ソードアート・オンライン~スコープの先にある未来へ~   作:人民の敵

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リアルが超忙しくて全然書けてませんでした()
そろそろ本格的にALO編に突入です!


《第45話》須郷伸之という男

「お邪魔しまーす」

 

 俺は木綿季を伴って家に帰還すると、家では3人が木綿季を歓迎する準備をして待っていた。

 

「いらっしゃい木綿季ちゃん。早かったわね」

 

「ああ、木綿季のお母さんが退院手続きを先に済ませてくれていたんだ」

 

 俺は木綿季の荷物を置きながら答える。

 

「それは良かったわね。さて改めて、木綿季ちゃん。ようこそ我が家へ、これからよろしくね」

 

 レーナが手を差し伸べる。木綿季はその手を取り、強く握った。

 

「こちらこそよろしくお願いします。レーナさん」

 

「あら、木綿季ちゃんはもう柃と婚約しているんだからお義母さんって呼んでもらっても構わないわよ」

 

 レーナは朗らかな声で言う。それもほんとにロシア人なのだろうかと時々疑うレベルの日本語でだ。

 

「は、はい。お義母さん」

 

 木綿季は珍しく赤くなりながら言う。こっちまで赤くなってきそうだ。

 

「じゃあ、2人が待っているから居間まで行きましょうか」

 

 レーナに先導されて居間まで向かう。途中、木綿季が小さく話しかけてきた。

 

「ねぇ、柃の家すっごく広いね。ボクの家とは比べ物にならないよ」

 

「これでも財閥の家だからな」

 

 俺は肩を竦めて言った。

 

「ふーん、後さ、柃のお母さんってロシアの人なんだよね?日本語滅茶苦茶上手だね」

 

「そうだな。俺もホントにロシア人なのか疑ったことはある」

 

 なんて会話をしていると居間に着いた。扉を開けると、梓と桧音が待っていた。

 

「お帰り兄さん、そして木綿季さん、ようこそ楓野家へ」

 

「木綿季ちゃんようこそ。これからよろしくね」

 

 梓と桧音は立ってそれぞれ木綿季の手をとった。

 

「うんっ!2人とも、よろしくね」

 

 木綿季はそれぞれの手を握り返し、固く握手をした。

 

「じゃあ取り敢えず、荷物を置いてくるな」

 

 俺は木綿季を伴って、2階にある自分の部屋に向かった。

 

 

――――――――――

 

 

 階段を上り、少し歩いたところに俺の部屋はある。18畳ほどの大分広い部屋。色んな文献が棚にぎっしり詰められ机の上にはパソコンや計算機などなど色んなものが置かれており、そしてベッドの上には例の機械……ナーヴギアが置かれていた。

 

 SAO事件が起き、1万人ものプレイヤーを昏睡状態に陥らせ、うち4割の死者を出したアーガス社は被害者家族への補償や賠償で負債を負って倒産。SAO内でPKによって殺害されたプレイヤーについては殺害したプレイヤーに刑事責任を負わせるべきだとの主張が国会などで提案されたが、SAOデータの所々の破損などにより完全な責任の所在の解明は不可能だと政府は判断。全責任をアーガス社に負わせるかたちで賠償問題を解決した。全ての元凶となったナーヴギアも回収され、アーガス社が有していた技術は民間企業"レクト"に移譲されレクト社によって安全装置などを完備した新型フルダイブ機器『アミュスフィア』が発売されこの事件の幕は降りた。一時は規制派によるVR反対運動が過激化し、レクト社を占拠する事件なども発生したが、今では運動は下火となり、人々にVRが浸透した。

 

 …………というのが世間一般でのSAO事件の幕引きだが、これには裏がある。まずPKの責任の所在の話だが、アーガス社は事件発生直後に自衛隊と警察のサイバー対策部署が合同で結成したSAO拉致被害者救援特別チームが占拠しサーバーを管理、もちろんログなどは殆ど取っている上、後期のPKについては俺が菊岡二佐に送った文書に詳細に記録されているため政府が責任の所在を追求することは出来るのだ。それをしない理由は2つ。1つ目は政府が国民であるSAOプレイヤーの行動を監視していたとなれば野党が騒ぎ出すから、2つ目は自衛隊がSAOに内偵を送り込み情報収集をさせていたとなればそちらにも批判が殺到するから。そしてナーヴギアの件だが、実際には全て政府に回収されず、自衛隊が1割ほどを保有し、いくらかのSAOプレイヤーは俺みたいにナーヴギアを保有したままだ。俺は菊岡二佐を通じて取り戻したんだがな。

 

 まぁそんなわけで、俺の部屋にはナーヴギアが置いてある。

 

「わー柃の部屋ってすっごく広いんだねー。ボクの部屋の3倍くらいありそうだよ」

 

 部屋に入るなり木綿季が感嘆した声をあげた。

 

「木綿季の部屋も多分こんな感じになるぞ。っと、先に荷物置くか」

 

 俺は木綿季の荷物を床にドンと置いた。そしてベッドに身を投げ出し、ぼふんと跳ねる。すると、木綿季が隣に飛び込んできた。

 

「このベッドすごく跳ねるね」

 

「そうだな。SAO(あっち)のベッドとは大違いだ」

 

「確かにね」

 

 荷解きをしながらそんな話をすること30分。レーナからお呼びがかかった。

 

「ご飯かな?」

 

 木綿季が首をかしげる。俺はこくりと頷いた。

 

「みたいだな。行こうか」

 

 俺と木綿季は手を繋ぎながら下に降りる。居間では3人がテーブルに座って待っており、テーブルの上にはご馳走が並んでいた。

 

「「「「いただきまーす」」」」

 

 2人とも席に着き、レーナが腕を振るった料理を食べ始めた。オリビエ・サラダ、サーモンの冷製、ウハー、ビーストロガロフ、カツレツ、そしてピロシキ。レーナの母国であるロシアの料理を食べ、木綿季はほっぺたに手を当てて感嘆した。

 

「美味しい!!」

 

「木綿季ちゃんのお口に合ったならよかったわ」

 

 レーナがにこやかに言う。

 

「いつもより美味しいね。ちょっと気合い入れたんじゃないか?」

 

 俺がからかうとレーナは少しムッとした様子で言った。

 

「あら柃、それはどういう意味かしら」

 

「冗談だよ」

 

 談笑しながら食事は進んだ。

 

「そう言えば木綿季ちゃん、お風呂はどうするの?」

 

 桧音が聞いてきた。普通に1人で入るか桧音と入るのかなと思っていると……

 

「柃と一緒に入ろうかな」

 

 爆弾発言が木綿季から出た。いやいや木綿季さん、家族がいるときにそれはダメだって。

 

「いやいや……いやいやいやいや!?アウトだよ色々」

 

「なんでさ。柃と一緒にSAO(あっち)で入ったじゃないか」

 

 もっとアウトなことを言いやがった。梓はともかく桧音の目が痛い。

 

「……お兄ちゃん。もしかしてだけどその時木綿季ちゃんにあんなことやそんなことを…」

 

「してない。してないから!!」

 

 必死に弁明する。事実SAOで木綿季とそういったことはしていないので無罪である。

 

「入ったことは?」

 

「……事実。でもこれは深い訳があったんだよ」

 

「ふーん……って言ってるよお母さん」

 

「柃もそういうお年頃だし、Нет проблем(ネット プロヴレム)(問題ない)だと思うけど」

 

 良かった。レーナがオッケーって言うなら大丈夫だろう。

 

「で、結局どうするの?木綿季ちゃん」

 

「やっぱり桧音ちゃんと入ろうかなぁ。色々お話ししてみたいしね」

 

「そっか。じゃあ一緒に入ろう」

 

 そんなこんなで、木綿季と桧音は一緒に風呂に入りに行き、俺は自室に戻って色々やることをやったあと眠りに就いた。

 

 

――――――――――

 

 

side 木綿季

 

「わー……お風呂も広いね」

 

 ボクは桧音ちゃんと一緒にお風呂場……というか大浴場に来ている。柃の家は凄く広くてボクが想像もしないようなものが一杯あったが、こんなにお風呂が広いとは思わなかった。しかも露天風呂。

 

「ふふん。4人じゃ持て余す家だからね。木綿季ちゃん1人受け入れたからって窮屈になんてならないよ」

 

 桧音ちゃんが自慢気に言う。彼女もボクも裸だ。流石にタオルは巻いているが。

 

「ねえ桧音ちゃん」

 

「ん?何かな」

 

「桧音ちゃんは柃のことが嫌いなんだって聞いたんだけど、本当なの?」

 

 ボクは桧音ちゃんに聞いた。それこそ柃と混浴したさいに聞いたことは本当なのか気になっていたからだ。

 

「んー……。半分当たり。少なくともお兄ちゃんがあっちに行く前はそうだった。言い訳になるけどずっと外国にいて普段全然関わりのないお兄ちゃんを好きになれっていうのが無理な話なの。梓お兄ちゃんはずっと一緒だから全然嫌いじゃないけどね」

 

「えっ…でもそんな仲が悪そうには見えなかったけど」

 

「お兄ちゃんがあっちに行ってる2年間で私が変わった……っていう感じかな。お母さんや色んな人にお兄ちゃんのこと聞いて、自分の価値観に合わないからっていう理由で嫌ってきたのがなんかおかしく思えてきてね」

 

「…ふーん。じゃあ今は嫌いじゃないってこと?」

 

「そういうことだね」

 

「そうなんだ。っと、そろそろ上がらないとのぼせちゃうね」

 

 ボクは桧音ちゃんと一緒にお風呂を出る。脱衣所で彼女と別れ、柃が待っている部屋に向かった。

 

「おっ、上がったか。早かったな」

 

 ナーヴギアをいじっていたらしい柃が顔を上げてこちらを向いた。

 

「そうかなー?で、なんでナーヴギアなんていじってるのさ」

 

 ボクは柃に聞いた。

 

「ちょっとな、もしかしたら今後ナーヴギア(こいつ)を使う機会があるかもしれないからな」

 

「ふーん…」

 

「そうだ、ついさっき、キリ……和人からメールが来たぞ」

 

「キリトから?」

 

 元攻略組トッププレイヤー《黒の剣士》のキリトこと桐ヶ谷和人は、柃と一緒にボクの病室に来たときに初めて(もちろんこっち(リアル)では、だけど)会った。

 

「明日、明日奈の見舞いに行くそうだ。丁度いいから、俺たちも行こうかなと思ったんだ」

 

「明日奈の?もちろん行くよー」

 

 ボクは即座に答えた。アスナ……SAOで《閃光》と呼ばれた結城明日奈はSAOから解放されても以前ナーヴギアに囚われたままなのだ。

 

「オッケー、じゃそういうことで話は通しておくよ」

 

「え、どういうこと?」

 

「明日になれば分かるよ」

 

 柃の言葉に首をかしげたが、気にしないことにした。

 

「っと、俺も風呂に入ってくるかな」

 

「行ってらっしゃーい」

 

 柃が出ていき、部屋にはボクだけが残された。

 

「ちょっと、寝ようかな……」

 

 ボクはベッドの上に乗って、目を閉じた。

 

 

――――――――――

 

 

「ふぅー……」

 

 1人じゃ持て余す大浴場に浸かりながら、俺は息を吐いた。

 

「見舞い……ねぇ」

 

 俺は呟く。意識が戻らない元SAOプレイヤーたちは、数百人にも及んだ。茅場晶彦による仕掛けなのではと世間では騒がれているが、菊岡二佐曰くそうではないらしい。

 

『恐らくだけど、あれは外部から何らかの干渉を受けたせいで一部のプレイヤーがSAO……いやVR世界に閉じ込められたんだと思うよ。解析班の連中もそう言ってた』

 

 逆に言えば、外部から干渉した首謀者がいるということだ。そいつを探しだしてSAO事件を終わらせたいのが上の考えらしいが、ぶっちゃけ打つ手がないのが現状らしい。

 

「しっかしなぁ……VRはもはや規制しようがないほど拡大したしなぁ」

 

 もう膨大な広さに拡大したなかで特定のプレイヤーを探すなんてことは不可能に近い。しかし、このままいわば電子の牢獄にずっと閉じ込められたままならあと数年で被害者は間違いなく生命活動を停止してしまう。それだけは避けないといけないのだ。

 

「今考えても仕方ないか」

 

 俺は浴槽に身を沈め、考えるのをやめた。

 

 

――――――――――

 

 

「母さん、明日木綿季と一緒に出掛けるね」

 

「あらそうなの。どこまで行くの?」

 

 風呂から上がると、レーナに病院に行く旨を伝えた。

 

「所沢まで」

 

「所沢……埼玉の方だったかしら?」

 

 レーナは少し考えるような仕草をしながら言った。

 

「そうそう」

 

「少し遠いわね。送ってあげようかしら?」

 

「いや、いいよ」

 

 俺がそう言うと、レーナは首をかしげた。

 

「そうなの?」

 

「ヘリで行くからさ」

 

 俺の答えに、レーナは少し驚いたようにこちらを見た。

 

「ヘリって、家の裏にある基地のかしら?」

 

「そう。自衛隊病院だから、ヘリポートがあるし、丁度明日そこに向かうらしいんだ」

 

「へぇ…迷惑は掛けないようにしなさいよ?」

 

「分かってるよ。じゃ、部屋に戻るよ」

 

 そう言って俺が戻ろうとすると、レーナが引き留めた。

 

「あ、木綿季ちゃんの部屋は柃の隣だって伝えておいてね」

 

「分かったよ」

 

 俺は今度こそ自分の部屋に戻った。そこでは……

 

「あー……なるほど」

 

 木綿季が、俺のベッドの上で心地よさそうに寝ていた。

 

「……可愛いな」

 

 俺はボソッと呟いた。

 

「今何時だろ……」

 

 見ると、もう10時を回っていた。普段ならもう少し起きておくのだが、流石に明日はヘリに搭乗することになるので、早めに寝ることにした。

 

「おやすみ、木綿季」

 

 

――――――――――

 

 

翌朝

 

「おはよう木綿季……ってえぇ!?」

 

 俺は大きな声を出しかけた。というのも……

 

「あ、柃……おはよう」

 

 木綿季がまどろんだ目で言う。……俺に抱きついた状態で。

 

「……なんで抱きついているんだ?」

 

「柃が横にいたから抱きついちゃった」

 

「あぁ…そういう感じね」

 

 俺が言うと、木綿季はムスっとして言った。

 

「何さ、こんなに可愛い女の子に抱きついてもらって一緒に寝れるなんて名誉なことだよ」

 

「木綿季……お前そんなキャラじゃないだろ」

 

「えへへ、ついからかっちゃった」

 

「全く……それより早く下行くぞ。ご飯食べたら行くからな」

 

「うん」

 

 俺たちはそれからキッチンで朝食を摂り、外に出た。

 

「で、柃。どうやって明日奈のところまで行くのさ」

 

「ヘリで」

 

「そうなんd……ヘリで!?」

 

 木綿季はびっくりしたようにこっちを向いた。

 

「自衛隊の、だけどな。木綿季、お前飛行機酔いとかするタイプ?」

 

「いや、しないけど……ってそうじゃなくてなんで自衛隊のヘリに乗れるのさ」

 

「いや、だって俺一応自衛官だし」

 

「そういやそうだったね……」

 

 木綿季が理解を止めたかのように頭を振った。

 

「じゃあ行くか」

 

「はぁ……もう柃の言うとおりにするよ」

 

 俺と木綿季は、家の裏庭に回り、5分間ほど歩いた。

 

「柃のお家って本当に広いんだね。もうずっと歩いてるけど先が見えないよ」

 

「そうだな。さて、そろそろ見えてくるぞ」

 

「……?」

 

 木綿季が首をかしげるのを気にせず、俺は前を進む。さらに進むほど2分。そこには――

 

「お待ちしておりました、楓野一等陸佐」

 

 陸上自衛隊横浜北部航空隊、通称《横北戦闘隊》の輸送ヘリコプター・CH-47Jの姿があった。

 

「今日はよろしく頼む」

 

「了解しました……そちらの方は?」

 

 隊長の楢野二佐が木綿季の方を見て聞く。

 

「婚約者だ」

 

「まだお若いのに。流石は財閥のご子息ですか」

 

 楢野二佐の言葉に隊員たちが笑う。

 

「今日はお願いします」

 

 屈強な男たちを前に木綿季は少し俺に隠れながら言った。

 

「御意。さて、そろそろ行きますかね」

 

 俺たちを乗せたヘリは基地を離陸し、一路所沢へと向かった。

 

 

――――――――――

 

 

「オーダー、オーダー。こちらチヌーク1。着陸許可を求む。どうぞ」

 

 所沢に到着し、自衛隊病院屋上のヘリポートに着陸したCH-47Jのドアが開き、俺たちは降りようとした。

 

「楓野一佐、制服の着用を」

 

 楢野二佐が俺を呼び止め、言う。

 

「必要か?」

 

 俺が言うと、楢野二佐は頷いた。

 

「ええ、一佐は自衛官身分で病院に立ち入るわけですから。戦闘服じゃないだけいいでしょう」

 

「……了解した」

 

 俺はヘリの中に入り、制服に着替える。佐官用の徽章も身に付ける。

 

「流石に小銃はいらないよな」

 

「不要でしょう。というか持ち込む方が問題では」

 

「分かった。任務ご苦労であった」

 

 俺が言うと、隊員は俺に向かって敬礼を向けた。俺はそれを返した後、木綿季をともなって中に入った。

 

 

 

――――――――――

 

 

「ここだな」

 

 和人からのメールにあった明日奈の病室の前に立つ。

 

「入るぞ」

 

コンコン!

 

 2回ノックし、反応を待つ。すると、返事があった。

 

「はい、どうぞ」

 

 俺は木綿季と顔を合わせ、少ししてからドアを開けた。

 

ガチャ

 

「失礼します」

 

 そう言いながら病室に入ると、そこには1人の少年がベッドの傍らで佇んでいた。

 

「柃か、それに木綿季も。久しぶりだな……その服は?」

 

 制服に身を包んでいる俺を見て和人が訝しげに聞いた。

 

「自衛隊の制服だ、気にするな」

 

「久しぶりー」

 

「明日奈の容態は?」

 

 俺はベッドの中で眠る少女をさっと見ながら聞いた。和人は、静かに首を振った。

 

「一向に目覚める気配がない。ナーヴギア(あれ)を取り外すのも無理だし、正直途方に暮れているよ」

 

「そうか……祈るくらいしか出来ることがないか…」

 

「そうだな…」

 

 場の雰囲気が重くなったところで、後ろの扉が開いた。

 

「おっと、先客がいたようだ。久しぶりだね、桐ケ谷君」

 

「お久しぶりです。彰三さん」

 

 和人に彰三さんと呼ばれた、恰幅のいい初老の男性はこちらを訝しげに見た。

 

「君たちは?」

 

「ボk……私は紺野木綿季と言います」

 

 ボクと言いかけた木綿季が慌てて一人称を訂正する。私って言ってる木綿季は新鮮だな。

 

「申し遅れました。本官、陸上自衛隊統合情報本部統合幕僚会議事務局副局長兼陸上幕僚長補佐の、楓野柃一等陸佐と申します」

 

 敬礼をしながら言う。この階級名、中々に言いにくい。しかも陸幕長補佐はともかく前半統幕会議事務局副局長は閑職だ。

 

「驚いたな、若いのに自衛隊の佐官とは。改めて、私は、結城明日奈の父親、結城彰三だ」

 

 結城彰三。確か《レクト》の最高経営責任者(CEO)だったか?

 

「君たちと明日奈の関係は?」

 

「親友でした」

 

「同じく」

 

「なるほど、あっちの世界では娘が世話になったね」

 

 結城彰三氏は握手を求めてきた。俺はその手を握り返す。すると、彼の背後に立っていた男性が、前に出てきた。

 

「初めまして、須郷伸之です」

 

 その男は俺たちの前に立ち、握手を求めてきた。そして、その目を見た瞬間、俺は悪寒がした。もしかしたら、こいつは……

 

「どうも。楓野と申します」

 

 木綿季へ握手を求めていたらしき手を取り、若干強めにその手を握る。

 

「初めまして、これからよろしく」

 

 若干にらみ合いが続き、やがて俺が手を離した。

 

「ところで、その娘と君の関係性は何だい?」

 

 須郷は俺と木綿季を一瞥しながら聞いてきた。

 

「初対面の人にそんなことを聞くとは、失礼ですね」

 

 俺は呆れるように言い放った。

 

「それは失敬」

 

 須郷はそう言うと、彰三氏に向き直り、言った。

 

「社長、あの件のことなんですが、来月にでも、正式にお話しを決めさせて頂きたいと思います」

 

「――そうか。 しかし、君はいいのかね? まだ若いんだ、新しい人生だって……」

 

「僕の心は昔から決まっています。 明日奈さんが、今の美しい姿でいる間に……ドレスを着せてあげたいのです」

 

「……そうだな。 そろそろ覚悟を決める時期かもしれないな……」

 

 あの話?一体なんだ?話を聞く限り明日奈の話のようだが……

 

「…ここでするような話ではないだろう。またゆっくり話をしようじゃないか」

 

「それもそうですね」

 

「では、私はこれで失礼するよ。桐ケ谷君、そして紺野君・楓野君。また会おう」

 

 そう言って彰三氏が退室し、場には4人が残された。

 

「痛かったじゃないか楓野君。手が腫れ上がっちゃったよ」

 

「さぁ?何のことだか。心当たりならあるんじゃないですか?」

 

 出来るだけ皮肉っぽく言い放つ。須郷は酷薄な笑みを浮かべた。

 

 俺は改めて須郷を観察した。細い眼からは、やや小さい瞳孔が三白眼気味に覗き、口の両端が上がっている。その顔にはさっきも言ったように酷薄な笑みが浮かんでいる。その眼からは感情が感じられず、体から薄っぺらい自尊心が滲み出ている。典型的な小物タイプ、世間をうまく見て出世してきた研究者といったところか?まぁ大企業のCEOのそばに仕えてる辺り信頼されており、更に野心は十分にありそうだ。

 

「ところで桐ケ谷君、僕が彰三さんとしていた話が気になるかい?」

 

 須郷は和人の方を向き直り、ニヤニヤ笑いながら言った。

 

「……あぁ」

 

 和人は絞り出すような声でそう答えた。

 

「さっきの話の断片である程度察したかもしれないけど、僕と明日奈が結婚するという話だよ」

 

 何?笑わせる。民法上本人の同意なき結婚は法律はこれを許さない。例え本人の意識を確認できなくても、だ。

 

「出来る……わけがない」

 

「須郷さん、貴方には悪いが、今の日本の法律では本人の同意なき結婚は民法がこれを許可しない。まさか、議会()を動かして民法を変えるつもりか?」

 

「まさか。そんなことを出来る権力は僕にはないさ。だから、形上僕が結城家の養子に入ることになる。……実はこの娘は昔から僕のことを嫌っていてね」

 

 そう言いながら、須郷はベッドで眠る明日奈の頬に左指を伝わせた。

 

「彼女の親たちはそれを知らないが、いざ結婚となると拒絶される公算が大だった。だから、この状況は好都合なんだよ。僕にとって都合のいい状況になるまで、当分眠っていてほしいね」

 

 言いながら、須郷の指が明日奈の唇に近づいていく。そして——

 

「おっと、それ以上はアウトですよ」

 

 俺は咄嗟に須郷の腕をつかみ、その動きを止めた。

 

「痛いなぁ。もう少し加減してよ」

 

「お前……明日奈の昏睡状態を利用するつもりなのか?」

 

 和人が怒りを隠せない様子で言う。

 

「利用? いいや、正当な権利だよ。 ねぇ桐ケ谷君。 SAOを開発した《アーガス》がその後どうなったか知っているかい?」

 

「……解散したと聞いた」

 

「うん。 開発費に加えて事件の補償で莫大な負債を抱えて、会社は消滅。SAOサーバーの維持を委託されたのがレクトのフルダイブ技術研究部門さ。 具体的に言えば、僕の部署だよ――つまり、明日奈の命は今やこの僕が維持していると言っていい。 なら、僅かばかりの対価を要求したっていいじゃないか?」

 

 予想以上にクズ野郎だったわこいつ。そして、こんなところで大ヒントが貰えるとは思えなかった。菊岡二佐が言っていた、外部からSAOサーバーに干渉し、そして恐らくは仮想空間に数百人を()()した首謀者。一向に掴めそうになかったその尻尾を、握るチャンスが来たかもしれない。思わぬ副産物というべきか。

 

「……」

 

 何も言い返さず、ただ黙りこくる和人。それを一瞥し、須郷は言い放った。

 

「式は来月、この病院で行う。君たちも呼んであげるから、楽しみに待っておいてね」

 

 須郷はそう吐き捨てて退室し、それを確認して俺はため息をついた。

 

「どうしようもない野郎だったな。いけ好かない奴だぜ全く」

 

「でも……どうするの!?ここままじゃ明日奈があの男に……」

 

「タイムリミットは約一ヶ月、か。どうするんだ和人。このまま手をこまねいて見ているつもりかい?」

 

 俺は半分虚脱状態になっている和人に対して言った。

 

「……いや、そんなわけにはいかない。俺は、明日奈と約束したんだ……こっちの世界でも、結婚しようって…」

 

「そうか。俺たちに何か出来ることがあれば連絡してくれ。手は尽くすと約束しよう。じゃあな」

 

 俺は木綿季を伴って病室を出、迎えのヘリに乗り込んだ。

 

 

—————————

 

 

「で、要件というのは何だい、柃君」

 

 帰宅した俺は家に木綿季を一旦置いて、某所に菊岡二佐を呼び出した。静かな雰囲気のカフェで落ち合った俺たちは、お互い軽食を頼んだ後、本題に入った。

 

「まぁ珍しく重要なことです。菊岡さんが前に言ってた干渉の首謀者、足掛かりが掴めたかもしれないですよ」

 

 そう言うと、菊岡二佐の眼鏡が鋭く光った。

 

「ほう。詳しく説明してくれるかな?」

 

「単刀直入に言います。今回菊岡さんをわざわざお呼び立てした理由は、その首謀者の可能性がある人物の身辺調査をしていただきたいからです」

 

「ふむ。その人物は?」

 

「名前は須郷伸之。例の"レクト"のフルダイブ技術部門の研究主任です」

 

「"レクト"関係者ねぇ。確かにそのセンはありそうだ。今までずっと身代金目的の電磁誘拐かあるいはサイバーテロとばかり自衛隊上層部()も警察も考えていたが、内部犯行……と言っていいのかな、それも大いにあり得る。それも研究責任者ということは、実質的なサーバー管理者か。レクトは旧SAOサーバーも引き継いでいるから、その管理責任者なら、干渉も容易だ」

 

「まだ可能性というだけで、断定は出来ませんが。現状を打破する起爆剤としては極上じゃないでしょうか?」

 

 俺がそう言うと、菊岡二佐はフフッと笑った。

 

「ま、それはそうかもね。少なくとも上を動かす材料にはなる。警察には先を越されたくないんだよね」

 

「でしょうね。()()()()のためにフルダイブに関する情報は少しでも隠匿したいと?」

 

「そんなとこ。連中にフルダイブの干渉のための技術を解析されたりしたらたまったもんじゃないよ。どうやらこっちが想像している以上に我が国の警察機構は優秀らしいしね」

 

「深くは触れないでおきますよ。では、僕はこの辺で」

 

 俺が伝票を持って立ち上がろうとすると、菊岡二佐はそれを制止した。

 

「おっと。割り勘は国に奉仕するものの基本だよ」

 

「…そうでしたね」

 

 俺はきっちりと菊岡二佐と割り勘し、それぞれ店を出た。

 

「では。次はもっと確実な情報を持っていけることを期待しておいてくださいよ?」

 

「期待して待っておくよ。今は僕も上もとにかく情報待ちだからね。君が情報を持ってきてくれると非常に助かる」

 

「まぁ、時間はそれなりに掛かりそうですが、掛かっても一月。早ければ二週間程度かと」

 

「そうかい。改めて、期待しておくよ」

 

 俺は菊岡二佐が立ち去った後、家に向け歩き始めた。


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