ソードアート・オンライン~スコープの先にある未来へ~ 作:人民の敵
『《はじまりの街》に来てくれないか?』
起きて早々、キリトからこんなメッセージが届いた。ぶっちゃけ嫌だ。俺は軍にマークされてるからな。
『何の要件だ』
俺は短くそうメッセージを送りながら、出かける準備をする。
「あ、レイ君。出かけるの?」
準備をしていると、先に起きていたらしいセブンから声を掛けられる。
「あぁ、ちょっと
「レイ君も大変ね。キリト君、何かあれば君を巻き込もうとするから」
セブンの言葉に俺は深く頷く。
「気を付けてね」
「あぁ」
セブンに見送られながら、俺はギルドホームを後にした。
――――――――――
第一層《はじまりの街》
「さて、はじまりの街に来たのはいいが……」
俺はマスクをし、服装も地味なコートにしている。圏内事件以来俺は《軍》にマークされ、主街区を警備している兵士には俺の顔データが配られ指名手配犯のような扱いを受けているそうだからな……全く、
「アイツどこにいるんだよ……」
俺は半分途方に暮れながら言った。ただまぁ、悲嘆にくれてばかりもいられないので、俺は取り敢えず聞き込みをすることにしてすぐそばにあった教会に向かう。あれ何式だっけ。忘れた。
「とにかく入るか」
教会は確か公共施設のはずなので、俺が入っても問題はなかった…はず。
「ん……?」
俺はノックしようとして手を止めた。そして《哨戒》スキルを使い教会の中の人数を数える。
「右の部屋に3人、中央に4人、左の部屋にも4人。二階にも数人……か」
こんなに教会に人が集まるものなのか?俺は一応拳銃をいつでも抜けるようにしてからノックした。
コンコン
反応はない。どうするべきか――などと考えていると。
ガチャ
「《軍》の人……ですか?」
開いた扉から顔を出したのは、プレーンドレスを身に纏い手に短剣を握り締めた小柄な女性プレイヤーだった。
「いえいえ、俺は上の層の人間ですし、むしろ《軍》に
俺は肩を竦めながら言った。
「もしかして、中の人のお仲間さんですか?」
「中の人、とは?」
俺の疑問は何故か無視され、そのまま中に通された。しかし街の雰囲気といい、この女性プレイヤーの異様なまでの《軍》への警戒心といい、そろそろ《軍》は解体した方が良さそうな気がせんでもない。
「……ここにいたのか」
そこには、キリトとアスナがいた。
「よくここが分かったな」
悪びれることもなくキリトが言う。俺はため息を吐いた。
「たまたまだ。で、お前らのところにいる
俺はアスナが抱えている幼い少女を見て言う。
「家の近くで保護した少女だ」
「……どうしたらいい?俺はお前のことを未成年者略取及び誘拐で突き出した方がいいのか……?」
俺は冗談混じりに言った。
「もっとマシな冗談が言えないのかお前……」
「言えないね」
「即答ですかそうですか」
「あの……」
女性が俺に話し掛けてきた。
「ああ、紹介がまだでしたね。僕はレイと言います。こっちはユウキ」
「えっと……貴方はやっぱり……」
「ええ、こいつらの知り合いです」
「そうですか。私はサーシャと言います。」
サーシャと名乗った女性は、俺の視線に気づいたのか周りにいる子どもたちを見ながら言った。
「私はここで孤児院を経営しているんです。下層にいる子どもたちを中心に保護してて……」
サーシャという女性の、大きな深緑色の瞳が眼鏡の奥でいっぱいに見開かれる。
「……この教会には、小学生から中学生くらいの子供たちが20人くらい暮らしています。多分、現在この街にいる子供プレイヤーのほぼ全員だと思います。 このゲームが始まった時……」
サーシャは言葉を続ける。
「それくらいの子供たちのほとんどは、パニックを起こして多かれ少なかれ精神的な問題を来たしました。 勿論ゲームに適応して、街を出て行った子供もいるんですが、それは例外的なことだと思います」
「当然ですよね。まだまだ親に甘えたい盛りに、いきなりここから出られない、ひょっとしたら二度と現実に戻れない、なんて言われたんですから……。 そんな子供たちは大抵虚脱状態になって、中には何人か……、そのまま回線切断してしまった子もいたようです」
サーシャの口元が固く強張る。
「私、ゲーム開始から1ヶ月くらいは、ゲームクリアを目指そうと思ってフィールドでレベル上げしていたんですけど……。 ある日、そんな子供たちの一人を街角で見かけて、どうしても放っておけなくて、連れてきて宿屋で一緒に暮らし始めたんです。 それで、そんな子供たちが他にもいると思ったら居ても立ってもいられなくなって、街中を回っては独りぼっちの子供に声を掛けるようなことを始めて、気付いたら、こんなことになっていたんです。 だから……、お三方みたいに、上層で戦っていらっしゃる方もいるのに、私はドロップアウトしちゃったのが申し訳なくて」
「そんなことないですよ、サーシャさん」
「サーシャさんは立派に戦ってますよ」
キリトとアスナは、サーシャに優しい声音で言った。
「ありがとうございます。 でも義務感でやっているわけじゃないんですよ。 子供たちと暮らすのはとっても楽しいです」
「だから……。 私たち、二年間ずっと、毎日一エリアずつ全ての建物を見て回って、困っている子供がいないか調べているんです。 そんな小さい子が残されていれば、絶対気付いたはずです。 残念ですけど……、はじまりの街で暮らしていた子じゃあ、ないと思います」
「「そうですか……」」
キリトとアスナは肩を落とした。いや待って、話に追い付けない。
「そういえば、毎日の生活費、どうしているんですか?」
キリトが口を開いた。
「あ、それは、私の他にも、ここを守ろうとしてくれている年長の子が何人か居て……、彼らは街の周辺のフィールドなら絶対大丈夫なレベルになっていますので、食事代くらいはなんとかなっています。贅沢はできませんけどね」
「ほう…それは大したものだ」
「だから、最近眼を付けられちゃって……」
「……誰に、です?」
サーシャの穏やかな目が一瞬にして厳しくなった。言葉を続けようと口を開けた、その時―
「先生! サーシャ先生! 大変だ!」
部屋のドアが開き、数人の子供たちが雪崩込んできた。
「こら、お客様に失礼じゃないの!」
「それどころじゃないよ!!」
先頭に立つ赤毛の少年が、目に涙を浮かべながら叫んだ。
「ギン兄ィたちが、軍の奴らに捕まったんだよ!!」
「――場所は?!」
別人のように毅然とした態度で立ち上がったサーシャが、少年に訊ねた。
「東五区の道具屋裏の空き地。 軍が十五人くらいで通路をブロックしている。 コッタだけが逃げられたんだ」
「解った、すぐ行くわ。――――すみませんが……」
「いや、俺たちも助けに行くよ」
キリトは俺たちをちらりと見る。俺は「分かったよ」と手で応える。
「――ありがとうございます。 お気持ちに甘えさせていただきます」
サーシャは深く一礼すると、眼鏡を押し上げ、言った。
「それじゃ、すいませんけど走ります!」
――――――――――
「おっ、保母さんの登場だぜ」
「…子供たちを返してください」
硬い声でサーシャが言う。
「人聞きの悪いこと言うなって。 すぐに返してやるよ。 ちょっと社会常識ってもんを教えてやったらな」
「そうそう。 市民には納税の義務があるからな」
わははは、男たちが甲高い笑い声を上げた。 固く握られたサーシャの拳がぶるぶると震える。
「ギン! ケイン! ミナ! そこにいるの?!」
サーシャが男たちの向こうに呼びかけると、すぐに怯えきった少年少女の声でいらえがあった。
「先生! 先生!……助けて」
「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」
「先生……だめなんだ……!!」
今度は、しぼり出すような少年の声。
「くひひっ」
道を塞ぐ男の一人が、ひきつるような笑いを吐き出した。
「あんたら、ずいぶん税金を滞納しているからなぁ……。 金だけじゃ足りないよなぁ」
「そうそう、装備も置いていってもらわないとなぁー。 防具も全部……何から何までな」
男たちは下卑た笑いを見せ、俺は路地の奥で何が行われているか咄嗟に察した。恐らくこの《徴税隊》は、少女を含む子供たちに、着衣も全て解除しろと要求している。
全く軍律も何もあったもんじゃない。
「……行くか」
俺はアスナにその旨を伝える。アスナは頷いた
「……私とキリト君は、こちらに向かってきた軍のプレイヤーの処理をするわ」
「了解」
俺は思いっきり助走をつけ、そして――
タンッ
軍の連中の頭上を飛び越え、子どもたちのいる場所まで跳んだ。
「よぉ軍隊擬き、お前らの相手は年若い子どもじゃなくて俺がなってやるよ」
出来るだけ挑発的にそう言う。
「なんだ貴様!!《軍》の行動を妨害するつもりか」
それに乗った隊長とおぼしきプレイヤーが俺に向かって剣を突きつける。ギラギラとした薄っぺらい輝き。一度も損傷やメンテナンスを経ていない武器特有のものだ。
「ご名答。《徴税》と称してプレイヤーから金品を収奪して治安組織を名乗るとは、《軍》も堕ちたものだ」
俺は肩を竦めながら言った。
「もう大丈夫だよ、防具を戻して」
俺の後ろで、ユウキが子どもたちの防具を戻している。
「おいおいおい、《軍》の行動を妨害したらどうなるか分かってんのか!?」
一番若いと思われるプレイヤーが喚く。
「まぁ落ち着け、あんた見ない顔だけど、解放軍に楯突いたらいいことはないぜ?なんなら本部で話を聞いてもいいんだぞ。それとも《圏外》行くかぁ!?」
それは困るなぁ。指名手配犯だし。
「そいつは若干困るね」
俺は剣を抜く。銃を使いたいのは山々だが、子どもたちがいる手前、流石に…ね?
「《圏外》なんて行く必要はないさ。なぁユウキ」
「…うん」
俺とユウキはそれぞれ剣を抜く。
「さて、多分スッゴい衝撃だけどそっちが売ってきた喧嘩だし諦めてね」
そう言った瞬間、俺は跳んだ。同時にソードスキルを発動する。俺は片手直剣七連撃《デッドリー・シンズ》を先頭にいる徴税隊長に叩き込んだ。
「ヒッ」
緑の剣戟が交差し、隊長の体の手前で激しい光を散らす。《圏内戦闘》では一切体力は減らず、もちろんプレイヤーが
「や、やめ……」
隊長が大きく吹っ飛ぶ。あまりにもレベル差がある場合、ノックバックは凄まじいものになり、恐怖も強まっていく。
「そっちから仕掛けたんだろ?もっと楽しませてくれよ」
俺は踊るように動きながら斬撃を隊長や他のプレイヤーに叩き込む。軍のプレイヤーは効果的な反撃をすら行えずされるがままであった。
「あ、キリト。何人かそっちにすっ飛んで行くと思うから処理よろしく」
「了解」
俺のソードスキルですっ飛ばされ、その先でキリトとアスナにめった切りにされるという拷問のような時間が数分経ち―――
「呆気なかったな」
「だね」
俺たちは剣を納めた。後ろで俺たちを見ていた子どもたちとサーシャは、絶句していた。
「す、すげぇよ兄ちゃんたち。あんなの見たことないよ!!」
「それはどうも。でも俺は本職じゃないんだなぁ」
「みんなの……みんなの、こころが」
その時だった。キリトに抱かれている少女が呻き始めた。
俺とユウキは、少女の目の方向を見やったが、そこには何もない。
「みんなのこころ……が……」
「ユイ! どうしたんだ! ユイ!」
キリトが少女を揺さぶり、アスナは、その少女の手を握る。
「ユイちゃん……。 何か、思い出したの?!」
アスナが声を上げて言った。
「……あたし……あたし……」
ユイと呼ばれた少女は眉を寄せ、俯く。
「あたしは、ここには……いなかった……。 ずっと、ひとりで、くらいところにいた……」
何かを思い出そうとするかのように顔しかめ、唇を噛む。そして、突然ー
「うぁ……あ……あああ!!」
その体が仰け反り、細い喉から高い悲鳴が迸った。SAO内で初めて聞くノイズじみた音が俺の耳に響いた。
「……ッ」
これはまさか―――
直後、少女の硬直した体のあちこちが、崩壊するように激しく振動した。
「ゆ……ユイちゃん……!」
アスナが悲鳴を上げ、その体を両手で必死に包み込む。
「ママ…………こわいよ」
かぼそい悲鳴を上げる少女をアスナは、キリトの右腕から抱き上げ、ぎゅと胸に抱きしめた。
アスナは、少女の頭を心配そうに撫でてあげてた。そして数秒後、怪奇現象は収まり、硬直した少女の体から力が抜けた。
「…どういうことだ」
俺のキリトに向けた呟きが、静寂に満ちた空き地に低く流れた。