「重要参考人として、再度本部まで同行してもらいます」
翼によって響の身柄が再度拘束、二課本部へと連行されたのは歓待とメディカルチェックを受けた翌日、その放課後の事だった。
そうして医務室へと通された響。そこには弦十郎と了子は勿論の事、一歩下がった所で朔也、あおいといった二課のメンバー、それにシンフォギア装者である翼と民間協力者である律が控えていた。
「先日のメディカルチェックの結果発表!! 初体験の負荷は少し残ってるけど……体に異常はほぼ見られませんでしたぁ~!!」
相変わらず高いテンションの了子の説明に、響は「ほぼ……ですか」と若干引いた感じで生返事を返す。今一つ煮え切らない態度であるが、二課の技術主任はそんな事を気にした風もなく説明を続けていく。
「そうよねぇ。あなたが本当に聞きたいのは、こんな事じゃないわよねぇ」
了子としても今のはただの前置き、本題はこれからである。これは響にとっても、そしてこの場の全員にとっても最重要事項であった。
”何故に、聖遺物を持たない響がシンフォギアを纏えたのか?”
勿論、「出来る女」を自負する彼女ならば既にその結論にも達しているのだろう……という期待の籠もった視線が向けられるのを感じ取った了子は気分良さそうに笑うと、一度弦十郎と視線を交わして頷き合い、手にしたコンソールを操作する。すると壁に据え付けられたモニターに表示された画像が、メディカルチェックで得られた膨大なデータを表示したものから、一枚のレントゲン写真へと切り替わった。それを見た響が息を呑む。
「これが何なのか、君には分かる筈だ」
と、弦十郎。一目見ただけでは一般的な女子の骨格が写っているだけの医療用写真にしか見えないが……胸部中央やや左寄りという箇所、人体で最も重要な臓器の一つである心臓が位置する場所に、明らかに人工物の特徴を持った影が映っていた。
「はい……二年前の怪我です……!! あそこに……私も居たんです」
同じようにあの場に居た人間二人も反応を見せる。翼がぴくりと体を動かし、同時に律も頷いた。確かにあの位置は、二年前にライブ会場で死に掛けていた少女の胸に刻まれていた傷の位置だ。
「心臓付近に複雑に食い込んでいる為、外科手術でも摘出する事は不可能……」
ここまで言った所で、了子は一度言葉を切った。
「調査の結果……これは二年前、奏ちゃんが身に纏っていた第四号聖遺物『ガングニール』の……砕けた無数の破片である事が判明しました」
そう説明する了子の声のトーンは明らかに落ちている。これは彼女にとっても深刻な話題であるのだ。
「奏ちゃんの……置き土産ね……」
翼にとってはそこまで聞くのが限界であったらしい。頭を押さえて壁に寄り掛かると、ふらふらと部屋を出て行った。この話が彼女にとってどれほどデリケートで重いものであるのか、響以外の全員が知っている。二課のメンバーは何も言わずにその背中を見送った。
律にとってもこれには複雑な感情を抱かざるを得ない。奏が響を助けたのも、自分が響を助けたのもただただ、ノイズの災厄に巻き込まれた人を守ろうとしただけなのに。それが結果として、ノイズとの戦いにその助けた人を巻き込んでしまうなんて。何と皮肉な話であろう。
自動ドアが開閉する音が二度聞こえた所で、響が「あのぉ……」とおずおず手を上げた。
「この力の事……やっぱり誰かに話しちゃいけないのでしょうか……」
これは先日了子が提示した二つの望みの一つである。
「君がシンフォギアの力を持つ事を誰かに知られた場合……君や周りの人間……友人や家族に危険が及ぶ可能性がある……最悪、命に関わる事も……」
「命に……!!」
想像もしていなかったのか、響は顔を青くして鸚鵡返しする。脳裏に、未来や家族の顔がフラッシュバックした。
「残念な話ですが……人間には心の弱い者も居れば欲深な者も居て様々だという事です……共通の敵たるノイズの存在があったとしても、決して一つにはなり切れない……悲しい事ですがそれも人間でしょう」
律が補足説明を入れる。これはかなりオブラートに包んだ表現だ。実際にはもっとドロドロとしていて、人間が同じ人間相手にどれだけ残酷にも酷薄にもなれるのか知る事が出来る貴重な機会なのだが……年の離れた親友にそんな体験をさせたいとは、彼女は露とも思わなかった。
「あなたが手に入れた力は……それほどに大きなものなの……」
「俺達が守りたいのは機密などではない、人の命だ。この力の事は、隠し通してもらえないだろうか……」
「……もし秘密が明るみに出た場合、私達にとってもあなたにとっても……誰にとっても望まざる事態が訪れるでしょう……先の要請にあなたがどう返答するにせよ……この点については私も同意見です」
了子、弦十郎、そして律。二課の重要人物三名からそれぞれの言葉で頼まれて、響もようやく事の重大性を理解したようだった。ゆっくりと首を縦に振る。そうした所で弦十郎が切り出す。
「先にも説明した通り、君の力は我々が持とうとしても決して持ち得ないものだ。その力を、対ノイズ戦に役立てはもらえないだろうか。無論、俺達も出来うる限りのバックアップを行う事は約束する」
「私もです」
律も二課司令と同じ立ち位置に進み出た。本来守られるべき子供達を戦わせるのだから、自分達もまた力の限りを尽くす事。それがせめてもの義務であり礼儀であると、これは立場こそ違えど二人の共通認識であった。同じ想いは、二課に籍を置く者全員が持っている。だからこそ袂を分かった今でも律と二課は信頼し合い、協力し合う間柄であった。
「あの……」
一度ちらりと、律を伺う響。
「私の力で……誰かを助けられるんですよね!?」
その問いに、弦十郎は強く頷く。その為にこそ自分達『特異災害対策機動部二課』は、存在するのだから。
「なら……私は……」
響の答えを聞いた弦十郎は会心の笑みを見せて、了子も満足げに頷き、朔也とあおいはそれぞれ顔を見合わせて頷き合って、律だけは無表情のままに目を伏せた。
医務室を出たすぐの所で、翼は壁にもたれ掛かるように立っていた。脳裏に去来するのはあの日に永遠に喪ってしまった片翼、最高のパートナーであった友の事ばかりだ。
天羽奏。出会ってから別れの日まで、彼女と過ごした時間の全てを、翼は覚えている。
拘束服を着せられてまるで手負いの獣のように、ただひたすらにノイズと戦う力を欲していた時の事。
過酷な訓練と過剰なまでの投薬を繰り返して、血みどろになりながらシンフォギアを纏うまでに至った事。
背中合わせに戦い続けていた時の、絶対的な信頼感。その心地良さ。
共に戦って、共に歌って。ただパートナーであるというだけではなく一人の個人として、友として誰よりも尊敬して信じ合っていた。
そして二年前に彼女を喪ってしまった時の喪失感、空虚さ。半身を引き裂かれたようでもあり胸にぽっかりと穴が開いたようでもあった。
あれから、弦十郎も了子も律も、慎次も朔也もあおいも、誰もが何度も言ってくれた。「あれは君のせいではない」と。それは一面の事実であり、彼等は彼等なりに自分を想って言ってくれているのだという事ぐらいは翼にも理解出来ていたが……だが理解と納得は全く別のものだ。理屈と感情は違う。
今でも思うのだ。時の流れに「もしも」は無いが……それでも思わずにいられない。あの時、自分がもっと強かったならばと。そうすればあるいは、何かが変わっていたかも知れないと。
だが過去は変えられない。ならばせめて現在と未来に一人でも多くの命をノイズから護る事。この身を何よりも鋭き一振りの剣と為して、戦い続ける事。奏が出来なかった分まで、自分が。それだけが奏への餞だと。
そう心に決めて、その道を貫いて、今まで走ってきたのに。
それが今更、ひょっこりとガングニールのシンフォギアを纏う者が現れただと?
ぎりっと、噛み合わせた奥歯が軋む音を立てる。
「あのギアは……奏の物だっ……!!」
呟いたその時に医務室のドアが開いて、響がたったと駆けてきた。どこか間が抜けているようにも思える笑顔のまま彼女は翼の前までやって来ると、言い放った。
「私、戦います!!」
ぴくり、と翼の眉が動いた。その微妙な表情の変化には響は気付かなかったらしい。言葉を続けていく。
「慣れない身ではありますが、頑張ります!! 一緒に戦えればと思います!!」
微妙に舌足らずな気もするが響なりに精一杯の、そして会心の宣誓だったのだろう。続けて握手を求めるが……翼は無言のまま、差し出されたその手を握り返す事をしなかった。この反応は予想外だったのか、響は戸惑ったようになる。
「あの……一緒に戦えれば……と……」
もう一度繰り返そうとした時だった。頭脳に響くようなやかましい警報音と共に、照明が非常用の物に切り替わった。何が起こったのかとわたわた慌てる響とは対照的に、翼の行動は早かった。まっすぐに発令所へと走り出す。それを見た響もまた、翼の後を追って駆け始めた。シンフォギア装者として戦い続けてきた翼は、この警報を聞けばたとえ熟睡中であろうと一秒後には肉体と頭脳をフルスロットルにまで持って行けるよう心身共に修錬している。
これは、ノイズの出現パターンを検知した警報だ。
二人が発令所に着いた時には司令である弦十郎、オペレーターである朔也とあおいは当然、了子や律といった面々も既に勢揃いしていた。
「ノイズの出現を確認!!」
「本件を我々二課で預かる事を一課に通達!!」
「出現地特定、座標出ます!! リディアンより距離200!!」
その報告を聞いた弦十郎が「近い……」と一言洩らすのと、「迎え撃ちます!!」の一言を残して翼が鉄砲玉の如く飛び出していくのは、ほぼ同時だった。響は数秒間ほど躊躇っていた風だったが、やがて決意した表情になると同じ方向へと走り出した。
「待つんだ、君はまだ!!」
弦十郎が制止するが、
「私の力が、誰かの為になるんですよね!! シンフォギアの力でなきゃ、ノイズと戦う事は出来ないんですよね!!」
だが響とて響なりに、これは覚悟を決めての行動だった。
「だから、行きます!!」
そう言って、翼に負けない勢いで出て行ってしまった。
「危険を承知で誰かの為になんて……あの子、いい子ですね」
これは朔也のコメントである。彼にしてみれば純粋に好意と敬意を感じての発言だったが……弦十郎の印象は違うようだった。「果たしてそうだろうか」と、唸るように言う。
「翼のように、幼い頃から戦士として鍛えられてきた訳ではない……ついこないだまで日常の中に身を置いていた少女が”誰かの為になる”という理由だけで戦いの中に赴けるというのは……それは、歪な事ではないだろうか……」
「あの子も私達と同じように……”こっち側”という事ね……」
どこか諦めたような了子の意見にも頷きつつ、弦十郎は律へと向き直った。
「お前が危惧していたのは……こういう事だったのか……」
得心が行った気がした。普段から穏やかな律が、響の事については半ば脅しのような文句を口にする程にどこか神経質になっているのは気になっていたが……プライベートでも響と親交のあった律は、娘ほどに年の離れた友人の在り様について知っていたのだ。だから子供が戦う事を嫌う彼女の中でも響は特別で……それで少なくとも自由意思を無視して戦わされる事の無いように、あんな物騒な物言いまでしたという訳だ。
「こちら側などではありませんよ……シンフォギアを纏っても、ノイズと戦う様になっても……響ちゃんは響ちゃん、普通の女の子です。勿論、翼ちゃんもね」
先程の了子の言葉をやんわり否定しつつ、律はさっと身を翻した。
「私も出ます。あの二人を放っておいたら厄介な事になりそうですからね」
そう言って自らも出撃しようとする完全聖遺物所有者であるが……弦十郎に「待て」と呼び止められて振り返った。
「何ですか? 弦十郎君」
「……頼むぞ」
一言、たったそれだけだったが、二人の間ではそれで十分だった。
律はぐっと握り拳を作って、それから親指を立てた。
弦十郎の懸念は響の在り様の歪さへの心配もあったが、それ以上に彼女が翼と協調して戦えるのかという極めて深刻で実際的な問題への不安があった。
幼い頃から『天羽々斬』の装者として鍛練を積んで、一個の戦士として完成された翼。命を削ってその翼と並び立つほどの境地にまで至った奏。そんな二人に対して、彼が言及した通り響はその身に宿したシンフォギアが目覚めるまで、普通の女子高生でしかなかった。翼にもシンフォギア装者として、防人としての矜持があり、それ以上にガングニールは彼女にとって特別な物。
そんな翼がそんな響と肩を並べて戦えるか? と、問われると……不安要素はあまりに多い。
……結論から言うと、その不安は見事に的中した。
ノイズとの会敵は、真っ先に飛び出した翼が最も早かった。
眼前には十数体の異形が立ち並んでいるが、ここより先は一歩も通さぬと不退転の決意で立ちはだかる翼の佇まいはまさに威風堂々、恐れの気配は微塵も無い。この程度のノイズなど、もう何体滅したか知れない。
これは驕りでなければ油断でもない。風鳴翼は人類守護を担う一振りの剣であるが故に。剣に油断も慢心も無い。剣はただ鋭く。ただ己の敵を斬り捨てるのみ。
歌を口ずさみ、呼応して活性化した『天羽々斬』より放出されるエネルギーが翼の全身を覆い、確かな実体として形を成していく。そうしてほんのゼロコンマ数秒にて戦装束を身に纏い戦闘態勢となった翼を前に、ノイズ達も動きを見せた。それまでは子供の作った粘土細工のようでありながらもそれなりにしっかりと二本の足で立っていた体型がドロドロに崩れて(ノイズには骨格も存在しないらしい)、まさに粘土作りの人形をいくつも混ぜ合わせて一つの塊とするように、合体して一体の巨大なノイズとして肉体を再構成した。
しかしそれを前にしても翼に動揺は無い。この程度のノイズなど、やはり何体斬って炭に変えてやったか分からない。
合体ノイズは全身に生えた鱗か触覚に見える部位を丸鋸のように回転を掛けて飛ばしてくるが、しかし翼は少しも慌てず、シンフォギアを纏う事で強化された身体能力を活かしてあっさりとかわすか剣型のアームドギアで叩き落とすかしてしまうと手にした刃を大剣状に変形させて、決め技を放つ態勢に入る。ノイズも続けての攻撃を繰り出そうとはしているが、しかしこのタイミングでは何をしようが彼女の攻撃の方が早く届き、その巨体を二つに裂く。
最後の一撃を繰り出そうとして……視界の端から何かが飛んでくるのが見えた。
ガングニールのシンフォギアを纏った者。一瞬、奏の姿を幻視して、しかしやって来たのが響であるのが分かると、翼はやり場の無い憤りと苛立ちが胸に湧いてきたが……ここは戦場であると、理性を働かせた。
乱入してきた響がノイズに喰らわせた跳び蹴りは決定的なダメージとはならなかったが、体勢を崩して隙を作るには十分だった。
「翼さん!!」
「っ!!」
思わず舌打ちしかけたが、しかしこれが好機である事は間違いない。翼が繰り出す技の名は『蒼ノ一閃』。巨大化したアームドギアを振ると同時に繰り出されたエネルギー刃がノイズの巨体を切り裂き、炭素として砕いてしまった。
「翼さん!!」
消滅の余波たる爆煙を睨むように仁王立ちしている翼に、響が無邪気な笑顔で駆け寄ってくる。
「私、今は足手纏いかも知れませんけど、一生懸命頑張ります!! だから、私と一緒に戦って下さい!!」
先の二課本部での時もそうだったが、響にあるのは純粋な善意だけだ。良くも、悪くも。
だが、それ故に……それが翼には許せない。ただの善意だけで、戦場に立つ彼女が。
「そうね……」
やっと返してくれたその言葉に響は嬉しそうな顔になるが……しかし、翼の言葉には続きがあった。
「あなたと私、戦いましょうか!!」
振り向いた翼は不敵な笑みと共にアームドギアのその切っ先を、響へと突き付けたのだ。
「え……あの、そういう意味じゃありません……私は翼さんと力を合わせて……」
「分かっているわ、そんな事」
「……じゃあどうして……」
「私があなたと戦いたいからよ……私はあなたを受け入れられない……力を合わせ、共に戦う事など……風鳴翼が許せ」
「許せる訳が無い」と言い掛けた、その時だった。
「やれやれ……こうなるとは思っていましたがやっぱりこうなりましたか……」
良く通る涼やかな声が、場に響き渡った。翼と響は二人ともはっとして視線を上げる。ほぼ同時にこの雲一つ無い晴れの夜に、雷鳴の音が轟いた。
見れば夜空には紫電が奔り、その稲光を踏み締めるようにして勇壮なる白き牛が空中を駆け、その牛はちょうど響と翼、二人の真ん中へドシンと着陸した。白牛”アルデバラン”の背中には、やはり律が姫君の如く優雅に腰掛けている。アルデバランの足下にはいつの間にやって来たのか彼女の愛犬”ラエラプス”の姿もあった。
突然の乱入者に、響と翼の間にあった一触即発の気配は、一時の事ながら霧散してしまう。それを目聡く見て取った『エウロペの首飾り』の主はいつも通りの穏やかさで静かに、しかし厳かに言い放つ。
「翼ちゃん、剣を下ろしなさい。この場は、私が預かります」