ソードアート・オンライン~スコープの先にある未来へ~   作:人民の敵

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《第15話》クリスマスボス

2023年12月24日PM9:00第49層《ミュージェン》

sideキリト

 

 ようやくこの日が来た。俺は長期滞在してある宿屋に駆け込むと、まず備え付けの収納チェストを開け、出現したアイテムウィンドウからありったけの回復及び解毒結晶(クリスタル)とポーション類を自分の所持品ウィンドウに移動させる。これだけで一財産だが、もちろん出し惜しみするつもりはない。

 

 取って置きのレアな片手剣も取り出し、巨大アリとの戦闘で消耗した背中の剣と交換する。コートなどの防具類も交換する。

 

 そうして全ての作業が終わり、俺はウィンドウを消そうとしたが、ふと手を止めて自身のアイテム欄の上部を見やった。

 

 《Self》、つまり俺自身のアイテム欄を示すタブと並んで、《サチ》という名が記されたタブが残されていた。

 

 サチ。

 

 彼女は半年前に俺が所属していた、そして今は()()ギルド、《月夜の黒猫団》のメンバーだった。彼女は槍使いで、俺は彼女の盾剣士転向計画のサポートをしていた。そして、彼女は死んだ。俺の目の前で。

 

「ッ…」

 

 俺は心臓の動悸を抑えようと小さく呟いた。俺は彼女が死ぬ前に遺そうとした言葉を聞くため、そして贖罪するために今日、クリスマスボスに挑む。蘇生アイテムさえ手に入ればもう後はどうでもいい。たとえレイやユウキ達との友情が崩れても。

 

 俺は10分近くサチのタブを見た後、宿屋を出て転移門に向かう。街区はイヴを共に過ごそうというたくさんの2人連れのプレイヤーたちが、腕を組み、肩を抱きながらゆっくりと歩いていた。レイとユウキ(あの2人)もこうなのかと一瞬想像してから、俺は気づいた。

 

『覚えておけよ。アイテムを狙っているのはお前だけではないということをな』

 

 1週間前、アリ谷で出会った時にレイは確かそう言った。

 

「まさか…!」

 

 俺は後ろを向き、尾行がいないか確認し、ついでに虹紫館の旗を確認する。すると、エメラルドグリーン色の装飾が施されている銃と紫色の剣が交差し、背景には虹が描かれている旗、つまりレインボー・スピリッツのギルドフラッグが視認できた。アレが上っているってことはリーダーが中にいるということを意味する。俺は安堵しつつ転移門に急いだ。

 

 

――――――――――

 

 

 35層に転移すると、すぐに街を出た。時折背後を確認しつつ目的のランダム・テレポートダンジョン《迷いの森》に急いだ。ここには恐らくクリスマスボス、その名も《背教者ニコラス》が出現するであろうモミの大木が1本存在する。俺はそれを大分前に見つけ、何か無いかと念入りに探したのだが、その時には何も発見できなかった。しかし、クリスマスイベントの情報を言ったNPCのセリフはここがそのクエストの発生地である事を示していた。

 ほんの10分ほどの疾走で迷いの森の入り口に辿り着いた。このフィールド・ダンジョンは名前の通り数十の区画に区切られ、しかもそれぞれのエリアの入り口を結ぶポイントが一定時間でランダムに入れ替わる。そのため、地図アイテムがないとほぼ間違いなく迷い、脱出に転移結晶を使うハメになる。

 

 俺は地図を広げ、マーカーを付けてある区画をさっと一瞥すると、そこに辿り着く経路を確認した。頭の中にそのルートを叩き込むと、深夜の闇に染まった森に足を踏み入れた。

 

 不可避の戦闘を2回こなしただけで、俺は目標のモミの木があるエリアの一歩手前に到達した。時間はあと30分以上残っている。

 これから、自分の命を奪うかもしれない—恐らくはその可能性が非常に高いであろうボスモンスターと単独(ソロ)で戦うのに、俺の心に恐怖などといった感情は皆無だった。あるいは、俺はそれを望んでいるのかもしれない。サチの魂を呼び戻すための闘いで命を落とすなら、それは俺に唯一許された死に方と言えるではないか―

 

 もし、俺がこの戦いに勝ち、サチの魂を黄泉平坂(よもつひらさか)から呼び戻せたら、その時こそ俺は彼女の最期の言葉を聞くことができる。ようやく―ようやく、その時が来る……

 

 最後の数十メートルを歩くために、俺が足を踏み出そうとしたその時、背後のワープポイントから複数のプレイヤーが出現する気配がした。俺は息を呑んで飛び退り、反射的に剣の柄に手を掛けた。

 

 現れたプレイヤーは……約20人。先頭に立つのは、エメラルドグリーン色の装備に身を固めた背中に狙撃銃を差した少年と、サムライのような軽鎧に身を固め、腰に長刀を差したバンダナの男―レイとクラインだった。

 レインボー・スピリッツと風林火山の主要メンバーは各々緊張を漲らせた表情を浮かべながら、俺に地被いてきた。俺はレイとクライン、そしてレイの後ろのユウキを凝視し、しゃがれた声を出した。

 

「…どういうことだ。虹紫館のフラッグは…上がっていたハズだ」

 

「アレはお前を欺くためのトリックだ。まあ、ファルスとルクスは中にいるから無人ではないが」

 

 レイは涼しい顔で言った。

 

「…どうやって尾けたんだ」

 

「うちに追跡スキルの達人がいるんでな」

 

 今度はクラインが言った。

 

「なんで俺を…」

 

「お前ェが全部のツリー座標を買ったっつう情報を買った。そしたら、レイからお前ェがどこの情報にもないフロアに向かったっつうじゃねぇか。オレはこう言っちゃなんだけどよ、お前ェの戦闘能力とゲーム勘はマジですげぇと思ってるんだよ。攻略組の中でも最強…あのヒースクリフ以上だな。だからこそなぁ…お前ェをここで死なす訳にはいかねぇんだよ、キリト!」

 

 伸ばした右手で、クラインは俺を差しながら言った。

 

「ソロ攻略なんて無謀なことは諦めろ!オレたちと合同パーティーを組むんだ。蘇生アイテムはドロップした奴の物、それで文句ねぇだろう!」

 

「キリト、お前も頭の中では分かってるだろう!いくら死者の魂が蘇っても、それでお前が命を落としたら意味がないんだよ!いい加減目を覚ませ!」

 

 クラインとレイの言葉が、俺の身を案じて発せられたものだということすら、俺は信じられなくなっていた。

 

「それじゃあ、意味ないんだよ…俺が、独りでやらなきゃ……」

 

 剣の柄を強く握りながら、俺は狂熱に浮かされた頭で考えた。

 

 ―全員斬るか。

 

 かつて、俺はクラインを見捨て、レイに酷い言葉を掛けた。そのことを俺は長く悔やんでいた。そして、クラインがこうして立派に生き抜き、レイが攻略組の中核を成す人物になったことを深く安堵していた。

 

 その数少ない友人を斬り殺し、レッドに堕ちても目的を完遂することを、俺はこの時真剣に考えた。

 

 わずかでも剣を抜けば、その瞬間から俺は自分を止められないだろう。そんな確信があった。ギリギリの鬩ぎあいを続ける俺とレイたちの静寂を、レイの声が打ち破った。

 

「………仕方ない。行け、キリト。死なないならな」

 

 いきなりのその言葉にクラインは目を見開いたが、ユウキたちは頷いていた。

 

「ああ」

 

 俺はその言葉を聞くなり、走り出した。

 

side out

sideレイ

 

「おい、どういうことだよ、レイ」

 

 俺はクラインに向かって苦笑を浮かべた。

 

「いや、あいつなら勝てそうな気がしたからな。それに、俺的にあいつを止めるのはちょっと気が引けるから、ていうのも」

 

 俺は背中から小銃を抜きながら言った。それに倣い、ユウキ達RSPのメンバーもそれぞれの武器を抜く。

 

「おいおい、まさかとは思うがオレたちと戦う気か?」

 

 後ずさりしながらクラインが言う。彼も刀を抜いている。他の風林火山の面々もそうだ。

 

「最初はそれも悪くないと思っていたけど、予定変更だ。クライン、後ろ見てみろ」

 

俺は真剣な目つきで言った。クライン達風林火山のメンバーは後ろを振り向き、そして顔を強張らせた。

 

「俺達も尾けられてたらしいぜ?クライン」

 

 俺は第三の闖入者を見据え、言った。風林火山のメンバーの1人がリーダーに言う。

 

「あいつら、《聖竜連合》っす。フラグボスのためなら一時オレンジ化すら辞さない連中っすよ」

 

 相手はざっと見ただけで30人はいる。こちらは15人。2倍の兵力差程度ならいくらでもどうとなるが、あまり事を荒立てると後々面倒な事になる。聖竜連合の部隊も俺達が剣を抜いていることに驚いているようだ。俺は聖竜連合の部隊に近づき、言った。

 

「俺達は攻略組対犯罪者特殊討伐部隊(UCSF)だ。ここはUCSFが封鎖した。お引き取り願いたい」

 

 聖竜連合の部隊のリーダー格と思われるプレイヤーが俺の階級章を見て息を呑む。

 

「何だと…俺達はボス攻略に来たんだ。UCSFの権力でそれを阻止するのは不当だ!そこをどけ!」

 

 リーダー格の男がそう叫ぶと、背後のメンバーも「そこを開けろ」などと喚く。

 

「断る」

 

 俺の短い返答に、リーダー格の男は目を見開いた。そして、剣を抜く。周りのメンバーもそれに倣う。

 

「お引き取り願えないなら、武力行使で送り返すしかないな」

 

 俺はその様子を見て、言った。あまり事を荒げたくはないが、事ここに至っては仕方あるまい。

 

「はっ。貴様がユニークスキル使いだろうが2倍の人数差を覆すことは出来ないだろう。さっさと道を開けろ。さもないと、命を落とすぞ」

 

 馬鹿馬鹿しい。命を奪う覚悟がないものほど脅し文句に殺害という言葉を入れる。

 

「笑わせるな。2倍の人数差など、いくらでも覆せる。こちとらユニークスキル持ちを含めた手練れ揃いだ」

 

 俺が淡々と言ってのけると、聖竜連合の部隊がさっと一歩引いた。彼らの顔に明らかな恐怖の表情が浮かぶ。

 

「どうした。戦えば勝てるんじゃなかったのか?それとも、さっきのは道を開けさせるためのブラフだったのか?」

 

 俺が今度は挑発的にそう言うと、聖竜連合の部隊のリーダーの顔が引き攣った。唇が震えている。

 

「んじゃ、戦うか。…言っとくけど、容赦なんてしないからな。降伏するまで攻撃はやめない。……降伏しないなら、死ぬまで攻撃し続けるから、そこだけ了解してくれ」

 

 銃口を向けながらそう言うと、今度こそリーダーの顔が恐怖に染まった。後ろを振り返り、部下に震えた声で指示を出す。

 

「た、退却だ!」

 

 そのリーダーの声を合図に、聖竜連合の部隊が後ろを向いて逃走を始めた。俺は何か言おうとしたユウキを手で制し、去っていく彼らを見送った。

 

「ふぅ…」

 

 聖竜連合の部隊が完全に去った後、俺は張り詰めた息を出した。

 

「お疲れ、レイ」

 

 ユウキが声を掛けてくる。後ろを振り向くと、全員が自らの武器を仕舞っていた。

 

「ったくよぉ、危ねぇ賭けをするなぁ。お前ェは。もし聖竜連合の部隊(あいつら)が戦う気だったらどうするつもりだったンだよ?」

 

 クラインが言ってくる。俺はニッとして答えた。

 

「まあ死なない程度に攻撃していただろうな。レベル的にも食い止めることはできただろうし、対人戦(PvP)は久し振りだったから、いい練習になっただろうしな。それに、さっき言った2倍の兵力差は簡単に覆せるって話は嘘じゃないぜ」

 

「そこまで考えてハッタリかましたのか。さすがだぜ…キリトの戦闘能力とゲーム勘は攻略組最強だと言ったが、お前ェの戦闘指揮能力と判断力も最強だな」

 

「そりゃどうも」

 

 クラインの賛辞に手を上げて応じると、俺はスメラギに話しかけた。

 

「さて、これからどうする?多分少ししたらキリトは帰ってくるだろうけど、あいつんとこに行った方がいいか?」

 

「いや、あいつは多分1人でクリアすることに執着している。俺達が加勢したら、あいつは逆に俺達に刃を向けると思うが」

 

「確かにな。…ちっ。なら俺達は待つしか無いわけか」

 

 俺の言葉に、その場にいた全員が小さく頷いた。

 

side out

sideキリト

 

一年のSAOプレイを通して、俺のHPは初めて赤の危険域に突入し、そこで止まった。

 ボスが倒れ、頭陀袋を残して爆散した時、俺のアイテム欄には1つの回復アイテムも存在しなかった。かつてないほど死に近づき、しかしぎりぎりで生き残ったのに、俺の心には歓喜の念も、安堵すら湧いてこなかった。むしろ、生き延びてしまった、という失望に似た何かだけがそこにあった。

 

 のろのろと剣を納めると同時に、残されていた頭陀袋も光芒を散らして爆散した。ボスがドロップしたアイテムは、全て俺のアイテム欄に収納されたはずだ。大きく息を1つ吐き、窓を呼び出す。

 新規入手欄には、うんざりするほど大量のアイテム名が並んでいた。武器防具らしきもの、宝石類、クリスタル類、食材アイテムまでもがごっちゃり列挙されている窓を慎重にスクロールし、たった1つを探す。

 数秒後、それは拍子抜けするほどあっさりと、俺の目に飛び込んで来た。

 

 《還魂の聖晶石》、それはそういう名前だった。俺の心臓がどくんと跳ね、この数日間―あるいはもっと長い間麻痺していた心に、突然血が通った気がした。

 サチにもう一度会えるかもしれない。そう考えるだけで俺の心が震えた。俺は震える手で何度も操作ミスをしながら、ようやく還魂の聖晶石を実体化させた。ウィンドウの上に浮かび上がったそれは、卵ほどに大きな、そして七色に輝く途方もなく美しい宝石だった。

 

「サチ……サチ……」

 

 声を出して彼女の名前を呼びながら、俺は宝石をワンクリックし、ポップアップメニューからヘルプを選択した。そこには、馴染んだフォントで、簡素な説明が記されていた。

 

 

 

【このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して《蘇生:プレイヤー名》と発声することで、対象プレイヤーが死亡してからその効果光が消滅するまでの間(およそ10秒間)ならば、対象プレイヤーを蘇生させることができます】

 

 

 

 ()()()()()()()

 

 取って付けたようなその一文が、これ以上ないほど明確に、そして冷酷に、サチが死にもう二度と戻らないことを俺に告げていた。

 およそ10秒。それが、プレイヤーのHPがゼロになり、仮想体(アバター)が四散してから、ナーヴギアがマイクロウェーブを発して生身のプレイヤーの脳を焼き切るまでの時間なのだ。

 俺は否応無く想像した。サチの体が消滅し、その僅か10秒後、彼女のナーヴギアが主を焼き殺すシーンを。

 

「うああ……ああああああああああ!!!」

 

 俺の口から獣のような唸り声が洩れた。

 

 同時に還魂の聖晶石をつかみ上げ、俺は力いっぱい雪の上に叩きつけた。そして、ブーツの裏で何度もそれを踏みつける。しかし、宝石は無表情に煌くだけで、ヒビが入る気配すらなかった。俺は絶叫し、しまいには雪の上を転げまわって咆哮した。

 

 無意味、何もかもが無意味だった。サチが苦しみ怯え死んでいったこと。俺がクリスマスボスに挑んだこと。いや、この世界の全てが無意味だった。

 そう考えてから、俺は聖晶石を拾い上げ、元のエリアに戻るワープポイントに向かった。

 

 森の中には、レイたちRSPのメンバーと、クラインたち風林火山のメンバーが変わらずそこにいた。しかし、彼らの顔は一様に少し堅かった。

 

「…キリト」

 

 俺の姿を見て呟いたレイは、一瞬ほっとしたように顔を緩めたが、俺の顔にどのような表情が浮かんでいるか見て取った瞬間、また顔を強張らせた。

 

「それが蘇生アイテムだ。過去に死んだ奴には使えなかった。次にお前の目の前で死んだ奴に使ってくれ」

 

 還魂の聖晶石をレイの足元に放り、出口のワープポイントに向かおうとした俺の肩を、レイがつかんだ。

 

「キリト、今回はお前の命が無事だったから俺は何も言わない。だが、次にお前がこんな無茶なマネをしようとしたら、俺はそれを絶対に止める。何があろうとも、だ。それを肝に銘じておけ」

 

 真剣な顔で言うレイの手を振り払った俺は、森を抜けるために、無言で歩き始めた。




 いかがだったでしょうか?今回、サチの説明が非常に少なかったですね。すみません…
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