贋作でなく   作:なし崩し

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 合間を縫ってようやく完成。
 合間合間に書くと前にどこまで書いたか、何を書いたかあやふやになるから怖いですね。

 セイレムも終わり、無事にアビーちゃんをお迎え。
 あとはクリスマスのエレシュキですね――☆5ランサー全体宝具。
 単体しかいないしぜひ欲しい……。
 20連分しかない石を見て祈る日々です。


終局・後

 

 

 唐突な話だ。

 私の中の焦燥感が、大きな喜びと期待に変わった。戦闘中、おまけに敵は強大で油断は許されないという状況にも関わらずである。

 仲間であるサーヴァントたちは一流の戦闘力を持っているが、彼らはだいぶ自由に戦っている。連携などなく、各々の力を魔神柱へと叩きつけている。

 可能ならば連携を、と思わなくもなかった。

 しかし、彼らも何かを待っているようだった。

 私の焦燥感と同じ、その正体の分からない誰かを。

 

 ズキン、と頭が痛みを訴える。

 

 だが、眉をしかめるどころか笑みが浮かんでくる。

 それほどまでに渇望しているか、私は。

 

「一体、何者でしょう。私の根本を揺らすような感覚は……」

 

 旗を振るいながらも、ある一方から目が逸らせない。見れば、周囲で戦っている一部のサーヴァントたちにも笑みが浮かんでいる。

 やれやれ、といった保護者のような笑みを浮かべるもの。

 ヴィヴラフランス、と唐突に言い出す白百合の王妃。

 舌なめずりをする背の高いライダー、などなど。

 どうやら私たちの待ち人は一人らしい。

 

「っ! 『我が神はここにありて』(リュミノジテ・エテルネッル)――――――!」

 

 ふと気を取られている内に、強力な一撃が魔神柱より放たれる。咄嗟に宝具を開放し無効化するが、私の中にはもどかしさが生まれる。

 この宝具は敵の攻撃を無効化しきるが、攻撃は一切できない。守るためだけの宝具であり、攻撃に切り替えるとすれば、私の持つ自滅特攻宝具を使用するほかない。とは言え相手は無限に再生する魔神柱であり、攻撃と引き換えに私が消滅すれば消耗するのは我々だけだ。

 

「歯がゆいですね……守ることしかできないとは。そのくせ、大切なものは何一つ――――」

 

 何一つ、なんだ?

 守れなかった? 一体、なにを?

 頭が痛む。先ほどよりも、より強く。

 脂汗すら浮かぶほどに痛みは、私から集中力を奪いとる。

 思い出せない。私は知っているはずなのに、思い出せない。

 そんな時、一つの足音が聞こえた。

 

「――――まったく、何ですこの体たらくは」

 

 そして、ス、と耳に届いた冷たい声。

 そんな冷たい声とは裏腹に、急激に体に熱がともる。

 

「まさか記憶を無くし腑抜けた『私』は兎も角、貴方たちまで腑抜けているとは思いませんでした……何です、その目は。特にライダー、その獲物を見つけたかのような視線はやめなさい」

 

 黒い旗を掲げたサーヴァント。

 禍々しい空気を纏いながら歩いてくる黒い姿。

 カチリ、と何かが外れる音がした。

 

「キャスター、貴方がいながらなんです、この様は」

 

「ふふふ、どうせ貴方はここに来るだろうからって待ってたのよ。それまではそれぞれが余裕をもって自由に戦う。貴方が来たなら、以前のように協力して戦う。すごいじゃない、結構気に入られていたみたいよ、貴方。かくいう私にもね」

 

 記憶が流れ込む。

 

「……ほとほと呆れて言葉もありません。一応これは最終決戦、人理を取り戻すための重要な戦いだというのに」

 

「あら、貴方がそれを言うなんて。もしかして、カルデアのマスターに絆されたのかしら」

 

 第一特異点、オルレアンの記憶。

 それ以前、私の中にいた、もう一人の私との記憶。

 

「絆される、などということがあるはずないでしょう。万が一にでもあれば、私は召喚に応じていた事でしょう。ええ、あのしつこい召喚に。毎回『私』を媒介にしようとするの止めてもらえませんかね」

 

「……予想以上に愛されてるわね、貴方」

 

 喜びと絶望の記憶。

 旗を持つ手が震えだす。

 あの時のもう一人の私を貫いた時の感触が、蘇る。

 

「愛されてる愛されてないなど、関係のない話です。これが最後なのですから」

 

「まぁ、確かにね。で、貴方はこれからどうするの? まぁここに来た時点で、貴方の目的なんてわかり切っているのだけど」

 

 なら聞かないでください、という声が耳朶をうつ。

 そして、黒い彼女が、私の目の前にやって来た。

 

「随分と酷い顔をしていますね、『私』」

 

「あはは、当たり前じゃ、ないですか……」

 

 答えれば、自分でも驚くほどに力のない声となる。

 くつくつ笑う彼女は、もう一人の私は、私の目の前で立ち止まる。

 あぁ、こんなにも近くにいる。私にとって大切な人であり、家族であり、至らぬ自分が傷つけ死なせた、もう一人の私が。

 そして、完全に記憶が蘇る。

 カルデアに召喚される、その直前からの記憶が。

 

 

 

 

 

 オルレアンを修復した。

 その果ての犠牲は、奇跡的にゼロ。

 いや、正確には、一人いる。

 私自身の手で、二度も殺した、もう一人の私。

 憎悪の果てに蘇り、復讐に生きた竜の魔女。

 彼女の復讐は、見事になされた。私は打ちのめされ、あの時の旗の感触が忘れられない。ずぶりと肉を断つ感覚、腕の中から失われていく、もう一人の私の姿。

 泣きわめく私を、穏やかな表情で笑うもう一人の私は、復讐者として、姉として、家族として、私に欠如していた想いを置いて満足そうに去っていった。

 そして今更にして、自身の死が皆を、家族を悲しませた事実に気が付いた。主の為、国の為、その目では捉えられない巨大なものの為に戦い、目の前にあったはずの触れられる小さなものをないがしろにした結末がこれだ。

 

 奇跡的な再会だった。

 

 私をもう一人の私が憎むがゆえにあった出会いだったのだ。そのもう一人の私は国に、民に、私に復讐を成し遂げた。最早彼女が、もう一度私の前に現れる理由は失われた。もう一人の私の事だから、カルデアの召喚に応じるはずもない。

 

 すべてが手遅れだ。

 

 それでも、可能性にすがるしかなかった。

 最後に彼女が残した言葉。忘れないこと。忘れれば化けて出ること。律儀なもう一人の私だからこそ、ほんの僅かにでも可能性があった。

 忘れることで、彼女に会えるかもしれない可能性にすがる。

 私は、伝えなくてはならない。

 彼女に謝罪を。全てを理解したからこそ、もう一人の私の行動から失い残される側の思いを知ったからこそ、たとえ許されなくとも謝らなくてはならない。

 

 カルデアに召喚された時、私はオルレアンを覚えてはいない。正確には、もう一人の私についての記憶を失っているだろう。また、もう一人の私を怒らせるような真似をしているのは理解しているが、これしか頭の悪い私には思いつかない。 

 忘却することで逃げているようにも思える。

 だが、私にとっては罰になる。

 もう一人の私の事を忘れようとも焦燥感が、痛みが、喪失感が常に私を苛み続ける。忘れられない感覚が、私を責め続けるだろう。

 その時が来るまで、私に安寧はない。

 それでいい、私はもう一人の私を忘れても、貫いたあの感覚を忘れることはない。正体の分からない罪悪感に苛まれ苦しみ続ければいい。

 その時が来て、私は全て思い出す。

 押し寄せる感情に塗りつぶされる。

 

「あぁ、これはカルデアからの召喚ですね……」

 

 カルデアには負担をかける。

 それでも、私は何をしてでももう一度会いたい。

 

 ごめんなさい、そう呟くと同時に、私はカルデアの召喚へと応じた。

 

 

 

 

 

 そして今、全てを思い出した。

 どうやら愚かな私の悪あがきは、もう一人の私へと通じたらしい。

 

「よもや、そこまでするとは思っていませんでした。以前の『私』であれば、今回のように少しでも逃避ととれるような行動は取らなかったでしょうに」

 

「馬鹿な私は馬鹿なりに学んだんです。幸いなことに、私と違いもう一人の私は、約束を違えないと知っていましたから」

 

 約束を違えた私を恨む、もう一人の私。

 その彼女が、私との約束を破ることはない。約束を違えた私と同じことをしないように。愚かしい私と同じになってしまわぬように、もう一人の私は約束を違えない。

 もう一人の私は、やれやれと肩をすくめ、キャスターに何かを告げて私へと向き直る。手に持つ旗は既に霊体となり消えており、戦闘の意思は見えなかった。

 そして私は、改めてもう一人の私を見る。

 

 オルレアンの時とは少し変わった、もう一人の私を。

 

「何です、そうジロジロと。ぶしつけなのは変わりませんね」

 

「いえ、こうしてもう一度会えたんだなぁと、色々と噛みしめていて……ちょっとタガを外したら飛び掛かってしまいそうです」

 

「……あぁ、変わってませんね、貴方。そのやんちゃっぷりはいつも通りです。周囲の気持ちを読み取ることが多少できるようになったかと思えば、そこに中途半端な知恵を得たせいで拗らせているようにも見えますし」

 

 否定の言葉は浮かんでこなかった。

 正直に言えば、抱き着いてしまいたい。

 しかし、もう一人の私を貫いたあの感覚が踏みとどまらせる。近づけば近づくほど、私がもう一人の私を殺したのだと、両の手が震えてしまう。

 近づけば、また私が殺してしまうのではないかと恐ろしくなる。もう一人の私にとって、私はきっと死神のようなものだ。私と関わらなければきっと、もう一人の私は歴史に名をのこすか、自由気ままに人生を謳歌していたに違いない。

 

「ふむ、恐れも覚えたと。あぁ、その青ざめた表情は素敵ですね。復讐は終わりましたが、この炎は未だに消えず。だからこそ、貴方が苦しむさまを見ると、私の気分が昂ってしょうがない」

 

 カツン、ともう一人の私が一歩近づく。

 そして私は一歩下がる。

 触れたいのに近づけない。

 もどかしさがあふれかえる。

 

「うん、新鮮です。こう、嗜虐心が湧いてくるというか……」

 

 こほん、ともう一人の私が誤魔化すように咳をする。

 さて、もう逃げ場はない。私は私の持てる限りの方法をもって、もう一人の私を呼び出した。これ以外にも呼び出せる可能性が高いものもあったのかもしれないが、私ではこれが限界だった。

 それでも呼び出すことが出来たのならば、私がやるべきことは一つ。

 言葉では足りないかもしれない。その時は、この体を鞭打ってくれても構わない。拷問を受けたって構わない。私は、もう一人の私に謝らなくてはならないことがたくさんあるのだ。

 

「その為にも、先ずはあの魔神柱を――――――?」

 

 もう一人の私に対しそう言えば、ふと疑問がわいてきた。

 あれ、さっきまで暴れていた魔神柱はどうしたのだろうか、と。不思議に思い後ろを振り向いてみれば、そこには串刺しにされ、矢を受けてサボテンのようになった魔神柱たちがいた。彼らが少しでも動けば虹色の輝きが動いた部分を消し飛ばす。やがて再生するその部分にも杭が現れ動けなくなり、上からふる矢で覆われる。

 挙句の果てに他のサーヴァントがチクチクと目を潰していくものだから、彼らの絶叫は止まらない。残念ながら彼らは死ねない。傷つけば再生する。故に動きさえ止めてしまえば無限サンドバックの出来上がりである。

 

「え、あの……え? さっきまで皆さん、思い思いに戦ってるだけで協力なんて……」

 

 するとキャスターが空よりふわりと降り立つ。

 彼女は笑いながら、もう一人の私を見た。

 

「簡単な話ね。私たちだけで対処できてしまえば、もしかしたら竜の魔女は来ないかもしれない。自分たちで対処できるなら別にいいかってね。そういうところ、あるでしょう?」

 

「つまり、もう一人の私が来るように、それまでは場を濁していたと?」

 

「そういうことね。ま、私は別に良かったのだけれど、あそこのお姫様が熱を上げていたし。それに、かつての契約の対価を受け取っていないもの」

 

 キャスターの視線の先には、可憐な白百合。

 彼女が此方に気づけば、男であれば速攻で落とされそうな可憐なウィンクが飛んできた。どうやら彼女は、私ともう一人の私が関係を修復できるようにと手を回してくれていたらしい。

 本当に頭が上がらない。

 そしてキャスターの視線に、震えが止まらない。

 

「貴方はジャンヌ・ダルクでしょう? そして竜の魔女もジャンヌ・ダルクであるのだし、あの子も対象よね?」

 

 ふふふふふ、と陰のある笑みを浮かべるキャスターに腰が引ける。これはあれだ、また着せ替え人形にされる奴だと理解する。どうやらもう一人の私もターゲットとなっていたらしい。

 

「ま、そういう訳だから気にすることはないわ。魔神柱は抑えた。それも私たちの都合でね。だから清算してきなさい。それが終わったら、二人仲良く私の工房に来ることね」

 

 そういってキャスターは去っていく。 

 残されたのは頬を引きつらせるもう一人の私と私の二人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 魔神柱の絶叫が上がる中、覚悟を決めてもう一人の私へと一歩踏み出す。同時に、あの時の光景が再び蘇る。肉を断つ、得も言われぬ感触。命がこぼれていく感覚。消えたもう一人の私。

 上手く息ができなくなる。

 足の動かし方が分からなくなる。

 それでも、と前に進めば呆れた顔をしたもう一人の私がいて――――

 

「……めそめそと鬱陶しい」

 

 いつの間にか実体化していた旗が、私の脳天に振り落とされた。

 そしてやってくる衝撃。

 

「――――あいたぁ!?」

 

 一瞬、視界が白くなるほどの一撃だった。

 下手をすればそのまま意識が落とされていたやもしれない。

 頭は無事か、そう思いながら頭を探るがこぶ一つない。

 なんとも絶妙な力加減か……。

 

「な、何をするんですか私! 危うく送還されちゃうところでしたよ!?」

 

「まさか、私がそんなヘマをするはずがないでしょう。コブはできないけど結構痛い程度の絶妙な加減です」

 

「確かに、確かに絶妙でしたけど! それ以前になんで私が叩かれなくちゃならないんですか!」

 

「言ったでしょう、めそめそと鬱陶しいと。あの調子では一向に進みそうになかったもので一喝しようかと。私を呼んだのは貴方なんですから、ごちゃごちゃと心の中で言ってないで、さっさと要件を済ませてもらえますか」

 

 そう言うともう一人の私は腕を組んで私の言葉を待つ。さっさと、と言いながらも結局待つ姿勢を見せてくれるもう一人の私にクスリとしながら言葉を探す。

 そうしているとふと、先程まであった震えが止まっていることに気づく。私を蝕んでいたあの感覚もなく、いつの間にか私は何時もの私に戻っている。あぁ、もう一人の私に気を使われたのだ。

 何時だってそうだ、もう一人の私は。

 そう思うと、先程までの迷いが嘘のように言葉が出てくる。

 

「ずっと、謝りたいと思っていました」

 

 もう一人の私は動かない。

 

「貴方との約束を破ってしまったこと。貴方の死にたくないという思いを無下にして、自分本位な道を進んだこと。私と貴方は一つであると言いながら、私は貴方を裏切った」

 

 今でも思い出せる。

 生前の記憶、死にたくないと言っていたもう一人の私。

 

「あのオルレアンの戦い、真実を知るまでは関係のない民まで巻き込む貴方を何が何でも止めなければと思っていました。貴方が憎悪を抱く理由が私にあったとしても、彼らを巻き込むべきではないと思っていたから」

 

 しかし、真実は違っていた。

 

「真実を知った後、私はただ嬉しかった。民を傷つけはしても、命は奪っていないことを知って。同時にジルの反乱もあって、馬鹿な私は貴方に謝るタイミングを逃し、あの最後に至ってしまいました」

 

 私の手でもう一人の私を殺すという結末。

 そこで私は、私がもう一人の私を殺したのだとその身に刻まれた。生前も、そしてオルレアンでも。

 そして、残される者の悲しみを教えられた。

 

「ごめんなさい」

 

 あの時の喪失感は忘れられない。

 一人置いて行かれるあの寂しさが恐ろしい。

 

「ごめんなさい……っ、ごめん、なさい」

 

 凍えるような寒さだった。

 

「言葉にしたところで取り返しがつかないのは理解しています。それでもっ……ごめん、なさい……っ」

 

 自分が世界で一人になったような冷たさだった。

 

「期待させて裏切った私が憎いのは、わかります。自分のことしか考えられず、周りの人の思いを無駄にしたことが憎いのも、わかります。私が貴方に憎まれるのは当然のことだと思います」

 

 あの時の憎悪は本物だった。

 

「私は贖罪し続けなければならない。既に手遅れで、取り戻せないものだから。聖杯に頼ることなく、私が存在し続ける限り自分自身の手で」

 

 これは私の我がままだ。

 その贖罪を傍で見ていてほしい。

 離れないでほしい。

 もっと一緒に、同じ時を過ごしたい。

 

 でも、受け入れられることはないだろう。

 もう一人の私の憎悪は本物だった。

 だからこそ、オルレアンの戦いがあったのだ。

  

 最後の言葉が出てこない。

 正しくは、言っていいのか迷いがある。

 どこまでももう一人の私に依存している、情けない言葉。

 

 ――それでも、言葉にしなければ伝わらない。

 

 それはカルデアのマスターがいつぞや言っていた事だった。

 煉獄に落とされた先で出会った誰かから教えられた、単純な事実。でもそれはとても大切なことで、それからマスターは大きく成長していったのをよく覚えている。

 

 ――最初の勇気が大事なんだね。まぁ私は背中を押されてやっとだったけど。

 

 恥ずかしそうに、マスターは言っていた。

 

「……ごめんなさい、私」

 

 世界を救おうと立ち上がったマスター。

 そのサーヴァントならば、相応しくあれ。

 後悔はもう、したくない。

 

「お願いします、私。愚かしい願いだと分かっています。受け入れられないことだと分かっています。それでも僅かな可能性にでもすがりたい。言葉にしなければ可能性はなく、言葉にしても可能性はゼロに等しい。それでもゼロではないのなら、私はすがりたい」

 

 今の私にある、たった一つの願い。

 

「憎んでください、蔑んでください。叩かれても、撃たれても、斬られたってかまいません。だからどうか、もう、居なくならないで――――……」

 

 言ってしまった。

 もう取り返しはつかない。

 あぁ、今もう一人の私はどれだけ呆れた表情をしているのだろう。

 そう思いながら顔を上げれば、

 

「まるで迷子じゃないですか。昔、私を探していた時とおんなじ顔ですね」

 

 そう優しそうに言うもう一人の私は、今までにないほど穏やかに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 

 

「憎んでください、蔑んでください。叩かれても、撃たれても、斬られたってかまいません。だからどうか、もう、居なくならないで――――……」

 

 そんな言葉をいう『私』の顔を、私は知っている。

 後になって一瞬、言ってしまったという表情に覆われるが一度見れば忘れない。

 

「……まるで迷子じゃないですか。昔、私を探していた時とおんなじ顔ですね」

 

 昔、些細なことで喧嘩した。

 私が話しかけず、『私』が泣いて探し出したあの時と同じだ。その時と同じように、『私』は迷子になった子供のように、頬を濡らしていた。

 馬鹿な子である。

 私の復讐に正当性はあったかもしれないが、復讐とは本来あるべきではない、淀んだ心の産物だ。それを直に叩きつけられ、自身の心をぐちゃぐちゃにしていった私にまだそんなことを思えるなんて。

 今さらながらに思う。

 ジャンヌ・ダルクの根にはまだ、私の知る『私』が眠っていた。

 

 ――私が好きだった、あの頃の『私』

 ――同時に最も嫌いだった『私』

 

 今になって出てくるのか、君は。

 困ったものである。

 そうなってしまっては、恨めない。

 憎悪の炎が静まってしまう。

 それも当然だ、私が憎悪を抱き復讐したのは聖女ジャンヌ・ダルクなのだから。

 村娘の『私』、ジャンヌ・ダルクではない。

 気が付けば私は一人笑っていた。

 そんな私を見て驚いている『私』を見るに、馬鹿みたいに穏やかな表情でもしているのだろう。屈辱である。

 

 私は、復讐者だ。

 燃え盛るほどの勢いは失われているが、それでも憎悪の炎は消えはしない。たとえ私が憎しみを失っても、復讐者として存在してしまった以上は消えることがない呪いだ。

 復讐者、竜の魔女ジャンヌ・ダルク。

 その私から憎悪の炎を切り離すことはできない。憎悪の炎があるから私は生まれた。それがなければ私という存在はあり得ない。

 だが、今の私であるならば理性を以て制することが出来る。

 存在が危ぶまれるほどに静まり返った憎悪の炎ならば、今まで以上に抑え込めるだろう。だがそれは自分の身を削るのと同じことだ。あるべきものを抑え込むのだ、この得も言われぬ感覚は相変わらず吐き気がする。

 

「えぇ、本当に久しぶりです。こうまで心が穏やかなのは……こうまで私の内が静かなのは。まぁ吐き気はしますが、今だからこそ私の本音を理解できる」

 

 私は結局、『私』が好きだ。

 当然ながら家族として、妹のような存在として。

 私の想いは、憎悪による執着ではなかった。

 

 ああ、そうだ。正直に言おう、少しばかり疑っていた。

 これは憎悪を切り離せないように後付けされたものではないかと。

 

 愛と憎しみは紙一重。

 

 憎悪が途切れた時の新しい燃料。

 愛とは一転すれば憎悪へとなり果てる。

 その為の感情ではないかと疑わないわけにはいかなかった。

 

「それでも、今はっきりしました。私のコレは後付けされたものではなく、元々私自身がもっていたものだと。憎悪に変わり果てる程の親愛を、私は『私』に抱いている」

 

「――――――…………っ」

 

 昔の私なら一々考える必要はなかった。

 分かり切っていることだからだ。

 しかし今の私はサーヴァント、ありうる可能性の存在。

 自身の変容にすら気づけないかもしれない、記録の存在だ。

 だが私は私を理解した。

 

「えぇ、胸を張って言えます。『私』を家族として愛している。どれだけ馬鹿をやっても、取り返しのつかないことをしでかしても、私は貴方に無関心ではいられない」

 

「私も――私もです! 無関心でいられるはずがない、何時だって私は、もう一人の私のことを考えていました! 姉のように慕っていました、今だってそうです!」 

 

 きっとどれだけ馬鹿をやっても、見捨てることはできない。

 切り捨てることはできない。これもまた、分かり切っていた事か。

 

「なら、馬鹿をすればまた、過激になろうともお仕置きしに行きましょう。あぁ、わざとしでかしても私にはわかりますので、今回のように無駄なことはしないことです。今回はまぁ、宣言した手前仕方なくというのと、最終決戦ということでやって来ただけにすぎません」

 

 あと天草。

 

「私の復讐は終わりました。これでまだ『私』が理解していないようであれば、私はきっとフランスを滅ぼす勢いでまた復讐を成そうとしていた事でしょう。しかし私は、私たちの想いを理解した。その時点で私の復讐は成された」

 

 私の復讐は、私たち残される者の想いを知ってもらう事。

 ついでに、『私』が私の死ぬ切っ掛けを作ったのだと認識してもらう事。

 それらは終わり、目論見通りに成功した。

 この時点で私に『私』を憎む理由は失われている。

 今さら憎もうと、過去は戻らず意味はないのだから。憎むことで過去に戻れるならばそうしたかもしれない。まぁ戻れたところで、あの私に出来ることはないとも分かっているのだが。

 結局、憎悪の炎が消えないのは、私が復讐者として確立してしまったからにすぎない。最早私と憎悪は切り離せない。僅かな負の感情が、対象に対しての憎悪を燃え上がらせる。

 それでも、私自身の想いを再確認できた今ならば、理性がそれを押し殺せる。

 

「だから、貴方の謝罪を受け取ります。私には最早、復讐する目的がない。ただ勘違いしないように。私は復讐を終え、謝罪を受け取りはしますが『私』を許すわけではありません。私は、貴方を許さない」 

 

「っ、分かっています。私は、私は、それだけのことを、貴方にしました」

 

 噛み殺すような声。

 隠すのが、また下手になった。

 

「ええ、私は許しません。だって私が許しては、誰も貴方に過ちを教えることができなくなる。……私たちを心配してくれた人たちは、どいつもこいつも甘ちゃんでしたからね」

 

 謝る機会があれば、きっと彼らは許すだろう。

 一も二もなく、分かってくれたのならいいと。

 父と母、妹は少しぐずるだろうが、それでもきっと最後は笑って円に迎え入れてくれるだろう。

 だから、私だけは突きつけ続けてやる。

 

「貴方がもう、馬鹿な真似をしないように、私が憎み続けましょう。忘れてしまわないように、私だけは貴方を許さずにいる。そうでもしないと、『私』の能天気な頭は、忘れてしまうでしょう?」

 

「――――――――――――――――」

 

 ポロリ、と『私』の頬から涙がこぼれた。

 一滴、二滴、やがてそれは途切れない一筋の線になる。

 端正な顔がくしゃくしゃに歪んで、必死に両の手で涙を拭うが零れ落ちるソレを止められない。

 ついには溢れだした涙と共に、情けない声までもが溢れ出す。

 

 あ、という声が意図せず私から漏れる。

 気づけば手を伸ばしていて、触れる直前で止まっていた。

 そんな逡巡を無駄にするかのように、泣きじゃくる『私』が自ら飛び込んできた。加減をしろ馬鹿め、と思いながらも必死に受け止めれば『私』は堰が壊れたように泣き出した。

 

 もう言葉にはなっていなかった。

 それでも伝えたいであろうことは伝わって来た。

 ぽんぽん、と後ろ頭を撫でてやれば私はようやく気が付いた。

 

「泣いている『私』を、こうして慰めるのは初めて、ですね」

 

 体もなく、もどかしくも言葉をかけるしかなかった昔の私。

 あの時の無力さを思い出すとやるせなくなる。触れることが出来れば慰めてやれるのに、体があれば一緒に泣いてやることもできたのに。

 

 あぁ、そうだ、それが明確な始まりだった。

 

 私は体が欲しかった、自由になる体が。

 『私』のものではない、私の体。

 生まれて気が付いてから最期に至るまで、ずっと。

 生まれてから何度となく不便で、体が欲しいと願ったことがある。

 それからは惰性だ。

 だが、明確に『私』のものでない私の体が欲しいと思ったのはその時だった。それもそうだ、『私』の体を動かせたところで、『私』と一緒に泣いてやれない、慰めてなんかやれないのだから。言葉だけじゃ、届かないものだってある。

 

「まさかこんなところで随分昔に忘れてしまった、私の願いが叶うとは。マッチポンプ感が否めませんが……えぇ、悪く、ない」

 

 慣れない手つきだったと思う。

 髪が引っかかって引っ張ってしまうことだってあった。

 それでも『私』はただされるがままだ。

 『私』の涙が私に伝う。

 ポタリと落ちた涙は、あぁ、きっと『私』のものだ。

 もう服はぐしゃぐしゃで涙の跡がひどい。

 

 それでも悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 あれから『私』が離れることはなかった。

 魔神柱も既に抵抗をやめ成り行きを見守るもの、消滅を選んだものがいた。抵抗をやめた魔神柱、その内の一柱は何故か私たちを見て抵抗をやめたという。

 残るはマスターが魔術王を、ゲーティアを倒すのみ。

 既に泣き止んだ『私』は、恥ずかしそうに顔を赤くしながらも結局しがみ続けることを選んだらしい。私の選択肢はどこに行ったのか。

 他のサーヴァントたちの生暖かい視線が辛い。

 マリーは目に涙を浮かべてアマデウスに楽譜を書かせ始めた。あれは止めないとかなり不味いことになるに違いない。

 アサシン(サンソン)セイバー(デオン)はそんな二人を見て苦笑していた。止めろ。

 キャスター(メディア)は何か衝動に襲われているらしく身を悶えさせ、ライダー(メデューサ)は恍惚とした笑みで舌なめずりをしていた。

 アサシン(小次郎)は笑みを浮かべて酒が欲しいとほざく。つまみにする気だろう。

 ライダー(マルタ)はこれが家族って奴よね、と笑っていた。

 ランサー(ヴラド)は穏やかな表情で私たちを見ていた。

 アーチャー(アタランテ)も同様だ。尻尾がちょっと震えているのが気になった。

 大方、ここに集まったサーヴァントが私たちを見ていた。勘弁してほしい。

 

 まったく、そうため息をつけば膨大な魔力が展開され、そして消えた。終盤に差し掛かったか、と見ていればやがて神殿の崩壊が始まった。

 そう、最後の戦いが終わったのだ。

 そうなれば後は退去するのみ。

 では帰ろう、そう声をかけようとすれば既に英霊たちは姿を消していた。

 力尽きるまで、尽きたとしても、彼らは戦っていたのだろう。後は任せろと言って、私たちの時間を作るために。

 この領域に入った時点で、霊基の崩壊は始まっている。

 まっとうな空間ではないのだから当然だ。

 そこを無理に押し通してでもというのだから、お節介にも程がある。

 だからこそ彼らは英霊なのだろう。

 マスターに惹かれてやってきたのだろう。

 

「さて、では私たちも退去するとしましょう」

 

「…………そう、ですね」

 

 『私』の表情は浮かない。

 一層強くしがみついてくるその手から、察しているのだと気が付く。

 私はカルデアと正式に契約したサーヴァントではない。

 縁を辿ってやって来ただけの、野良サーヴァントだ。

 ここから退去すれば私は座に帰るだけ。

 共にカルデアへと帰ることはない。

 

「どうせ、召喚される気はない……そうですよね?」

 

「……えぇ、少しは聡くなったようで。そもそもの話、これが最後の戦いであり、これ以降に英霊の出番などないでしょう。それこそ、好きでカルデアに残るであろう者たちがいれば事足りる。下手をすれば過剰戦力にもなるでしょう」

 

 『私』が目を伏せる。

 そして言葉を飲み込み、『私』は笑った。

 

「もう一人の私は、一緒にいてやるとは言ってくれませんでしたからね。意地の悪いもう一人の私のやり方は分かってますとも」

 

「言うようになりましたね……。まぁ、カルデアのマスターとの約束もありますし、次に出会う機会でもあれば、縁を認めて大人しく召喚に応じましょう」

 

「あ、今のは分かりました。本当に次の機会はないから約束しても問題ない、そう考えてる悪い顔です」

 

「……本当に次がないことを祈ります。英霊が召喚されるなんて異常事態、起こるべきではありませんからね」

 

 二人で苦笑する。

 そんな事になれば、もうマスターは呪われているとしか思えない。

 

「では、私は先に行きます。『私』はこれからもカルデアに残るのでしょうが、あまりでしゃばらないように。この先を作るのは、この時代に生きる者たちです。……まぁ、あのマスターが困っているようなら、存分に力を振るえばよろしい」

 

「……あの、気のせいですか? ちょっとマスターに対して甘い発言があったような。ちなみにどちらのマスターでしょう。立花さんですか、リツカさんですか」

 

「少女の方――リツカ、だったはずです。まぁ年相応というか、人間らしいというか。放っておくとため込むタイプでしょうから、『私』に似ているかもしれません。『私』は戦で吐き出していましたが、リツカにはそれがない」

 

「成程、成程。だからマスターはよく私を触媒にして召喚を……ん、あれ、私の立場が危ぶまれているような……?」

 

「あってないようなものが危ぶまれるはずがないでしょう……」

 

 あれ、と首をかしげる私のどこか抜けた姿を愛おしく思いながら、呆れたようにため息をつく。本当は自分に対してのもののくせに。

 

「ま、またため息と呆れた視線……! 何時か見返して見せますから。具体的にはスタイリッシュにマスターを手助けして――」

 

「ははははは」

 

「本気の嘲笑!?」

 

 見たいものだ、スタイリッシュにマスターを手助けする『私』の姿を。きっと滑稽に映るのだろう。必死に見栄を張る、愛おしい姿なのだろう。

 

「では、楽しみにしています。精々、教えられてくるといいでしょう。貴方にスタイリッシュは無理だと。ぽかをやらかす未来が見えます。千里眼などなくとも、はっきりと」

 

「い、いえ、私はマスターの前では毅然としたサーヴァントですし……えぇ。まぁ、心配せずに、安心して見ていてください。もう、以前のような過ちは繰り返しませんし、繰り返させません」

 

 あぁ、ならば頼んでおくとしよう。

 まぁあのマスターなら大丈夫だとは思うが。

 

「『私』、最後に伝えておきます」

 

「伝えておく、とは?」

 

「何、単純な話です」

 

 最後だ、素直にいこう。

 

「――どれだけ憎もうとも、恨もうとも……愛しています、私の妹。この愛情だけは揺るがない。どれだけ悲惨な目に遭わされようと、凄惨な結末であろうと、『私』と共に過ごし、育んだこの想いを上回るものはない」

 

「――――――――――――っ! まっ!」

 

「ははは、聞く耳持ちません。言い逃げという奴です。あぁ、素直に、というのも、存外悪くはありませんね」

 

 最後の最後にもう一度泣かせてやった。

 ああ、満足だ、ここに来ただけの価値はあった。

 これから私は、また復讐者として憎悪の炎にくべられる。

 それでも、飲み込まれることはないだろう。

 私が持つ鋼の理性。

 

 

 そして、憎悪すら上回るこの想いがあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 







 結局、オルタの行動は全て愛しているが故。
 憎むのも、恨むのも、復讐するのも愛しているから。
 オルタが憎しみしか持っていなかったなら、そもそもジャンヌに絡むことはない。
 興味の損失こそ、存在の無視こそが、ジャンヌ・ダルクには致命傷となると知っているから。

 こうして書きだすと病んでるのは一体誰なのかという疑問が湧いてくるという。
 まぁ鋼の理性を持ち合わせているため、まともでいられるのが現状ですね。
 これで理性吹っ飛んでたら原作オルレアンより悪逆非道に走っていた事でしょう。


 賛否両論ある終わりではあると思いますが、これにて終局特異点終了なり。
 文句は受け付けぬ! バッドエンドを読むのは好きだが、書くのは苦手なのである。
 俺にはジャンタを完全なる悪鬼羅刹、手段を択ばぬ修羅にはできなかったぜ……。
 

 そして書けば出る、あれは迷信ですな。
 書いたらすり抜けばっかだぜぃ……気づけば育ててもいないアルジュナが宝具レベル3。欲しい☆5鯖はやってこず。
 ☆4鯖すらなぜか連日剣スロット。
 ミドラーシュよこせと。
 

 
 
 まぁ長々と書くこともありませんし、後書きはこの辺で。
 あとは簡単な後日談を以て終了とさせていただきます。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
 



 



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