戦姫絶唱シンフォギア 雷光の大人達   作:ファルメール

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第02話 受け継がれた命

 

「ノリノリだねぇ、奏ちゃん」

 

「もうバリバリっすよ!!」

 

 東京のライブ会場、そのステージでは天羽奏と風鳴翼のユニットである”ツヴァイウィング”のリハーサルが行われていた。結果は、ゴキゲンな奏の表情からも窺い知れるように上々。明日のライブへの期待感も十分と言える。と、備え付けられたスピーカーから声が聞こえてきた。

 

<順調のようだな、こちらの準備も万端だ>

 

「ダンナぁ、見ててくれたかい?」

 

<あぁ、モニターでバッチリな>

 

 声の主である特異災害対策機動部二課司令である風鳴弦十郎の声が、舞台に響く。彼や了子はコントロールルームで”別件”の準備を進めている所だ。

 

<分かっていると思うが、明日は……>

 

 弦十郎の声が、少し低くなった。

 

「大事だ、って言いたいンだろ? 分かってるから大丈夫だって」

 

「奏!!」

 

 本当に事の重要性を理解出来ているのか、あまりにもいつも通りな相方に、窘めるように翼が肘で背中をこつんと突いた。

 

「お堅いな、翼は。でも大舞台を前にいつも通りなのは褒めてやる!!」

 

「きゃ」

 

 そう返すと、ぎゅっと相棒を抱き締める奏。翼は戸惑いながらも満更でもないように見える。

 

<奏ちゃんもいつも通りみたいね>

 

「違うな、了子さん」

 

 そんな二人の様子を見ての二課技術主任のコメントを、奏が訂正してくる。

 

「いつも以上に絶好調だぜ!! なっ!!」

 

「もうっ!!」

 

「よし翼、このまま花道一周競走だ!!」

 

「え? なっ?」

 

 快活なパートナーに背中を押されて翼がモニターの外へ。そしてすぐに奏も最後に一度カメラ目線でにっかりと笑みを見せると、モニター外へと走っていった。そんな二人を見て、弦十郎は「やれやれ」と溜息を一つ。

 

「分かっているのならそれで良い……」

 

 彼はそう言って、硬質ガラス越しに何重ものセーフティーが施された部屋の中央に安置されている物体へと視線を動かした。

 

 それは一言で表現するなら、”作成途中の彫刻”のように見えた。最終的な完成形として彫られようとしている形と、材料となった材木なり岩石なりの原型の双方がどちらも中途半端に共存している状態の奇怪な作品に見える。だが違う。それが何の道具なのかは一見して判然とはしないが、台座となっている岩石に、明らかにそれとは異なる材質でしかも人工物の鋭角さや滑らかさを持った物体が埋め込まれるように融合しているのだ。

 

「明日のライブの結果が人類の存亡を懸けている、って事をな……」

 

「ふう、ん……? ただのライブだと思って見に来たのですが……何やら色々とあるようですね?」

 

 耳に覚えのある声に振り返ると、そこには律が愛犬ラエラプスを連れて歩いてきていた。先日の一件以来、彼女は正規の二課メンバーではないがそれに次ぐ立場の民間協力者として認定されており、関係者以外立ち入り禁止のこのスペースにも出入りが許されていた。

 

「律……来たのか」

 

「ええ、折角の招待ですからね。ご厚意に甘える事にしたのですよ」

 

 握手を交わす弦十郎と律。そうして挨拶を終えた所で、二人は本題に立ち戻った。

 

「それで……明日のライブが人類の存亡を懸けている、というのは……?」

 

「それについては、私から説明させて貰うわ」

 

 了子が進み出てくる。

 

「律さんは当然、あれが何だか分かりますよね?」

 

 窓から見える奇妙な物体を見下ろしつつのその言葉に、律は頷く。

 

「……第五号聖遺物にして完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』……」

 

 明瞭なその回答に、了子は満足そうに頷く。

 

「Project:N……私の研究理論が正しければ、明日の実験で人類は失われた技術の一端を取り戻す事になります」

 

「それはつまり……ネフシュタンの起動、という事ですか?」

 

 察しの良い律に、弦十郎と了子はそれぞれ我が意を得たりとばかりの表情になった。

 

「完全聖遺物であるネフシュタンを起動・解析し、櫻井理論をより発展させ、現在のシンフォギアシステムよりも更に効率的なノイズへの対抗手段として昇華させる……それが今回のプロジェクトの肝です」

 

「成る程」

 

 得心が行ったという様子で律は頷く。起動状態の完全聖遺物の解析は、既に自分が持つ『エウロペの首飾り』でも行われており、そこで得られたデータがシンフォギアシステムの完成に一役買っている事は厳然たる事実である。だがエウロペはあくまで『首飾り』であり”装飾品”。その特性はラエラプスやアルデバランといった異端技術によって生み出された生物の『召喚』に特化しており、直接的にシンフォギアの強化に繋がるものではない。

 

 そこへ行くとネフシュタンは『鎧』、つまり”武具”。使われている技術を解析・フィードバックする事で同じ鎧型武装であるシンフォギアがより強力な物となる事も十分に期待出来る。仮に強化が成らなくとも、起動した完全聖遺物の力はそのまま強大な戦力となる。それだけでも確かにこの実験を行う意味と価値はあるだろう。

 

「それに……」

 

 ここで、了子の声のトーンが落ちた。

 

「奏ちゃんの体にも限界が来ているから……何としてでも成功させないとね」

 

「ああ……そうだな……」

 

 ぐっ、と拳を握る弦十郎。そんな二人の様子を見て、律も双眸をきゅっと細めた。表情から笑みが消える。

 

「櫻井女史……一つ、教えて頂けますか?」

 

「は……」

 

 声と表情からこれが真剣な質問であると察して、了子も表情を引き締めた。

 

「奏ちゃんの事です」

 

「「!!」」

 

 その質問を受け、弦十郎と了子の顔色が変わった。律はこの反応だけでこれからする質問の答えが自分の期待するものではないと察した。

 

「今すぐに一線を退き、適切な治療を施したとして……奏ちゃんは、後どれぐらい生きられますか?」

 

 残酷な問いに、二課の司令と技術主任はそれぞれ口ごもった。その反応だけでもう十分だと、目を伏せる律。

 

 弦十郎はそんな元同僚を見て、拳を握る力が強くなったのを自覚した。

 

 今更言っても何もかも手遅れでだが、それでも思う。やはりあの時、まだ幼かった奏が何と言おうとどれほど望もうと、地獄に堕ちる覚悟を決めていようと、それこそ力尽くで止める事になろうと営巣や独房に放り込む事になろうと、彼女にガングニールを纏わせるべきではなかったのかも知れない。

 

 だが奏が適合者となった事で救われた命があった事も厳然たる事実である。あの時の決断がなかったら、彼等の命は喪われていただろう。

 

 どうすれば良かったのかなど、誰にも分かりはしない。

 

 分かっている事は一つだけ、未来には何が起きても不思議ではなく、そして何事も後から正誤の判断・意味の付与が行われるという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。つまりはライブ当日。押し掛けた観客の数は、大勢の人が居る事を「イモを洗うような」と形容するが「イモも洗い様が無い」程の大人数だ。

 

「ほぇぇぇ……日本の全人口なんじゃないの?」

 

 これは、観客の一人である少女のコメントである。

 

 スタッフルームではそろそろ出番だと翼と奏を探していて、律も正規の二課メンバーでない彼女は手持ち無沙汰であった事もあって二人を連れて来ようかと、控え室へと足を運んだ。

 

「……?」

 

 最初に違和感を感じたのは、二人に割り当てられた控え室のドアが開けっ放しになっていた事だ。それだけならば単に誰か(多分奏)が閉め忘れたのかとさほど気にも留めなかったであろうが、もう少しそのドアへと近付いて、はっと気付く。新築の建物特有の臭いに混じって鼻を付くのは、律にとっては嗅ぎ慣れた悪臭だった。

 

『……血の、臭い……?』

 

 それもこうまではっきり臭うとなれば、単に切り傷とか掠り傷ぐらいの出血ではなく、少なくとも血溜まりが出来るぐらいの量の血液が空気に触れている事になる。

 

 律はにわかに警戒心を高めてさっと壁を背にすると、開きっ放しのドアの隙間からちらりと、控え室内へと視線を送る。

 

 目に入るのは、白い床のあちこちに点々とした赤インクのような鮮血。そして床に倒れ伏した奏と、彼女を抱き起こしている翼の姿だった。奏の口元は真っ赤になっていて、この大量の血は彼女の吐血であると分かった。

 

「翼と違ってあたしはインチキ適合者だからな……薬を切らすと途端にこれだ……」

 

 口元を拭いながら、自嘲するように奏が言う。

 

 律は知らない事だが今回の実験に不確定要素(奏曰く「余計な混じり物」)を加える事は極力排除すべきというのが了子の方針であり、奏は暫く前からギアの制御薬「LINKER」の摂取は控えていた。だがガングニール装者となって以来常にギア制御薬を絶やさなかった彼女の肉体は既に限界を迎えていた。了子が危惧し、律が心配していたのはこれだったのだ。

 

「喋らないで、すぐに櫻井女史を……!!」

 

「……っ!!」

 

 翼が了子を呼ぼうと立ち上がると同時に、律もいたたまれずに部屋へ駆け込もうとした。だが、二人のどちらも寸での所でその動きを止められた。

 

 翼の手を取った奏は、口と胸元を真っ赤にして、しかし苦痛などおくびにも出さず優しい視線を相棒へと送っていた。

 

「分かってあたしがやってんだ!!」

 

「奏……!!」

 

「今日は、あたしの我が儘に付き合えよ」

 

 この笑顔にどれほどの覚悟が込められているのか。それを思うと、翼はこの事は自分一人の胸中に収めておくべきかも知れないと感じた。

 

 律も同じ事を感じていた。あの時、自分が彼女を助けたのはその命を使い捨てにさせる為では決してないが……だが知り合ったのもほんの少し前でまだ何度も話した訳ではないが、それでもこれだけは分かっている。今の奏はただノイズへの復讐心だけで戦っているのではなく、その歌で人々を助ける為に歌っているのだと。抱く想いは、自分と同じなのだ。

 

『ならば……私が為すべき事は……』

 

 一つだけ。たった一つだけ、自分が奏の為にしてやれる事がある。

 

 律は喉に引っ掛かっていた小骨が取れたような気分になった。迷いを晴らした彼女は拳をぐっと力強く握り締めると控え室を離れ、コントロールルームへと戻った。

 

 慣れた調子でルームのドアをくぐると、そこではライブの開始を十分後に控えて二課のメンバー達が忙しく動き回っていた。翼と奏のユニット”ツヴァイウィング”のライブ開始は、即ち今回の「Project:N」の実験開始と同義だ。

 

 聖遺物の使い方に関する知識や戦闘の経験は誰よりも豊富な律であるが、こうした技術や理論については門外漢である。邪魔しては悪いと部屋の隅の壁に背中を預けて見学していたが、数分ほどすると計器の一つが「緊急事態」を示す赤色の光を放つと同時に甲高い電子音を立てた。

 

「どうした!?」

 

「ノイズの出現パターンを検知しました!!」

 

 その報告を受け、弦十郎の顔に僅かな迷いが浮かんだ。ノイズに対抗出来るのは”例外”を除いては翼と奏が纏うシンフォギアのみ。故にノイズ出現となれば必然的に二人を現場に派遣する事となるが、そうなれば当然今日のライブ、引いては実験も中止せざるを得なくなる。やっとの思いでここまで漕ぎ着けたのに……

 

 だが、その迷いとて一瞬の事。人命には代えられない。彼の決断は早かった。

 

「すぐ奏と翼に連絡を……」

 

「その必要は無いですよ、弦十郎君……」

 

 待ったを掛けたのは、シンフォギア以外でノイズに対抗出来る”例外”、律であった。

 

「今日のライブには沢山のお客さんが二人の歌を楽しみに来て下さっているのです。楽しみをふいにしても、悪いでしょう」

 

 完全聖遺物の所有者はそう言って、覚悟と自信を滲ませしかし優しい笑みを浮かべる。

 

「私が行きます」

 

「……やれるのか?」

 

「私を誰だと思っているのですか? やれるのか、などというのはその相手を信用していない時に使う言葉ですよ」

 

 問い返してくる弦十郎に、しっかりと頷いてみせる律。その顔には不安の色は微塵も無い。あるのは二つの感情のみ。己の為し得る所を為すという義務感・決意と。たとえ何者であろうと自らの前に立つのであれば必ず打ち勝てるという絶対の自信。

 

 そう、律が為すべき事は、奏にしてやれる事は。

 

 彼女の想いを全うさせてやる事、それ一つ。奏がどれほどの覚悟でこのライブに臨んでいるのかが分かったから、だから自分は。彼女の歌を妨げる全てのものを排除する。それぐらいしか自分は奏に、いや奏と翼の二人にはしてやれないから。

 

 律の胸に輝く『エウロペの首飾り』が、極彩色の光を発し始める。この完全聖遺物の特性を知っている弦十郎は彼女が”牛”を呼ぼうとしているのだと悟って、慌てて制止する。

 

「バカ!! こんな所でアルデバランを呼ぶんじゃない!! ネフシュタンごと部屋が吹っ飛ぶだろうが!!」

 

 

 

 

 

 

 

 こんなやり取りのほんの数十分の後、律や弦十郎は再び思い知らされる事となる。

 

 未来には何が起きても不思議ではなく、そして判断の正誤や意味は常に後から付けられるものなのだと。

 

 この時、最も適切な判断とは何だったのであろうか。

 

 ライブを中止にして、奏と翼の二人を律と共にノイズ討伐に当たらせるべきだったのだろうか。だがその場合、結果論だがそうしなかった場合よりも更に多くの人命が失われる大惨事が起こっていた可能性がある。

 

 あるいは大事の前の小事と、二人には知らせずに律の出撃をも思い留まらせるべきであったのか。しかしその時は別の場所に出現したノイズによって少なからぬ死者が出て、奏と翼は何故自分達に知らせなかったのかと弦十郎達を責め、それ以上に彼等を救える筈の力があったのにそれをしなかった自分達を責めて、心に深い傷を残したであろう。それ以前に二課はノイズと戦う為の組織。如何なる事情があれ、出現したノイズを放置するのは二課の存在意義自体を根底からぶっ飛ばす愚行だ。

 

 どのみちこうした判断は全てが終わった後だからこそ出来る事であり、神ならぬ人の身であり、また予知能力など持っていない律や弦十郎にはそれ以上の手を打つ事は不可能であったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 律にとってノイズとの戦いで最も留意すべき事は『距離を保つ』事、この一点に尽きると言って良い。近付き過ぎず離れ過ぎず、それが彼女の戦闘スタイルである。

 

 特にシンフォギアを纏っておらず身を守る術を持たない彼女にとって、ノイズに距離を詰められ接触される事はイコール炭素化しての死に直結する。また一部のノイズは体の形状を変化させて遠間の人間を攻撃したり、飛び道具を持った個体も存在する。故にそうした攻撃を繰り出されても咄嗟に対応し、回避行動を取れるだけの距離を保つ事は重要である。

 

 と言って離れ過ぎてはノイズとの戦闘の様子が分からなくなり、攻撃を担当する白牛『アルデバラン』へ適切な指示を出す事が出来なくなる。

 

 以上の理由から付かず離れずの距離を保つ事が重要となる。逆に言えばその一点に注意している限りノイズなど彼女にとっては取るに足らぬ存在でしかない。アルデバランとラエラプスは共に異端技術によって創り出された生物であり、接触してもノイズにより炭素化される事は無い。よってアルデバランをノイズへと突貫させ、自分は中距離から指示を出す。鼻の利く猟犬『ラエラプス』は側に置いて死角からのノイズ接近に備える。

 

 これが完全聖遺物『エウロペの首飾り』を持つ彼女の必勝戦術であり、事実このフォーメーションは今まで数えるのに飽きる程の数のノイズを屠り去ってきた。

 

 そして今回の戦いでもまた、ノイズ達はこの戦法の前には手も足も出ず、倒されるに任せていた。

 

 巨体を誇るアルデバランはしかしその体躯からは想像も付かない超スピードで走り回り、当たるを幸いノイズを跳ね飛ばし、その蹄で踏み潰しては挽き潰し、薙ぎ倒し、全身に纏う電火によって焼いていく。更に律の指揮によってノイズが密集している所への突撃が繰り返され、効率的に多数を倒していく。

 

 その触れるべからざる勢いによって戦闘を開始してから5分と経過してはいないのにノイズ達は既に半数近くが消滅しており、このままであれば全てを消滅させるのも時間の問題かと思われた。

 

『この分なら、ライブの最後の曲までには戻れるでしょうか……』

 

 ノイズ共からは一瞬も目を切らず、油断など微塵もしないがしかし頭の片隅でそんな思考を思い浮かべる律。実際に、これなら後数分もあれば出現したノイズの掃討は完了するかに思われた。

 

 その時だった。

 

「どうしたのですか? ラエラプス」

 

 傍らに置く猟犬は、これまでは眼前でどれほど激しい戦いが繰り広げられていても無駄吠えはせず牙も見せなかったが、ここへ来て突然に「ウーッ」という犬特有の唸り声を上げた後に、激しく吼え始めたのである。

 

 まさかノイズの奇襲か? と、律は警戒心を強くして周囲を見渡すが、見渡す限り周囲のどこからも新手のノイズが現れる気配は無い。地下からの接近も視野に入れたが、地中から近付いてきているならばラエラプスは地面を向いて吼えている筈だ。

 

 良く観察すると、ラエラプスはこの周囲一帯ではない、何処か別の方向を向いて吼えている事が分かった。

 

『今、この子が吼えている方向にあった物は……』

 

 そんな思考が頭に浮かんだ刹那、律ははっとした。”ラエラプスが吼えているのは、自分達がやって来た方向である”という事に気付いて。

 

『……!!』

 

 胸中にほんの微かに浮かんでいた暗雲が、数秒の内に凄まじく濃いものとなった。懐に手を入れ、二課から渡された通信機のスイッチを入れる。「誰でも良いから出て下さいよ」と、ひとりごちながら。しかし、悪い予感に限って当たるものだ。通信機からは耳障りな雑音が聞こえてくるのみで、弦十郎も了子も慎次も朔也もあおいも、誰も出ない。

 

 10秒程耳に当てていた通信機を下ろすと、律の表情は厳しくなった。最早疑う余地は無い。ライブ会場で何かあったのだ。

 

「アルデバラン、戻って下さい」

 

 律がそう呟きつつエウロペの首飾りに念じると、今までノイズ達を交通事故のように吹き飛ばし続けていた白牛は一瞬にして空間を跳躍して、彼女のすぐ傍まで呼び戻された。

 

 このままアルデバランに戦わせていても数分後には全てのノイズを倒し終えたであろうが、しかし今となってはその数分こそが惜しい。実験中の事故かそれとも人為的な災害かまでは分からないが、兎に角ライブ会場で何かしらの異常が発生した事は明白。かくなる上は自分は一秒でも早く帰還せねばならない。

 

 『エウロペの首飾り』は契約した生物等の召喚に特化した能力を持っている。この完全聖遺物が呼び出せるものは、三つ。

 

 第一に空をも駆ける『雷牛』アルデバラン。

 

 第二に如何なる獲物でも捕らえる事が出来る『天の猟犬』ラエラプス。

 

 そして最後の一つ……これは律にとってこの場のノイズ達を瞬時に消し去るだけの力を持つ、まさに切り札と言って良かった。今こそがカードの切り時であると、彼女は判じたのだ。

 

「さあ……出番ですよ……!!」

 

 律の首飾りから発する光はアルデバランやラエラプスを喚び出す時とは比べ物にならぬ程に強くなる。彼女の背後の空間が岩を投げ入れられた静謐な湖面のように揺らいで歪み、今はまだその姿は全く見えないがしかし”それ”が位相を隔てた世界より近付いてくる為であろう、正体不明の振動が一帯に走った。これは彼女の召喚に応えてやってくるものが、他の二体、特にノイズなど歯牙にも掛けず蹂躙する強大なアルデバランを天秤の対として尚、比べ物にはならぬ途方も無い力を内包した存在である事を教えるものであった。

 

 そして遂に”それ”が空間を裂いて姿を現し……一瞬の後、閃光が視界を満たして何も見えなくなった。

 

 

 

 後に二課が戦場となったこの一帯を調査した結果、数万度にもなる超高熱によって飴細工のようにドロドロに融けて、再度冷えて固まった建造物のコンクリートやその内部の鉄骨が変形した不気味なオブジェが各所に見られた。

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズ達を全て始末した律は、そのままアルデバランの背に乗って空を駆け、ライブ会場への帰路に就いていた。

 

 最新鋭の戦闘機並みの速度で飛ぶ勇壮な美牛の背中で、しかし律は『早く、もっと早く!!』と心中で幾度も叫んでいた。一刻も早くライブ会場に戻らねばならない。何かが起こったのが確実であるのなら、せめて取り返しの付かない事が起こる前に。

 

 程なくして、ライブ会場が見えてくる。しかし明らかに様子がおかしい。各所の出入り口は我先にと逃げ出す人々で溢れ返っていた。やはり、何かがあったのだ。

 

『翼ちゃん……奏ちゃん……!! 今行くから……』

 

 ライブ中の演出の為であろう、会場の天蓋は開け放たれている(尤も律なら、閉じていたとしてもアルデバランを突入させてぶち破っただろうが)。後数秒もあれば開いた天井からステージに突入して、二人や逃げ遅れた人達を助けられる……

 

 そう思っていた矢先の出来事だった。

 

「っ!! なっ!?」

 

 ライブ会場の開いていた天井から空へと突き上げるようにして、巨大な光の柱が立ち上った。しかもそれは単なる光ではなく、膨大なエネルギーが炸裂したものであった。凄まじい力の奔流を受けて、その余波ですら局地的な竜巻が発生したかのように気流が乱れ、律が乗るアルデバランもまたそれに巻き込まれた。

 

 しかし、異端技術によって生み出された雷牛はその程度では体のコントロールを失う事は無く、何も無い虚空をしっかりと踏み締めて、姿勢を立て直した。

 

 だが流石に未だエネルギーの放出が続いているライブ会場へと近付く事は出来ず、周辺上空を旋回する機動へと移行した。律もその判断は間違っていないと頷き、エネルギーの放出が治まるのを待ってライブ会場へ降りようと考えていた。

 

「あの閃光、あれだけの量のエネルギーを生み出すのは……まさか、絶唱……?」

 

 シンフォギア装者ではなく、またシンフォギア導入に反対の立場にあったとは言え二課に所属していた経歴を持つ律は、その理論については知っていた。シンフォギア装者の最大最強の必殺技。増幅したエネルギーを一挙に放出し、対象にクリティカルダメージを与える。だがその反面、絶唱によるバックファイア、つまり反動はシンフォギアを纏って強化された肉体であっても軽減しきれないほどに絶大であるという、まさに諸刃の剣。

 

 翼か奏のどちらかが、それを使ったのだ。

 

「まさか、このライブ会場にもノイズが……? こんな偶然が……?」

 

 愕然と、律が呟く。今やツヴァイウィングのライブが始まろうかという時にノイズが現れるだけでも信じられない程に悪いタイミングだったのに、自分がそれを討ちに留守にしている時に今度はライブ会場にピンポイントでノイズが現れるだと? 有り得ない、信じられないと何度も口中でこぼしたが、彼女はすぐに頭を切り換えた。目の前にある事が事実であり現実だ。まずはそれに対処せねば。可能性の検証など、後からいくらでも出来る。

 

 数十秒が経過してエネルギー放出が治まってきたのを見計らうと、律はアルデバランを降下させた。まだ完全に治まってはいない力の激流に煽られて牛の背中から投げ出されそうになったが、しっかりと掴まって姿勢を保持した。

 

 アルデバランが着陸を果たすのを待たず律がその背中から飛び降りてライブ会場の床を踏むのと、生じていた閃光が完全に治まって視界がクリアーになるのとは、ほぼ同時だった。そうして彼女の目に入ったのは一時間、いやほんの数十分前に見たのと同じように、翼に抱えられる奏の姿。それに二人からほど近い場所には、瓦礫に背を預けるようにして一人の少女が倒れていた。しかし無傷ではなく胸からは何かが突き刺さったのであろうか、血が流れている。

 

 もう一度ライブ会場のほぼ中央の翼と奏へ視線を送ると、ちょうど奏の肉体が、形を留めずに消滅する場面だった。元より命を削るように戦っていた彼女であったが、その血の一滴、魂の一欠片も残さず、全てを使い果たしたように。その凄絶な死に様に棍棒で頭を思い切りブン殴られたような衝撃を受けた律であったが、しかし歴戦の兵である彼女はこのような状況にあっても頭の一部に冷静な部分を残していた。

 

 確認出来ないノイズの姿、消滅した奏の体、そして負傷しているがまだ生きている少女。これらの断片的な情報から、律は自分が来るまでに何が起こったのか、大凡の結論を導き出す事が出来ていた。

 

 ライブの真っ最中にノイズが出現、観客が大混乱を起こして逃げ惑う中、二人はシンフォギアを纏ってノイズと交戦するが、奏は生存者のこの少女を発見して、彼女を初め多数の人々を逃がす為に短期決着を狙い、絶唱を使い、そして……!!

 

「私が……遅すぎましたか……!!」

 

 後ほんの一分いや30秒でも早く到着していればと律は慚愧に堪えなかったが……だが自分のすぐ傍らで倒れている少女を見て「はっ」と気付く。

 

「生きている……!!」

 

 この子はまだ、生きている。遅すぎてなどいない。ちゃんと、間に合っている。

 

 この子は、奏が救った命だ。命を懸けて、繋げた未来。

 

「奏ちゃんの命を……無駄には、しませんから……!!」

 

 律はその少女の体を抱え上げると、アルデバランに飛び乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 これが死者・行方不明者の総数が12874人にも上り、今以て尚多くの人々の心に傷を残すライブ会場の惨劇の、その全容である。死者の中にはツヴァイウィングの一人である天羽奏も含まれていた。

 

 また律は後になって知った事であるが、ライブと並行して行われていた「Projekt:N」ではネフシュタンの鎧の起動には成功したものの放出される無尽蔵のエネルギーは、何重にも施されていた安全弁でも抑え切れずに暴走・実験室は大破。更に時を同じくして起こったノイズの大量発生による混乱の中でネフシュタンの鎧は失われてしまった。

 

 これ以降、風鳴翼はソロでのアーティスト活動に以降、同時に唯一人残ったシンフォギア奏者として、一振りの剣として人類守護の戦いを続けていく。

 

 勝呂律は二課の民間協力者としての立場を保持しつつ、完全聖遺物の力を使ってノイズに限らずあらゆる災害に遭った人々を救済する活動を継続する。

 

 そして物語はこれより二年の後。

 

 失われた筈のガングニールを受け継いだ少女との出会いによって、始まる。

 

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