贋作でなく   作:なし崩し

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水着ピックアップでは、何故かジャンヌがやってきました。
嬉しいけど、そうじゃねぇよ?


書いたら出ると信じて書いたが、まさか遅効性かつ白ジャンヌとは思わなんだ……

まぁうれしかったので一話仕上げました。
原作直前まで。
続くかは謎。


2

 死後の世界。

 そんなものがあるなんて、信じてはいなかった。

 しかし、確かにあったのだ、その忌々しい世界は。

 

「正確には、歴史に名を遺した英雄を記録して保存する場所……」

 

 なんの間違いか、私はそこに中途半端に記録されている。恐らくは本来のジャンヌ・ダルクにとって、私は必要な要素ではなかったからだろう。私と『私』が共存したジャンヌ・ダルクは、様々な可能性の中でもこれ一つだったのではないだろうか。

 その結果、座に記録された『私』と共に私も記録されたが、ジャンヌ・ダルクという英雄の9割以上を『私』が有しているため、ほんの僅かである私はこの様なのだろう。あってもなくても、ジャンヌ・ダルクという英雄は揺らがない、その程度の存在が私なのだ。

 

 しかし、私的には都合がいいのかもしれない。

 英霊の座に招かれている以上、何かしらの要素があって召喚される可能性は否定できない。私が召喚される可能性は限りなく低いが、それでも僅からながらにでも可能性があるのならばなんの問題もない。

 何もできず、ただ漂うのは慣れている。

 後は時が来るのをこの場所でずっと待ち続けるだけだ。

 幸いなことに私にも座のバックアップは適応されている。必要最低限の知識だが、それでも無いよりはマシだし、いくつかは有用なものがある。おまけに死後であるためか、更に前の私の知識さえもある程度把握することができる。

 これは存在が曖昧な私の特権だろう。

 

「手早いのは、聖杯戦争に召喚されること……まさか、現実でそれを望むことになるとは」

 

 願いをかなえる杯。

 これを手に入れることができれば、私の夢は実現する。

 私を動かすのは今もこの身から沸き上がり、焦がす、憎悪の炎だ。

 冷たく身を裂かれるようなこの痛みが、私から正気を奪い取る。気を緩めてしまえば、あっという間に私は狂い果てるだろう。それこそ、復讐者として。

 しかしそれでは願いは叶わない。

 真の復讐は果たせない。

 

「聖杯を得て第一歩。使用してようやく始められる」

 

 長い時間が必要だろう。

 しかしここには時間という概念はない。ならばいくらでも待つことはできるだろう。この身を焦がす炎と痛みを消し去れるなら、どうということはない。

 たとえ私という存在のすべてを使い切ろうと、それはそれで都合がいい。消えることができれば、この痛みも恨みもすべて共になくなるのだから。

 

 

 どれだけの時間が経過したのかなんてわからない。

 漂うように体を投げ出し、その時を待ち続けた。

 思い返される『私』との生前の記憶。

 それが忌々しさに変わり、憎悪に変わる。

 『私』には約束なんて意味はなく、約束をかわしたところで自分の意地を通し続ける。誰も悲しませないと口にして、多くの人を悲しませる。私を絶望させる。

 死にたくないと本音を告げても、結局は死なないと言って戦場に出る。確かに戦場で死にはしなかったが、待っていたのは悲惨な結末だ。これならば戦場で剣に貫かれていたほうがましだったとさえ思う。

 結局は、『私』のための人生だったのだ。

 そこに私は含まれず、私の意志は反映されない。

 それは間違いではない。

 

「いっそのこと、声をかけなければ良かった。言葉が通じるから期待して、勝手に失望する。どこまでも自分勝手な言い分だが、これも間違ってはいない」

 

 歪んでいく。

 憎悪が燃え広がっていく。

 それでも、叶えたい願いだけは忘れない。

 

 そしてついに、時が来た。

 

 体を引っ張られるような感覚。弱くてどうしようもないが、私が外に出るために必要な孔につながる力だ。知覚してしまえば、あとはそこへと向かうだけ。その道中でこれは運命であると確信した。

 この召喚は、ジャンヌ・ダルクを対象としたものだ。

 しかしその本質は別のところにある。この召喚は本来ならあり得ない可能性を無理やり引っ張り出し、そこにジャンヌ・ダルクを当てはめようとしているのだ。裁定者の適正を持つジャンヌ・ダルクを、復讐者として呼ぼうとしている。

 当然ながら『私』が召喚されることはない。だからこの召喚者は、復讐者たるジャンヌ・ダルクを聖杯によって作り上げようとしている。だが、ここに僅かながらジャンヌ・ダルクの要素を所持し、憎悪を胸に抱く私がいる。

 これほどに都合のいい召喚はないだろう。

 

「召喚者が誰かは知らないが、私みたいなものを求める奇特さに感謝しよう」

 

 召喚者が用意した器。

 それは紛うことなきジャンヌ・ダルクのものだ。

 私はその中身として、望まれるがままに召喚される。

 

「始めよう。ここからだ、私の復讐の始まりは……!」

 

 そして考える。

 召喚される私は何者なのか。

 結論は、すぐに出た。

 

「――サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ参上した。いえ、参上しました、か。真名はジャンヌ・ダルク。どうぞよろしく、そして始めましょう……復讐を」

 

 私は確かにジャンヌ・ダルクなのだ。

 ただし、彼女とは違う一面を受け持つ、復讐者としてのジャンヌ。

 

「――ジャンヌ? お、おおお、オオオオオォォォ! まさか、まさかまさか! 本当に、本当に戻ってきたのですねジャンヌッ!」

 

 と、私が私を定義づけていると正面からすごい勢いで走ってくるギョロメの男がいた。その男はどこか見覚えがあり、親近感を抱く。さて誰だったかなと記憶を漁れば、ギョロメで検索がヒット。

 

「あぁ、私には分かりますとも! この香り、この輝き、力及ばず願った贋作ではなくまさに真作! 我らが乙女よ!」

 

「……取り敢えず落ち着きなさい――ジル。その飛び出そうな目を、いつものように戻してあげましょうか」

 

「ああ、その反応はまさしくジャンヌ! 私の目に狂いはなかった、やはり貴方にはその身を焦がす憎悪があった! まさしく天をも焦がすほどの炎が!」

 

「先に言っておきますが、私は貴方の知る『私』ではありませんよ。中に眠っていた憎悪が一面となっただけで、ジャンヌ・ダルクが真に復讐者としてここにいるわけではありません」

 

 それでも、とジルは続けて体を震わせる。

 どこか狂気じみていると感じながらも、同時に彼は私と同じなのかと思い至る。様々な負の感情を抱きこみ、落ちてしまった元帥の成れの果て。

 

「さて、それでは確認しましょう。私を召喚したのは貴方ですね? しかし、貴方もサーヴァントでしょう。これは一体どういう仕掛けが?」

 

 そう問えばジルは嬉々として語ってくれる。

 人理の焼却だとか、フランスの滅びがカギになるとか、ようはジルと思惑が一致する何者かに聖杯を授けられたということらしい。代わりにそれを使ってこの時代を滅ぼせということか。

 成程――それは都合がいい。

 

「魔術王を名乗る何者か……まぁいいでしょう。所詮は一抹の夢、覚めるまではせいぜい好きにさせてもらいましょう――というか、まさかここは、私が生きて死んだ時代なのですか?」

 

「えぇ、そうですとも! 正確には少し違うのですが、それも些細な事。未だこの時代にはあの忌々しき聖職者がはびこっております。そして恥知らずなかの王も……」

 

 情報を整理する。

 ああ、これはよろしくない。

 あまりに、あまりに都合がよさ過ぎて不気味にさえ感じる。

 しかしそれ以上に不味いのは、私の興奮具合だ。『私』、いや、もう『私』とは呼べない彼女とは違い冷静を心掛ける私だが、これはよろしくない。

 私の願いは、ここですべて成就させることができるかもしれない。それがどんなに自己満足であろうとも、どれだけの犠牲を出そうとも。始めるための第一歩を飛び越して、最大のチャンスがやってきたのだ。

 ここは私の死後数日と経たない時代のフランス。

 聖杯により過去へ介入する第一段階をすっ飛ばせる。

 

「ならば先ずやることは決まっていますね。それともジル、貴方は私のマスターとして何かさせたいことでもあるのですか?」

 

「いいえ、私の願いはジャンヌ・ダルクの復活! 共にフランスを憎み、怒り、裁くこと! さぁジャンヌ、これを……貴方こそ、この国を裁く権利を持つ!」

 

 そういいながら、ジルは聖杯を私へと手渡した。

 同時に両の手を大きな手に包まれ、滝のように流れる涙を見た。

 ああ、やはり彼女は間違えていた。止められなかった私も。

 

「これがあれば、何もかもが思うがままに! 今すぐにこの国を滅ぼすことすらできましょう! あぁ、想像するだけで頂に上る気分ですとも!」

 

 取り敢えず飛び出していた目に二本の指を突き刺す。するとジルはギャァァァと叫びながらも恍惚とした笑みを浮かべ、これです、これが欲しかったのですとおかしなことを言い始める。ここまで彼を狂わせてしまったのか、彼女の死は。

 

「ジル、先ずは戦力を呼び込みましょう。今すぐに国を亡ぼすなど芸がない。いつでもできるならそれこそいつでもいいでしょう。ならば今しかできないことに力を注ぎましょう。どうやら私の誕生時、竜を使役する能力を付けましたね? なぜこんなものをとも思いますが敢えて聞きません。ですが丁度いい」

 

「ふぅっ、ふっ……あぁ、懐かしさで前が見えません……と、丁度いいとは?」

 

「幻想種最強たる竜種を従える能力があるのですから、使わない手はないでしょう。彼女が旗を持つ聖女であるなら、私は竜の魔女にでもなりましょう」

 

「竜の魔女! なんとも心地よい響き、実にお似合いです」

 

「誉め言葉として受け取りましょう。さて、それでは先ずは竜種を召喚することから始めましょうか。下手にサーヴァントを呼び込んで反抗されれば厄介です。確実に反乱分子をつぶせる力が必要ですからね。見たものすべてを絶望に叩き落す、そんな旗印が必要でしょう?」

 

 ジルはその冷酷さが素晴らしいとまたもや体を震わせる。よく見れば腕の長さだとか太さだとか、私の知っている彼とは大きく異なる。本当に何があったのか、非常に気になるが深淵を覗きかねないので余裕があったらと胸の内にしまい込む。

 

「ではジャンヌ、かの邪竜などいかがでしょうか。多くのものが知るでしょうその邪竜の名は、ファヴニール! 絶望を体現するにはふさわしいかと存じます! もちろん、私の海魔も存分にお使いください」

 

「成程、確かにファヴニールならば良い旗印になるでしょうね……それと、海魔? えぇと、それがどんなものか知らないけど、ジルがいうのならば任せましょう。ああ、だけど一つだけ言っておきたいことがあるの」

 

 ジルは不思議そうに首をかしげる。

 

「あまり人間を殺さないように。生け捕りにして連れてきなさい。殺せばそこで終わり、生け捕りにしていれば、その最期までこの憎悪を焼き付けられる。死など甘えです、救いです」

 

「――――おぉ、ジャンヌ。やはり貴方こそがこのフランスを裁くにふさわしい。あの地獄を味わい、舞い戻った貴方だからこそォ!」

 

「あぁ、抱擁はいりません。したら焼き殺します、セクハラです」

 

「しまった! 聖杯が手にあるうちにお願いするべきことぉ!? お、おや、なんだか私が知っているよりとても鋭い太刀筋! 腕を上げたのですねジャンヌぅ!?」

 

「ち、キャスターといえど元は元帥ですか。私もあまりこの肉体に慣れていませんし、まぁ今度にしましょう。それよりもファヴニールです。ここでは召喚するには狭すぎますからね。外に出るとしましょうか」

 

 腰の剣を収め、外への道を歩く。

 どこの砦かは覚えていなかったが、些末なこと。

 辺りには血なまぐさい匂いが充満しており、死が満ち溢れていた。みれば食い荒らされた死体に群がる鴉が壁に並んでいた。

 

「あぁ、申し訳ありませんジャンヌ。このジル・ド・レェ、貴方の考えを察することができず、皆殺しにしてしまいました……」

 

「構いませんよ。済んだことを追求する趣味はありません。勿論、この後も同じようなことをすれば追及の前に焼き殺しますが」

 

「あぁ、その冷たい視線! 初めての経験にぞくぞくしますな」

 

 本当に彼女の罪深さを再確認する。

 あの真面目で正義感あふれた彼がこうなるとは。

 

「もういっそ、貴方を触媒にすればもっと禍々しいものを呼べる気がしてきましたね。如何です、ちょっと勇気を出して飛び込んでみます?」

 

「いやぁ、飛び込むのならジャンヌの腕の中と決めておりますので遠慮しますぞ」

 

「……聞かなかったことにします。さぁ、それでは召喚してしまいましょうか。先ずは絶対的な絶望をここに。このフランスを阿鼻叫喚の渦に叩き落しましょうか。無論、かの司祭様がたは私が手を下しますが」

 

 聖杯を掲げ、願う。

 私が想像しうる邪悪をここに。

 そしてそれにファヴニールという殻を被らせる。

 完全なる竜種を呼び出すのは不可能に近いのはわかっている。だからこそサーヴァントの召喚システムのように、器を用意して注ぎ込む。入る分だけ詰め込めば、スケールは足りないものの、それはファヴニールに間違いない。

 なにより、その器を用意するのも聖杯だ。

 現状、これ以上に優れた器は作り出せない。

 例え魔術師が一丸となっても。

 

「さぁ、絶望をまき散らしなさい、ファヴニール!」

 

 その咆哮は、城砦を揺らしどこまでも響く。

 きっと多くのものが知っただろう、絶望の到来を。

 そして多くのものが知るだろう、竜の魔女の復活を。

 

 ここから先は間違えるわけにはいかない。

 私の願いは、もうすぐ叶うはずなのだから。

 

 

 

 

 

 そして私は『私』の存在を感じ取る。

 復讐の対象が、そこにいる。

 これはやはり、運命なのだ。

 口元がゆがむのを感じながらも、抑えきれる自信がなかった。

 

 

 

 


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