贋作でなく   作:なし崩し

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新宿2

 更にあれから数日後。

 新しい縄張りへの移動中、黒いアーチャーとその配下たちから襲撃を受けた。向こうからすれば此方を叩く絶好の機会となり、此方からすれば襲撃されるのは分かり切っていたため予定調和である。襲撃に来るとすれば新宿のライダーにアサシン、バーサーカーはないと踏んでいた。彼らは綿密な作戦を遂行するには自由すぎるからだ。

 となれば他のサーヴァント、三騎士にキャスターだろうと予想を付けたが、山の翁から三騎士はアーチャーを除き全滅していると聞いていたため更に絞れた。どこでそんな情報をとも思ったが、新宿のアサシンが山の翁にとどめを刺す直前に冥土の土産として教えてくれたらしい。結局山の翁は生き残っているのでアサシンからすれば憤慨ものだろう。

 残る候補のアーチャーとキャスター。

 この二クラスであれば間違いなくアーチャーが有力な候補となる。

 そして実際にやって来たのはやはりアーチャーだった。

 この黒いアーチャー、困ったことに現代兵器に精通していた。まるで傭兵のような、ただ敵を殲滅するだけの戦い方。そこに個人の感情はなく、殺せと言われたから殺すと機械のようであった。それでいて、その瞳の奥には未だに燃える信念の残りカスが燃えていた。理性を以てして憎悪を抑え込む私と違い、彼は一度崩れた理性をごちゃごちゃに組み直し、自身をくべて信念を貫き通そうとしていた。

 私とは違う意味で狂っているのだろう。

 彼の持つ銃を見て、彼が何者かを知る。あのカルデアにもいた、あのアーチャーの別の可能性なのだろう。人々を救おうとした正義の味方の成れの果て、その残骸か。しかし腐り果ててもなお、その根底は変わっていない。ならば何故、そんな彼が新宿のアーチャー側にいるのかと考えて、銃弾が頬をかすった。

 結局、私がアーチャーを相手にし、山の翁が敵の戦力を暗殺、魔術使い、魔術師による反撃を以てその場を乗り切った。最悪、ワンコールでセイバーを呼べるよう仕込みはしてきたが、そこまで追い込まれることは無かった。黒いアーチャーも全力ではあったが、手の内はほとんど見せてこなかった。つまるところ、本気ではなく、我々を全力で潰しに来たわけではなかったらしい。

 ここで大体、私の中での彼の立ち位置が決まった。

 ある意味第三勢力である、と。

 最終的に互いに一撃加えて、双方撤退という形で決着がついた。その際に黒いアーチャーの手癖の悪さを知ったが、まぁどうでもいいことである。

 その後は新しい縄張りに籠り、それぞれ傷を癒しながら生活していた。龍脈の上であるおかげで工房の完成度は高く、縄張り全体の防衛能力も遥かに向上した。残念なことにセイバーは別の場所に移動してしまったが、彼女は王であるし我々が縛るわけにもいかない。最悪、有事の際はジャンクフードで釣れば――献上すればいい。

 こうして完成した新しい縄張りは強固な物となったのである。

 

「姐さん、調達班からの報告っす。やっぱり近辺の物資は品が薄くなってきたみたいっすね」

 

「仕方がありません。人数は増えるばかりですからね。自給自足のため、作物にも手を出してはみましたが収穫にはまだ時間がかかりますし、取りあえず私の食事は適当に分配してしまってください」

 

「いやいや、姐さんが食わないんじゃ、こっちも食いづらくなりますよ」

 

「……変なところで律儀ですね、貴方たちは。元々私には食事は必要ないと言っておいたでしょうに。では、私の部屋に運び込む振りをするだけで結構。周りが私も食事を摂ってると認識させておいてください」

 

「あの、自分は姐さんが食ってないと知ってる側になる訳ですが」

 

「貴方が一人、気にしなければいい話です」

 

 そんなぁ、という情けない声に背を向けて外へと出る。相変わらず空は暗く、この世界は常に夜で満ちている。この地上を照らすのは新宿という街そのものである。最初はネオンの光に慣れないものであったが、今となっては光源になっているのであればどうでもよくなった。

 英霊の身でありながら、新しいことに慣れるというのはどうもむず痒い。

 

「まったく、カルデアさえ来ればさっさと後を任せられるものを。いつになったら来るのですか、リツカ」

 

 その瞬間、空に広がる星空に流れ星が尾を引いて流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで空の上スタートぉぉぉぉぉぉ――!?」

 

 落ちる、すごい勢いで落ちる!

 下に見えるは眩いネオンで照らされる街。

 周りには暗闇が広がっており、私と来るはずだったサーヴァントたちもいない。傍に浮かぶのは何時もの魔術的な通信モニターのみ。向こうから聞こえてくる声も動揺でいっぱいである。

 

「というか、兄はどうしたー!」

 

『どうやら立花くんも弾かれたみたいでね!? このまま行くとリツカちゃんは紐なしバンジーな訳で……!』

 

「うっそ!? まだ私オルタに会えてないのに!?」

 

『心配するのがそこなあたり、結構余裕があるんじゃないかなぁ!』

 

「ないよ! 余裕なんてないよ! 取りあえず助けてダヴィンチちゃん!」

 

『助けたいのは山々なんだけどね! 間に合うかな!?』

 

 体が冷たい。

 夜風が凄い勢いで直撃しているのもあるのだろうけど、純粋に体が怯えている。このままだとコンクリートの上に赤い花が咲くことになる。

 どうしたものだろうか。

 このままいけば落下死である。

 あぁ、もうダメだー!

 そう思った時、その声は聞こえてきた。

 

「落下する少女を救う。それはまさに少年の役割であり、即ち大抵はここから始まる恋と希望の物語!」

 

 それは徐々に近づいてきた。

 

「君はこの後、何か適当にいちゃつきながら頑張って奮闘して特異点を修正したりしなかったりする訳だ! いいねェ、実によろしィ!」

 

 それはまごうことなく、男の声。

 

「だがしかーし! だーがーしーかーしー!」

 

 そして遂に、その姿が露になる。

 

「残念、君を助けたのは胡散臭いアラフィフでしたー!」

 

 チェンジで。

 

『やっぱり余裕あるよね、リツカちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから胡散臭いアラフィフが仲間になった。

 何だかんだと助けてくれた胡散臭いアラフィフ紳士だが、彼は真名を教えてはくれなかった。自分のことは新宿のアーチャーと呼んでくれというので、基本的にはアーチャーと呼ぶことに。

 その後、彼に案内されてこの都市――新宿の現状を知った。跋扈するチンピラに傭兵、そして奇妙な人形たち。ここに善性はなく、悪が悪を食らう終末の都市だと知った。

 同時に、新宿のアーチャーのうさん臭さも。

 自分は新宿のアーチャーと呼ばれているらしい、と自分で言うあたりどこかおかしい。おまけに彼自身、自分の霊基はお前キャスターじゃね、と訴えてくるが実際には本当にアーチャーなのだとか。ついでに若いころの記憶もすっぱり抜け落ちている辺り、絶対に何かある。怪しさ満点だ。

 まぁ彼は仕掛けられた罠に対して忠告してくれたり、戦ってくれたりと非常に好意的であり今のところ味方である。彼も敵に狙われているし、目的は同じだ。彼を信じて任せるほかない。

 どうもこの街は悪意に満ち溢れている。

 それはこれまで触れてきた悪意とはまた違うもの。これまでは英霊や魔神柱といった、人間とは一線を画す者が持つ悪意をこの身に受けてきた。

 しかしここではどうか。

 等身大の人間、一人一人が持つ小さな欲望から生まれた、人を貶める悪意だ。ただ殺すのではない、奪えるもの全てを奪い、尊厳を汚し、自分たちを満たすために彼らは人を襲う。

 これはきっと、人間が持つ淀みなのだろう。

 おまけにコロラトゥーラなる人形兵器。彼らは人を材料に作られているのか、彼らが殺戮を行ったその場所に死体は一つも残らない。加えて彼らは人々を嬲り、餌として更に人間をおびき寄せ殺そうとする。

 私の目の前でも、多くの人々がその手に掛かろうとしていた。

 だがそれに手を出せば餌は殺され、釣られてきた新たな獲物へと牙が向く。此方は戦えるのがアーチャーしかいない以上、よく考える必要があった。身を潜め、彼らが蹂躙されるのを見ているほかなかった。

 そう、見ているしかなかった――突如、武装した集団がコロラトゥーラを蹂躙し始めるまでは。

 それはまさしく蹂躙だった。黒一色に染まったマフィアのような集団がコロラトゥーラの横腹に噛みついた。スリーマンセルを基本とする陣形は隙がなく、三対一を心がけた堅実な戦い方であった。彼らの連携は目を見張るものがあり、中には魔術師も含まれていた。

 彼らは無傷とはいかなかったがコロラトゥーラを一掃した後、怪我人を回収して即座に撤退していった。中には餌とされていたチンピラも含まれており、彼は泣いて感謝の言葉を述べていた。

 そして彼らが去った後、気づいたのだ。

 彼らに合流すれば良かったんじゃね、と。

 するとアーチャーが汗を流し、

 

『あー、うん、まぁ彼らはこの新宿において中々に巨大な組織でね。一人のサーヴァントを頂点に構成されたレジスタンスと言ってもいい。ただ、その――いや、この際そんなことは言っていられないかなァ。まぁ。その内、その内合流するとしよう!』

 

 と、茶を濁す。

 そのサーヴァントにちょっかいでもかけたのだろうか、このアラフィフ。何をしたのか気になって問いただそうとするところにマシュからの連絡。敵性反応あり、と。

 見ればファントム・ジ・オペラと傍に立つ金髪の人形が。案の定彼らは敵側であり、クリスティーヌと呼ばれる金髪の人形は壊れて狂っていた。危うく戦闘になりかけるも、アーチャーの機転でその場を離脱、マシュにルートを指示してもらいスタコラサッサと逃げ出した。

 ここでアラフィフ、うっかりを発動する。

 重要な案件を説明し忘れていた、と宣い、次の瞬間には身も凍りそうな遠吠え一つ。何この殺意高い獣の声は、と聞けば時速200㎞越えの化け物の声と返答が。私たちが逃げてきた国道は彼の狼――新宿のライダーの縄張りだったらしい。

 アーチャー曰く、この新宿はそれぞれが分割して統治しているような状態らしい。その一角がこの国道であり、その主が凶悪な獣様ということらしかった。

 結局、戦闘は避けれなかった。

 アーチャーも善戦するも力負けしていく。頭の回転の速いアーチャーは即座に方針を変更し、私を先に離脱させようと囮になる。その際に車を運転しろと無茶ぶりをされるが、やるしかないと辺りを見渡した時、彼の王はやってきた。

 反転した騎士王、セイバー――アルトリア・ペンドラゴン。

 彼女はバイクで颯爽と登場し、私を乗せて隠れ家へと連れて行ってくれた。

 そこで聞かされたのは新宿を支配する四人の敵――幻影魔人同盟の存在。

 そして、この地で彼らに抗うサーヴァントたちの存在。

 セイバー、アサシン、そしてアヴェンジャー――ジャンヌ・オルタ。

 彼女の名前を聞いた途端、感情メーターは吹っ飛んだ。通信先からもジャンヌの声が聞こえてきて「もう一人の私がいるんですか!? 勝った!!」と聖女らしさは行方不明となった。

 勿論、彼女の勝った発言はオルタと私の約束から来るものだ。

 ようやく、ようやくである。そしてこれこそが運命である。

 ぶっちゃけ囮となったアーチャーと新宿駅で合流予定だったがすっぽかしたくなるくらいである。いや、流石にすっぽかすつもりはないが、それくらいには衝撃的な朗報であった。

 明日、アーチャーと合流したら彼女と合流しようと話を纏めて就寝。時間的には翌朝だが、一日中夜である新宿はいつだって街に光は絶えない。時間の感覚が狂うような感覚を得ながら、迷宮新宿駅へと向かうのだった。

 そこでアーチャーと合流しようとするも、罠が張られていた。セイバー・オルタが迷宮入り口にあったキャンプの存在を覚えていなければ窮地に追いやられていた事だろう。セイバーのおかげで敵に先制攻撃を行うことが出来、アーチャーとの合流にも成功。

 新宿駅を離脱する間にセイバーとアーチャーでいざこざもあったが勘違いのようなもの、と言うことに落ち着き一度拠点へ。そこで準備を整えてからいざジャンヌ・オルタの元へ、と出発するのだった。

 

 

 

 

 

 そしてたどり着く、オルタの縄張り。

 そこには魔術的な結界が張り巡らされ、物理的なバリケードも設置されていた。周りには見張りと思われる黒服が立っており、どこのマフィアだろうか。銃を隠さずに持っているあたり、やっぱり新宿は世紀末である。

 私たちが姿を現すと彼らは警戒態勢に入り銃を構える。思わず手を上げるが、セイバーが前に出れば彼らは警戒を薄める。しかし完全に信用する様子はなく、セイバーに割符の提出を求めてきた。

 

「なんでまた、こんなに警戒態勢が強いのかな」

 

「それはまぁ、新宿のアサシンのせいだろう。彼は変幻自在、霊基まで相手そのものに成りきることが出来るという。割符を使っているのは恐らく、新宿のアサシンが偽装相手の記憶までコピーできる可能性を考慮したためじゃないかね。割符という物理的なものであれば、物を奪われない限りは合言葉などよりはまぁ、多少はマシだろう。ちなみに、私のように偽装して入ろうとしてバレると真っ黒に焼け焦がされるけどネ!」

 

「だから最初、行くのに消極的だったのね……」

 

 自業自得であった。

 割符の確認後、彼らは道をあけてくれる。

 中に入れば、今まで見てきた新宿とは180度違う世界が広がっていた。街中を人々が笑って歩き、それぞれが助け合って生きていた。笑顔は陰るものの、尽きてはいない。悪逆は成されず、善が生きている。これを構築したのがオルタだというのだから流石である。

 もう惚れ惚れしちゃうね!

 

「うぅむ、先程からマスター君のテンションがうなぎ上りだね! もしかしてちょっと罪深い関係でも持っているのかな? 果てさて、世界を救済したマスターを虜にするサーヴァントか、興味深い対象だ。まぁ、その前にも興味本位で覗き込みに来たら爆発、爆発、爆発、で追い返されちゃったからネ! まったく、アラフィフのお茶目くらい許してくれればいいものを」

 

「アラフィフって頭いいけどお馬鹿だよね」

 

「!?」

 

「さってと、オルタはどこかな!? オルターどこー!」

 

「お馬鹿……私がお馬鹿……」

 

 ずーんと影を背負うアラフィフを他所にオルタを探す。ここに入る前にカルデアが来たと連絡は入れてもらったので迎えに来てくれてもおかしくはないが、あのオルタが自分から来てくれるとも思えない。

 故に先ほどの黒服さんにオルタの居場所を聞いたところ、一つのビルを教えてもらった。そこに基本的にはいるらしく、姐さんによろしくお願いします、と送り出された。

 姐さんってまた、オルタは何をやったのか。いやまぁこうして拠点を築いている時点でそうなってもおかしくはないのか。どうやらここには我が同志が多く存在しているらしい。

 

「譲らないけどね!!」

 

「あれだね、マスター君も大分オルタの事になるとお馬鹿になるね」

 

「黒聖女か。アレを見ているとケイ卿を思い出してしまってな……」

 

 ズンズンと歩いてたどり着くは小さなビル。

 入口の人たちに挨拶すれば、オルタがいる部屋番号を教えてくれる。どの人も武装している人は黒服のマフィアスタイルなあたりどうなっているのか。オルタが先導した訳ではないのだろう。きっと周りが自然とそうなってしまい、オルタも途中で修正するのを諦めたに違いない。

 階段を上れば目的の部屋が。

 落ち着きながらノックをすれば、中からずっと聞きたくてたまらなかった彼女の声が聞こえた。通信の向こうではジャンヌがダヴィンチちゃんを押し出してモニターを占領しているらしく、ダヴィンチちゃんの苦笑が聞こえてきた。

 さぁ御対面だ、と扉を開ければ一瞬の眩さ。

 そしてそれが収まれば、その先にいたのは――彼女だった。

 

「遅刻が過ぎますよ、カルデアのマスター」

 

 そう言って立ち上がった、ジャンヌ・オルタ。

 黒いスーツを身に纏い、コートを羽織ったその姿はまさしくマフィアのボス。パンツスタイルな辺り、勧めた人は素晴らしいなと心の中で褒めたたえる。

 

「……おっと鼻血が」

 

「本当に大丈夫かね、マスター君!?」

 

 真っ赤な欲望を拭っていると、呆れたような視線をこの身に感じる。見れば案の定、呆れたように笑うオルタがいた。

 

「さて、お手数おかけしましたね、セイバー。報酬は下の階に用意させていますのでお好きなように。一応要望通り、ドッグフードも集められるだけ集めておきましたが……」

 

「了解した。ではマスター、私は下の階にて待つ。ハメを外しすぎるなよ?」

 

 そう言ってセイバーは下の階へと姿を消した。

 次いでオルタは私の隣に立つアーチャーへと鋭い視線を向けた。

 

「セイバーが共にいた辺り、私と彼女が知るアーチャーではないと見ましたが」

 

「ほぅ、聡明なお嬢さんだ。如何にも、私は善のアーチャー! かの首領とは別人なのでそこのところよろしく願う! それとここにこっそり侵入しようとしたのもソッチの悪のアーチャーだからネ!」

 

「残念、私があの時焼き殺そうとしたアーチャーは、私が知っているアーチャーよりも霊基は不安定、魔力量も少ないパチモンでした」

 

「あれ、今もしかして私、パチモン言われた?」

 

「ふむ、つまり自分がパチモン側であるという自覚があると。つまるところ、貴方が愚かにも侵入してこようとしていたアーチャーである、と」

 

「……誘導尋問はひどいんじゃないかね?」

 

「うさん臭さ全開なのが悪いのでしょう。それと罪を他者へ擦り付けようとした性根の悪さ……まぁ、カルデアのマスターを守護していてくれたようですので、前回の事は不問にしましょう」

 

「ははは、ありがたい。いやぁ、私だけ外で待ってろなんて言われたらどうしようかと思ったヨ! さて、では私も下に降りているとしよう。どうやら積もる話もあるようだしね?」

 

 そう言ってアーチャーも姿を消した。

 残るのは私とオルタのみ。

 通信? ジャンヌ? 知らない子ですね。

 

「さて、ここまでお疲れさまでした。アーチャーの言っていたように、積もる話があるのかもしれませんが先ずは休息をお勧めします。同じビルに部屋を用意させますので、ひと先ずはそこで休憩を――」

 

 彼女が言い切る前に、私の体はトップスピード。

 風になる勢いでオルタに飛び込めば、彼女は「じゃじゃ馬化が悪化している……」と呆れたように呟きながら私を受け止めてくれた。

 衝撃を逃がし、ふんわりと抱き留めてくれるオルタ。

 ふはは、ここにはジャンヌもいないし遠慮はいらんなぁ!

 通信? 緊急連絡コード以外OFFに決まっているじゃないか!

 

「相変わらずですね、カルデアのマスター……。暑いので離れてもらってもいいですか? いや、場所を変えろと言っているのではなく」

 

 正面がだめなら背中、と移動したがダメらしい。

 まぁオルタの表情も見たいしここは一度離れよう。どうせ今日はここで過ごすのだ、オルタと同じベッドで心身ともに癒されよう。ジャンヌよ、オルタの初めては私がもらった!

 

「何と邪な笑顔か……私の知らぬ間に何があったのやら。取りあえず、今日は部屋を変えカギをしっかりかけねば碌でもないことが起きそうな気がしてきましたね」

 

 ぐへへ、とオルタを抱き枕にする妄想をしているとオルタが何事かを呟いた。聞き取れなかったのが残念だが、まぁいいかと自分を納得させ、今のうちに畳みかけておこうと決意する。

 無論、畳みかけるのはかつての約束。

 律儀な彼女だ、今さら約束を破るような真似はすまい。

 

「む、何ですかその笑みは。まるで獲物を見つけた時のような顔をして……おや、何か大切なことを忘れているような気が。つい最近も同じようなことを思い出しかけるものの、すぐ頭の隅にしまってしまったような……?」

 

「ねぇオルタ、覚えてる?」

 

「……フラグでしたかー」

 

 逃がすまいとしがみつく。

 

「ほら、終局特異点で約束したでしょ?」

 

 するとオルタは逡巡し、次の瞬間にはハッとした表情を浮かべた。

 ニヤニヤと見つめていれば、しまったと額に手を当てて嘆くオルタがいた。恐らくは全部を思いだしたのだろう。これで間違いなく私たちの勝ちである。

 

「次に会うことがあったら、次からは召喚に応じてくれるんだよね?」

 

「……ええ、まぁ、はい。ですがほら、もう英霊の出番なんてないでしょう? つまり、私を呼ぶ必要なんて――」

 

「あるんだよ?」

 

「……ハイライト失った目で見ないでもらえますか。どっちがオルタか私を以てして分からなくなるんですが」

 

 ジリ、と追いつめれば何時になく戸惑った表情で後ずさりするオルタ。

 ジッと彼女の目を見つめていると、やがて彼女は照れくさそうに目線を逸らした。

 可愛い。

 

「はぁ、分かりました、分かりました! ええいいでしょう、約束ですからね! 私はどこかのお馬鹿と違って約束を違えるつもりはありません!」

 

 うぐぅ、とうめく声がどこからか聞こえた気がした。

 聞き覚えがあったような、と思いながらも無視して湧き上がる喜びに身を任せる。ああ、ようやくだ、ようやく彼女をカルデアに招待できる。これからの時をわずかながらでも共にできる。

 兄だけでなく姉もできるとは、贅沢な話だ。

 

「よろしくね、オルタ!」

 

「えぇ、よろしくお願いします、マスター。いや……貴方、本当に何しにこの特異点に来たんです?」

 

『えぇい、ずるいですよマスター! 緊急回線以外カットとか、どこまで独占するつもりです!? 本当ならば私もそっちに行っていたはずなのに! 早急に黒幕を打破し、もう一人の私を連れ帰って――』

 

 ポチッと。

 緊急回線をカット。

 緊急の要件じゃないしね。

 

「聞き覚えのある声がしましたが、いや、しかし……何があった、カルデア」

 

 頭が痛い、そう言って顔をしかめるオルタも新鮮だった。

 

 

 

 

 

 


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