交物語   作:織葉 黎旺

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くうスカイ その二

  003

 

 多少回復力が優れていることを除けば至って普通の男子高校生である僕は、華麗に受け止めることも避けることもなく、至って普通に、空から降ってきた女装少年のクッションになった。

 

「いたたたた……す、すいません。大丈夫ですか……?」

「…………」

 

 答えなかったのは別に、突然の事故で機嫌を悪くしたからではない。肺が圧迫されて上手く呼吸が出来ず、声が出なかっただけだ。人に大丈夫か問えるだけの元気が残っている方がおかしいと思われる。

 

「カハクフゥハッ……! ふ、ふう。大丈夫、問題ないぜ」

 

 何かの詠唱のような格好悪い声が出てしまったが、女装少年はそれに反応することなく「よかったです」と言って、「それじゃ」と離れていく。

 

「ってそうじゃなくて!そこの女装少年、ちょっと待ってくれ!」

「…………」

 無視して離れていく女装少年を引き止めると、少し嫌そうな顔をして止まってくれた、空中で。空中で。大事なことなので二回言わせてもらったが、何もない虚空に彼は浮いていた。

 

「君も浮くんだな……」

「ああ、まあ……え、君()?」

「僕は地濃ちゃんのちょっとした知り合いでね。彼女から、多分君を探すように頼まれた」

「……そうですか……」

 

 正確にいえば頼まれてはいないが、ここまでくれば乗りかかった船というやつだ。女装少年は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「じゃあ彼女に、僕を探さないようにお伝えください。それじゃ」

「ちょっと待……!」

 

 飛んで行かれたらまずい、捕まえようがなくなる――そう思った僕は、咄嗟に彼のフリフリのコスチュームの一部を掴んでいた。そして浮き上がった彼は、勢い余って地面へ激突した。

 

「――!?」

「あー……その、何というか……ごめん……」

 

 引き裂けたコスチュームの切れ端を見て、女装少年は感情の読めない表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  004

 

 全力の謝罪を終えて無事和解したところで、僕たちはベンチに腰掛けた。女装少年と男子高校生というのは中々目立ってしまう構図ではあったが、幸いここ、浪白公園は大して人気のない公園なので、通報はされなさそうだった。

 

「いや、本当にごめん……まさか千切れた上に飛べなくなるとは……」

「いえ、もう結構ですので気にしないでください」

 

 諦めがいいのか、特に怒る様子もなく、女装少年は非常に落ち着いた様子だった。てっきり走って逃げ出すかと思ったが、さながら処刑を待つ犯罪者のように諦観した目でベンチに座ったので驚いた。

 

「えーっと……地濃さんのどういった知り合いなのか聞いてもいいですか」

「どういった知り合いなんだろうね……」

 

 女装少年は首を傾げた。詳しくは、『混物語 第法話 のみルール』を参照していただきたい。恐らくそこに全てが書いてあると思われる。

 

「とりあえず自己紹介しておこうか。僕は阿良々木暦、直江津高校の三年生だ」

「空々空、といいます」

「……ごめん、もう一回言ってもらっていいかい?」

「空々空、です。空々が姓で空が名前、字にすると(そら)(くりかえし)(そら)と書きます」

 

 変わった名前の知り合いがなかなか多い僕ではあるが、変わってる上に覚えやすいすごい名前だなと思った。スラスラとした説明から見るに、聞き直されるのには慣れているようだった。

 

「じゃあ空々くんと呼ばせてもらうぜ。僕の方はまあ、適当に呼んでくれて構わないよ」

「では阿良々木さんと呼ばせていただきます」

 

 地濃ちゃんの上司というからどんな変人なんだと疑っていたのだが、今のところ礼儀正しいいい子といった感じの印象である。よくよく考えてみると、あの子と比べると大体の人間は礼儀正しいような気がするが……

 

「で、空々くんは一体こんなところに何の用事があるんだ? 僕はたまたま会った地濃ちゃんに、上司を探しておいてくれと頼まれたんだけれど」

「…………」

「あー、まあ言いたくないなら無理に言わなくてもいいよ」

「いえ、言いたくないというか……むしろ言いたいんだけど、上手く言えないと言いますか……」

 

 妙に歯切れの悪い回答だった。少し間を置いて、空々くんは言葉を続ける。

 

「阿良々木さん。この町で、怪異というものに遭ったことはないですか?」

「……え?」

「例えば――吸血鬼とか」


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