚に下ろすかもしれない。
「神谷先輩は去年やりました?」
「んー……あったよ。二学期に」
「二学期までレトルトかー……」
「自分で作るって発想はないのか……?」
もうスライムは食べたくないんです。察して下さい。アレはもはやトラウマに近かったからなぁ。
「もしアレなら、あたしが作り過ぎても良いけど……」
「作ってくれるんですか?」
「つ、作り過ぎるだけだ!」
神谷先輩は人に好意的な行動や言動を取るのを恥ずかしがるようで、なんか一々遠回しな表現をして来る。是非ともからかってやりたい所だが、嫌われたくないので我慢した。
「そうですか。でも、大丈夫ですよ。一人暮らしを始めると決めた以上、自分の力でなんとかしたいので」
「………それで、全部レトルトで体調崩したら意味ないだろ」
「まぁ、そう言われればそうなんですけどね……」
でも、ここで甘えたら、この先ずっと神谷先輩に甘える事になりそうなんだよなぁ。やはり、ここは男らしく独立独歩で行くべきだろう。
「大丈夫ですっ。今日、自分で頑張ります」
「まぁ、そう言うなら良いけどな……。な、何かあれば言えよ?隣人同士、助け合いが大事だからなっ」
「か、神谷先輩………!」
感動した……!こんなカッコ良い先輩が隣に住んでるなんて、俺はなんて幸運なんだ………‼︎
「………俺、頑張ります!」
「お、おう……。まぁ、空回りしないようにな……?」
「はいっ!」
よし、とりあえず学校のパソコンで料理の基礎を学ぼう。
○
放課後、346事務所。あたし(神谷奈緒)は机に伏せて眠ってると、頬やら髪やらを弄られる感覚で目を覚ました。
「んっ………」
「あ、起きた」
目をこすりながら欠伸をして、辺りを見回した。凛と加蓮がニヤニヤしながらあたしを見ていた。
「ふわあ……な、なんだよお前ら………」
「ううん?なんでもな〜い」
加蓮が元気にそう答える。まぁ、何でもないなら良いか……。ちょっとトイレ行きたくなってきたな。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる……」
「「いってらっしゃーい」」
二人は笑顔であたしを見送った。なーんか、怪しいなあの二人……まぁ良いか。
あたしは部屋を出てトイレに向かった。すると、前からプロデューサーさんが歩いて来た。
「あ、プロデューサーさん」
「………っ⁉︎」
あたしと顔を合わせるなり、プロデューサーさんは狼狽えているような表情を浮かべた。
「? なんだよ?」
聞くと、ポケットから鏡を出してあたしの顔を映し出した。
「っ⁉︎」
か、髪型がツインテールに………⁉︎
「あ、あいつらぁ〜‼︎」
あたしは慌ててさっきの部屋に戻った。ドアを開けるなり、何か談笑していた二人を怒鳴った。
「お前らぁ!お前らだろこれやったの⁉︎」
「あ、奈緒。似合ってるよー」
「そんな事聞いてない‼︎」
呑気な表情で手を振ってくる加蓮に怒鳴りながら、ヘアゴムを取っていつもの髪型に戻した。
「ったく、お前らは……もっと、こう……佐藤みたいに歳上を敬えないのかよ〜……」
「? 佐藤って?」
思わず漏らした呟きに凛が反応した。
「あたしの部屋の隣に引っ越してきた奴だよ。あいつ程、素直で可愛い後輩いないぞ」
「へぇー、その佐藤って男の子?」
「ああ。男だけど?お前らと違ってあたしをいじらないし、毎朝あたしに元気良く挨拶して来るし、本当に可愛い奴だよ」
「………ふーん?」
「…………なんだよ」
ニヤニヤしながら意味深な反応をされて、あたしはムッと聞き返した。
「いやー?その佐藤クンと奈緒はどんな関係なのかなーって思って」
ああ、なるほど。
「残念だけど、あたしと佐藤に深い関係はないぞ。隣人で先輩と後輩ってだけだからな」
「ふーん?」
「ほ、ほんとだよ!大体、出会ってまだ一週間くらいなのにそんな関係になるわけないだろ!」
「そんな関係ってどんな関係なの?」
「っ!そ、それは……!」
凛に聞かれて、あたしは何と答えようか奥歯を噛んだ。
「こ、恋仲じゃないって事だ!」
「誰も恋人同士?なんて聞いてないけど?」
「っ!り、凛ー!」
「はいはい、どうどう」
凛に掴みかかろうとしたが、加蓮が間に入ってあたしを止めた。
………でも、本当に実際何かあるわけでもない。あたしだって彼が好きとかそんなのは無いし、そもそも今言われて初めて彼とあたしが恋人になる可能性なんてものを考えた。そして、それは皆無だと結論付けた。
「でもま、確かに何もなさそうだよね」
加蓮が結論づけるように言った。
「何もなさそうなんじゃなくて、ないんだよ」
「でも、奈緒とそこまで仲良くなれると子は少し気になるなー」
「いやーそれが、少し心配なんだよな」
「何が?」
「なーんか料理できないみたいでさ。一人暮らしなのに」
「ふーん……それで?」
「レトルト食品ばかりで生活してるんだ」
「ああ、なるほどねー」
「まぁ、本人が自分で料理するって言ってるから、大丈夫だとは思うんだけど」
「奈緒が作ってあげれば良いじゃん」
凛に言われても、あたしは首を横に振った。
「それも言ったんだけど、自分で作るって聞かなくてさー」
「ふーん……ま、本人がそう言うならほっとくのも良いかもね」
「ああ。まぁ、料理なんて慣れだから大丈夫だとは思うけど……」
「心配なら、今日レッスン終わった後、見に行ってあげれば?」
「………そうだな」
加蓮に言われて、あたしが顎に手を当てて頷くと、部屋にプロデューサーさんが入って来た。さて、レッスンだレッスン。
○
レッスンが終わり、自分のアパートに戻って来ると、あたしの部屋の近くに人が集まっていた。なんだろ、何かあったのかな……?
ちょうど良いタイミングで、誰かが何か話しているのが聞こえた。
「………おいおい、なんの騒ぎ?」
「なんか異臭騒ぎだってよ」
「おいおい、マジかよ……」
………嫌な予感しかしない。人混みを掻い潜って、近くまで来ると確かに臭う。先頭に来て玄関の表札を見ると「佐藤」の文字があった。
「………す、すみません。ここ、ツレの部屋なので……」
あたしは部屋の中に入った。男の人の部屋は初めてだけど、気にする余裕はなかった。それほど臭い。
鼻を摘みながら部屋に入って台所に向かうと、佐藤がぶっ倒れていて、皿の上にキメラの死骸のようなものが置かれていた。
「……さ、佐藤⁉︎大丈夫か佐藤⁉︎」
とりあえず、救急車を呼んだ。マジで何をどうしたらこんな事になるんだよ。
ー
異臭騒ぎが収まり、軽く警察沙汰にまでなりそうになっていた所をギリギリ解決出来た。
一方、俺は倒れた割になんの異常も無かったらしい。臭すぎて倒れたのは覚えてるが。とにかく、今度大家さんにお詫びの品を持って謝りに行こうと心に誓い、それで一件落着かと思っていたが、俺は今、神谷さんの部屋で説教を受けていた。
「お前なぁ……何したらあんな事になるんだよ」
「………すみません」
「言ったよな?空回りしないようにって」
「………はい、言われました」
「これ、ある意味事件なんだからな?色んな人に迷惑かけたんだぞ。お前の部屋の片付け、あたしも手伝わされたんだからな」
………俺だって何してああなったのか分からないんだよ。おかしいな、ちゃんとレシピ通り作っていたはずなんだが……。
「ちなみに、何を作ろうとしてたんだ?」
「手羽先の唐揚げです……」
「はぁ……そんな難しいもの作ろうとするな。まずは簡単なものから作れ。そうやって少しずつ料理ってのは慣れていくもんだから。良いな?」
「はい……。すみませんでした」
素直に謝ると、神谷先輩は、よろしいと思ったのか、まとめるように言った。
「とにかく、今度から料理する時はあたしを呼べ。もうこんな騒ぎにならないよう、あたしがちゃんと見張ってやるから。良いか?」
「えっ?見張っててくれるんですか?」
「………佐藤のツレだって言ったら、大家に二度とこんなことがないように世話役頼まれたんだよ」
本当にすみません……お手数をおかけします………。
そして大家さんも。本来、追い出されても仕方ないのに、寛大な処置をありがとうございます。
「じゃあ、今日はもう部屋に戻れ。良いな?」
「は、はい………」
気付けば、もう夜の12時を回っている。こんな時間まで本当に申し訳ないばかりです………。
俺は立ち上がって自分の部屋に戻ろうとした。その直後、ぐぅっとお腹が鳴った。
「………………」
「………………」
神谷先輩にガッツリ聞こえたのか、盛大なため息をつかれてしまった。
「………何か食べて行くか?」
「…………良いんですか?」
「この時間はコンビニしか外やってないだろ。また料理されるわけにもいかないしな」
「………ほんとにすみません」
ご馳走になることにした。