くうスカイ その一
001
死んだように生きている。生きたように死んでいる。
以前誰かにしたような、『道』というものをどう思う? という質問を彼にしたならば、少しズレて
「道……ですか? うーん、意識したこともないっていうか何というか……わざわざ歩かずとも、ひとっ飛び出来れば楽なんですけどね」
まるで、空でも飛ぶかのように。
002
「お久しぶりです、いりりぐさん! 病気にしていましたか?」
久々の暇な休日をどう使おうか迷い、とりあえず浪白公園でブランコを漕いでいたところで彼女はやってきた。
「一文字ずらすな阿良々木だよ。しかも病気にしていましたかって……それを言うなら元気にしていましたかだろう?」
「失礼、噛んでやりました」
「違う、わざとだ……って人のギャグを取るんじゃない!」
地の文のない状態で喋ると大変紛らわしいと思うが、僕が喋っているのは神ましたな蝸牛の幼女ではない。本音を言えばこの作品に一噛みもしてほしくない、四国の魔法少女(?)『ジャイアントインパクト』こと地濃鑿ちゃんだった。
「いやあ、八九寺さんとやらのキャラクターが私と被っていると聞いたもので。これは人生の先輩として一つ、持ちネタを奪われる恐怖というやつを味わって頂こうかと」
「出版順的には八九寺の方が先輩だし、現世にいる年数で考えても八九寺の方が先輩だよ」
「人として生きた年月は、私の方が先輩です」
果てしなくムカつくドヤ顔をする地濃ちゃん。"人として"なんていうが、魔法少女として生きてきた彼女を人と定義すべきかどうか。まあ彼女らの『魔法』はコスチュームの力らしいので、カテゴライズするなら人で構わないのか。むう。
「あ、阿良々木さん。伝わってきましたよ、『何でこいつと同じ種族なんだよはあ……』的な心の声が」
「流石に考えてねえよそんなこと……」
全く思っていないと言えば嘘になってしまう気もするが、付き合いも浅いしそこまで考える仲ではない。まあこのまま関わっていけば、一週間もすればそんな考えを口に出し始めることになりそうだが。
閑話休題。
「それにしても、急にどうしたんだよ?」
「用がなきゃ来ちゃいけなかった感じですか? 」
「用があっても来てほしくないよ……」
「まああるんですけどね、用」
「あるんですか……」
思わず邪険な扱いになってしまったが、別に僕は地濃ちゃんのことが嫌いというわけではない。むしろ好きな方である。ただ苦手というだけだ。詳しくは「混物語 第法話 のみルール」を参考にしていただきたい。
「なーにが参考にしていただきたいですか。
「ストップ! ストップ地濃ちゃん、それ以上はいけないぜ!!」
大人の事情は大切なのである。まあ僕らは、子供と呼べなくもないような年齢なのだが。――おっと、地濃ちゃんは中学生だったっけ? それなら法律的にも子供だが。
「で、用事っていうのは何だい? わざわざこんな辺境の地まで」
「四国も割と辺境の地なんで、辺境の地から辺境の地へとって感じですね。えーと、実は人を探してまして」
「人? 人を探してるなら警察にでも行って聞いてみたらどう?」
僕は家庭の都合上警察組織と縁がなくもないので、頼まれればその伝を紹介するのも可能といえば可能である。あまり明かしたくない情報ではあるし、好んでしたくはないが。
「阿良々木さん、やはり警察の方にはよくお世話になってるんですね……予想通りです」
「ある意味ではお世話になってるけど多分君の考えていることとは百六十度違う!!」
両親が警察官な為、まあお世話になっているといえばお世話になっている。が、人を犯罪者みたいに言わないでほしい。
「で、警察の話でしたっけ? そうしたいのは私も山々なんですよ。山々なのですが、問題も山々でして。まず第一の問題として、交番の場所がわかりません」
「そこの入り口から出て、右に曲がって突き当たりの角を左に曲がって、そのまま直進すれば信号の向こうにコンビニがあるぜ」
「コンビニじゃなくて交番です。うっかりさんですねえ、阿良々木さんはまったく」
「おっと失礼。でもコンビニの隣が交番だから、まあ完全なうっかりではないよ」
「うっかりさんな阿良々木さんには困ったものです。これが私メインの作品だったら間違いなく降板物ですよ、交番だけに」
「大して上手くないことを言って誇るな」
「まあたまたまこの公園にいて私に道を教えてくれた辺りで評価してあげましょう」
そういって地濃ちゃんは、如何にも悪趣味で少女趣味で魔法少女風味な、フリフリの衣装を翻してすたすた歩いていった。その衣装は確か空を飛ぶことや、それぞれ特異な能力が備わっていた筈だが、流石に街中での飛行は躊躇われたらしい。目立つもんな。
さて、僕はこれからどうしようか、と時計をちらりと見ると、視界を空飛ぶ地濃ちゃんに遮られた。
「白なのか……」
「貴方は真っ黒ですねえ、阿良々木さん……」
「は、いつの間に!?」
「いや、話してる間中ずーっと言おうか迷っていたんですが……ズボンのチャックが開いてらっしゃいますし」
「お互い恥ずかしい思いをしたから、まあウィンウィンってことでいいか」
「私は別にどうでもいいんですがね」
「で、何で戻ってきたんだ?」
「百が一、千が一、万が一にも私みたいな格好の、可愛らしい男子中学生に遭遇したら確保しておいてもらえませんか?」
「はっはっは、何を言っているんだ地濃ちゃん。そんな格好の男が彷徨いてたら速攻で捕まるぞ?」
「いや、多分捕まらないんですよねえ……その辺は上手い方なので」
プロの女装プレイヤーということだろうか。かくいう僕も何度か女装したことがあるので、警察から逃れる良い術があるなら是非ともご教授お願いした方がいいかもしれない。
「で、その人と君はどんな関係なんだい?」
「平たく言えば私の上司ですよ。空々さんといって、前述の通りの奇抜な格好をしているはずです」
「はー、そりゃまあすごい上司さんだな。出会えるとは思わないけど、もし出会えたらとりあえずお喋りしておくぜ」
言うことが終わるとすぐに、さよならも言わず地濃ちゃんは交番の方へと飛んでいった。
「それじゃあとりあえず、戦場ヶ原の家にでも遊びに行くか…………ん?」
何ともなしに見上げた空に、何か浮かんでいる物が見えた。鳥にしては形がおかしい気がするし、飛行機などでは決してない。興味を持って見上げていると、いつの間にかそれが徐々に大きくなってきた――いや、近づいてきた。
結論から言おう。空から女装男子が降ってきた。