ソードアート・オンライン~スコープの先にある未来へ~ 作:人民の敵
隠蔽スキルを解除し、俺たちの目の前に現れたグリムロック。長身に革製のローブを身にまとったその姿は、刀匠と言うよりかは
「やぁ……久しぶりだね……皆」
「グリムロックさん……本当に……貴方がグリセルダさんを……そして私達を殺そうと……?」
ヨルコがややかすれた声で問う。しかし、彼は首を振った。
「それは全くの誤解だ。事の顛末を見届ける責任があると思ってこの場所に向かっていただけだよ」
「こんな御大層な計画を仕組んだ割には平然と嘘が言えるじゃないか。大方ラフコフが殺すまでそこで一部始終を見て、本当に三人が死んだことを確認したかったんだろう?随分と用心深いようだ」
俺はグリムロックを睨みながら言う。発音だけで見れば同名の他人の死亡記録を使って死を装う。そんな計画を間近で見ていた身としては自分が殺しても同じ手を使われないかと疑念を抱くはずだ。何せ彼らは完璧に死を偽装して見せた実績があるのだから。
「隠蔽スキルまで使用したら、もう言い逃れは出来ない」
「罪を洗いざらい話して!」
俺とユウキが語気を強めてグリムロックの嘘に反駁する。それに対して、グリムロックは口を閉ざす。
「………………」
「……なんで……、なんでなの、グリムロック。 なんで、グリセルダさんを殺してまで、指輪を奪ったの!!??」
ヨルコは声を荒げてグリムロックを問い詰める。グリムロックはしばらく彼女を見つめた後、静かに言った。
「指輪の件は関係していないよ……」
「何……?」
俺の声を気にせず、グリムロックは言葉を続ける。
「私は、どうしても彼女を殺さなければならなかった。 彼女がまだ私の妻でいるあいだに……何故なら、彼女は現実でも私の妻だったのだから」
「は?」
「え?」
その言葉に呆気にとられる一同を尻目に、グリムロックはグリセルダさんが眠るお墓を見る。
「私にとっては、一切の不満のない理想的な妻だった。 夫唱婦随という言葉は彼女のためにあったとすら思えるほど、可愛らしく、従順で、ただ一度の夫婦喧嘩すらもしたことがなかった。 だが……、共にこの世界に囚われたのち……彼女は変わってしまった……」
グリムロックは低く息を吐き言葉を紡ぎ続ける。
「強要されたデスゲームに怯え、怖れ、竦すくんだのは私だけだった。 戦闘能力に於いても、状況判断に於いてもグリセルダ……。 いや、《ユウコ》は大きく私を上回っていた。 彼女は、やがて私の反対を押し切ってギルドを結成した。 彼女は……現実世界にいたよりも、生き生きとしていた。 私は認めざるを得なかった。私の愛した《ユウコ》は消えてしまったんだとね……」
前合わせの長衣の肩が小刻みに震える。グリムロックは囁くように言葉を続けた。
「……ならば……いっそ、まだ私が彼女の夫でいるあいだに。 そして合法的殺人が可能なこの世界にいるあいだに、ユウコを永遠の思い出の中に封じてしまいたいと願った私を…誰が責められるだろう?」
「まさか、従順だった奥さんが自らの理想の姿ではなくなった……自分の理想ではなくなったから、そんな理由で殺した……そう言っているの?」
ユウキは理解できないといったようにグリムロックを軽蔑する目で見る。
「そんな理由……?いいや、十分な理由さ。君たちも愛情を得ることが出来、それを失うことを経験すればわかるさ」
グリムロックは今までとは打って変わった真剣な光を目に宿しながら言う。
「違う。貴方が奥さん……グリセルダさんに抱いていた感情は愛情じゃない。それはただの独占欲、支配欲に過ぎないんだよ」
「何……?」
「貴方が愛したのは、"奥さん"ではなく"貴方に従順な奥さん"だったということだよ。奥さんを愛したんじゃない、貴方が意のままに操れる奥さんを貴方は欲したんだ。そんな歪んだ欲望を、ボクは愛情と認めない」
グリムロックに指差し、ユウキは言い放つ。
「そんなことは……そんなことはない!私は心の底から彼女を愛していた、君達に何を言われようとこの事実だけは揺らがない!」
「命を奪って束縛することすら愛情なら、そんな愛情なんてない方がマシだよ!」
グリムロックに対して、ユウキは舌鋒鋭く反論する。
「もうそこまででいいだろう、ユウキ。残念ながら彼に愛情の定義を語ったところで分かり合える時は来ない。狂信者は信仰を曲げないからこそ狂信者たりえるんだ」
俺はグリムロックに冷ややかな目を向けながら、ユウキを止めた。世間には常識がネジ曲がった人間が一定数存在する。そんな人間と会話をしようとしても話は平行線のままだ。何故なら彼らは自ら恃むところを信じ、俺たちが彼らに思う狂気を俺たちに感じているからだ。
「……レイさん、そいつの処置は、俺たちに任せてくれないか。……心配しなくても、私刑に掛けたりはしないと約束する」
毒が解け立ち上がったシュミットが俺たちに言う。
「あぁ、構わない。どの道俺達には手に余る人間のようだしな」
シュミットはグリムロックの右腕を掴んで立たせ『世話になったな』とだけ短く言い残して俺達の横を通りすぎて行く。その後に、ヨルコとカインズも続いた。
しかし、ヨルコは俺達の前で立ち止り深く一礼すると口を開いた。
「レイさん、ユウキさん。 本当に、なんてお詫びしていいか……。 お二人が駆けつけてくれなければ、私たちは殺されていました。 本当にありがとうございました」
「こちらこそ。むしろ、ここまで気づけなくて申し訳ないよ」
「いえ……では、私はこれで失礼しますね」
ヨルコさんはもう一度俺達に頭を下げから、足早に去って行った。俺達は、その場に立ったままヨルコ達の背中が見えなくなるまで見送り続けた。
彼らの背後に浮かぶ空では、夜が明け、日が昇ろうとしていた―