ソードアート・オンライン~スコープの先にある未来へ~   作:人民の敵

37 / 50
《第37話》殺意の在処

sideキリト

 

 あのデュエルの後、俺は約束通り血盟騎士団に入団することになり、制服も届いた……のだが。

 

「俺は地味な奴にしてくれといったはずだぞ!?」

 

 届いた制服は、白基調に赤い模様が所々にあり、真っ黒コートしか着たことのないといってもいいような俺には十分すぎるほど派手に見えた。

 

「ううん、十分地味だって!!似合ってる似合ってる!」

 

 俺の横にはアスナがいて、俺の肩をトントンと二回叩いた。

 

「大丈夫大丈夫、キリト君なら血盟騎士団(うち)でも充分やっていけるよ」

 

「そういってくれると助かるけどな」

 

 俺はアスナの見送りの下、訓練の集合場所である第五十五層《グランザム》に向かった。

 

 

――――――――――

 

 

「……どういうことだ」

 

 五十五層に赴いた俺を出迎えたのは、血盟騎士団の前衛部隊隊長を務めているというゴドフリーというプレイヤーだった。

 

「そうだ。 私を含む団員四人パーティーを組み、ここ55層の迷宮区を突破して56層主街区まで到達してもらう」 

 

「では、集合場所に行こうか」

 

「ああ」

 

 集合場所は、血盟騎士団本部の西門であった。俺は、集合場所である意味最も見たくなかった人物の顔を見ることになった。

 

 そこには、クラディールの顔があったのだ。

 

「……どういうことだ」 

 

 俺はゴドフリーに小声で尋ねた。

 

「ウム。 君らの間の事情は承知している。 だがこれからは同じギルドの仲間、ここらで過去の争いは水に流してはどうかと思ってな!」

 

 すると、クラディールがゆっくりとこちらに進み出てきた。俺は、反射的に身構える。

 

だが、俺の予想を裏切る行動を取った。突然頭を下げたのだ。

 

「先日は……、ご迷惑をお掛けしまして……」

 

 俺は、突然の事に驚き、口をぽかんと開けてしまった。

 

「二度と無礼な真似はしませんので……、許していただきたい……」

 

「……ああ」

 

 俺は困惑しながら言った。どっちかといえばそれをすべき相手はレイな気がするが……何だろうか、嫌な予感がする。

 

「よしよし、これで一件落着だな!!」

 

 しばらくすると残り一人の団員もやってきて、俺達は迷宮区目指して出発することになった。歩き出そうとした俺をゴドフリーが引き留めた。

 

「……待て。 今日の訓練は限りなく実戦に近い形式で行う。 危機対処能力も見たいので、諸君らの結晶アイテムは全て預からせてもらおう」

 

「……転移結晶もか?」

 

 俺の問いに、当然だと言わんばかりに頷く。俺は、かなりの抵抗を感じた。

 

 クリスタル、特に転移結晶は、このデスゲームにおける最後の生命線だからだ。俺はストックを切らした事は一度もなかった。

 

「………」

 

 俺は、クラディールと一人の団員を見た。血盟騎士団の二人はゴドフリーに全ての結晶アイテムを手渡していた。

 

 俺は、返事が返って来る前に全ての結晶アイテムを実体化させゴトフリーに手渡した。

 

「では、進軍を開始しようか」

 

 俺は鍛え上げた敏捷力ステータスを限界まで使い迷宮区まですっ飛んでいきたいところだがゴドフリーがそれを許さない。仕方なく戦闘をこなしながら歩くこと数十分、迷宮区が見えたところでゴドフリーが「休め」の命令を出した。

 

「よし、総員、ここで一時休憩!!」

 

 俺は一旦その場に腰を下ろす。

 

「では食料を配布する」

ゴドフリーはそう言うと、革の包みを四つオブジェクト化し、一つをこちらに放ってきた。

 

 俺はそれを片手で受け取り、中身を開けた。中身には水の瓶とNPCショップで売っている固形パンだった。

 

 本来ならアスナの手作りサンドイッチが食べられるはずだったのに、と自分の不運、と言うより、あの時に口約束をしなければよかったなと考えながら、瓶の栓を抜いて一口呷る直前に、一人離れた岩の上に座っているクラディールの姿が目に入った。

 

 何だ……?さっきの違和感がフラッシュバックし、不審に思う。そして、気付いた。奴は何か持っている。

 

 俺は咄嗟に水の瓶を投げ捨てた。が、遅かった。俺はその場に崩れ落ちてしまった。周りを見渡すとクラディールと除く全員がその場に崩れ落ちていた。

 

 倒れた二人のHPバーは、普段は存在しないグリーンに点滅する枠に囲まれている

 

「クッ……クックックッ……クハッ! ヒャッ!ヒャハハハハ!!」

 

 岩の上でクラディールが両手で自身の体を抱え、全身をよじって笑った。落ち窪んだ三白眼に、狂喜の色が浮かんでいる。

 

 ゴドフリーが茫然とした顔でそれを眺める。

 

「ど……どういうことだ……この水を用意したのは……クラディール……お前……」

 

「早く解毒結晶を使え!!」

 

 俺は、ゴドフリーに向かって叫んだ。俺の声を聞き、ゴドフリーはようやくのろのろとした動作で腰のポーチを探り始めた。

 

「ヒャーーーーーーッ!!」

 

 クラディールは奇声をあげながら岩の上から跳び上がり、俺の頭上を飛び越えゴドフリーの左手をブーツで蹴り飛ばした。

 

その手からは、緑色の結晶がこぼれ落ちる。

 

 この行為により、ゴトフリーのHPが僅かに減少し、同時にクラディールを示すカーソルがグリーンから犯罪者を示すオレンジに変化した。

 

 だが、それは事態に何ら影響を与えるものではなかった。こんな既攻略層のフィールドを都合よく通りがかる者などいるはずがないからだ。

 

「ゴドフリーさんよぉ、馬鹿だ馬鹿だと思っていたがあんた筋金入りの筋肉脳味噌(ノーキン)だなぁ!!」

 

 クラディールの声が平原に響く。

 

「あんたにも色々言ってやりたいことはあるけどなぁ。……オードブルで腹いっぱいになっちまっても困るしよぉ……」

 

 言いながら、クラディールは両手剣を腰の鞘から引き抜いた。体をいっぱいに反らせ、大きく振りかぶる。

 

「ま、まてクラディール! お前……何を……。 何を言っているんだ……? く……訓練じゃないのか……?」

 

「うるせぇ。 いいからもう死ねや」

 

 そう言い放つと、クラディールはゴドフリーに向けて両手剣を突き刺した。

 

「死ねー!!」

 

「ぐあぁぁぁぁぁあぁあぁ!!」

 

 何度も何度もゴドフリーに両手剣を突き刺す。一ドット、また一ドットとゴドフリーの体力が減っていく。そして危険域である赤に突入した瞬間――

 

 

「ヒャァァァァァ!!」

 

 大振りに両手剣をゴドフリーに突き刺し、そのまま体重を掛けた。じわじわとゴドフリーの体力が減っていき、そして――

 

パリィン

 

 ゴドフリーの体力バーをゼロにし、無数の破片として彼を消滅させた。ゴドフリーを殺害したクラディールは、もう一人の団員に向き直る。

 

「ヒッ……」

 

 ゆっくりとクラディールが近づいていくのを見て、その団員は悲鳴を上げた。

 

「……お前にゃ何の恨みもねぇけどな……。 俺のシナリオだと生存者は俺一人なんだよな」

 

 クラディールは両手剣を振りかぶる。

 

「ひぃぃぃぃっ!!」

 

「いいか~? 俺達のパーティーはァー」

 

 両手剣を団員に突き刺す。

 

「平原で訓練中、犯罪者ギルドの大群に襲われ~」

 

 まずは一発。

 

「勇戦空しく3名が死亡ー!!」

 

 二発目。

 

「しかし俺だけは犯罪者を撃退し、一人で生還しましたァー!!」

 

 三発目で団員の体力バーがゼロになった。

 

「お前みてぇなガキのために、二人も殺しちまったよ」

 

「その割には楽しんでいたじゃないか」

 

 俺の言葉にクラディールはニヤっと笑った。

 

「なんでお前みたいな奴が血盟騎士団に入った」

 

「クックッ……」

 

「何がおかしい」

 

 再び笑ったクラディールに俺は聞いた。

 

「決まってんだろ。あの女だよ」

 

「ッ……!!」

 

 それがアスナのことだと分かったとき、俺はこいつが真の屑だということを悟った。

 

「お前には犯罪者ギルドの方がお似合いだ……」

 

「クッ、おもしれえこというなぁ。《黒の剣士》さんよぉ」

 

「どういうことだ」

 

「いや、褒めてるんだぜぇ。いい目してるってなぁ」

 

 そう言うと、クラディールは自らの左のガントレットを助走し、袖を捲って見せた。そこにあったのは――

 

「……!!」

 

 そこにあったのは、カリカチュアライズされた漆黒の棺桶図案。蓋にはにやにや笑う両眼と口が描かれ、ずれた隙間からは白骨の腕がはみ出している。

 

「そのエンブレムは……《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の……!?」

 

 ラフィン・コフィン。そう、レイ()が率いた対犯罪者組織、攻略組対犯罪者特殊討伐隊(UCSF)による血みどろの討伐戦によって壊滅したアインクラッド最凶最悪の殺人者(レッド)ギルド。幹部含め大半のメンバーが捕縛または殺害されたあのギルドの紋章が何故奴の腕にある!?

 

「これは……、復讐なのか? お前はラフコフの生き残りだったのか?」

 

 掠れた声で訊いた俺に、クラディールは吐き捨てるように答えた。

 

「ハッ、違げーよ。そんなだせぇことすっかよ。 俺がラフコフに入れてもらったのはつい最近だぜ。さっきの麻痺テクもそん時教わったんだぜ……、と、やべぇやべぇ。ちんたらしてると麻痺が解けちまうぜ」

 

「誰から教わったんだ!?」

 

「言うわけねぇだろうが、クックック。さてそんなことを心配してる暇はねぇぜぇ?」

 

 そう言うと、クラディールは俺に歩み寄り、他の二人にしたのと同じように両手剣を突き刺してきた。

 

そのまま二度、三度とこじるように回転させる。

 

「…………ッ!!」

 

痛みはない。だが、強力な麻痺をかけた上で神経を直接刺激されるような不快な感覚が全身を駆け抜ける。

 

剣が腕を抉るたび、俺のHPが僅かだが確実な勢いで減少していく。クラディールは一度剣を抜くと、今度は左足に突き下ろしてきた。

 

「ガッ……」

 

 再び神経を痺れさせるような電流が走り、無慈悲にダメージが加算される。

 

「どうよ……、どうなんだよ……。もうすぐ死ぬってどんな感じだよ……。教えてくれよ……。なぁ……」

 

 クラディールは、そう言いじっと俺の顔を見つめている。とうとうHPバーがイエローゾーンに突入した。

 

「おいおい、なんとか言ってくれよぉ。 ホントに死んじまうぞォ?」

 

 クラディールの剣が足から抜かれ、腹に突き刺された。HPが大きく減少し、赤い危険域へと達した。

 

 その刹那、俺は両目を見開き、自分の腹に突き刺さっていたクラディールの剣の刀身を左手で掴んだ。

 

 力を振り絞り、ゆっくりと体から抜き出す。

 

「お……お?なんだよ、やっぱり死ぬのは怖ぇってかぁ?」

 

「そうだ……。 まだ……、死ねない……」

 

 奴と約束したんだ。こんな所で死ねない。

 

「カッ!! ヒャヒャッ!! そうかよ、そう来なくっちゃな!!」

 

 クラディールは怪鳥じみた笑いを洩らしながら、剣に全体重を掛けて来た。それを片手で必死に支える。

 

 だが、剣先は徐々にだが、確実な速度で再び下降を始めた。

 

「死ねーーーーーッ!! 死ねーーーーー!!」

 

 一センチ、また一センチと、切っ先が俺の体に潜り込んでいく。俺は死ぬのか。そう思った瞬間――

 

 一陣の疾風が吹いた。

 

「な……ど……」

 

 クラディールが驚きの眼差しで乱入者を見る。

 

「間に合った……間に合ったよ、神様!!」

 

 現れたのはアスナだった。アスナはクラディールをきっと睨み付けると、目にも止まらぬ連撃を叩き込むべくソードスキルを発動させた。

 

「ヒッ……!!」

 

 クラディールも両手剣で応戦するが、手数が違いすぎる。アスナの細剣は次々とクラディールにヒットし、体力バーを削っていった。そして最後の一撃がクラディールの体力バーの最後の一ドットを削りきるその瞬間――

 

「わ、分かった。俺が悪かった。もう二度とあんたらの目の前に現れない。頼む!!殺さないでくれー!!」

 

 クラディールの甲高い声をアスナは冷ややかに聞いていた。そして持っていた細剣を逆手に持ち直す。そして、今度こそクラディールに突き刺すべく細剣が振り下ろされた瞬間、更に高い声が響き渡った。

 

「ヒィィィ!!死にたくねぇ――――っ!!」

 

 がくっと見えない障壁にぶつかったかのようにアスナの動きが止まった。細い体が震える。俺はそこに、アスナの葛藤・怒り、そして恐怖を感じ取った。

 

 殺人者(レッド)キラーことレイならいざ知らず、俺が知る限り彼女はこの世界で人を殺めたことがない。そして、この世界は現実世界において本当に死ぬ。PKなどというネット用語に包んでみたところで所詮それは殺人行為なのである。

 

―――そうだ、やめろアスナ。君が人を殺めてはいけない。

 

 内心そう叫ぶのと同時に、俺はこうも考えていた。

 

―――だめだ。躊躇うな。奴の狙いはそれだ。

 

 そして、俺の後者の考えは程なく現実になった。

 

「ッヒャァァァ!!」

 

 土下座していたクラディールが、いつの間にか握り直していた両手剣を、突如の奇声と共に振り上げた。

 

「あっ……!?」

 

 短い金属音と共にアスナの右手から細剣が弾かれる。短い悲鳴を漏らし姿勢を崩すアスナの頭上で、刃が光を帯びた。

 

「アアアア甘ぇ――――んだよ副団長様アアアアア!!」

 

 狂気が滲んだ声と共にどす黒く光った両手剣を、クラディールは何の躊躇いもせずに振り下ろした。

 

 まだ麻痺は解けない。このままでは―――

 

 クラディールの凶刃がアスナを捉える、そう思われた。しかし―――

 

「甘いのはどっちなんだか」

 

スパン

 

「ガッ……」

 

 その音と共にクラディールは崩れ落ちた。クラディールの後ろから現れたのは――

 

「全く、危機管理能力がなってないぜキリトよ」

 

「あ、あぁ……そうだな」

 

 拳銃を構えながら現れたのは、レイだった。後ろにはセブンもいた。レイはクラディールの左腕をちらりと見て、ため息を吐いた。

 

「ラフコフの残党か」

 

「いや、シンパのようだ」

 

 俺のその言葉を聞き、レイは更に大きなため息を吐いた。

 

「嫌な予感が当たったようで何より」

 

「……?」

 

「いや、なんでもない。さて、()()()はどうするか。判断はお前に任せる」

 

「……黒鉄宮に、送ってくれ」

 

 俺がそう言うと、レイは「了解」とだけいい、メッセージを送った。程なくして『軍』のプレイヤーが到着し、クラディールを連行していった。

 

「さて、危ないところだったな」

 

「……ああ。どうやってここが分かったんだ」

 

 俺は聞いた。どうやってここを探り当てたのか。それが疑問だった。

 

「簡単な話だ。アスナが位置情報を持ってた。アスナに知らせを受けた俺とユウキも来たが、生憎アスナがどう考えてもあり得ないスピードですっ飛んでいったもんでな。遅れちまったってわけさ」

 

「……そうか」

 

 俺はそう答えてから、アスナをちらりと見た。彼女は泣いていた。それを察したのか、レイとユウキは「じゃあな」とだけ言って去ってしまった。

 

 2人が去ってから、俺はアスナのもとに歩み寄った。

 

――――――――――

 

side レイ

 

「………」

 

 クラディールを捕縛してからギルドホームに帰った俺は、アスナからメッセージを受け取った。その内容は―――

 

『団長から退団の許可が出た。私とキリト君も、少し攻略をお休みするよ』

 

「そりゃ結構」

 

 俺は1人呟いた。時刻既に深夜の1時。メンバーはもう就寝し、起きているのは俺しかいない。

 

タンタン

 

 俺はメッセージを書いていた。内容は―――

 

 

『……報告書(3)に挙げた件の犯罪者集団は既に心理的協力者を獲得しており。その根源と思われる首領の()()を行わない限り当該集団の最終的かつ不可逆的な殲滅は不可能であると結論付け、上層部の指示を仰ぐものとする』

 

 そこまでキーを叩いた後、手を止めた。そして、そっとベッドで寝ているユウキを見た。

 

「……」

 

 俺はそっとウィンドウを消した。

 

「…寝るか」

 

 俺は、ユウキの隣に潜り込んだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。