ソードアート・オンライン~スコープの先にある未来へ~   作:人民の敵

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《第39話》救出依頼

「ミナ、パンひとつ取って!」

 

「ほら、余所見しているとこぼすよ!」

 

「あーっ、先生ー! ジンが目玉焼き取ったー!」

 

「かわりにニンジンやったろー!」

 

傍目から見ても凄い光景だった。

 

「これは……、すごいな……よくパニック状態を起こさずここまで……」

 

 俺は眼前で繰り広げられる朝食風景に、呆然としてしまった。

 

 ここははじまりの街、教会の一階広間。巨大な長テーブル二つに所狭しと並べられた大皿に載る、卵やソーセージ、野菜サラダを、二十数人の子供たちが盛大に騒ぎながらぱくついている。

 

「でも、楽しそうだな」

 

 キリトが呟いた。

 

 俺たちとサーシャは、少し離れた丸テーブルに座っている。サーシャは、微笑しながらお茶を口許に運んだ。

 

「毎日こうなんですよ。 いくら静かにって言っても聞かなくて」

 

 そう言いながら、子供たちを見るサーシャの目は心底愛おしそうに細められている。

 

「子供、好きなんですね」

 

 アスナが満面の笑みでサーシャに言うと、サーシャは照れたように笑った。

 

「向こうでは、大学で教職課程取っていたんです。 ほら、学級崩壊とか長いこと問題になっていたじゃないですか。 子供たちを私が導いてあげるんだーって、燃えてて。 でもここに来て、あの子たちと暮らし始めたら、何もかも見ると聞くでは大違いで……。 むしろ私が頼って、支えられている部分のほうが大きいと思います。 でも、それでいいって言うか……。 それが自然なことに思えるんです」

 

「何となく解る気はしますね」

 

 アスナは頷いて、隣の椅子で真剣にスプーンを口に運ぶ少女の頭をそっと撫でた。

 

 昨日、謎の発作を起こし倒れた少女は、幸い数分で目を覚ました。

 

 だが、すぐに長距離を移動させたり、転移ゲートを使わせる気にはならなかいというキリトに配慮したのか、教会の空き部屋を一晩借りれることになった。今朝からはユイの調子も良いようで、キリトとアスナは安心していた。

 

 しかし基本的な状況は変わっていない。あの少女の正体は何も分からないのだかすかに戻ったらしき少女の記憶によれば、はじまりの街に来たことは無いようだった。

 

 そもそも保護者と暮らしていた様子すら無いのだ。少女の記憶障害、幼児退行といった症状もまるで不明で判らないのだ。

 

――もしかしたら、()()か……?いや……

 

「サーシャさん……」

 

「はい?」

 

「……軍のことなんですが。 俺が知っている限りじゃ、あの連中は専横が過ぎることはあっても治安維持には熱心だった。 でも昨日見た奴等はまるで犯罪者だった……。 いつから、ああなんです?」 

 

「それに関しては俺が説明しよう。軍のトップはかつてのMMDトゥデイのリーダーだったシンカーという男だったが、つい最近、内部でクーデターが起きた。そして実質的な権限を握ったのはお前も知っているであろうキバオウだ」

 

「キバオウ……あぁ、あのイガグリ頭の」

 

「そうだ。そしてキバオウの一派は資金を蓄えるために徴税部隊を編制、略奪を始めた。だが、腐っても軍は攻略ギルドの端くれ。他派のプレイヤーから資金貯めに奔走する態度を批判され、思いきった行動を取った」

 

 俺はそこで話を切りキリトを見たが、キリトは首をかしげた。察してくれよ……

 

「……74層で軍の部隊が壊滅しただろう。後で調べたところ、隊長のコーバッツはキバオウ派の中で最精鋭だったそうだ。つまり、キバオウは攻略姿勢を示すために側近のコーバッツをボス攻略に送り込んだってわけさ」

 

 俺が言うとキリトたちは納得したように頷き、そして彼らの運命を思い出したのか暗い顔になった。

 

「……お詳しいんですね。私もそこまでは知らなかったです」

 

「……ええ。職業柄というかなんというか……」

 

 俺はそこで言葉を止め、耳を澄ませた。

 

「誰か来る」

 

「だね」

 

 索敵スキルを使用していたキリトが頷く。確かに、こちらに一人のプレイヤーが近づいて来ている。

 

「ああ、間違いなく一人こちらに近づいて来ているな」

 

「え……。 またお客様かしら……」

 

 サーシャの言葉に重なるように、教会内に音高くノックの音が響いた。教会の扉を開けた先に佇むのは、長身の女性プレイヤーだった。

 

 銀色の長い髪をポニーテールに束ね、怜悧(れいり)という言葉がよく似合う、鋭く整った顔立ちをしているプレイヤーだった。鉄灰色のケープに隠されているが、女性プレイヤーが身に纏う濃緑色の上着と大腿部がゆったりとしたズボン、ステンレススチール風に鈍く輝く金属鎧は、間違いなく《軍》のユニフォームだ。

 

「みんな、この方は大丈夫よ。 食事を続けなさい」

 

 サーシャの言葉により子供たちは、ほっとしたように肩の力を抜き、食事を続けた。

 

 歩いてきた女性プレイヤーは、俺たちが座っている丸テーブルまで歩を進め、俺たちの座っている前で立ち止まり声を掛けてきた。

 

「初めまして、ユリエールです。ギルドALFに所属しています」

 

「「「ALF?」」」

 

 初めて聞くギルド名に、キリトとアスナは首を傾げた。

 

「Aincrad Liberation Force。アインクラッド解放軍といったところか。軍が何の用だ。昨日の件で俺たちを捕まえに来たのかい?」

 

 俺が聞いた。

 

「いえいえ、むしろ感謝したいくらいですよ」

 

「感謝……なるほど、貴女は反キバオウ派といった感じか」

 

 俺がそう言うと、その女性は驚いたような表情をした。

 

「えっと、貴女は……」

 

 キリトが聞いた。おっと話しすぎたようだ。

 

「失礼しました。私はさっきこの方が言ったようにアインクラッド解放軍に所属しています。貴方たちの名前は……」

 

「おっと失礼。俺の名前はレイだ」

 

「俺はキリトだ」

 

「私はアスナよ」

 

 俺たちの名前を聞くと、ユリエールは合点したように頷いた。

 

「《黒の剣士》、《狂剣士(バーサーカー)》。そして《断罪者(コンヴィクター)》……なるほど、どうりで連中が軽くあしらわれるわけだ」

 

 ……ちょっと待て。俺だけ聞いたことのない二つ名なんだが。

 

「それで、改めて聞くけど、用件は一体なんだい」

 

「貴方ならばお分かりいただけるのではないでしょうか?」

 

 女性、ユリエールはそう言った。まさか……

 

「クーデターに協力しろと?」

 

「いえいえ。クーデターなんか仕組むのは我々の本分ではありません。私が貴方たちにお願いしたいのは……ALFのリーダー、シンカーの救出です」

 

「……ほう?ま、俺だけの問題じゃないからゆっくり話そうじゃないか。そこにでも掛けてどうぞ」

 

 俺が席を勧めると、「では失礼して」と言いながらユリエールは席に座った。

 

「で、救出とは一体全体……」

 

 キリトが聞く。ユリエールは頷いた。

 

「はい。 最初から説明します。軍というのは、昔からそんな名前だったわけじゃないんです……。 軍の名前がALFになったのは、かつてのサブリーダーで現在の実質的支配者、キバオウという男が実権を握ってからのことです。 最初はMTDという名前で……、聞いたこと、ありませんか?」 

 

「ああ知ってる。次いでに言えば、他の連中にも説明済みだ。シンカーが設立した互助組織だな」

 

 その名前を口にした時、ユリエールの顔が僅かに歪んだ。 

 

「彼は……決して今のような、独善的な組織を作ろうとしたわけじゃないんです。 情報とか、食料とかの資源をなるべく多くのプレイヤーで均等に分かち合おうとしただけで……副リーダーであるキバオウが実権を握るまでは」

 

 危険を極力減らした上で安定した収入を得て、それを均等に分配しようという思想自体は間違っていない。だが、MMORPGの本質はリソースの奪い合いだ。現実と同じ、ここは資本主義が支配する世界とも言える。社会主義的な理想を掲げる軍が行き詰まるのは時間の問題だった。それこそ旧ユーゴスラビアのティトーのようなリーダーがいれば話は別だったかもしれないが。

 

 軍は次第に分裂し、派閥争いが始まった。一部は犯罪者化しUCSFが討伐したこともある。だからこそUCSFも軍内部に協力者(バグ)を置きその動向を監視していた。だがUCSFが解体し、軍と攻略組との接点はなくなった。しかし、どうして協力者はこの状況を知らせてこなかったのか。俺はため息を吐いた。

 

「彼は、シンカーが放任主義なのをいいことに、同調する幹部プレイヤー達と体制の強化を打ち出して、ギルドの名前をアインクラッド解放軍に変更させました。 更に公認の方針として犯罪者狩りと効率のいいフィールドの独占を推進したのです。 それまで、一応は他のギルドとの友好も考え狩場のマナーを守ってきたんですが、数の力で長時間の独占を続けることでギルドの収入は激増し、キバオウ一派の権力はどんどん強力なものとなっていきました。 シンカーはほとんど飾り物状態で……。 キバオウ派のプレイヤーは調子に乗って、街区圏内でも《徴税》と称して恐喝まがいの行為すら始めたのです。 昨日、あなた方が痛い目に遭わせたのは、そんな連中の急先鋒だった奴等です」

 

 ユリエールは一息つくと、サーシャの淹れたお茶を含み、続けた。

 

「キバオウは軍内部からの突き上げで最前線に攻略部隊を出し、そして壊滅させてしまう大失態を最近犯しました。そして三日前、攻略失敗によって追い詰められたキバオウは、シンカーを罠に掛けるという強硬策に出ました。……シンカーをダンジョンの最奥に置き去りにしたんです。 シンカーは、キバオウの『丸腰で話し合おう』という言葉を信じてしまい、……転移結晶も持っていかなかったんです……」

 

「転移結晶を持っていかなかった!?」

 

 キリトは、声を上げて叫んだ。

 

「反目したとはいえ、かつての同胞に罠にかけられるとは思わなかったのでしょう……彼は、優しすぎたんです」

 

ユリエールは一旦そこで言葉を切り、顔を上げる。

 

「彼は、まだ生きています。《生命の碑》の彼の名前はまだ無事なので、どうやら安全地帯までは辿り着けたようです」

 

「不幸中の幸いといったところか」

 

「……ええ。ただ、場所がかなりハイレベルなダンジョンの奥なので、身動きが取れないようで……。 ご存知のとおりダンジョンにはメッセージを送れませんし、中からはギルドの倉庫(ストレージ)にアクセスできませんから、転移結晶を届けることもできないのです」

 

 出口を死地のど真ん中に設定した回廊結晶を使う殺人は《ポータルPK》というメジャーな手法であり、当然シンカーも知っていたはずだ。反目していたとは言え、同じギルド仲間、サブリーダーがそこまでするとは思わなかったのも納得できる。

 

「シンカーが罠に落ちるのを防げなかったのは彼の副官である私の責任、私は彼を救出に行かなければなりません。 でも、彼が幽閉されたダンジョンは、とても私のレベルでは突破できませんし、《軍》の助力は当てに出来ません。 そんなところに、恐ろしく強いプレイヤーが街に現れたという話を聞きつけ、いてもたってもいられずにこうしてお願いに来た次第です」

 

 ユリエールは深々と頭を下げ、言った。

 

「お会いしたばかりで厚顔極まると思いでしょうが、どうか、私と一緒にシンカーを救出に行って下さいませんか」

 

 難しい問題だ。軍内部の内ゲバが本当かどうかは分からない。バグとも連絡がとれないし。本当なら大歓迎だ。犯罪組織化しつつある軍に自浄作用が働くことになる。しかし嘘なら、攻略組トッププレイヤー3人、それも内2人はユニークスキル持ちが罠に掛けられるということになる。実に迷うな。

 

「とは言え。貴方が嘘を吐いていないと立証できるわけもなく、罠だということもあり得るわけです」

 

「だいじょうぶだよ、その人、うそついていないよ」

 

 その時、少女、いやユイが言った。

 

「ユ……ユイちゃん、そんなこと、判るの……?」

 

 アスナは、ユイの顔を覗き込んで問いかけた。

 

「うん。……うまく……言えないけど、わかる……」

 

 キリトはユイの頭に右手を置き、くしゃくしゃと撫でた。

 

「そうだな、疑って後悔するよりは信じて後悔しようか」

 

 キリトがそう言うと、アスナは頷いた。キリトは俺に聞く。

 

「お前はどうなんだ?レイ」 

 

「それがお前らの総意なら俺は異を唱えん。だが、万が一罠だった場合……ユリエールさん、貴女の首はないですよ」

 

 俺は剣を抜いてユリエールの首にあてがう。ユリエールは息を呑みながら頷いた。

 

「もちろんです。ありがとうございます……」 

 

 ユリエールは、深々と頭を下げた。

 

「ごめんね、ユイちゃん。 これからママとパパは、お出かけするからお留守番していてね」

 

 アスナがユイの頭を撫でて言った。

 

「いやだ!! パパとママとと一緒に行く!!」

 

 ユイが足をバタバタさせて言った。

 

「ユイちゃん、これからお出かけする場所は危ない所なの」

 

 アスナが優しい声音でユイに言ったが……。

 

「やだやだやだ!! 一緒にいく!!」

 

ユイは、首を左右に振りだした。

 

「おお……。 これが反抗期ってやつか」

 

「なーに能天気なこと言ってんだか。高難易度ダンジョンに年端も行かない幼女連れていって何かあったらどうする……いや」

 

「……?」

 

 2人は首をかしげた。いや、もしこの少女が()()だったら。

 

「何もない。お前らがオッケーするなら俺もなにも言わない」

 

 結局、俺たちはユイを連れてダンジョンに向かうことになった。

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