戦姫絶唱シンフォギア 雷光の大人達   作:ファルメール

1 / 8
第00話 雷の二人

 

「酷い、ものですね……」

 

 場に響いた良く通る高い声を聞いてか、その場にいた異形の者共。人類共通の敵・認定特異災害”ノイズ”達は、一斉に声の主の方へと振り返った(人間で言うとそうした動作に当たるのであろう動きを見せた)。

 

 そこに立っていたのは、雪のように真白く長い髪を風に流した小柄な女性。纏っている衣装は全体的に控え目な色遣いで露出も少ない地味な物であるが唯一つ、首飾りだけは見事な光輝を放っていて、値段など付けようもない程に高価な代物である事は疑い様も無いが、しかしこの手の装飾品にありがちな過度の華美に走った悪趣味さなどは欠片も感じられず、まさに人ならぬ者の手による神の造型とも言えるような美しさがあった。

 

 女性のすぐ傍らには彼女の腰ぐらいもある大きな犬が、主に仕える従者のように控えていた。その犬は今は「待て」の命令を出されているのか微動だにしないが、しかし唸りを上げながらノイズ達を睨んでいる。

 

 長野県皆神山。その日、聖遺物(世界各地の伝説・伝承に登場する超古代の異端技術の結晶である)の発掘を行っていたチームが、ノイズに襲撃された。

 

 聖遺物はその殆どが破損・経年劣化等によってそのままでは持ち得る能力を発揮出来ない状態にあるのだが、しかし聖遺物の欠片より創られた鎧型武装”シンフォギア”は、”歌”によってその力を引き出せる適合者の手にもたらされた時、人類がノイズに対抗出来る唯一無二の兵器となる。

 

 その事をノイズ達が知っていたのか。それとも聖遺物の方がノイズを引き寄せたのか。

 

 あるいは、単純に不運が幾重にも重なっただけなのか。

 

 真相は分からないが兎も角ノイズが現れて、発掘チームは襲われた。

 

 女性は、風に流れてきた炭をぐっと掴む。この黒い粉が、襲われた犠牲者達だ。ノイズは人間のみを襲い、触れた者を自身の肉体ごと炭素の塊へと変換してしまう性質を持つ。これがノイズが「他人を巻き込む自殺願望そのものだ」と言われる所以である。

 

 そしてその”心中”に、新しく現れたこの女性をも巻き込もうとノイズ達が一歩、また一歩と歩を進めていく。

 

 一般人にとってノイズへの対抗策はたった一つだけ。逃げる事だ。出会ってしまったノイズはおよそ全てと言って差し支えない割合の人々にとってまさに”災害”。抗う事の叶わぬ「死」そのものであると言える。だが、今彼等の前に立つこの女性は逃げる素振りなど微塵も見せず、それどころか紅い目で異形の者共を真っ直ぐに睨め付けて、呟く。

 

「……仇は、取ります」

 

 その声が風に乗って消えて、そうしてノイズ共が堰を切った水の如く女性へと殺到する。が、その時。

 

「アルデバラン。遠慮は要りませんよ。派手に殺ってください」

 

 女性がそう言ったとほぼ同時にどこから現れたのか白い牛が出て来て、ノイズ達へ向けて突進した。巨体を誇るその牛は成る程その体に見合うだけのパワーも持ち合わせてはいるのだろうが、しかし如何なる超パワーであろうと異なる世界に自らの存在をずらし、その位相差によって物理エネルギーの干渉を減衰・無力化してしまうノイズの前では蟷螂の斧のような儚いものでしかない。

 

 筈、なのだが。しかし何事にも例外は存在し、この牛はまさしくその例外に違いないようだった。

 

 白い牛・アルデバランは当たるを幸いノイズ共を薙ぎ倒し、吹き飛ばし、その蹄で挽き潰し、しかも嘶く毎に全身からは雷火を迸らせ、その雷土もまたノイズ達を紙の様に焼き払っていく。その圧倒的な破壊力によって百を数えたノイズ達の最後の一体が消滅するまで、5分とは掛からなかった。

 

「……これで安全、ですか?」

 

 ちらりと、女性は傍らの犬へと視線を落とす。大型犬は一声だけ「ワン」と吼えて主人に応える。その鳴き声が肯定の返事だと、女性には判ったらしい。頷くと発掘現場へと足を進めていく。敵は殲滅した。となれば次に行うべきは生存者の捜索・救助活動であるが……

 

「これでは……」

 

 呟く女性の声には諦観が滲んでいた。

 

 地獄絵図の如きこの様相。生存者どころか、形見の一つでも見付けられたら御の字かと、そう思われたが。

 

「ワン、ワン」

 

 崩落した岩の山を睨んで、犬が吼え続けている。

 

「どうしたのですか? ラエラプス」

 

 女性にそう尋ねられ、ラエラプスと呼ばれたその犬は一度主人を振り返ると、またその岩を睨んで吼え続ける。

 

「!! ……まさか……」

 

 犬のその動作の意図を女性は悟って、ほっそりとしたその腕で一つ一つが彼女の体よりずっと大きい岩をひょいひょいとどかしていく。そうしてどかした岩の数が十にも達したかという時、彼女の手が止まった。

 

「この子は……!!」

 

 岩と岩とが折り重なって出来た空間に、赤髪の少女が生き埋めになっていた。女性は周りの岩を手早くどかしてしまうと少女を引っ張り出して、その首筋にさっと手を当てる。その表情は期待と怯えが一対一の割合で入り交じったものだったが……ほんの数秒で、歓喜の一色に塗り潰された。

 

「生きてる……生きています……!!」

 

 指先にはトクン、トクンと。弱々しくはあるが確かに血の脈動が、生命の鼓動が伝わってきた。

 

 たった一人でも、生きていてくれた。それだけでどれほど自分が報われたか、分からない。

 

「さて……」

 

 と、女性は感動に浸るのはそこまでにしておいて、頭を切り換える。この少女は確かに今は生きている、が、一目見てはっきり分かる程に衰弱が激しい。一刻も早く適切な場所で治療を受けさせねば、長くは保たないだろう。救急車を呼ぶか、それともこっちから近場の病院へとこの子を抱えて駆け込むか……

 

「いや……良く考えたらここで聖遺物の発掘をしてたんだから、この状況は二課にも伝えられ、既に動いてる筈……彼等に連絡を取るのが、最も早いでしょうか」

 

 女性はそうひとりごちると、懐から取り出した携帯電話の登録ナンバーを押して、電話を耳に当てる。彼女はコール音を聞きつつ、ちらりと傍らの少女に視線を落とした。

 

 少女が首から提げている名札には「天羽奏」と記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 中南米の小国、バルベルデ。

 

 多くの日本人にこの国の名前を言えば、返ってくる答えは「ああ、あの映画で有名な」というものだろう。事実、この国を舞台としたアメリカのアクション映画には世界的なヒットを記録したものも少なくなく、いくつかの映画は日本でも公開されて親しまれている。

 

 だがそんな感想は脚本を書くハリウッドにせよ日本人にせよ、戦火とは無縁の平和な環境に居るからこそ抱けるものであり、現地の人々にはそのようなすっとぼけた想いを抱く余裕などどこにもない。

 

 短期間に幾度ものクーデターや革命が起こり、安定しない政治。ごろつき紛いの傭兵達の出入りによってどん底を突き破って尚落ち続けているような最悪の治安。人口比率で言えば1パーセントにも満たない僅かな者達が富を独占する事による貧富の格差、横行するゲリラ達による破壊活動。

 

 他にも挙げればキリが無いが兎も角バルベルデとはそうした国であり、そして現在この国を治めるアリアス大統領もまた、拷問によって逆らう者を虐殺し、絶対的な恐怖と圧倒的な軍事力によって圧政を敷く独裁者であった。

 

 しかし彼の政権も例によって長続きはしなかった。国連軍の介入によって、情勢は一変する。圧制者は打倒され、捕虜生活を強いられていた無辜の者達も解放されてそれぞれの国に帰る事となる。

 

 だがこの時、ある一人の男の介入があった事を知る者は少ない。

 

 

 

「応援を!! 繰り返す!! 応援を!!」

 

 警備の兵士達は通信機に怒鳴りつつ、バリケードから片腕だけを出して手にしたアサルトライフルをめくらめっぽう乱射する。数十発も発射されたであろう弾丸は、その一発も当たった気配は無い。

 

「くそっ!! くそっ!! 何なんだ、あいつは!!」

 

 毒突きつつ彼等がリロードの為、ライフルを手元に引き戻した、その時だった。

 

 局地地震が起こったのかと錯覚するような地響きと轟音。そして雷が落ちたような……否、そのような比喩ではなく実際に雷光を纏った巨大な物体が、銃弾など小石のように弾きながら向かってくるのだ。思わず身を乗り出した兵士の一人は、目撃した。向かってきているのは、戦車だ。

 

 近代の兵士達にとって戦車と言えば全体が金属の塊であり、主砲や機銃を装備してキャタピラの付いた兵器を思い浮かべるのが一般的だ。だが今現在彼へと向かってきているそれは、戦車は戦車でも古代の戦車。いわゆる戦闘馬車であった。ただしそれを牽引するのは馬ではなく、二頭の山羊である。全身に稲光を纏う山羊達が、不整地など何するものぞと力強くその蹄で大地を踏み締め、恐ろしい速さで戦車を動かしているのだ。

 

 その神話の代物が現代に具現したとしか思えぬ壮麗な戦車の姿が、その兵士の見た最後の光景となった。

 

 バリケードが作られていたそこに戦車が突っ込んできて、十数名はいた兵士達の殆どは残骸の下敷きになるか山羊に踏み潰されるか雷に焼かれるかで絶命する事となった。

 

「……生きてるヤツは……お、居た居た」

 

 戦場で聞くものとは到底思えぬ呑気な声を発して戦車の上から降りてきたその男は辺りをきょろきょろと見渡して、そうして生き残った最後の一人を見付けるとずんずんと歩み寄ってくる。

 

 オールバックにした長い黒髪を無造作に結って、顔には無精ヒゲをたくわえた精悍な男だ。顔の左半面には額から目を通過して顎にまで達する巨大な刀傷が刻まれている。左手には、現代の戦場に持ってくる物とは到底思えぬ時代錯誤の武器、日本刀と呼ばれる刃物を持っている。

 

「ひっ……く、来るな!! こ……この化け物が!!」

 

 怯えた声を上げ、目を瞑って手にしたアサルトライフルを乱射する兵士。だが男は右腕が殆ど見えなくなるような速さで刀の柄に手をやると、信じられないような速さで抜刀し、振り回して音速以上の速度で飛来する弾丸を残らず斬り払ってしまった。

 

「な……そ、そんな……」

 

 およそ自分の常識から逸脱した神業という領域すら逸脱した奇跡をしかも息をするように気安く為した様を見せ付けられ、呆然とする兵士。もう一度引き金を引くが、響くのは銃声ではなくカチ、カチという空しい音だけ。何度か手にしたライフルに目をやって、弾切れという絶望的な事実を理解するのに暫くの時間を必要とした。

 

「く、くそっ!! くらえっ!!」

 

 半ば自棄となったその兵士はライフルを放り捨て、腰のナイフを抜き放つと奇声を上げながら男へと襲い掛かっていくが、男はあっさりとその手首を掴むと捻り上げ、ナイフを取り落とさせてしまう。

 

「ぎ、きゃああああああ!!」

 

 折れんばかりに腕を捻られて女のような高い声で悲鳴を上げる兵士。その耳元に、男が囁く。

 

「おい、捕虜達の収容施設はどこだ?」

 

「お、教えたら……お、俺の事は、た、助けてくれるか?」

 

 問いを受け、男は「ああ、約束する」と返した。そうして目的の収容所へと案内される。そこは薄汚れた建物で、ここに収容された者達が満足な生活を送れていないと男に教えるには十分だった。

 

「鍵は?」

 

「こ、これを……」

 

 カードキーを受け取って、男は「ん」と満足げに頷くと、鞘に収めていた刀を再び抜き放った。その意図を読み取って、兵士の顔から血の気が引いて紙のようになる。

 

「そ、そんな……約束が、違……」

 

 言い終える前に刃が一閃され、兵士の体は二つになって床に倒れた。

 

「あれは嘘だ。ま、お前らだって捕虜の連中との約束なんか守った事なかったろうし、そもそも彼等はその言葉すら言えなかったろうから、そこはお互い様って事で……納得してくれや」

 

 悪びれた様子も無くそう言うとひゅんと刀を振って血を払うと刃を鞘に収め、渡されたカードキーを通して収容所の中へと入る。そこに広がっていたのは予想はしていたし覚悟もしていたが、見たいなどとは露ほどにも思わなかった光景だった。

 

 汚れた粗末な衣服を纏い、生気の無い虚ろな目を向ける子供達。彼等の顔や体に刻まれた傷や青痣、手足に嵌められた枷と鎖。

 

「……チッ」

 

 この子達にどのような扱いが為されていたのかが映像までリアルに想像出来て、胸糞悪くなった男は舌打ちを一つ。彼の右手から、キリキリと機械音が聞こえた。だが彼はすぐに頭を切り換えると手にした刀を一振りする。そうしてその刃を再び納刀するキンという音と、パキンと乾いた音を立てて子供達の手枷足枷が断ち割れて落ちるのは、ほぼ同時だった。

 

 子供達は自分達の戒めが解き放たれた事が信じられないようだった。ぽかんと口を開けて、戸惑ったような目を男に向けてくる。

 

「あー……」

 

 顎髭をいじりつつ、こういう時はどう言ったものかと男は暫く考えて、ややあってたどたどしい口調で言った。顔には精一杯の作り笑いを浮かべて。

 

「心配しなくて良いぜ。もうすぐ騒ぎを聞き付けて、国連軍の連中が駆け付けてくるだろーからよ……お前等の悪夢は、今日で終わりだ」

 

 そう言われても子供達はまだ彼の言葉の意味が分からないように、しばらくは当惑した表情のままだったが……やがて彼等の中の一人が「お家に帰れるの?」と聞いて「ああ」と男が返すと、あとはもうてんやわんやだった。歓声を上げて飛び上がる者、歓喜の涙を滂沱として流し号泣する者、隣にいた者と手を取り合って喜び合う者。蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。

 

 反応は様々であるが、彼等の間に共通するものが一つ。子供達の顔には、生気が蘇っていた。

 

 それを見て取って男は頷くと、ちらりとすぐ傍に座り込んでいた藤色の髪の少女の頭を撫でようとそっと右手を差し出して……

 

「ん……」

 

 思い直したように一度その手を引っ込めると、左手に持っていた刀を右手に持ち直して、空いた左手で少女の頭をくしゃっと撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 これは、子供達と大人達の物語。

 

 人々を護る為に戦う運命を受け入れた子供達と、戦う事は出来ず忸怩たる想いを抱きながら、それでもそれぞれの信念を貫き力の限り駆けた大人達の物語である。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。