戦姫絶唱シンフォギア 雷光の大人達   作:ファルメール

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第01話 第一号聖遺物所有者:勝呂律

 

「あら? 翼ちゃんと……それに……あなたは……」

 

 犬を連れ、白い牛の背中に乗ったその女性とシンフォギア装者たる天羽奏と風鳴翼の二人が出会ったのは、戦場だった。

 

 

 

 

 

 

 

 地方都市にノイズ出現の報を受け、駆け付けた二人。予想は出来ていた事だが、状況は絶望的と言って良かった。ノイズ相手に現行の兵器群では決定打などは殆ど望めず、せめて民間人が避難するまでの時間を稼ごうと奮戦していた部隊は壊滅状態に陥っていた。戦術的な意味で全滅とされる三割の損耗率などとうの昔に超えてしまい、最早これまでかと思われたその時に。

 

 戦場に、歌が響いた。

 

 その調べと共に躍り出たのは、槍と剣。それぞれの得物を携えた二人の防人。

 

 第二号聖遺物『天羽々斬』装者・風鳴翼。

 

 第四号聖遺物『ガングニール』装者・天羽奏。

 

 たった二人の援軍は、しかし最新兵器の如何なる攻撃をも物ともせずに当たるを幸いの大暴れを続けていたノイズ達を、いとも容易く屠り去っていく。それも当然、通常兵器では超える事の叶わないノイズの防御特性を解析し、突破を可能としたのがシンフォギアシステムによる攻撃であり、同時に音波振動衝撃によって装者の肉体にノイズの侵食を防護するバリアコーティング機能を施し、ノイズの接触による人体の炭素変換をも阻止する。

 

 言わばノイズを人類の天敵たらしめる攻防の特性を封じ、ノイズを倒し得る盾と矛。それがシンフォギアであり、その力の源となるものこそが装者の”歌”なのである。

 

 翼と奏によるノイズ掃討は順調に進み、九割近くを倒したその時であった。

 

 優勢な戦局に僅かばかりの油断が生じたのか、あるいは実戦に於ける極度の消耗による疲労が顔を出したのか。いずれにせよそれは一瞬の隙だった。

 

「!! 翼、後ろだ!!」

 

 奏が叫ぶ。はっと翼が振り返ったそこには、アスファルトを割って全長10メートルにもなろうかという巨大なノイズが姿を現し、その体躯を以て翼を押し潰さんと迫っていた。

 

「翼!! 今行く!!」

 

 奏が駆け付けようとするが、しかし翼とは距離が離れてしまっている。間に合わない。翼も、今からでは迎撃も間に合わないと察し、せめてダメージを軽減すべく防御の姿勢を取った瞬間の出来事だった。

 

 雷が、落ちた。

 

 蒼白い電光が轟音と共に天から降り注いで、ノイズの巨体を呑み込むと灰すらも残さずに焼滅させてしまった。

 

 偶然、ではない。あのようなタイミングで都合良く雷が落ちてくるなど馬鹿げている。ならば残った可能性は……

 

「今のは……」

 

「大丈夫か翼!!」

 

 突然の展開にぽかんとしている翼と、慌てつつも相棒の無事を喜んで駆け寄ってくる奏。そんな二人の前に、落雷によって生じた爆煙の幕の向こう側から現れたのは、

 

「……犬?」

 

 意表を衝かれたように、とぼけた声を上げる奏。煙から抜け出て来たのは、小さな子供なら背中に跨って乗れるぐらいの大型犬だった。良く躾けられているのか無駄吠えなどはせずに、トコトコと二人に近付いてくる。

 

「何だ? このワン公は?」

 

 調子が狂ったが、しかし大人しそうな事もあって奏はしゃがみこむと犬の喉を撫でてやる。

 

「あなたは……ラエラプス?」

 

 一方で翼は、驚きの方が勝っているようだった。彼女の反応を受けて奏は「なんだ翼、この犬知ってんのか?」と相棒を振り返る。

 

「え、ええ……この子は……」

 

「あら? 翼ちゃんと……それに……あなたは……」

 

 説明しかけた翼を遮って、別の者の声が響いた。夏の風鈴のような、良く響く涼やかな声が。ちょうどラエラプスと呼ばれた犬が現れたのと同じ、煙の向こう側から。

 

「!!」

 

 思わず立ち上がって、身構える奏。響いてくるのは、ヒビだらけになった道路を一歩一歩しっかりと踏み締めて進んでくる重い足音。一体何者が現れるのかと緊張した面持ちで愛槍を構えるガングニールの装者だったが……天羽々斬の装者によって制された。

 

「翼?」

 

「大丈夫……彼女は、敵ではないわ」

 

 翼がそう言うとほぼ同時に煙が風に流れて幕が張れ、その向こう側に居た者の姿が露わになる。

 

 姿を見せたのは、一人の女性だった。白い美牛の背中に乗った、これも雪のように白い髪と白磁のように白い肌、それに炎のように紅い目をした、小柄な女性。どちらかと言えば控え目な服装だが、それ故に彼女が首に付けているネックレスだけは際立って美しく見える。だがその美しさは彼女自身の輝きと完璧に調和していて、下品さなどは欠片も見出せなかった。

 

 無言の内に槍の穂先を下げる奏。まだこの女性が味方と決まった訳ではないが、こうして面と向かい合っている分には敵意のようなものは微塵も感じ取れない。少なくとも敵ではないと、論理立てての説明は出来ないが、直感で彼女は確信していた。

 

 一方で翼の方は、この女性を最初から知っているようだった。しかしこんな場所で出会う事は彼女にとっても想定外であったのか、表情には再会の懐かしさや喜びなどよりも驚愕の色が強い。

 

「律……さん?」

 

「お久し振りですね、翼ちゃん……」

 

 律、と呼ばれたその女性は防人の少女に柔和な笑みを見せるが、すぐに表情を引き締めると周囲に目を向けた。

 

「積もる話は後で……さっきのこの子の攻撃で、残ったノイズも掃討出来たようですし……後は、生存者の捜索ですね」

 

 牛の背中をポンポンと叩きつつ律がそう言ったので、いきなりの闖入者に呆気に取られていた装者二人もはっとした表情になった。

 

「そうだ!! 急がなくちゃ……」

 

「あ、ちょっと待って下さい」

 

 奏が慌てて駆け出そうとするが、律に呼び止められた。

 

「この子を、連れて行って下さい。役に立ちますよ」

 

 ちらりと視線を、先程翼が”ラエラプス”と呼んだ犬へと落として律が言う。

 

「は、はあ……」

 

 生返事しつつ、何やら色々と知っているらしい翼へと目を向ける奏。翼も困惑した表情だったが、うんうんと頷く。そうして救助活動へと移る三人と二匹。

 

 そして実際、律の言葉に嘘は無かった。ラエラプスが吼えた所を掘り返すと、その瓦礫の下には必ず生存者が居たのだ。まるでお伽話のように。否、まさに、であろうか。童話では犬が「ここ掘れワンワン」と吼えた所を正直者のお爺さんが掘ってみると宝物が出て来たと言うが、人命に勝る宝など有り得ないのだから。

 

 かくして効率的な作業によって救助活動は、被害の範囲・規模からは信じられない程の短時間で終了した。

 

「よっ……と。大丈夫か?」

 

 瓦礫をひょいと持ち上げて、最後の要救助者を助けた奏。その時に「ありがとう」と言ってきた自衛官に、彼女は「え?」と呆けたような声を出した。

 

「瓦礫に埋まっても、歌が聞こえてた……だから、諦めなかった」

 

 仲間に肩を貸してもらって彼が去っていくのを見送る間も奏はぽかんとした表情のままだったが……彼女の後ろから聞こえてきた声に、振り返る。

 

「さて、と……私もそろそろお暇させてもらいましょうか……夜更かしは美容にも良くないですし……」

 

「待ってください、律さん」

 

 立ち去ろうと牛の背中に乗った律を、翼が呼び止める。

 

「一度、叔父様……あ、いえ、司令に会っていってはもらえないでしょうか?」

 

「こういう場合、二課の規則では私の身柄を拘束すべく黒服の人達がぞろぞろ出て来て、私の手には錠が掛かるんじゃないんですか?」

 

 牛の背中から降りると、意地悪そうにニヤニヤと笑いながら翼に言う律。このジョークに翼は「いじめないでくださいよ」と苦笑して返す。

 

「私達があなたに強制する事は不可能、本気で暴れられたらあなたを拘束する事など無理ですから。だから、お願いしているんです」

 

「……あはは、少し性格が悪かったですね、今の私。すいません。ええ、同行させていただきますよ」

 

 頭に手をやってぽりぽりと掻きつつ、軽く謝罪する律。彼女は横目で、奏を見る。

 

「……二三、聞きたい事もありますし……」

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、私立リディアン音楽院の地下に設けられた特異災害対策機動部二課の本部へと案内された律。白い牛はどこかへと姿を消したが、ラエラプスだけは従者の如く彼女のすぐ傍に寄り添っていた。そんな律の立ち振る舞いを見て、奏は些かの違和感を覚えていた。

 

 事実は小説よりも奇なりとは言うが、学校の地下に秘密組織の基地があるなど何かのアニメか特撮番組の設定でしか有り得ない。それを実際に目の当たりにして、驚いて戸惑うのが普通の反応であろう。だが律の反応はそのいずれでもなく、落ち着いたものだ。

 

『まるで、古巣に戻ってきたような……』

 

 そんな彼女の疑念が確信に変わったのは、エレペーターの扉が開いて二課の本部に足を踏み入れた時だった。

 

 パン、という乾いた音と共に舞い散る紙吹雪、それにつんと鼻孔をくすぐる火薬の臭い。パーティー用のクラッカーだ。

 

 ずらりと勢揃いした二課の面々。それにどうやってこの短時間に用意したのか看板には「オカエリナサイ」「勝呂(すぐろ)律(りつ)様、お久し振り!!」などと色とりどりの文字でデカデカと書かれている。机にはフライドポテトや鶏の唐揚げなどパーティーメニューがずらりと並び、ご丁寧に目の入っていないダルマまで置いてある。

 

「久し振りだな!! 律!!」

 

 ずんずんと進み出て彼女を迎えるのは赤髪の偉丈夫、この二課の総司令である風鳴弦十郎だ。彼の差し出したゴツい手を、律は対照的にたおやかな手で握り返す。

 

「3年振り……くらいでしょうか? 連絡しなかった事は、謝罪します」

 

「お前は相変わらず堅いなぁ。知らない仲でもないんだし、もっと砕けてくれて良いんだぞ?」

 

「これは生まれつきです。気にしないで下さい」

 

 少し困った表情を見せる弦十郎に、律は穏やかに応じる。と、弦十郎の巨体を吹き飛ばすような勢いで律の前に白衣を着たメガネの女性が進み出てきた。

 

「お久し振りですね、勝呂女史!! お元気そうで何よりです!!」

 

 瞳を輝かせたその女性の剣幕に今度は、律の方が困った顔になる番だった。

 

「こ……こちらこそ、櫻井女史……あなたも相変わらずのようで……」

 

 たらりと頬に冷や汗を伝わせつつ応じる律。と、彼女の目線が呆れたような表情で控えている後ろの二人、翼と奏へと動いた。

 

「……シンフォギアシステムは……」

 

 少しだけ声のトーンを落としてのその問いに、白衣でメガネの女性・櫻井了子は「よくぞ聞いてくれました」とばかり満面の笑みを見せて頷く。

 

「ええ、見ての通り実用に漕ぎ着けましたわ!! これで我々人類は、ノイズに対抗しうる”牙”を得た事になります!!」

 

「だがまだ我々の力は弱い。適合者を得てシンフォギアとしての運用を可能としているのは第二号聖遺物『天羽々斬』と第四号聖遺物『ガングニール』の二つのみ。第三号聖遺物『イチイバル』は失われ、完全聖遺物である第五号聖遺物『ネフシュタンの鎧』と第六号聖遺物『デュランダル』は未だ起動もしていない。だからこそ頼む。お前に、二課に戻って欲しい」

 

 了子の言葉を引き継いだのは弦十郎だった。

 

「あのー、風鳴のダンナ?」

 

 と、ここで自分だけが事情を知らない事に居心地の悪さを覚えたのか奏が進み出てきた。話をしていた三名とそれに翼の視線が彼女一人に集中する。

 

「話の腰を折るようですまないけど、その人……律、さんの事、あたしにも紹介してくれませんかね?」

 

 苦笑いしつつのその申し出に、弦十郎は頷く。

 

「そう言えば奏だけは律とは初対面……の、ようなものだったな」

 

「? 何か持って回った言い方だなぁ?」

 

 首を傾げる奏の反応を見て、了子が進み出た。

 

「勝呂律。年齢と体重、それとスリーサイズは秘密ね。かつてこの特異災害対策機動二課のメンバーで……第一号聖遺物にして完全聖遺物『エウロペの首飾り』の所有者……」

 

「なっ……」

 

「そして何より、未だシンフォギアシステムが開発されていない頃、ノイズと戦っていた……最初の防人。つまり、翼ちゃんと奏ちゃんにとっては大先輩に当たる人って訳」

 

「最初の防人……そんな人が、どうして……」

 

「どうして二課を辞めたか、って?」

 

 質問を先取りしての言葉に、ぐっと押し黙って頷く奏。

 

「……切っ掛けは今から十年前、翼が『天羽々斬』を覚醒させ、了子くんがシンフォギアを動作させる「櫻井理論」を提唱した時だろうな」

 

「律さんは、二課を去る最後の時まで翼ちゃんが戦う事には反対していたから……」

 

「ん……」

 

 弦十郎と了子の説明を受けて、奏は一応の納得を示した。十年も前から翼を知っていたという事は彼女との親交も深かったのだろうし、シンフォギアを起動させる事が他の人間には無理だとは言え、彼女が戦場に立つ事を良しとしなかったのも頷ける。それに、シンフォギア無しでもノイズと戦う手段を自分が持っているのだからあながち無責任な発言とは言えない。

 

 だが二課は完全聖遺物を持つ彼女ではなく、聖遺物の欠片より成るシンフォギアシステムを、その装者として翼を必要とした。それは何故か。

 

「『エウロペの首飾り』には異端技術によって生み出された生物や武器を召喚する特性があり、それらがもたらす攻撃力はシンフォギアをも凌ぎノイズに対して有効打と成り得るものではあるのだが……だが使用者自身の肉体を保護するような機能は備わっていない。故にノイズとの戦いは、今の翼と奏以上に死と紙一重の危険な行為だったのだ」

 

 此方の攻撃が通っても、ノイズからの攻撃はたった一発が掠っただけでも致命傷となる。如何に高い攻撃力があろうと、戦場に不慮の事態は付き物。危険の無い戦場など有り得ないが、それでもほんのちょっとノイズに触れられただけで死亡する戦場に完全聖遺物とその所有者を投入するなど、人道的に見ても間接的に「死ね」と言っているようなものだし、効率面でもリスクとリターンが全く釣り合わない。

 

「それ故に、シンフォギアシステムが必要とされたのだが……」

 

「幼い翼ちゃんを危険の矢面に立たせるのか、それならどんなに危険でも自分がやると、律さんはずっと反対していて……そして、二課を辞めたのよ」

 

「勿論、完全聖遺物の所有者を野に放つ訳には行かないと日本政府からも追っ手が出されたが、その全員が傷一つ無く気絶させられて丁重に送り返されてきた」

 

「その後、律さんは完全聖遺物の力を使って完全フリーで、ノイズに限らず困っている人ならそれが自然災害や交通事故などでも、分け隔て無く助ける活動を行うようになったんです」

 

 弦十郎と了子に続いて説明を引き継いだ青年は緒川慎次。二課の中では諜報活動の他、翼と奏の世話も任されている人物であった。彼が手元のキーボードを操作してモニターに映し出された幾つかの静止画には、どれも遠目でピントもボケているが、確かに律の特徴を持った女性の姿が映っていた。

 

「この子は厄介事に鼻が利きますからね」

 

 律はそう言ってラエラプスを撫でてやる。

 

「っ、これは……!!」

 

 モニターの一つを見て、声を上げたのは奏だった。その映像の中で律が抱いている赤髪の少女は、あれは……

 

「そう、あの時……ノイズに襲われた聖遺物の発掘現場でたった一人の生き残りの少女を助けたのも、律さん……そして助けられた少女が……」

 

「天羽奏……お前だ」

 

 厳かに言う弦十郎であるが、すぐ傍らの律の顔が段々と不機嫌なものになってきている事に気付いていた。

 

「……で、弦十郎くん? あの時の子が、何故に翼ちゃんと一緒にシンフォギアを纏っているのか……納得の行く説明をしていただけるのでしょうね?」

 

 口調こそ丁寧なままだが、声が一オクターブほど低くなっている。慎次は弦十郎を伺うように視線を向けて、ややあって司令が頷くのを確認すると再びキーボードに指を走らせる。

 

<う、あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!>

 

 突然に響いてきた悲鳴に、律は思わず耳を押さえた。

 

 切り替わった映像に映し出されたのは手術台に全身を拘束され、薬物を投与され、藻掻き苦しんで血反吐を吐く奏の姿。そうして、命を削る程の過剰な薬物の投与を経て血塗れになりながら、彼女がシンフォギアを纏った所で映像は止まった。

 

 その一部始終を見ていて、律は無言を貫いていたが……おもむろに腕をすっと差し出した。

 

「ん……?」

 

「弦十郎くん……申し訳ないけど、この腕を取ってもらえるかしら?」

 

 奏も了子も慎次も律の意図を図りかねていたようだが……翼と弦十郎にだけは分かったようだった。前者は顔を引き攣らせて、後者は厳粛な面持ちで頷くとぐっと差し出された腕の手首の辺りを掴んだ。と、ほぼ同時に律はもう一方の手で弦十郎の腕を掴むとそのまま捻りを加えて、自分より二回りは大きな彼の体を一回転させてしまった。受け身も取らず音を立てて床に叩き付けられる弦十郎。突然の投げ技に翼を除いて全員が息を呑むが、「待て」と他ならぬ投げられた弦十郎によって制された。

 

「これで少しは気が済んだか? 律」

 

 畳でもない堅い床に思い切りぶつかったと言うのに、弦十郎は何でもなかったように立ち上がった。その表情にも怒りの色は無い。一方で律としても今の合気の技に彼を傷付ける意図は無かったらしい。表情には驚きも無く、穏やかなものに戻っていた。

 

「ええ……頭は冷えました」

 

 声も、先程までと同じ高さに戻っていた。

 

「……何故に、彼女……奏ちゃんに?」

 

 先程と同じ問いを掛ける。今は確かに上っていた血の気は引いているようだが、しかしここで「奏自身が望んだ事だ」などと弁明でもしようものなら今度は律の頭から湯気が立ち上る所が見れる知れなかった。尤も、弦十郎とてそのような心算は無い。

 

「……言い訳はせんよ」

 

 十秒程の沈黙を経て絞り出されたその言葉に、律は完全に納得した様子ではなかったが一応の満足は得られたのか諦めたように何度か首を縦に振った。

 

 言いたい事は色々とある。たとえ今し方見た実験を行うのが奏が望んだ事であったとしても、ただでさえノイズとの戦いは命懸けであると言うのにあのような明確に体に重度の負担を強いるであろう過剰な薬物投与。あれでは二重の意味で命を危険に晒している事になる。了子が居てああなる事が分かっていなかったなどとは言わせない。ならば如何に本人がそれを望んだとしても、力尽くでもそれを止めるべきではなかったのか。

 

 ……だが、今更そんな事を言ったとしても無意味だ。律は嘆息すると、奏と翼に向き直った。

 

「翼ちゃん……それに奏ちゃん……一つだけ、正直に答えていただけますか?」

 

 一拍置いて、尋ねる。

 

「後悔……してませんか?」

 

 その問いを受け二人の防人は、互いに一瞬だけ視線を交わして頷き合った。

 

「はい……私は自ら望んで、人類守護の剣たる道を選びました」

 

「あたしもさ。あんたに救われたこの命を使ってノイズ共を皆殺す為に……それ以上に一人でも多くの命を救う為に、あたしはあたしの意思でこの力を得たんだ」

 

 真っ直ぐに自分の目を見て言い返してくる二人を見て、律は目を伏せて微笑する。もし「後悔している」と答えたのなら、あるいは「後悔していない」と答えてもそれが周りの者達に配慮しての”言わされている”答えであったのなら、この本部を崩壊させてでも二人を連れ出すつもりだったが……

 

「私の、負けですね……」

 

 自嘲するように彼女はそう言って、弦十郎達に振り返った。

 

「律……都合の良い事を言っているのは百も承知だが、多くの人々を……何より奏と翼の為にも、もう一度、我々に力を貸してはくれないか?」

 

 その申し出を受けて、律の返事は、

 

「私はもう、二課には戻りません」

 

 と、きっぱりとしたものだった。「そうか……」と弦十郎を初めここに集まっていたメンバー達は揃って肩を落とすが、律はそこで懐からさっと携帯電話を取り出してみせた。

 

「着信拒否は、解除しておきます」

 

 一瞬だけの沈黙の後、彼女の言葉の意味を解して二課メンバーの表情がぱあっと明るくなった。

 

「では……!!」

 

「私の力が必要な時は、連絡して下さい」

 

 律はそう言うと出口へと足を進めるが、「待ってくれ」と、奏に呼び止められた。

 

「これを……」

 

 そう言って手渡されたのは、一枚のチケットだった。

 

「これは……」

 

「あたしら、こう見えてもアーティストでね」

 

「今度、東京でライブがあるんです」

 

 シンフォギア装者二人の説明を受けた律は、渡されたチケットの文字を読み取る。

 

「……”ツヴァイウィング”……」

 

「是非一度、こっちの歌も聞きにきてやってくれ」

 

 そう言ってきた弦十郎に微笑して返すと、律は今度こそチケットを持った手をひらひらと振りながら、二課本部を去っていった。

 

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