戦姫絶唱シンフォギア 雷光の大人達   作:ファルメール

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第04話 律の二人目

 

 新たなる適合者の出現。

 

 それ自体は低くはあるが有り得ない可能性ではなかった。現に二課は二年前からはいよいよ対ノイズ機関として活動を開始、シンフォギア装者である翼を主軸に律がサポートに回る形で実験から実戦へと移行しつつあったが、並行して戦力増強の為に新たなる聖遺物と適合者の捜索は常に行っていた。

 

 だが今、戦場に響いているのは喪失した筈のガングニールの歌。それを耳にして最も驚いているのは誰か。

 

 有り得ざる事態を前にデータの洗い出しに大わらわとなっている二課の面々か。片翼であり比翼であった無二の友の姿を、片時も忘れずに戦い続けてきた翼であったか。あるいは彼等よりもずっと近い場所でその再動を目の当たりにしている律だろうか。

 

 否、その誰でもない。

 

 

 

「ええっ? な、何で? 私、どうなっちゃってるの!?」

 

 

 

 ガングニールのシンフォギアを纏いながら、立花響は両手や体を見てぱちくりと眼を丸くする。彼女にしてみればこの事態は「信じられない」の一言に尽きた。

 

 今日は風鳴翼の新曲CDの発売日。未来の「今時CD?」なんてコメントもなんのその、CDは初回特典の充実度が違うのだ。

 

 頭の中に描いていた予定通りに万事が進んでいれば、彼女は今頃は寮の部屋で翼の歌を聞きながら特典の目録を読み上げつにやにやとリラックスした笑みを浮かべて至福の時に浸り、それを見た親友からはちょっと引かれていただろう。

 

 だがリディアン音楽院から最も近くCDが購入出来るコンビニへと駆け込んだ響を待っていたのは、店員のどこか気の抜けた挨拶でもなければ快適な温度・湿度に調節された空気が肌を撫でる心地よい感触でもなかった。代わりに彼女が目にしたのは大量の炭と、その周りに群がるようにして立つ異形の者共。ノイズだ。

 

「えっ……」

 

 少女の脳裏に、心に刻み込まれた情景がフラッシュバックする。この命を助けられた二年前の光景が。胸の古傷が、ちくりと痛んだ。

 

「ノイズ……!!」

 

 すぐさま逃げ出そうと思ったが、自分よりずっと小さな女の子の声が聞こえてきて、思い留まった。親からはぐれたのだろうか、たった一人でノイズに囲まれて泣いていたその少女の手を取ると、響は一目散に逃げ出した。

 

 ノイズの追走から逃れようと滅茶苦茶に走った為にシェルターからは離れてしまったが、だからと言って立ち止まるという選択肢は有り得ない。奴等はどういう理屈かは分からないが兎に角、人間だけを殺そうと追ってくるのだ。川に飛び込み、道路を駆け、非常梯子でビルに上って。響は彼女自身、自分にこんな凄い体力があったのかと驚いていた。しかし、幼く小柄とは言え少女一人を抱えながらでは流石に限界が来た。小さなビルの屋上に到達した所で体力を使い果たし、大の字になって仰向けに寝転がった。

 

「私達、死んじゃうのかな……」

 

 不安げな少女のその声に、まだまだ荒い息を整えつつ、自分には実際的な力など何も無いがそれでもせめて彼女を勇気付けられるだけの事はしようと響は精一杯の笑顔を作って……そして、笑顔が強張った。

 

「ひっ……!?」

 

 少女が、上擦った声を上げる。

 

 ビルの壁面を登攀してきたのか、それともこの屋上の空間に突如として湧き出たのか、いずれにせよ二人はぐるりをノイズ達によって囲まれてしまっていた。現れたのが一体や二体ならば(それでも命懸けの行為には変わりないが)間をすりぬけて非常出口へと駆け込める可能性があったかも知れないが、この場に集まったノイズ共は視界に入るだけでもその数は、両手両足の指を全て使っても数え切れない。

 

 もうこの時、二人の未来への選択肢は「死」の一つだけに閉ざされたかと思われた。

 

 泣き叫ぶ少女を抱き締めながら、しかし響は目を閉じずにノイズ達を睨み付けていた。その瞳が宿す光に、諦めの色は欠片も無い。たとえ戦う力が無くても、どんなに絶望的な状況でも、それでも彼女は心に忍び寄ってくる「諦め」を拒み続けていた。

 

『生きるのを諦めるな!!』

 

 あの日に聞いた強い声が、胸の中でリフレインする。

 

 助けてくれた人の言葉が。あの人も、二年前のあの日に死んでしまった。それでも。

 

 命が消えて、肉体が消えて。言葉を交わす事が出来なくても、触れ合う事が出来なくても、その姿さえ見る事が出来なくても。それでも、遺るものは確かに在る。

 

 逝ってしまった者が、残される者に預けていったものが。

 

「生きるのを諦めないで!!」

 

 そう言い放った時、歌が浮かび上がってきた。たった一度だけ聞いて、メロディさえ思い出せずとも心に刻み込まれている歌。

 

 自分を救ってくれた人が口ずさんでいた、とても優しくて、とても力強いあの歌が。

 

 響は湧き起こった衝動に任せて響はその歌を口ずさみ、そして、彼女の運命を決定的に変える出来事が起こる。

 

 胸が、熱い。全身を打つのは、今まで生きてきた中で感じた事の無い不思議な感覚。自分の肉体を構成する億兆の細胞の一つ一つが別のものへと変成して、励起状態になったそれらがエネルギーを産生し、脈動し、束ねられて巨大な力のうねりとなっていくような。

 

 放出されたエネルギーは最初の内こそ放たれるままに光の柱となって空間へと解き放たれているだけだったが、次第次第に形を成して実体へと構成されていく。響の体を護る鎧の形に。そうして顕現したそのカタチは、紛れもなくシンフォギア。それも、細部こそ違ってはいるがその全体像は二年前に奏が纏っていたそれと共通の特徴が多々見られた。間違いなくこれは、ガングニールのシンフォギアだ。

 

 ……などと、そのような事はほんの十数秒前まで一般人でしかなかった響には知り得よう訳もない。結果、

 

「ええっ? な、何で? 私、どうなっちゃってるの!?」

 

 と、なるのも当然の反応とも言えよう。胸に湧き上がってきた歌、感じた事の無い感覚、お次には瞬時にその体を覆う見た事も触れた事も無い素材の衣装。

 

「お姉ちゃん、カッコいいー」

 

 少女は無邪気な感想を口にするが、当の響は混乱の渦中である。一体、自分の身に何が起こっているのだ!?

 

 分からないが……一つだけ分かっている事がある。

 

「私がこの子を、助けないといけないって事だよね!!」

 

 少女の体を抱き抱えると、ビルから跳躍して逃れる響。その速度・高度共に人間の限界など遥かに超えている。自分にこんな真似が出来ている事に未だ驚いてばかりの彼女であるが、しかし飛んでいるという事は落ちるという事で、真っ逆さまに落下していく。

 

 が、響はアスファルトにクレーターを作りつつ着地を決めた。ビル屋上からは軽く十メートル以上の落差、常人であれば普通は死亡、良くて大怪我。なのに今の彼女は、両足や腰にほんの僅かな痛みすら感じてはいなかった。

 

「え? え? え?」

 

 あんな高さから落ちて無事だなんて、またしても分からない事が一つ増えたが、戸惑っている暇は無い。危険が迫っている。響が視線を上げると、ノイズ達も二人を追うようにしてビルから飛び降りて追ってきていた。

 

「このっ……!!」

 

 無我夢中で腕を振って……だがノイズに触れたその拳は、響とノイズとを炭素化して死に至らしめる事無く、ノイズだけを粉砕して炭と砕いてしまった。

 

「え……私が……やったの……?」

 

 逃げる事しか出来ない筈のノイズを、逆に倒した。それを、自分が? 今日は戸惑ってばかりの日だが、またしても戸惑う響。

 

 その時だった。

 

「……誰かと思って見に来てみれば……まさか、響ちゃん……あなただったとは……」

 

 このような殺伐とした場には似つかわしくない、穏やかな声が聞こえてきて。

 

 次の瞬間、耳をつんざく轟音と共に巨大な雷が落ちて、群がっていたノイズ達をダース単位で焼き払った。

 

「えっ……?」

 

 落雷によって生じた土煙を切り裂いて姿を見せたのは、紫電を纏った勇壮なる白い牡牛と、ちょこんとその背中に乗った美しい女性。

 

「律……さん……?」

 

「お久し振りですね……」

 

 命の恩人であり年の離れた友人を前にして、響はどこかで安心したような気の抜けた声を上げる。それを受けた律は声も、浮かべる笑顔もいつもの彼女と同じでとても穏やかであったが……同時にどこか、悲しげでもあった。

 

「色々と説明したい事はあるのですが……」

 

 律はそう言うと、周囲に目をやる。ちょうどノイズの一体を、飛び掛かったラエラプスが噛み付きで仕留めた所が見えた。

 

「これではそれもままなりませんね……」

 

 ふう、と溜息を一つ。その後で視線を響の背後へと送る。

 

「ですので、後はお任せしてもよろしいですか? 私達はこの子達を護りますので」

 

「えっ……?」

 

 誰に話しているのか、と響が疑問の声を上げて、その答えはすぐに分かった。

 

「承知しました」

 

 別の声が聞こえてくる。その声にも、響は聞き覚えがあった。忘れもしない声だが、律のように親しい者の声ではない。

 

 ぴかりと、頭上が明るくなる。まるで巨大な星が出現したような。だが違う。その光を発していたのは、シンフォギアを纏う一人の少女。

 

 響き渡る、天羽々斬の歌。閃光と共に歌いながらこの場に降り立ったのは誰あろう風鳴翼。ツヴァイウィングの、残された片翼たる防人だった。

 

「翼さん……」

 

「ほら、響ちゃん。油断してはいけませんよ」

 

 雷牛アルデバランの上から、律は変わらない丁寧さで咎めるように言った。未だ危険はすぐ近くに存在すると言うのに、翼に見惚れているような響を危うく思ったからだ。

 

「……まぁ……無理もありませんか」

 

 律はそう呟くと、ノイズと戦っている翼へと視線を送る。この状況で自分の役目は翼のサポートと響と彼女が抱えている少女の護衛だが……しかし彼女の戦い振りを見る限りは何の心配も要らないように見えた。愛刀を手にノイズの群れの中に突っ込んで、数の不利など物ともせずに蹴散らしていく翼の姿は、響ならずとも思わず「凄い……」と呟いてしまうものがあるだろう。

 

 獅子奮迅・八面六臂の活躍を見せる翼の前にあっという間にノイズはその数を減らしていく。

 

「やっぱり、翼さんは……」

 

 響が呟く。あの時見たのは夢ではなかったのだと。そんな風に彼女が考えていると今度は不意に視界が暗くなった。

 

「?」

 

 一体何がと視線を上げて、表情を引き攣らせる。巨大なノイズが、響も少女も律もアルデバランもラエラプスも諸共に押し潰そうと、迫っていた。

 

「っ!!」

 

 思わず体を硬直させて少女を抱き寄せる響であったが、傍に居る律は対照的に落ち着いたものだ。

 

 ズドン、と先程の落雷にも引けを取らぬ轟音が響く。見ればそのノイズは突如として出現した壁のようなものに貫かれていた。機能停止して炭素化した巨体はそのまま、風に乗って崩れ去っていく。良く見れば落ちてきてノイズに突き刺さったのは壁ではなく、一振りの剣であると分かった。あまりに巨大であった為、近くからは壁や盾にしか見えなかったのだ。

 

 剣の担い手たる翼は突き立てられた巨剣の柄尻にふわりと降り立って、戦場全体を睥睨していた。もう、動くノイズの姿は見当たらない。今のが最後の一体だったのだ。

 

 律は、アルデバランのすぐ隣に控えているラエラプスを見る。この愛犬はノイズがどんなに上手く隠れようと見つけ出す事が出来るが、しかし今は警戒している様子は無い。危険は完全に排除された。それを確認すると彼女は牛の背中からひょいと飛び降りて、響と同じ目線の高さに立った。

 

「えっと……律さん……これは一体……」

 

 一体何から質問すれば良いのか、分からないというのが本音だろう。かく言う律としてもこうなった以上は語らねばならぬ事が多すぎて、何から話せば良いのか悩んでいた。

 

 一つだけ確かに分かるのは……響はこれから大変な事に巻き込まれるだろうという事だ。

 

 律は苦笑しつつ目を伏せて、そっと響の手を握った。

 

「あの……律……さん……?」

 

「……安心して下さい、響ちゃん。何があっても最悪の事態にだけは、私がさせませんから」

 

 その一つだけが、今の律が響に確かに約束出来る事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 律が確信していた通り、響はこのすぐ後に大変な事に巻き込まれた。否、既に巻き込まれていたと言った方が正しいか。

 

 助けた少女が母親と会えたのを見て、色々あったが人助けの充実感を噛み締めていたのも束の間、ずらりと現れた黒服達に取り囲まれて、手錠を掛けられて連行されてしまった。翼曰く、

 

「あなたをこのまま帰す訳には行きません。特異災害対策機動部二課本部まで、連行させていただきます」

 

 との事だった。響は助けを求めるようにこの場で最も親しい人間である律へと視線を送ったが、「申し訳ありませんが……」と、頭を下げられてしまった。どうやら彼女も、こればかりは響の助けにはなれないようだった。

 

 黒い男達に連行される宇宙人の気分で車に押し込まれてしまった響。そうしてどこへ連れて行かれるのかと生きた心地のしなかった彼女であるが、すぐ隣には律が乗っていてくれていた。膝に乗った愛犬ラエラプスの背を撫でている落ち着いた恩人の姿を見ると、少しだけ不安が和らいだ。

 

 そして意外だったのは、窓から見える景色が見覚えのあるものであった事だ。見覚えがあると言うか、これは彼女が通っているリディアン音楽院だ。「どうして学院に……?」という疑問もそこそこに通されたのは教師達の居る中央棟。その一室のドアが開かれて、翼と律とラエラプス、そして未だ手錠を掛けられたままの響も部屋の中に通される。部屋の中はとても狭くて、エレベーターになっているのが分かった。

 

 翼と律がそれぞれ慣れた様子で、張り出している取っ手を握る。この動作に響は首を傾げるが、しかし取り敢えずは二人に倣って取っ手を握る。二秒後に、彼女はこの動作の意味が理解出来た。

 

 エレベーターが降っていく。それも、体が浮き上がりそうなスピードで。しっかりと取っ手を掴んで体を固定しておかなければ、天井に頭をぶつけていたかも知れなかった。

 

 今日は色んな事が起こり過ぎてもう何が起こっても驚く事はないだろうと思っていた響だったが、しかし自分の認識が甘かった事を思い知らされた。普通の人が何十年という時間の中でちょっとずつ積み重ねていくのと同じだけの「びっくり」を、自分は今日一日、正確には放課後から今までの数時間の間に体験している気がする。

 

「あ、あはは……」

 

 二転三転する展開に付いて行けずに思わず出た乾いた笑顔を翼に見せるが、

 

「愛想は無用よ」

 

 彼女の反応は冷ややかだった。

 

「これから向かう所に、微笑みなど必要無いから」

 

 何十メートル、何百メートル降りたのだろう。エレベーターが漸く止まって、ドアが開く。翼の言葉もあって鬼が出るか蛇が出るかとカチンコチンに緊張した様子の響であったが……

 

 しかし予想外という意味では本日何度目になるか、もう数えるのにも飽きてきた”思いも寄らぬ展開”がまたもや発生した。

 

 パン!! 気持ちの良い乾いた音が響く。鼻を付く硝煙の匂いと共に、降ってくる紙吹雪。クラッカーだ。

 

「ようこそ、人類守護の砦、特異災害対策機動部二課へ!!」

 

 諸手を広げて歓迎の意を示す偉丈夫は、二課の司令である風鳴弦十郎。今日は似合わないシルクハットを頭に乗せている。看板や垂れ幕には「熱烈歓迎!! 立花響さま!!」とか「ようこそ2課へ!!」などカラフルな文字で書かれており、テーブルには各種飲み物やパーティーメニューが所狭しと並んでいる。

 

 ノリの良い二課の面々から拍手の雨を贈られて、先程までとは違った驚きによって響はぽかんとした表情だ。あんぐりと口を開けっ放しにしてしまっている。翼は呆れと困りが半々という表情になり、律も苦笑する。見れば了子が「さあ笑って笑って」と携帯電話片手に響とお近づきの印のツーショット写真を撮ろうとして、「手錠をしたままの写真なんて、きっと悲しい思い出になっちゃいます!!」と拒否されていた。

 

 互いに視線を交わし合って、諦めたように溜息を吐く翼と律。

 

 二課の調子は変わらない。律は二年前に自分が戻ってきた時のリプレイを見ている気分だった。

 

 と、そんな調子の乱痴気騒ぎもそこそこに、弦十郎は本題を切り出した。

 

「君をここに呼んだのは他でもない。協力を要請したいのだ」

 

 協力、というキーワードを受けてびくりと響が反応する。

 

 先程の夢の中の出来事がそのままリアルになったかのような体験。一体全体、あれは何だったのか。

 

「あなたの質問に答える為にも、二つばかりお願いがあるのよ」

 

 待ってましたとばかり進み出たのは了子だ。自他共に認める「出来る女」二課の技術主任は満面の笑みを浮かべつつ、ぴんとピースサインの形に立てた指を響の前に押し出す。

 

「一つは、今日起こった事を誰にも話さない事」

 

 これは理解出来る。響も助けた少女の母親が、情報を口外しない旨を記した同意書へのサインを求められるシーンを目の当たりにしていた。

 

「もう一つは……取り敢えず脱いでもらいましょうか」

 

 にやりと意地悪な笑みを浮かべつつの了子の提案を受け、今日に入って何度目かの想像を超えた事態に響の理性は悲鳴を上げた。涙目になりつつ、「何でぇ~っ?」と叫んでしまう。

 

「櫻井女史、響ちゃんはもうここまで我々の秘密に触れたのです。今更詳細な説明を後回しにしておくメリットも無いでしょう? 先に話してあげてはどうでしょうか」

 

 ここで、この場では最も響に気安い人物が呆れ顔しつつそう言ってきた。律の提案を受けて了子は「ええ~っ? 秘密は後から話すのが面白いのに」と拗ねた風であったが、しかし律の言い分にも一理はある事を認めたのだろう。明らかに渋々という様子ではあったが翼へと視線を送る。

 

 それを合図として翼は頷くと、リディアンの制服に隠されていたペンダントを見えるように持ち上げてみせた。チャリッと涼しい音と共に、細長い形状をした宝玉が響達の視線に晒される。

 

「それは……」

 

「『天羽々斬』。翼の持つ、第二号聖遺物だ」

 

「聖遺物……?」

 

「世界各地の伝承に登場する、現代では製造不可能な異端技術の結晶の事」

 

「もっと簡単に言うのなら、大昔のスゴイ道具、といった所でしょうか」

 

 律の補足もあって、響はここまでは何とか理解出来ているようだった。

 

「多くは遺跡から発掘されるのだけれど……殆どの聖遺物は経年劣化や破損が著しく、かつてのままの力を秘めた物は本当に稀少なの」

 

「その破損が極めて少なく本来の機能を維持し続けている完全聖遺物の一つが、律が持っている第一号聖遺物『エウロペの首飾り』だ」

 

 今度了子の言葉を継いだのは弦十郎だった。彼の温かくも鋭い視線が律の首元を彩る装飾品へと向く。

 

「律さんが……?」

 

「この首飾りは私の家の女が代々受け継いでいる物です。この子達と一緒にね」

 

 律のたおやかな指がそっと完全聖遺物を撫でる。すると首飾りが温かい光を発して、彼女の背後の空間が波紋のように歪み、その中心から先程ノイズ達を蹴散らしていた白い牛・アルデバランが姿を現す。主の左脇に付く牛と対になるように、ラエラプスは律のすぐ右へと控えた。

 

 空間を超えた生物の召喚。現代科学では有り得ない現象を目の当たりにして、響は理解する。不思議な力を持った犬と牛を喚び出す。これが律が持つ第一号聖遺物にして完全聖遺物『エウロペの首飾り』の力なのだと。

 

「私は私の母から譲り受けましたし、母も祖母から譲られたと聞いています。調べた所では私の遠いご先祖様はギリシャ……それもクレタ島に住んでいたらしいですから……我が家にこの首飾りが伝わっているのも、その辺りが関係しているのかも知れませんね」

 

「はあ……」

 

 圧倒された様子の響だが、彼女は一つの事に気付いたようだった。

 

「翼さんのとは違うんですか?」

 

 この問いに了子は「良い質問ね」とにっこり笑った。

 

「さっきも言ったように聖遺物の殆どは破損した状態で見付かるの」

 

「この天羽々斬とて本来の刀剣の極一部、刃の一欠片に過ぎない」

 

「欠片にほんの少し残った力を増幅して解き放つ……その為の唯一の鍵が特定振幅の波動……」

 

「つまりは、『歌』ですね」

 

 了子、弦十郎、律の三人リレーでの説明を受け、響は「歌……」と鸚鵡返しする。思い返せばあの時、ノイズに囲まれて少女を護らなければと思った時にも、胸の奥から歌が浮かんできた。

 

「歌の力で活性化した聖遺物を一度エネルギーに還元・鎧の形に再構成した物が、翼ちゃんや響ちゃんの纏うアンチノイズプロテクター『シンフォギア』なの」

 

「だからとてどんな歌、誰の歌にも、聖遺物を起動させる力が備わっている訳ではない!!」

 

 それまではずっと沈黙を貫いていた翼が、厳しい声と表情で言い放った。彼女の剣幕はただ単に事の深刻さを受け止めているだけではないように思える。それは些か理不尽な感情でもあるのだが、この場の人間は一人を除いて彼女の事情を知っているので、咎める事はしなかった。

 

 暫しの間瞑目した弦十郎が立ち上がると、響のすぐ前に進み出た。

 

「聖遺物を起動させ、シンフォギアを纏える歌を歌える僅かな人間を、我々は『適合者』と呼んでいる。それが翼であり、君であるのだ。立花響君!!」

 

「律さんは違うんですか?」

 

「ええ、私は適合者ではありませんよ。だから聖遺物を起動させる事も出来ませんし、シンフォギアを纏う事も出来ません。この『エウロペの首飾り』だって、恐らくは何百年も昔に誰かが起動させたのをそのまま使っているだけですからね」

 

「一度起動さえしてしまえば、誰が使っても100%完全な能力を発揮する。それが完全聖遺物とシンフォギアの決定的な違いね」

 

「尤もラエラプスとアルデバランは私以外には懐きませんから他の人が『エウロペの首飾り』を持っていても宝の持ち腐れですし、かと言って世界中探しても十個あるかないかという完全聖遺物を破壊してシンフォギアに造り替えるのも勿体無い……それに私はノイズとの戦いには協力的ですから……そうした事情で完全聖遺物の個人所有を許されているのです」

 

「いくら歌によって力を増幅しようと、シンフォギアはあくまで聖遺物のたった一欠片。だから単純な出力や機能では完全聖遺物の方が遥かに勝っているが……だが完全聖遺物はそれぞれの機能に特化した能力を持つ物が殆どで、それ故にシンフォギアのようにノイズの攻撃から身を守る鎧を生み出す事は出来ない」

 

「ノイズ……」

 

 またしても鸚鵡返しになった響の言葉に、弦十郎が頷く。

 

「ノイズは人類にとっては遭遇する事が死と同義のまさに『災害』だ。人類ではノイズに打ち勝てない」

 

 二課司令はきっぱりと認めた。人の身でノイズに触れる事は不可能、それはつまり炭となって崩れて死ぬ事だからだ。同じようにダメージを与える事も、存在の位相をズラす事でこの世界との物理的な繋がりを希薄にするノイズ相手には不可能(正確にはいくつかあるにはあるがどれも方法論として存在しているだけで現実的ではない)。

 

「唯一例外があるとすれば、それはシンフォギアを纏う戦姫だけ……」

 

 正確にはシンフォギア装者でない律もノイズと戦ってはいるが、完全聖遺物を持つ彼女をしてあくまで”攻撃が通用する”だけで、ノイズに指一本でも触れられたが最後、炭となって即死するのである。彼女とノイズとの戦いは常に薄氷を踏むような、自殺行為半歩手前の蛮行なのだ。稀少な完全聖遺物とその所有者に、いつまでもそんな危険な橋を渡らせる訳には行かない。

 

 故にシンフォギアが求められたのだ。だが奏亡き今、残った適合者にしてシンフォギア装者は翼だけ”だった”。

 

「だから……日本政府・特異災害対策機動部二課として要請する。立花響君、君が宿したシンフォギアの力を、対ノイズ戦に役立ててはくれないだろうか」

 

「わ、私は……」

 

「ただしこれは強制ではありません。あくまでも響ちゃんの選択です」

 

 響が僅かに言い淀んだのを目聡く見極めて、律が口を挟んだ。

 

「もし拒否した場合は……無論シンフォギアの力を二度と使わないと約束してもらい、一定の監視が付く事にはなるでしょうが……ですが二課が響ちゃんを拘束したり、その家族や友人を”保護”するような事もありません……ですよね、弦十郎君?」

 

 律は普段通り穏やかなキャラクターだが、言葉の後半は声が少し低くなっているのに、弦十郎や了子は気付いていた。これは確認であり脅しでもある。もしそのような行為に及んだのなら、その時は私が……!! と、いう事だ。

 

「言うまでもない事ですが……命懸けです。だから……卑怯な言い方だとは自覚していますが、響ちゃんが決めて下さい。そしてもし、共に戦ってもらえるのなら……私は如何なる時でも私の持つ全ての力を使って、あなたを護ると約束します」

 

「それは俺達も同じだな。二課の総力を挙げてサポートさせてもらう」

 

 先程は険悪なムードが漂いかけた律と弦十郎であったが、しかし根本的な部分は同じらしい。互いに笑みを交わし、頷き合う。

 

「何か質問があれば、どしどし聞いてね?」

 

 と、了子。スケールの大きな話に圧倒されっぱなしだった響だが、ここで一つの単純な事実に気が付いた。

 

「あの……」

 

「はい、響ちゃん!!」

 

「私……そのシンフォギアを持っていないんですけど……」

 

 どうにも間抜けな質問であったが、しかしこれこそが今回の二課への招待の肝であったらしい。喜色満面となった了子が、響の手首を掴む。

 

「そう!! だから、何故あなたがシンフォギアを纏えたのか!! じっくりと調べてみたいのよ!! さぁ、脱いでもらえるかしら? メディカルチェックのお時間よ!!」

 

「えっ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~!!!!」

 

 引き摺られるようにして、連れ出されて行ってしまった響。その声が聞こえなくなると、翼もまた退室していった。苦虫を噛み潰したような表情で。その背中を見送る弦十郎と律の目は、誰かを悼む時のそれだった。

 

 ガングニールを纏うシンフォギア装者。それが翼にとってどれだけ重い意味を持つのか、二人は共に知っていたからだ。

 

「律……」

 

 先に口を開いたのは弦十郎だった。

 

「何ですか? 弦十郎君」

 

「彼女は……響君は、この話を受けてくれると思うか?」

 

「……多分……響ちゃんは了承してくれるでしょう……私はこの二年間、彼女とは友人として付き合って……だから、分かります」

 

 絞り出すように言う律。もしそうなれば、律が自分が助けた人間を戦場に送るのは二人目になる。断じて、そんなつもりではなかったのに。

 

「そう、か……」

 

 ぎりりと拳を握りながら、弦十郎が言う。彼の表情には怒りと、そして忸怩たる想いが滲んでいた。本来ならば友達と一緒に遊んで、学校に行って、恋もするだろうあんな年端も行かぬ少女を戦場に送り出す事になるとは……それは自分達が無力であり、彼女達しかノイズと戦えないからだ。翼と奏の時にも経験した感覚だが、この不甲斐なさには慣れる事が無い。シンフォギアほど実戦的でないとは言えノイズと戦う力のある律が二課の体制に反発し、袂を分かった気持ちは良く理解出来た。

 

 その上で……弦十郎は律に頼みがあった。

 

「律……」

 

「ん?」

 

「二人を……頼むぞ」

 

 諦観と、無力感と、情けなさと、そして信頼の混じった言葉に、律は優しく微笑した。

 

「ええ……分かっています……子供を護るのは……大人の務めですから」

 

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