ソードアート・オンライン~スコープの先にある未来へ~   作:人民の敵

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《第40話》死神と少女

 教会の扉から出た後、全員が転移結晶を持ったのを確認してから、俺たちはは戦闘服を身に纏ってから武装した。俺たち4人は、ユリエールの先導に従って足早に街路を進んでいた。

 

 ユイは、アスナと手を繋いで歩を進めている。俺は、前を歩くユリエールに声を掛けた。

 

「あ、そう言えば肝心なこと聞いていなかったな。 問題のダンジョンってのは何層にあるんだ?」

 

「ここです」

 

 ユリエールの答えは簡素だった。

 

「「…………?」」

 

「……ほう」 

 

 キリトとアスナは、首を傾げた。

 

「はじまりの街の……中央部の地下に、大きなダンジョンがあるんです。 シンカーは……多分、その一番奥に……」

 

「マジかよ。 ベータテストの時にはそんなのなかったぞ。不覚だ……」

 

 キリトは呻くように言った。

 

「そのダンジョンの入り口は、黒鉄宮――つまり軍の本拠地の地下にあるんです。 恐らく、上層攻略の進み具合によって開放されるタイプのダンジョンなんでしょうね。 発見されたのはキバオウが実権を握ってからのことで、彼はそこを自分の派閥で独占しようと計画しました」

 

「軍の根拠地である黒鉄宮の下、か。それなら攻略組が気づかなかったのも納得だ。なるほど、未踏破のダンジョンには一度しか出現しないレアアイテムも多いからな。 さぞかし儲かったろう」

 

「それが、そうでも無かったんです」

 

「と、言うと」

 

 ユリエールの口調が、僅かに痛快といった色合を帯びる。

 

「基部フロアにあるにしては、そのダンジョンの難易度が恐ろしく高くて……。 基本配置のモンスターだけでも、60層相当位のレベルがありました。 キバオウ自身が率いた先遣隊は、モンスターに追い回されて、命からがら転移脱出する羽目になったそうです。 使いまくったクリスタルのせいで大赤字だったとか」

 

「なるほど、碌にレベリングもしてなかった罰が当たったと言うところか」

 

 俺の笑い声に応じたユリエールだが、すぐに沈んだ表情を見せた。

 

「でも、今はそのことがシンカー救出を難しくしています。 キバオウが使った回廊結晶は、モンスターから逃げ回りながら相当奥まで入り込んだ所でマークしたものらしくて……。 シンカーが居るのはそのマーク拠点の先なのです。 レベル的には、一対一なら私でもどうにか倒せなくもないモンスターなんですが、連戦はとても無理です。二つ名を持つほどの貴方たちなら……」

 

「まぁ、60層位なら……、なんとかなるかな」

 

 キリトは、俺たちを見る。

 

「ま、そうだね」

 

 アスナも頷いて首肯した。

 

 60層ダンジョン攻略に必要なマージンはレベル70だが、少なくとも俺とユウキのレベルは90を超えている。キリトもそんなもん、アスナもそれくらいだろう。

 

 しかし、ユリエールは気がかりそうな表情のまま、言葉を続けた。

 

「……それと、もう一つだけ気がかりな事があるんです。 先遣隊に参加していたプレイヤーから聞いたんですが、ダンジョンの奥で……、巨大なモンスター、ボス級の奴を見たと……」 

 

 俺たち4人は、顔を見合わせる、

 

「60層位のボスなら大丈夫だよな。 てか、どんなボスだっけ」

 

 キリトは、首を傾げて俺に聞いてきた。

 

「えーと、確か……、石でできた鎧武者みたいな奴だったか?」

 

 俺は答える。正直あまり覚えていない。

 

「そんな苦労した覚えもなかったし、大丈夫でしょう」

 

 アスナが答える。 

 

「そうですか、良かった!」

 

 ようやく口許を緩めたユリエールは、何か眩しい物でも見るように目を細めながら言葉を続けた。

 

「いや、確かあそこには……」

 

「ん?レイ、どうかしたか」 

 

 考えていたことが思わず口に出て、はっと息を呑む。危ないところだった。

 

「いや、なんでもない。雑魚モンスターが60層相当だからと言ってボスもそうだとは限らないんじゃないかと思っただけだ」

 

 そんな話をしている内に、前方の街並みの向こうに黒光りする巨大な建築物が姿を現し始めた。はじまりの街最大の施設、《黒鉄宮》だ。軍の根拠地にして、大量の犯罪者(オレンジ)たちを収監している牢獄である。

 

 正門を入ってすぐの広間にはプレイヤー全員の名簿である《生命の碑》が設置され、そこまでは誰でも入れるが、奥に続く敷地の大部分は軍が占拠してしまっている。

 

 ユリエールは宮殿の正門には向かわず、裏手に回った。高い城壁と、それを取り巻く深い堀が侵入者を拒むようにどこまでも続いている。人通りはまったくない。

 

 数分歩き続けた後、ユリエールが立ち止ったのは、道から堀の水面近くまで階段が降りている場所だった。石壁に暗い通路がぽっかりと口を開けている。

 

「ここから宮殿の下水道に入り、ダンジョンの入り口を目指します。ちょっと暗くて狭いんですが……」

 

 ユリエールはそこで言葉を切り、気がかりそうな視線をちらりとアスナと手を繋いでいるユイに向けた。

 

 するとユイは心外そうに顔をしかめ、

 

「ユイ、こわくないもん!」

 

と主張した。

 

 その様子に、キリトたちは微笑を洩らす。ただ、俺だけがユイを注意深く観察している。 

 

「大丈夫ですよ、この子は見た目よりしっかりしていますから」

 

 アスナはユリエールを安心させるように言った。

  

「うむ。 将来はいい剣士になる」 

 

 キリトの言葉に、アスナが笑った。そして、ユリエールは大きく頷いた。

 

「では、行きましょう!」

 

 

――――――――――

 

 

「まーた始まったよ」

 

 俺はため息を吐いた。殿として小銃を抱えながら周囲を警戒しているが、前衛であるキリトが二刀流を使ってバーサクしてるため、他の3人は全くと言っていいほど出る幕がない。

 

「ひっさびさに戦うからね。張り切ってるのよ」

 

 アスナが言う。いつまでも戦闘狂か奴は……

 

 全身をぬめぬめした皮膚で覆った巨大なカエル型モンスターや、黒光りするハサミを持ったザリガニ型モンスターなどで構成されているモンスター群が出現する度に、キリトは左右の剣でちぎっては投げ、ちぎっては投げで蹂躙し続けた。

 

「あれ? 終わった? これからなのに」

 

どうやら、今のモンスター群で終わってしまったらしい。キリトは鞘に剣の刀身を収め、俺たちのもとに戻ってきた。 

 

「おい、キリト。 ボス戦より気合が入っていなかったか?」

 

「えッ……、そんなこと……ないぞ…」

 

 俺に言われ、キリトは明後日の方向に顔を背ける。

 

 うん。コイツ絶対ボス戦より気合が入っていたな。

 

「ユリエールさん。 シンカーさんの位置まで、後どれくらいですか?」

 

 アスナがユリエールに問いかけた。

 

 ユリエールは、左手を振ってマップを表示させると、シンカーの現在位置を示すフレンドマーカーの光点を示した。

 

このダンジョンのマップが無いため、光点までの道は空白だが、もう全体の七割を詰めている。

 

「シンカーの位置は、数日間動いていません。 多分安全エリアに居るんだと思います。 そこまで到達出来れば、後は転移結晶で離脱できますから……。すみません、もう少しだけお願いします」

 

 ユリエールに頭を下げられ、キリトは慌てて手を振った。

 

「い、いや好きでやっているんだし、アイテムも出るし……」

 

「へぇ、どんなアイテムなの?」

 

 アスナが聞く。

 

「おう」

 

 キリトは手早くウインドウを操作し、赤黒い肉塊を出現させた。グロテスクなその質感に、一同の顔が引き攣る。

 

「……何それ」

 

「カエルの肉! ゲテモノほど旨いって言うからな、後で料理してくれよ」

 

「……無理!!」

 

 アスナは、共通化したらしきアイテムウインドウを開いた。そう言えばいつの間にか結婚してたなコイツら。

 

「あっ! あああぁぁぁ……」

 

「賢明な判断だったな」

 

 世にも情けない顔で声を上げるキリトを見て、アスナとユリエールは顔を見合わせ笑い合った。

 

途端、

 

「お姉ちゃん、初めて笑った!」

 

 ユイは嬉しそうに叫び、ユリエールの顔を見やった。彼女は満面の笑みを浮かべている。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 キリトは言葉を発してから、最奥に向かって歩を進めた。俺たちはそれについていく。

 

 ダンジョンに入ってから暫くは水中生物型が主だったモンスター群は、階段を降りる程にゾンビやゴーストといったオバケ系統に変化した。が、キリトの携える二本の剣の前にはそんなことは意味をなさず、現れる敵を瞬時に屠り続けた。

 

 マップに表示される現在位置と、シンカーが居るとおぼしき安全エリアは着実な速度で近づき続けた。

 

 遂に暖かな光が洩れる通路が目に入った。

 

「安全地帯だな」

 

「プレイヤーが居るわ」

 

 アスナが俺たちに聞こえるように言った。

 

 俺は、索敵スキルを使用した。

 

「奥にプレイヤーが一人居る。グリーンだ」

 

「シンカー!!」 

 

 もう我慢が出来ないという風に一声叫んだユリエールが、金属鎧を鳴らして走り始める。

 

 剣を両手に掲げたキリトと、ユイを抱いているアスナ、そして小銃を抱えた俺もそれに続いた。

 

右に湾曲した通路の明かり目指して数秒間走ると、やがて前方に大きな十字路とその先にある小部屋が目に入った。部屋は眩い程の光に満ち、その入り口に一人の男が立っている。

 

 逆光のせいで顔はよく見えないが、おそらくシンカーだろう。男は、こちらに向かって激しく両腕を振り回している。

 

「ユリエ――――ル!!」

 

 こちらの姿を確認した途端、男が大声でユリエールの名を呼んだ。途端、ユリエールは左手を振り、走る速度を速める。

 

「シンカ―――!!」

 

 涙混じりのその声に被さるように、男が叫んだ。

 

「来ちゃだめだ――っ!!その通路には……っ!!」

 

「……ッ!!」

 

 俺は、それを聞いて走る速度を緩めた。キリトたちも何とか減速する。

 

 だが、ユリエールにはもう聞こえていない。部屋に向かって一直線に駆け寄って行く。

 

その時だった。

 

 部屋の数メートル手前で、通路と直角に交わっている道の右側死角部分に、不意に黄色いカーソルが出現した。

 

 表示された名前は《The Fatal-scythe》。《運命の鎌》という意味であろう固有名とそれ飾る定冠詞。 ボスモンスターの証だ。

 

「――ユリエールさん、戻って!!」

 

 アスナは叫んだ。しかし、黄色いカーソルはゆっくりと左に動き、十字路に近づいて来る。このままでは、出会い頭にユリエールと衝突する。

 

「くそッ」

 

 キリトは敏捷力を最大に活かしてユリエールの背後まで移動し、背後から右手でユリエールの体を抱きかかえた。

 

 キリトは、左手に握っていた《ダークリバルサー》の刀身を思い切り床に突き立てる。

 

 すさまじい金属音と共に急制動をかけ、十字路のぎりぎり手前で停止した。

 

 キリトとユリエールの直前を大きな鎌を携えた黒い影が横切った。

 

 黒い影は左の通路に飛び込むと一度停止し、体の向きをゆっくりと変え再び突進して来る。

 

 キリトはユリエールから右手を離してから床に突き立てた《ダークリパルサー》を抜き、左の通路に飛び込んだ。

 

 遅れて飛び込んだ俺たちはは呆然と倒れるユリエールの体を起こし、ユイをアスナの腕から降ろしてユリエールに預けてから叫んだ。

 

「この子と一緒に安全地帯に退避しろ!!」

 

 

――――――――――

 

 

 俺たちは、ボスモンスターと対峙していた。ボスは、身長三メートルはあろうかという、ぼろぼろの黒いローブを身に纏った人型だ。フードの奥と、袖口から覗く腕には、漆黒の闇が纏わりつき蠢いている。暗く沈む顔の奥には生々しい血管の浮いた眼球が嵌まり、俺たち三人を見下ろしている。

 

 右手に握るのは長大な黒い大鎌。凶悪に湾曲した刃からは、赤い雫が垂れ落ちている。いわゆる死神の姿そのものだ。

 

 俺はちらりと死神を見てから言った。

 

「……よく聞いてくれ。2人とも今すぐ安全エリアの3人を連れて、クリスタルで脱出しろ」

 

「「え……?」」

 

「……言いたいことはわかる」

 

「こいつはやばい。俺の識別スキルでもデータが見えない。強さ的には恐らく90層クラスだ……」

 

 3人の中で、俺が一番レベルが高い。それでも識別出来ないのだ……。

 

 こいつはやばすぎる。

 

 俺が考えている間に死神は徐々に空中を移動し、こちらに近づいて来る。

 

「俺が時間を稼ぐ。確約は出来んが……生きてたらまた会おう」 

 

「レイ君も一緒に!」

 

 アスナが俺に言ってくれるが、この死神は簡単に逃がしてくれそうに無い。

 

「バカ野郎、クリスタルの時間稼ぎをする奴がいなくてどうするんだ!」

 

 転移結晶は確かに結晶無効化空間以外では有効な脱出手段だ。しかし、クリスタルを握り、転移先を指定してから実際にテレポートの時間が完了するまで、数秒間のタイムラグが発生する。その間にモンスターの攻撃を受けると転移がキャンセルしてしまうのだ。だから―――

 

時間を稼ぐ、囮が必要なのだ。

 

「……牽制しながら引けば可能性はある。《圏内》まで逃げ込めれば……」

 

 そんなことを言ってる間にも死神はこっちに向かってくる。

 

「親友を見捨てるかよ」

 

 その声に振り向くと、キリトが右で二刀を抜いて立っていた。

 

「二人が行くなら、仕方ないわね」

 

 キリトの隣にはアスナがいた。全員、この強敵を前に立ち向かわない選択をしなかったのだ。

 

「……死ぬなよ」

 

 精一杯の照れ隠しだ。

 

 そして、大鎌を振りかぶった死神が、突進を開始した。

 

 キリトは、二刀を十字に交差させ、アスナも剣を掲げ鎌に備え、ぶつける。俺は狙撃銃に持ち替え、慎重に頭に狙いを定める。

 

 死神が大鎌を俺たちの頭上めがけて振り下ろしてきた。その刹那――

 

パァン!!

 

 狙撃銃が火を吹き、その銃弾は死神の頭部を正確に撃ち抜いた。

 

「これでどうだ!」

 

 俺は死神を睨み付ける。が、しかし―――

 

「来るぞ!!」

 

 死神は鎌を振り下ろす手の勢いを落とさず、こちらに攻撃を仕掛けてきた。俺は咄嗟に腰の剣を抜き打ちし迎撃しようとする。

 

 凄まじい衝撃音。俺たちは、バラバラに吹き飛ばされた。

 

 朦朧とした意識のまま、俺はHPを確認する。俺たち4人のHPバーはレッドゾーンに割り込んでいた。

 

「くっ……」

 

 このままでは、次の一撃には耐えられない。俺の体は、先程の衝撃により動かない。

あれ、これ詰んだ説あるぞ。

 

――と、その時

 

 

 小さな足音が耳元から聞こえてきた。視線を向けると、細い手足。 長い黒髪。 背後の安全地帯に居たはずのユイの姿だ。

 

「ばかっ!!はやく逃げろ!!」

 

「ユイちゃん、行っちゃダメ!!」

 

 キリトたちは、必死に上体を起こそうしながら叫んだ。その叫びを一顧だにせず、死神は再び重々しいモーションで大鎌を振りかぶる。

 

 この攻撃を受けてしまえば、彼女のHPは確実に消し飛んでしまう。しかし次の瞬間、信じられない事が起こった。

 

「だいじょうぶだよ、パパ、ママ」

 

言葉と同時に、ユイの体がふらりと宙に浮いた。見えない羽根を羽ばたかせた様に移動し、死神の目の前で止まった。そして、あまりにも小さな右手を、そっと宙に掲げる。

 

 死神の大鎌が容赦なくユイに向けて振り下ろされる。しかしその斬撃は、紫色の障壁に阻まれ、大音響と共に弾き返された。

 

 ユイの掌の前には、システムタグが浮かび上がり表示された。【Immortal Object】、不死存在――プレイヤーが持つはずの無い属性。

 

 そして同時に、俺の中にあったある疑念は確信に変わった。やはり彼女は―――

 

 そう考えていると、直後、ユイの右手を中心に紅蓮の炎が巻き起こった。紅蓮の炎が凝縮し、巨大へ姿を変えていく。そうして形作られた巨剣は、ユイの身長を上回る長さを備えていた。

 

 ユイは僅かな躊躇いも見せず、炎の刀身を死神に向けて振り降ろした。死神は大鎌を前方に掲げ、防御の姿勢を取った。死神が携える大鎌と、ユイが振り降ろした炎の巨剣が交錯し、炎の刃は、死神の持つ大鎌にじわじわと食い込んでいく。

 

やがて――。

 

 死神の大鎌が真っ二つに断ち割れ、炎の刀身は、死神の顔の中心に叩きつけられた。渾身の一撃を叩き込まれた死神は断末魔を響かせながら消滅した。

 

 暫くして、俺たち4人は、ようやく力が戻った体を動かした。キリトとアスナは、ゆっくりとユイに向かって歩み寄った。

 

「ユイ……」

 

 キリトは、ユイに呼びかけた。

 

 ユイは、音もなく振り向き、そして俺たちを見上げたまま、静かに言った。

 

「パパ……ママ……。ぜんぶ、思い出したよ……」

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