出来損ないの最高傑作ーNT 番外編   作:楓@ハガル

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時間は一気に飛んで、EP4終了後となります。原作のEP4までのネタバレを含みます、ご注意下さい。
また、人によっては不愉快に感じるネタを含みます。特にヒツギ、コオリ、シエラのファンの方は、ご注意下さい。

※2017/10/06 20:27
  本編と矛盾している点を修正。
  また、後書きに説明を追加しました。


番外ノ二 オラクルの盾として

 ハンターとは、何ぞや。

 

 ある者は、こう答える。パーティの先陣を務める、切り込み隊長、と。

 

 ある者は、こう答える。パーティを敵の攻撃から守る、守護者、と。

 

 ある者は、こう答える。サブクラスとして優秀な、縁の下の力持ち、と。

 

 いずれも、間違ってはおらぬだろう。ファイターやブレイバーよりも防御フォトンの出力に優れ、多少の攻撃ではビクともせぬハンターは、前衛として、なくてはならぬクラスじゃ。

 しかし。昨今のアークス戦闘員は、火力の上昇が著しい。ハンターが前に立たずとも、敵が攻撃する間もなく、一掃されてしまう。これでは、自慢の防備も、宝の持ち腐れ、というもの。

 ハンターの立ち位置は、揺らぎつつある。

 

「ふむ……。今一度、ハンターの何たるかを、考えねばならぬかのぅ……」

 

かく言う妾も、一撃必殺、一撃離脱を信条としておる故、守護者としては、ちと微妙と言わざるを得んが。

 

 

 

 考えるに当たり、まずは、先輩の話を聞くべきか。そう思い立ち、ゲートエリアへと向かうと、珍しい客人の姿があった。

 

「おぉ、火継(ヒツギ)に、氷莉(コオリ)ではないか!」

 

「あっ、楓! お邪魔してるよ!」

 

「お久し振りだね、楓ちゃん!」

 

思いがけぬ再会に、手を取り合って、喜ぶ。この二人と会うのは、そうさな、二ヶ月振り、かのぅ? 地球での事件が、収束して以来じゃな。

 

「しかし、今日はどうしたのじゃ?」

 

「うん、シエラにお願いして、訓練設備を貸してもらおうかな、って」

 

「地球を守るなら、ちゃんと強くならなきゃ、って、ヒツギちゃんと話したの。これからは、楓ちゃんやアークスのみなさんに頼ってばかりじゃなくて、自分たちで頑張らないとね」

 

設備を借りるから、結局頼っちゃってるけどね、と、可愛らしく舌を出す氷莉。火継も、誤魔化し笑いを浮かべているが、少々、恥ずかしげな様子。

 

「否、その意気や良し。しかし、そなたらも、水臭いのぅ。連絡を寄越してくれたなら、妾は、いつでも駆け付けるぞ? その為の、守護輝士(ガーディアン)じゃからな」

 

「だけど、守護輝士だからこそ、頼り過ぎるわけには行かないじゃない。言ってみれば、楓は、アークスの切り札なんだからさ」

 

「うんうん。わたしたちだって、頑張れるんだよぉ!」

 

頬を染めながらの、意志表明。うむ。初々しくて、まこと、愛らしい。

 

「あ、そうだ。良かったら、楓からも、シエラにお願いしてくれないかな?」

 

「ん、訓練設備の件か? 構わぬぞ」

 

「やったぁ! わたしたちだけだと、ちょっと不安だったんだぁ。きっとシエラちゃんの事だから、お二人が無理して戦う必要はないんですよ、私たちに任せておいて下さい! みたいな感じで、きっと断られちゃうだろうなぁ、って思ってたの。それでそれで、楓さんと私にかかれば、どんな事件もパパッと解決です! なんて、二人の絆をアピールされて、それからそれから、濃厚なプライベートを……。……いやぁん、楓ちゃんってば、大胆!」

 

「あー、コオリ……?」

 

「いかん、暴走してしもうた」

 

一層赤くなった頬に手を当て、やんやんとツイストする氷莉。これは、しばらく放っておいた方が良いな。

 言っておくが、シエラとは、コオリが妄想しておるような事はないぞ。断じて。

 

「ともかく、先に手続きを済ませるか。幻創種のVR訓練なら、プリン殿……、いや、カリン殿に問い合わせた方が、早いか?」

 

「へ? シエラじゃないの?」

 

きょとん、とした顔の火継に、妾は、扇子で口元を隠し、流し目を送った。

 

「火継よ、妾を、誰と心得る? 訓練設備なぞ、妾の権限ならば、『顔ぱす』じゃぞ?」

 

「へへーっ、守護輝士様でございやしたーっ! ……あははっ!」

 

「良い良い、表を上げい。それでは、参ろうか。……かかかっ!」

 

芝居がかったやり取りに、二人揃って大笑いしながら、アサインカウンターへと行く。

 

「そ、そんなっ、二人は、そんな事まで……。……って、あれ? ……あーっ! 楓ちゃん、ヒツギちゃん、待ってよぉ!」

 

ようやく現実に戻り、慌てて追って来た氷莉へ、手招きしながら。

 

 

 

 VR訓練には、妾も参加させてもらい、三人で臨んだ。こうして許可を出した手前、監督せねばならぬし、何より、アークスではない二人との共同訓練は、妾にとっても、刺激になるでな。ハンターとしてのあり方を考えるに際し、良い案が浮かぶやも知れぬ。

 火継と氷莉は、だいぶ、腕を上げておった。エーテルの扱いにも慣れたようで、仮想の幻創種を、次から次に切り捨てる姿は、一人前の風格を感じさせる。これは、妾も、うかうかしておれぬな。

 

 じゃが。やはり、見えぬ。新鮮な気分であったが、ハンターの何たるかを考えるには、及ばない。

 

「あれれ、楓ちゃん、何だか浮かない顔だね?」

 

「むぅ、顔に出ておったか?」

 

「うん、あたしでも分かるくらい、ハッキリね」

 

ふむ。自然にしておったはずじゃが、気付かれたか。己が考えておる以上に、思い悩んでおったのじゃろうか。

 この際じゃ。この、戦士として急成長を見せる二人に、意見を求めてみようか。

 

 悩みを打ち明けると、二人とも、考え込んでしもうた。

 

「ハンターの役割、かぁ。てか、楓のクラス、ハンターだったんだね。初めて聞いたかも」

 

「ふむ。火継たちには、縁のない話ではあるからの」

 

アークスではない火継たちは、クラスの概念がない。具現武装の性質で、無理に当てはめるならば、火継はブレイバーで、氷莉はハンターじゃろうか。その氷莉も、アークスで言うところの戦闘補助テクニックを駆使して戦っており、妾とは、立ち位置が異なる。

 

「うーん……。小難しい話は、苦手だからなぁ……。でも、楓の戦い方を思い出してみると、守るにしても、変わった守り方だな、とは思うよ」

 

「ほぅ、と言うと?」

 

「何て言えば良いのかな。守るって言ったら、こう、味方より前に立って、盾とかで敵の攻撃を防ぐイメージだけど、楓は、そんな事しないじゃない?」

 

「まぁ、誰よりも先に、敵の群れに踏み込むからのぅ」

 

「そうそう。そんで、避けながら攻撃して、それで敵の注意を引き付けてるじゃない」

 

火継が言うには、妾が敵のど真ん中で戦う事が、味方を守る事に繋がっておるそうだ。確かに、陣形の内側に敵の侵入を許せば、味方は総崩れになるからな。敵にしても、深々と切り込む妾は、なるほど、目の上のたんこぶじゃろう。

 

「だからさ、楓の戦い方は、十分に守護者って言えるんじゃないかな? うん、何か、ふわっとした話で、伝わんないかも知れないけど……」

 

「いんや、良い話じゃった。ありがとう、火継」

 

「ううん、気にしないで。あたしも、楓に沢山助けられたんだからさ。だからその、お礼としちゃ、安いけど……」

 

尻すぼみになる言葉に合わせ、俯き加減になる火継。うむ。ういやつじゃ。眼福、眼福。

 

「やっぱりヒツギちゃんも、そんな風に見てたかぁ。わたしと同じだね」

 

 と、そこで、思考を巡らせていた氷莉が、口を開いた。

 

「その戦い方は、地球だと、『回避盾』って言われてるんだよ」

 

「って、コオリ、それはネトゲじゃない……」

 

むぅ? 回避盾と言い『ねとげ』と言い、妾の知らぬ言葉が、出て来たぞ?

 

「でもでも、わたしたちも最初は、ネトゲと思い込んでたじゃない? だから、わたしは、そっちの方から考えてみようかなーって」

 

「ふむ。興味があるのぅ。聞かせてもらえるか?」

 

うん! と元気よく返事した氷莉は、身振り手振りを交えつつ、こう語った。

 

「ネトゲって言うのは、オンラインゲームの通称でね。エーテル通信を利用して、世界中のプレイヤーと一緒に遊べる、コンピューターゲームなの。エーテル通信が普及する前は、電話回線とか光通信だったんだけど、それは置いとくね。でね、仲間と一緒に敵と戦うネトゲだと、パーティメンバーはそれぞれ、アタッカー、ヒーラー、タンクって言う役割を担当するの。全部のネトゲがそうじゃないけど、大体は、そう分かれるね」

 

「ひ、『ひぃらぁ』……? 『たんく』……?」

 

「それでね、さっき言った回避盾ってのは、ちょっと変則的なタンクなんだよ。ヘイトを稼いで、敵の攻撃を避ける事で、味方を守るの。本来のタンクは、高いHPと防御力で、敵の攻撃を防ぎ切る役割の、防御盾。ね? 変則的でしょ?」

 

「『へいと』……? 『えいちぴぃ』……?」

 

「回避盾は、ヒーラーの負担は減るけど、一発でも食らっちゃったらアウト。その点防御盾は回復しなきゃだけど安定性は抜群! おまけに敵の視界を消滅させる魔法まで使えばさらに安定性アップ! さすが」「はい、ストーップぅ!」

 

「うぇっ!? 何で止めるのぉ!? これからが良いとこなのに!」

 

「あのねぇ、コオリ……。楓を見てみなさい、煙吹いてるじゃない!」

 

「あがが……」

 

「へ? あ、あぁっ! 楓ちゃーん!?」

 

まさに、言葉の奔流。キャストの情報処理能力を最大稼働させても、まるで追い付かぬ。氷莉が饒舌なのは知っておったが、地球の専門用語まで加わると、これ程の破壊力を発揮するのか。熱暴走寸前の、ボーッとする頭で、妾は、そんな事を考えていた。

 

 

 

 それから、数日後。先日会ったばかりの火継と氷莉が、妾の部屋を訪ねて来た。

 

「あ、あのね、楓ちゃん。この前は、ごめんなさいぃ!」

 

「コオリが、改めて謝りたいって。あたしも、もっと早く止めれば良かった。ごめんなさい……」

 

扉を開けるなり、二人に頭を下げられた。ふむ。妾としては、混乱こそしたものの、興味深い話ではあったし、すぐに冷却が完了した故、特に気にしておらんのじゃがなぁ……。

 その旨を伝えると、二人は笑顔で顔を上げ、それから、持参した菓子や茶葉を使っての、ちょっとした茶話会が開かれた。さすがに、氷莉の弁舌は鳴りを潜めており、和やかな一時となった。

 

 楽しい時間は、たちまちに過ぎ行くもの。そろそろお開きにしようか、と声掛けすると、氷莉が、何やら鞄をごそごそと漁り始めた。

 

「もしかしたら、楓ちゃんの悩みを解決するのに、役に立つかなぁと思って、持って来たの」

 

そうして手渡されたのは、掌にすっぽり収まる大きさの、直方体。見た事のない代物じゃが、これは、地球の物か?

 

「携帯メモリだよ。その中に、この前の続きとかが入ってるから、良かったら、見てみてね!」

 

「中身は、イラストとか動画とか、後はテキストファイル。ちょーっと読みにくいかも知れないけど、結構面白いから、暇な時とかに、少しずつ読んでみてよ」

 

「おぉ、これならば、ゆるりと見られるのぅ。感謝するぞ、火継、氷莉!」

 

思わぬ贈り物に、頬が緩んだ。ほんに、ありがたい。この恩に報いる為にも、妾なりの答えを見出さねばな!

 

 

 

 受け取った情報記録媒体は、地球の物。当然のごとく、オラクルとは、規格が合わぬ。どうにかならぬか、と艦橋のシエラに渡すと、随分あっさり、内部のデータを、妾の端末に転送してくれた。

 

「エーテル通信の調査に当たって、ヒツギさんに、地球の端末を買って来てもらえるよう、お願いしてたんですよ。そのお陰で、楽勝でした!」

 

自慢げに胸を張るシエラに礼を言い、早速、データを見てみる事にした。まずは、画像から。

 

「どれも、同じ男性の絵じゃな」

 

「目つきが鋭いと言うか、何と言うか……」

 

描かれているのは、銀色の鎧をまとった、銀髪赤目の男性。ある絵は、赤黒い剣を掲げた、立体的な物。またある絵は、その赤黒い剣を杖のように突き立て、こちらを見下ろしているかのよう。他には、どっしりとした佇まいで、こちらを睨み付けている物、紫色の盾を構えた物など、様々。

 

「動画ファイルは……、何じゃ、こりゃ。とんでもない数じゃぞ」

 

「メモリ容量のほとんどは、この動画群で占められてますね。これは、全部見るのに、随分と時間が掛かりそうですね……」

 

艦橋で見るには、数が多過ぎる。動画は、自室でゆっくり見た方が良かろう。

 

「最後の、文章ファイルは、と……。議事録のようじゃが……、んん? 一部、変換が狂っとらんか?」

 

縦にズラリと並んだ、恐らくは会議の記録であろう文書。かなりの量があるようじゃが、その最序盤だけでも、いくつかの発言が、妙な具合になっておる。

 

「あらら、言語変換が、誤作動を起こしたのかも。お時間を頂けるなら、再変換しますよ」

 

ここで、頼まぬ選択肢など、ない。せっかくの贈り物じゃ。全部しっかり、見なければの。

 

「分かりました。それじゃ、ちゃんと変換出来たかを確認してから、また端末に送りますね」

 

「うむ、よろしく頼むぞ」

 

 

 

 自室に戻り、端末で、動画を開いてみた。動画の名前は、『まずはこれ!』とある。感嘆符まで入れてあるのじゃから、これらの動画は、続き物なのだろうか。

 

 動画は、化物から逃げる黒服の男性から始まる。逃げているにしては、随分のんびりとした走り方じゃが。

 とうとう男性が力尽き倒れると、場面が変わる。軽快な曲と共に、例の鎧の男が、これまたのんびりと走る。そして、もう間に合わない、と言った意味の言葉を、座り込んだ女性が口にすると、鎧の男は否定し、加速。画面の奥に向かって、走る、走る、走る。

 曲が佳境に入ると、鎧の男と化物が戦闘を始め、必殺技と思しき剣技を披露。

 最後は、白い奇妙な生き物を前に膝を突き、そこで動画は終了。

 

 これはいわゆる、『ぷろもぉしょんびでお』とやらか? それにしては、内容が、よく分からん。それに、時折画面に出た、台詞。文法としては狂っておるのに、不思議と、意味が伝わる。何とも珍妙なものじゃ。

 そこで、はたと気付いた。例の、再変換を頼んだ文章。変換が狂っていた箇所と、この動画の台詞。似ておらんかったか?

 

『おいィ? 楓さん、聞こえますかねぇ?』

 

「ん、シエラか……、シエラか?」

 

握ったままの端末から発せられた声に、思わず、まだ双方向回線を開いていないのに、問い掛けてしもうた。声は、間違いなくシエラじゃ。しかし、あやつは、こんな喋り方ではないぞ。何じゃ、この傲岸不遜と慇懃無礼をまとめて鍋にブチ込んで煮詰めたような、居丈高な口調は。とりあえず、回線を繋ぐ。

 

『篇感が終わるますた! 送ったので早く見るべき、死にたくないなら見るべき!』

 

「……し、シエラ? そなた、そんな喋り方じゃったか……?」

 

『ちょと口調が誤用だっただけで揚げ足取りとかちょとsYレならんでしょこれは……』

 

「シエラ!? 何があった!? と言うか、そなた、本当にシエラか!?」

 

『どうやって私がシエラじゃないって証拠だよ? 言っとくけど私はシエラだから。あんまりしつこいとバラバラに引き裂きますよ?』

 

「シエラ!? シエラァァ!?」

 

いや、まぁ、『ふぇいすうぃんどぅ』に映っておるのはシエラじゃし、口の動きも、顔に似合わぬ高圧的な台詞と一致しておるが……。こうも普段のシエラと違うと、全く同じ顔の別人か、と疑ってしまう。まさか、他の艦のシエラタイプと、混線したか? しかし、例のファイルを知っておるのは、ハガルのシエラだけじゃし……。いかん、混乱して来たぞ。

 

 どうにか、妙な興奮状態にあるシエラを宥め、すかし、ファイルについて聞き出した。あのファイルは、最初に妾の端末に送られた時点で、完璧にオラクル言語に変換されていたらしい。何度変換しても直らない故、氷莉に連絡を取ってまで、確認したそうじゃ。そう言えば、火継が、ちょーっと読みにくい、と言っておったな。それに、先程の動画にも、ちと狂った文章があったしの。

 

『じゃあな、カス猿』

 

「かす……っ!?」

 

 罵倒に等しい締めの言葉で、シエラとの通信が切れた。……本当に、何があった?

 

 端末は、シエラからのファイル受信を報せている。特定の発言が狂った、議事録のような何か。シエラは、真面目な少女じゃ。変換作業に集中し、他のファイルには、目もくれなかったであろう。となれば、鍵は、間違いなく、このファイルにある。

 受信したファイルに、人差し指を伸ばす。これを開き、読めば、シエラを変えてしまった何かの正体が、掴める。だのに、指は、ぶるぶると震えてしまっている。

 所詮は、文章ファイル。論理爆弾の類ではない。単なる、読み物。何を恐れる事があろうか。

 

 指が、ファイルに、触れた。

 

「ナイト……メイン盾……」

「キングベヒんもス……不意だま……」

「黄金の鉄の塊……有頂天……」

「謙虚……9枚……」

 

「……汚いなさすが忍者きたない」

 

 

 

「ん? おぉ、楓君か。フッフッフ、何用かね?」

 

「……謙虚なナイトに相応しい、剣と盾を作って欲しいんじゃが?」

 

「……は?」

 

* * *

 

 最近、妙な噂を耳にする。クエストや任務で苦戦していると、どこからともなく金髪の女性キャストが現れ、べらぼうな強さで、敵を一掃してしまうらしい。

 金髪の女性キャストと言えば、一番に思い浮かぶのは、俺の相棒、楓だ。どこからともなく現れる、ってのも、独自の判断で行動出来る守護輝士だからこそ、ってところか。

 だけど、この噂には、続きがある。そのキャストが持っている武器は、アークスに正式登録されている武器種じゃないみたいなんだ。何でも、赤黒くてギザギザしてるセイバーと、紫色の盾を装備しているんだとか。言うまでもなく、楓の得物じゃない。

 そう言えば、その噂が流れ始めた頃から、楓と会話していない。姿を見る事はあったけど、いつも「とんずらァ!」と叫びながら、キャンプシップ搭乗ゲートに、物凄い速さで走っていた。いや、とんずらって何だよ。リサ先輩から逃げてたのか?

 

「アフィン、あれ、楓じゃないかしら」

 

「ん? あ、楓だ」

 

 隣にいたユク姉が、アサインカウンター前を指差すと、そこにいたのは、確かに楓だった。若いアークス戦闘員たちに、丁寧に頭を下げられている。噂通りなら、アイツらは、楓に助けられたんだろう。

 去り際にも、楓を振り返りながら、ぺこぺこと頭を下げる彼らを見送り、楓に近付いた。見たところ、変わった様子は……おい。何だ、その、腰に差した赤黒くてギザギザのセイバーと、左手に括り付けてる紫色の盾は。それと、そのニューマンみたいな長い耳はどうした。明らかに粘土細工だけど。

 

「こんにちは楓さん」「何か用かな?」「人助けしてますか?」「してる」「そうですかありがとうグラットンすごいですね」「それほどでもない」

 

「……えっ?」

 

 ユク姉が、一歩前に出たかと思うと、二人で、こんなやり取りを繰り広げた。楓『さん』って。さっきまで呼び捨てだったろーが。それに、グラットンって何だ。まさか、腰のセイバーか?

 

「やはり人助けしていた。しかもグラットン持ってるのに謙虚にそれほどでもないと言った。……っ!? な、何、今の……。口が、勝手に……!」

 

当のユク姉は、口を抑えて、混乱している様子。俺も、混乱しそう。

 

「♀は強いやつに憧れるゆえ最強の伝説武具装備してるのはもてるのじゃ。最強の武具装備しておると全身からかもし出すエネルギー量がオーラとして見えそうになる」

 

「見えてねーじゃん、見えそうになる、って」

 

思わずツッコんだけど、何か、おかしくねーか? 妙に偉そうだぞ、今日の楓は。

 

「な、なぁ。お前、相棒……だよな?」

 

「妾が愛帽なのは確定的に明らか。そう言うそなたは相棒じゃないのかや? 見ろ、見事なカウンターで返した。調子に乗ってるからこうやって痛い目に遭う。以後気をつけよ(この辺の心配りが人気の秘訣)」

 

「さすがにナイトは格が違った!」

 

「そなたは分かってるね。ジュースをおごってやろう」

 

「調子こいてすいまえんでした;; ……んん!?」

 

お、俺まで、口が勝手に動いたぞ!? ユク姉も、何を拍手してんだ!? それと、そのジュース、どこから出した? あぁ、アイテムパックか。

 違う、そうじゃない。

 

「おい、どうしたんだよ、相棒!? 今日のお前、むちゃくちゃ変だぞ!?」

 

「妾は妾は別に変ではない。貧弱一般ハンターが最高のナイトになって、グラットン手に淹れた事で至高のナイトにバージョンアッポしただけ。これまでの圧倒的な防御力に加えて絶望的な破壊力も誇る破壊力を持つことになったのじゃ」

 

ハンターが、ナイト……? グラットンで至高のナイト……? 絶望的な破壊力も誇る……破壊力? いかん、マジで意味が分からん。

 

「と、とりあえず落ち着こうぜ、相棒。仕事が忙しくて、疲れてるだけなんだろ? それで、そんな感じになったんだよな? フィリアさんのとこで、診てもらおう、な?」

 

楓の肩に手を置いて、優しく諭す。すると、なぜか楓は、露骨に眉間に皺を寄せた。

 

「言葉よりも暴力が先に出る事もたまにある、妾が冷静なうちにいい加減そなたのバカみたいにヒットした頭を冷やせ!」

 

「いや、どー見ても冷静じゃねーだろ!? 確かに俺も、気が気じゃないけど!」

 

「相手を挑発する言葉は非常に人をふるかいにする。今謝れば許す。後一分までに誤れば許す。早くすろ!」

 

「挑発なんて、してねーっての! 俺はただ、お前が心配なだけで……!」

 

「ね、ねぇ、楓。アフィンは、貴女の事を思って……」

 

これ以上変な事は言いたくない、とばかりに口を抑えていたユク姉も、助け舟を出してくれた。だけど、

 

「『さん』を付けろよデコスケ野郎!」「ひぅっ!?」

 

周囲から一斉に、ユク姉に罵声が浴びせられた。見回すと、ゲートエリアにいたアークス全員が、腰を落として、こちらを見ている。今にも、飛び掛かって来そうだ。……まさか、コイツら全員、楓派閥なのか!? まずい。なにがまずいのかはよく分からんけど、この状況は、まずい。

 一触即発の空気。ギラギラとした無数の目が、こちらを睨め付ける。何で、ゲートエリアで、こんな事になってんだ。そこで、気付いた。楓の肩が、ぷるぷると震えている。

 

「……そなたらは一級廃人の妾の足元にも及ばない貧弱一般アークス。そのアークスどもが一級廃人の妾に対してナメタ言葉を使うことで妾の怒りが有頂天になった! この怒りはしばらくおさまる事を知らない!」

 

「い、一級廃人!? はぁ!?」

 

めちゃくちゃ怒ってる!? え、俺、何かしたか!? つか、怒りが有頂天って何だよ!?

 

「ダークパワー!」「あだーっ!?」

 

「そなたも! ダークパワー!」「いったー!?」

 

ダークパワー、と叫びながらの楓のパンチが、俺の胸に、次いでユク姉の胸に繰り出された。だけど、あんまり痛くない。そりゃ、非戦闘用ボディだもんな。

 

「ちなみにダークパワーっぽいのはナイトが持つと光と闇が両方そなわり最強に見える。暗黒が持つと逆に頭がおかしくなって死ぬ」

 

「……ぽいって何だよ。それに、見えるだけかよ……」

 

ダークパワーとやらについて朗々と語り、高らかに笑いながら、楓は去った。

 

 楓がどこかへ行き、俺たちを睨み付けていたアークスたちも付いて行った事で、ゲートエリアは、平穏を取り戻した。気のせいか、レベッカさんの視線が、厳しいけど。

 

「……全く。どうしたのよ、あの子……」

 

「俺も知らねーよ……。俺が知ってるのは、こないだまで、ハンターのあり方に悩んでたって事くらい……、ん?」

 

中央ポータルの陰から、二人組が、こそこそとこっちを見てる。赤い髪と、黒い髪。あれは、ヒツギとコオリか? 堂々としてりゃ良いのに、何でまた、ヘッタクソに隠れてんだ?

 そう言えば。楓を見なくなる数日前に、アイツ、嬉しそうに言ってたな。ヒツギとコオリと訓練した、って。相談に乗ってもらって、少し肩の荷が下りた、って。

 ……まさか。ユク姉と顔を見合わせ、頷く。

 

「被疑者確保ォォ!」「動くんじゃないわよ、そこの二人!」

 

「ちょっ、見付かった!」「きゃー! ごめんなさいごめんなさいぃ!」

 

慌てて逃げ出す、ヒツギとコオリ。こちとら現役のアークス戦闘員なんだ。足の速さで、負けるもんかよ!

 

 特に手間取る事もなく、無事、捕縛。縄は打ってねーけど。二人は、俺とユク姉の前で正座し、しゅんとしている。

 

「さーて、キリキリ吐いてもらおうかしら」

 

「な、何の事かなー……?」

 

「ネタは上がってんだ。楓がおかしくなった理由、知ってるんだろ?」

 

「あぅぅ、ヒツギちゃん……」

 

ヒツギは惚けているけど、コオリは、すっかり萎縮している。崩しに掛かるなら、コオリか。

 

「コオリ、別に俺たちは、怒ってるわけじゃないんだ。ただ、楓が、どうしてああなっちまったのかを、知りたいだけなんだよ」

 

「喋ってくれるなら、開放するわ。だから、話してちょうだい」

 

「か、開放!? それってそれって、この世から開放するって事ですか!? よく喋ってくれた、用済みだ、とか言って、頭をぱぁん、ってしちゃうんですか!?」

 

「いや、それはねーから」

 

「この子、想像力と言うか、妄想力が逞し過ぎるわね……」

 

「あぁ、もう、私から説明するわ!」

 

混乱極まっているコオリの隣で、ヒツギが立ち上がった。

 

「楓がおかしくなったのは、多分、私たちが渡したファイルのせいね」

 

「ヒツギたちが渡したファイル? って事は、地球の?」

 

「そう。先に言っておくけど、ウィルスとかじゃないわ」

 

 ヒツギの話は、簡単にまとめると、こうだ。ハンターの、守護者としてのあり方に悩む楓に、ヒツギたちは、地球で一昔前に流行ったゲームの、とあるキャラクターの話をし、その人物に関する各種ファイルを贈った。

 

「……えっ、そんだけ?」

 

「そう、そんだけ。どのファイルも、ネットで検索掛ければ、すぐに出て来るような物なの。ただ、そのキャラクターってのが、ちょっと曲者でね」

 

聞いてみると、ちょっとどころではなかった。元は、件のゲームを遊んでいる、掲示板サイトの荒らしだったけど、独特過ぎる言語センスでカルト的な人気を博し、模倣犯まで現れ、それらが統合されて、キャラクター像を得たらしい。……これって、ちょっとした幻創種じゃないのか?

 

「盾として味方を守る事を、至上目的にしてるキャラクターだから、楓ちゃんの悩みを解決する糸口になれば、って思ったんですけど……。ごめんなさい、まさか、ここまで影響が出るとは、思いませんでした……」

 

「影響どころじゃないわよ……。そのファイルを見てないはずのアークスまで、感染してるし」

 

「感染……、やっぱウィルスじゃねーか!」

 

「いや、一緒に渡した動画には、そう言うネタ(Bウィルス)もあったけど! だけど、ホントに感染するなんて、普通思わないでしょ!?」

 

「そりゃそうだけどよ!? あー、何だよ、これ……」

 

「頭が痛くなって来たわ……。あたしやアフィンが、わけの分からない事を口走ったのも、その初期症状なのかしらね」

 

どうにか、今はまともな言葉を喋れてるけど、また楓と話したら、あんな風に、言語崩壊するんだろうか。そして行く行くは、アイツの言うナイトとやらを、賛美するようになるのか……。

 

「……なぁ、ヒツギ。楓は、元に戻るのか?」

 

「ごめんなさい、分からないわ……。楓も感染者である事は変わらないから、いつかは治るかも知れない、としか言えない……」

 

「幸いなのは、あんな状態でも、守護輝士としての使命を全うしてる事ね。さっきの様子だと、あちこちでアークスを助けてるみたいだし」

 

ユク姉と、示し合わせたように、同時にため息をついた。どうしてこうなった。

 

 

 

 その後、ヒツギとコオリを加えた四人で、ハガル艦橋を襲撃。楓同様に言語崩壊しているシエラから、元凶の携帯用メモリを没収した。

 

「これは、わたしが責任を持って、地球に持ち帰ります……!」

 

悲壮な覚悟を見せるコオリの後ろで、ヒツギに羽交い締めにされてるシエラが、

 

「言行録が! ナイトの聖典がぁ!」

 

とか喚いてた気がするけど、俺には何も聞こえてない。何か言ったの? 俺のログには何もないな。……ん?

 大元は断ったが、楓の端末には、ファイルが全て残っている。これは、どうしたもんか。隙を見て端末を奪い、ファイルを消去するくらいしか、思い浮かばない。アークスの切り札から、所持品を盗む。……いや、無理だろ、普通に考えて。フーリエさんに頼むしかないかも知れない。感染してなければ。もうしてそうな気もするけど。

 今やれる事は、全てやった。後は、楓が早期に快復してくれる事を、祈るしかない。

 

 

 

 ……祈りは、届かなかった。

 まず楓は、自身の肩書を、守護騎士(ナイト)に改めた。理由は、単純。新クラスが、受理されなかったからだ。何を血迷ったか、アイツは新たなクラスとして、ナイトを申請した。だけど、規格外の戦闘能力が前提のクラスなもんだから、適性を持ったアークス戦闘員は皆無。無事、お流れになった。グッジョブ。

 だけど、楓は、挫けなかった。新クラスが駄目なら、新しいクラススキルを確立しよう、と思い立ったらしく、フューリー、ガードに続く、第三のスタンススキル、ナイトスタンスを提唱した。セイバーと盾装備を前提としたスキルで、楓曰く「アダマンインゴ並の絶望的な硬さとパンチングマシンで100とか普通に出す破壊力を両立する活気的なスキル」だとか。アダマンインゴって何だ。それと、100の単位は何だ。

 この提唱に合わせて、アイテムラボのドゥドゥさんが、セイバーと盾を、アイテムラボが総力を上げて開発中だ、と宣言。どうやら、アイテムラボは、早期にナイト派閥に加わっていたようだ。ふむ、失敗じゃないかな、色々と。

 そして、どこをどう間違ったのか。ナイトスタンスは、ハンターのスキルに登録されてしまった。ナイト派閥のアークス戦闘員は、こぞってスキルリセット券を握り締めてクラスカウンターに押し寄せた。ハンターに適性のないヤツは、血涙を流す勢いで悔しがった。

 楓は、ナイトスタンスを習得して狂喜するヤツには「ナイトを上げたくて上げるんじゃない上がってしまう者がナイト」と諌め、ナイトになれなかったヤツには「ナイトはジョブを選ばない」と優しい声を掛けた。いや、意味が分からん。

 

 現在。ハンターは、本来の立ち位置を取り戻している。最前面に立ち、敵の攻撃を一身に受け止め、仲間を守る。楓の悩みは、見事に解決した、と言って良いだろう。

 だけど、

 

「黄金の鉄の塊で出来ているナイトが皮装備のジョブに遅れをとるはずがない!」

「マジで親のダイヤの結婚指輪のネックレスを指にはめてぶん殴るぞ!」

「セイバースウィフトでバラバラに引き裂いてやろうか!?」

 

このガラの悪さは、どうにかなんねーのかね……。

 

 そんな連中を見ながら、ちゃっかりナイトのクラスを実用化し、本人の言うところの「唯一ぬにの盾」になった楓は、

 

「ああアークスもナイト派閥に飲みこまれたかとこのオラクルの今後に大きく希望を持った」

 

と、満足げに頷いていた。

 

 

何度でも言ってやる。どうしてこうなった。




謙虚なナイトは世界を超える。

・ネトゲ
 いわゆるオススメ。

・コオリが渡したメモリ
 ブロントさんに関する画像、動画、言行録が、ぎっしり詰まってます。動画ファイルは、オススメ単体だけでなく、東方有頂天その他クロスオーバー物も多数含まれております。

・『まずはこれ!』
 ブロンティストの聖地。ブロントさんの動画に例の曲(カカカカッ)が使われるようになったのは、この動画がきっかけだとか。

・議事録
 オラクル人には、議事録のように見えたかも知れません。後で説明されたように、某匿名掲示板のログです。ここに現れた荒らしがきっかけとなり、ブロントさんは生まれました。

・狂った文法
 シエラや楓が、ファイルを見た後に喋るようになった言語。通称ブロント語。誤字や二律背反などを多数盛り込んだ、見事なまでにトチ狂った文章にもかかわらず、なぜか言いたい事は伝わると言う奇跡の言語。貧弱一般ブロンティストの私には、これが限界です。

・赤黒い剣と紫色の盾
 グラットンソードとケーニヒシールド。本作の物は、楓から感染したドゥドゥが、持てる技術の全てを注ぎ込んで作り上げた、楓専用のセイバーと盾。隔が長いから遠くまで届く。

・とんずら
 オススメ内でのシーフのスキル。移動速度を向上させられる。特に有名なコピペでは、ナイトサポシ(サポートジョブにシーフ。PSO2で例えるならサブクラス)でとんずらを使い、遅刻したキングベヒーモス戦に参加しています。

・ニューマンのような長い耳
 ブロントさんの種族エルヴァーンは、耳、首、腕が長いのが特徴です。楓は、少しでもブロントさんの真似をしたいと思い、粘土でそれっぽい耳を作り、くっつけてます。アホですね。

・口調の感染
 クロスオーバー系の動画で多数見掛ける設定で、ブロントさんと行動を共にしていると、ブロント語を喋るようになってしまう、と言うものがあります。例外としては、たった一度の激突による接触感染、遠隔地での空気感染など。

・感染の度合い
コオリ、ヒツギ…読み物として面白い、程度の認識で、感染していない。ただし、コオリは潜在的なブロンティストらしく、関連の話題で興奮すると、ブロント語が出る。

シエラ…製造から2年程度しか経っていない為に外的要因による影響を受けやすく、また変換作業中にまともに言行録を読んだ為、見事に感染。言語崩壊は致命的だが、非戦闘用として製造されているので、行動までは影響されていない。

楓…盾としてのあり方に悩んでいる最中に、動画と言行録を全て見てしまった為、感染の度合いは最も重い。キャリアとして、周囲の人間に多大な影響を及ぼす程。思考、言動、行動が完全に謙虚なナイトに染まっており、時折彼女の背後に、銀髪赤目で長身のナイトを幻視する者もいる。

一般アークス…楓に助けられた者は、重度の感染状態になっている。また、彼ら感染者のナイト的行動により、周囲の未感染者も感染する。曝露時間が長ければ長い程、症状は進行する模様。いわゆるパンデミック。

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